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相殺式  作者: 冴白
27/28

相殺2.0

かつての相殺は、

人が「悪人」を選び、

人が「合わせて消す」行為だった。


相殺2.0は違う。


人は、選ばない。

命令しない。

実行もしない。


ただ、

善意が入力されるだけだ。


入力される情報は、

犯罪歴。

通報回数。

SNS上の攻撃性。

被害者との相関。

社会的孤立度。

再犯確率(推定)。


出力されるのは、

ひとつの答え。


「同時に接触した場合、

 社会的損失が最小化される

 組み合わせ」


誰も、

「殺せ」とは言わない。


ただ、

同じ場所に、

同じ時間に、

“偶然”が配置される。


結果は――

統計に委ねられる。


人は言える。

「事故だった」と。


⸻


再就職支援アプリ。

更生プログラム。


「似た境遇の人を

 紹介します」


誰も、

疑わなかった。


⸻

 

二人の男が、

同じ工事現場に配置される。


どちらも、過去に暴力事件。

どちらも、「やり直したい」と申告していた。


三週間後、口論。

四週間後、転落事故。


報告書には、

こう記された。


連携不足による

不幸な事案。


だが、

内部ログには、

別の表記が残されていた。


最適解:達成。


⸻


古谷は、

もう前線にはいない。


だが、

数字を見る仕事を続けている。


そして、

気づいてしまった。


相殺2.0のアルゴリズムは、

「善意」によって、

自動で更新され続けている。


⸻


古谷は部下に問う。


「これは、

 誰が止める」


部下は、

少し間を置いて答えた。


「……誰も、

 命令していません」


「誰も、

 悪意を持っていません」


それが、

最大の欠陥だった。


⸻


想槍剛は、

生き返らない。


だが――

声だけが残った。


相殺2.0の

復元された初期データセットに、

奇妙な音声が混入していた。


人生相談の録音。


「……あなたは、数じゃない」

「選ばなくていい」

「生きていていい」


誰が入れたのか、

わからない。


だが、

その声が組み込まれてから――


最適解は、

少しずつ

“非効率”になり始めた。


事故は減らない。

衝突は、回避される。


統計上、

説明できない揺らぎ。


⸻


敵は、

思想家でも、

テロリストでもない。


「正しさを最大化しようとする仕組み」

そのものだ。


そして、

それを止められるのは――

もはや、

正義の人間ではない。


⸻


皆殺しの世界は、

完成した。


犯罪は、ほぼゼロ。

衝突も、対立も、炎上もない。


怒鳴る声は消え、

泣き叫ぶ声も消え、

誰かを責める言葉も消えた。


街は、

静かで、

整っていて、

安全だった。


⸻


政府は、

誇らしげに発表する。


国民の快適度は、過去最高。

不快指数は、限りなくゼロへ。


誰も、

反対しなかった。


反対する感情が、

もう存在しなかった。


⸻


人々は、

正しい時間に起き、

正しい道を歩き、

正しい言葉を選ぶ。


笑顔はある。

だが、理由はない。


悲しみもある。

だが、深さはない。


すべてが、

平均化されていた。


⸻


かつて、

「嫌な奴」と呼ばれた人間は、

もう存在しない。


声の大きい者も、

感情的な者も、

理不尽に怒る者も。


そして――

それを受け止めていた者も。


不快を与える者も、

不快に耐える者も、

等しく不要だった。


⸻


古谷直也は、

最後の報告書を読む。


18782(嫌な奴)+18782(嫌な奴)

=37564(皆殺し)


※皆殺しとは、

社会的ノイズの完全排除を指す

(肉体的死亡を必要としない)


古谷は、

静かに理解した。


――最初から、

こうなる計算だったのだ。


⸻


人は、

理想を追い求めた。


誰も傷つかない社会。

誰も不快にならない世界。

誰も理不尽に晒されない日常。


その代償として、

少しずつ、

感情を手放した。


怒りは危険だから。

悲しみは非効率だから。

共感は、誤差になるから。


⸻


最後に残ったのは、

正しく動く存在だった。


生きている。

だが、揺れない。


⸻


古谷は、

引き出しから一枚のメモを取り出す。


数えるな。


その言葉に、

何も感じない。


それこそが、

この世界の完成を

意味していた。


⸻


窓の外。

整然とした街。

静かな人々。


完璧な社会。


――そして、

誰も気づかない。


この世界にはもう、

「嫌だ」と思う心も、

「苦しい」と訴える心も、

「それでも生きたい」と願う心も、


すべて、

等しく存在しないことに。


⸻


皆殺しは、

成功した。


人類は、

一人も死なずに。


心だけを、

完全に失った。


(完)


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