あとがき
この物語を書きながら、何度も考えました。
正義とは何か。
間違いは、どこから生まれるのか。
相殺という言葉は、本来、帳尻を合わせるための行為です。
引けばゼロになる。
だから、人の不快や怒りも、うまく相殺できれば世界は綺麗になるのではないか。
そんな単純な発想から、この物語は始まりました。
しかし、書き進めるうちに気づきました。
人の感情は、数字のように扱えるものではないということを。
不快をなくそうとすればするほど、感情そのものが邪魔になる。
正しさを積み上げれば積み上げるほど、揺らぎは許されなくなる。
作中の「皆殺し」は、人が死ぬことを意味していません。
怒り、悲しみ、迷い、許し、共感――
人が人であるために必要だったものが、すべて消えてしまうことを指しています。
誰も傷つかない世界を目指した結果、
誰も何も感じない世界が完成してしまった。
それは果たして、救いだったのでしょうか。
この物語には、明確な悪人はいません。
理不尽に怒る人も、正義を執行する人も、
そして、それを止めようとした人も、
それぞれが「良かれと思って」行動しています。
だからこそ、恐ろしいのだと思います。
もしこの本を読み終えたとき、
少しだけ街のざわめきが気になったり、
誰かの不機嫌が以前より人間らしく感じられたなら、
それはきっと、まだ相殺されていない心が残っている証拠です。
この物語が、
不快を消すためではなく、
不快とどう共に生きるかを考えるきっかけになれば幸いです。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。




