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相殺式  作者: 冴白
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古谷直也との初対面

指定された場所は、

都内の雑居ビルの地下だった。


看板はない。

エレベーターも使えない。

非常階段を降りた先に、

無機質な鉄の扉が一枚あるだけだった。


男に促され、

想槍剛はその扉をくぐる。


中は、

想像していたよりも明るかった。


白い蛍光灯。

整理された机。

そして、

一人の男が立っていた。


「……君が、想槍剛か」


低く、よく通る声。


年齢は四十前後。

背筋がまっすぐで、

無駄な動きが一切ない。


「古谷直也だ」


差し出された手は、

固く、迷いがなかった。


「責任者をやっている」


肩書きはそれだけだった。


想槍は、

一瞬だけその手を見る。


――この人は、

迷わない人間だ。


そう直感した。


「……想槍です」


握手を返すと、

古谷はすぐに手を離した。


「君の経歴は把握している」


そう言って、

机の上のファイルを指で叩く。


「悩み110番。

 通話時間、部署最長。

 感情移入が強い」


想槍は、

何も言わなかった。


「はっきり言おう」


古谷は、

一切、言葉を濁さない。


「ここは、

 “話を聞いて救う場所”じゃない」


想槍は、

その言葉を待っていた気がした。


「だが、

 話を聞けない人間には、

 務まらない場所でもある」


少しだけ、

古谷の視線が鋭くなる。


「君は、

 自分のせいで人が死んだと、

 思っているだろう」


空気が、

ぴたりと止まった。


「……」


否定できなかった。


「勘違いするな」


古谷は、

淡々と続ける。


「君が殺したわけじゃない」


「だが、

 君は“止めたかった”」


想槍の胸が、

わずかに痛んだ。


「その気持ちは、

 ここでは武器にもなるし、

 致命傷にもなる」


古谷は、

一歩だけ近づいた。


「一つ聞く」


真正面から、

目を見て言う。


「君は、

 “正しさ”のためなら、

 誰かが消えることを

 許容できるか」


重い問いだった。


想槍は、

すぐには答えなかった。


あの声。

ニュースの記事。

切れなかった電話。


すべてが、

頭の中を通り過ぎる。


「……分かりません」


正直な答えだった。


古谷は、

それを聞いて、

ほんのわずかに口角を上げた。


「それでいい」


「最初から答えが出る奴は、

 ここでは一番危ない」


そう言って、

背を向ける。


「今日は顔合わせだ。

 本格的な話は、

 明日からだ」


扉の前で、

古谷は足を止めた。


「想槍」


「君がここに来た理由を、

 忘れるな」


「それを忘れた瞬間、

 君は誰かを救うためじゃなく、

 自分のために正義を振り回す」


振り返らず、

そう言い残して去っていった。


静寂が残る。


想槍剛は、

しばらくその場から動けなかった。


――この人は、

正しい。


だが、

正しすぎる。


その違和感こそが、

後に、

決定的な溝になることを、

まだ彼は知らない。

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