↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
相殺式  作者: 冴白
6/28

命と引き換えに

部屋は、

初対面のときよりもさらに奥にあった。


壁は厚く、

窓はない。

外の音は一切、届かない。


長い机の前に、

想槍剛は一人、座らされていた。



「これから話す内容は、

 君の人生を完全に変える」


「聞いたうえで、

 帰ることもできる」


「ただし――

 聞いた“事実”は、

 墓まで持っていくことになる」


古谷が、

机の上に一枚の紙を置いた。


契約書。

だが、

法律用語は一切なかった。


そこに書かれていたのは、

三つの条文だけだった。


⸻


第一条

本機関に所属した者は、

命と引き換えに、

すべての秘密を厳守する。


「違反した場合、

 裁判も、弁明もない」


「事故、病死、行方不明。

 理由は、こちらで用意する」


想槍は、

喉が鳴るのを感じた。


⸻


第二条

家族、友人、恋人を含む

すべての第三者に、

所属を明かしてはならない。


「守るため、

 という言い訳も通用しない」


「君が沈黙することで、

 誰かが生きる」


「それが、

 ここでの“善”だ」


⸻


第三条

潜入・拘束・拷問を含む

いかなる状況においても、

情報を漏らさない。


古谷は、

少しだけ声を低くする。


「叫びたくなる痛みでもだ」


「信念が折れたとき、

 最後に残るのは――

 覚悟だけだ」


⸻


説明は、

それで終わりだった。


想槍は、

思わず尋ねていた。


「……命を、

 そこまで差し出してまで、

 やることなんですか」


古谷は、

即答しなかった。


代わりに、

こう言った。


「君は、

 昨日のニュースを見て、

 何を思った」


想槍の胸に、

あの声が蘇る。


「……無力だと」


「間に合わなかったと」


古谷は、

ゆっくり頷いた。


「ここでは、

 “間に合わなかった”は許されない」


「だから、

 代償が必要なんだ」


ペンを机に置く。


「署名するか」


「ここで帰るか」


「どちらも、

 正解だ」


想槍は、

ペンを見つめた。


震えているのは、

手ではなく、

心の方だった。


もし、

あのとき――

もう少し踏み込めていたら。


もし、

誰かが、

代わりに止めてくれていたら。


「……命を、

 失う覚悟はあります」


声は、

不思議なほど落ち着いていた。


「でも、

 誰かを救おうとして

 失う命なら、

 無駄にはしたくありません」


古谷は、

じっと想槍を見ていた。


そして、

静かに言った。


「歓迎する」


想槍剛は、

署名した。


その瞬間、

彼の人生は、

“声を聞く側”から

“世界の裏側を背負う側”へと

完全に切り替わった。


そしてまだ――

彼は知らない。


この契約が、

自分の死に直結する選択だったこと

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。