24.噂
フィーネが治療を始めてから1か月が経った。
治療の進展は正直なところあまり進んでいない。
アリステラが密かに解毒薬を開発中だが、まだ思ったような効果が出ないようだった。
フィーネはアランの手前、気にしないように努めていたが時々ふとした時に落ち込むことが増えた。
自分の好きなように食事が出来ない、移動が出来ないというのは他人が想像するよりストレスが溜まる。
また、一度排泄に問題があり下の世話を使用人にされた時は泣いていた。
人間の尊厳を守るというのは本人が深く傷ついている以上他人が慰めたところで中々難しい。
そのような姿をなるべく他の人には見られたくないものだ。
アルバート自身もフィーネを下手に慰めようものなら、涙目でフィーネに怒られてしまった。
アランはそんな母親を献身的に支えている。
手伝える事は少ないが、それでも、どんな時でもフィーネの側にいた。
アルバートも時間の許す限りフィーネに寄り添った。
毎日様子を確認し、フィーネに尽くす様子は本来のアルバートの性質を知る者たちから見るともはや別人のようであった。
そして、最近になり密やかに社交界で流れ始めた噂がある。
それは。
ーーーーーグライア公爵に想い人が出来た。
と、いうものだった。
嘘か本当か人々が好き勝手に噂をし始めたのだ。
最近夜会にパタリと顔を出さなくなった公爵。
皇宮に来ても、用事が終われば長居する事もなく真っ直ぐ帰宅する彼に、悪意があろうとなかろうと人々の関心を買った。
どこぞの未亡人と恋仲だ。
どこぞの夫人と不倫中だ。
年若い令嬢と仲良く話していた。
異国の外交官の女性と懇意にしていた。
様々な噂で持ち切りだった。
そして一番大きな噂は。
ーーーーグライア公爵は屋敷に女性を囲っている。
そう囁かれた。
噂の出どころは分からない。そもそも、そんな事を気にする人間はいない。だって面白ければいいのだから。
地位の高い男性のスキャンダル。
退屈な貴婦人の話のネタだ。
しかし、実に面白いのは噂が出る度に自分が噂の本人だと自慢のように匂わせる女がいたことだ。
その女性たちは皆、自分こそがと名乗り出るが、やがて自爆して二度と社交界には出られなくなる。
その裏には公爵家が関わっているかもしれないなどとも言われた。
公爵自身もスキャンダルの話を特に圧力で排除する事もなく放置していた。
当の本人は、フィーネの世話で忙しく全く他に関心を寄せていなかっただけだったが。
いや、正確に言うと噂がある事も全て密偵からの報告で把握していた。
その上で無視をしたのだ。
ただ、現在彼の怒りを買った者がいた。
「それで?その噂の出どころは?」
「もう少し調べる必要はあると思いますが、その噂についてだけはグライア公爵家から出たものと考えられます」
「そうか。引き続き調べてくれ。我が家門にネズミがいるとは考えたくないがな。以前随分整理したがまだ残っていたか」
「私どもの落ち度です。申し訳ございません」
「いや、もし本当にネズミであれば私も長年気が付かなかった事になる。責めはせん」
アルバートは執務室で騎士のノアと話していた。
話の内容は、ある噂についてだった。
「誰かが公爵家でフィーネを囲っていると漏らした可能性か・・・」
「考えたくはないですが、その可能性が高いです」
一番大きな噂になっている。
最初は根も葉もない事を誰かが想像で言ったのだろうと思われていたが、詳しく調べると噂の発端が公爵家に出入りする食品を取り扱う業者だと分かった。
その業者の者をノアが尋問すると、簡単に口を割る。
「お、俺は何も知らねえです!ただこの屋敷のメイドの一人から『公爵様ともあろう方があんな女の世話をするなんて』と言っていたのを偶然聞いちまっただけなんです!!顔は盗み聞きをしただけなので分からないんです!」
と、そう年配の男は言った。
その男は聞いた事を面白おかしく酔った勢いで酒場で酒の肴に話してしまったようだ。それが一気に広まった。その広まり様に男は恐怖したらしい。
「そのメイドが広めたという事になるが・・・」
「本人のちょっとした愚痴であったのか、意図的であったのか。どちらにせよ公爵家の使用人としてはありえません」
「真意を計る必要があるか。暫くは泳がせておけ。稚拙な者ならばそのうち尻尾を出すだろう」
「はい」
どうもネズミの仕業とは思えない。しかし、放置する事も不可能だ。
アルバートにとってフィーネを害する者など必要ないのだから。




