間話1-3 それぞれのアオハル(3)
「今日は怖かったけど楽しかったー。カリタさんって思ってたより優しいし格好いいしで、びっくりしたー。
クロちゃんももう少しちゃんと教えてくれればいいのに。実際会った時緊張しちゃったよー」
「あのね……まさかいきなりカリタとミミの二人で遊園地に行くなんと思わないわよ」
無邪気に笑いながら話しているミミに私は深くため息を吐く。
というよりミミはとってもテンションが高くてこっちが困惑するほどだった。
今は夜の6時ごろ。
配信の打ち合わせのため、私、ミミ、サツキでビデオチャットをしていた。
軽く打ち合わせが終わった後の雑談タイム。
現在ミミによるカリタと遊んだと言う衝撃の報告を受けている所だった。
正直、カリタとオフで会っている事自体は問題はない。
私も彼らとは一緒に遊んでいるからか、それなりの人となりは知っている。
特にミミは女子中学生だし、年下の少女にすぐ手を出すような性格ではない事ははっきりしていた。
ともかくミミのカリタへの格好いい判定は、後でバーゼスにも伝えておこう。
割と素材は良いと思ったから、二人で矯正した甲斐があったというものだ。
私としてはカリタ・マツル育成計画が成功しつつあるとわかり内心ガッツポーズ。
後は、マツルの方だが、こっちはだれか評価してくれる人はいないだろうか。
自分がすると正確な評価にはならない。
長い思考の脱線をもう一度ため息を吐く事で元に戻す。
私が心配していたことは全くの別のことだった。
「あの遊園地で銃乱射事件があったんでしょ。幸い二人にケガはなかったから良かったけど」
「大惨事にならなくてよかったわよ。。死傷者0人なの奇跡的じゃないかしら。本当、最近こういう事件が多いし、死者も出てるのに」
「鎖国政策から長いからね……。皆不安なのよね。それが爆発しちゃうのかしらね」
サツキの言葉に思い当たることはある。
皆、言葉にこそださないけれど、将来がどうなるか言い知れぬ不安がある。
この国が鎖国を始めて数十年。外が今どうなっているかわからない。
核融合炉の完成、海底からの各種原料の採取。これらの要因によりエネルギー資源を輸入しなくても自国だけで賄えるようになった。
それが、この鎖国政策を可能にした最大の要因。
鎖国政策に伴い、食料専用の大規模プラントも作られ、自給自足率も100%を超えた。
ひとえに鎖国前からの技術力の高さが、今の状態を作っているといっても良かった。
結果として今の状態は、確かに鎖国を継続していても一国だけで何とかやれている。
それでも、周りの国がどうなっているかは一般市民にはわからない。
周りの状況の不透明感、閉塞感。いつこの政策が終わるかも全くの不明。
分からないというのは、人々を得てして不安にさせる物だった。
そして、少しずつ、心の均衡が崩れ、暴走するような人が増えていっている。
「だからこそエンタメ業界にいる私たちとしては、もうちょっと皆を笑顔にできるようにしないと……、と思っているのだけどね。
犯罪増えているし、狂暴さも増しているしで、ままならない物だけどね……」
この中では一番長くこの業界にいるサツキの言葉は、私にとっても重く感じる。
私だって少しでも視聴者に楽しんで貰って、今の不安感を解消できれば、とは思っている。
でも、実際はそうはいかない。試行錯誤の結果は中々でない状態だった。
サツキは画面の中で天井を見上げている。
やっぱりサツキも色々思う事があるのよね……そう感じられる動作だった。
「ま、今はそれは置いとくとしても、ミミは発砲事件が起こったときどこにいたの?」
このままでは今の場も暗くなる。と、とりあえず話を戻す事にする。
死傷者がでなかったことは知っているが、巻き込まれていないかは心配だった。
下手をすれば傷は負わなくても心が病む可能性はある。それが心配だった。
私の言葉に、ミミは少しだけ沈黙してからゆっくり口を開く。
「んー。クロちゃんとサツキさんならいっか……。あのね。実は犯人を取り押さえたのがカリタさんなのよ」
「……はぁ?」
開いた口が塞がらないとはこのことだった。
出てくるとは思ってなかった名前。聞いただけではとても信じられない事だった。
だって運動とかもほとんどしてないただのゲーマーのカリタ君が?
特に格闘技なんて全くしてないはずなのに?
「それは流石に嘘じゃない? カリタ君、特に格闘技とかやってないはずよ」
私の言葉にミミも頷く。そして真面目な顔になって言葉を続けた。
「それは今日も話してて私も知ってた。一緒に話しながら歩いて、ジェットコースター乗って、ホラーハウス行って、
休憩している時とかもゲームの話が多かったし。あ、その時ソフトクリーム買ってくれたんだー」
「あ、それは今はいいから」
「むー。ま、それでね……」
話が脱線を始めそうになったので、一旦強制的にぶった斬る。
ミミも不満気にしながら、しかし真面目な顔に戻る。
「それで、遊び疲れて休憩した後、次のアトラクションに行こうとしたのだけど。カリタさんが何か気にしだしてね」
「何か?」
「うん。何か。で、私に建物の陰に行くように言って、カリタさんは一人で歩き出したの」
「ふんふん。それでミミはどうしたの?」
「折角のデートなのになんだろうと思ったんだけど、言う事聞いて建物の陰に行こうとしたら……」
そこでミミは一旦言葉を止める。目には若干の恐怖の色があった。
そうだ。カリタが止めたのが本当なら、ミミもあの銃乱射事件のど真ん中にいたという事。
やはり恐怖を感じただろう。失敗したと思いつつ、声を掛ける。
「あ……この話止めようか?」
私の言葉に、しかしミミは首を横に振る。
「ううん。大丈夫。……そしたら男性客の一人が突然ミニサイズのマシンガンを取り出して、近くにいた人に無差別に狙いを付けようとしたの。
しかも無言で。だから誰も反応できなかった。夏なのに薄手のコート着ていて、その不自然さが何かのアトラクションの人かもと思ったくらい。……でも」
もう一度、ミミは息を吐く。
「いつの間にかカリタさんがその人のすぐ近くにいて。その銃を持つ手を蹴り上げたの。撃鉄が引かれる頃には銃口は空に向いていたわ。
だから、銃弾は空に向かって、結果として誰にも当たらず。その銃撃音に皆が気づいて逃げ始めて……」
そこで一旦、ミミは言葉を切る。
私とサツキは黙って聞いていた。
「犯人が慌ててカリタさんに狙いを付けようとしたときには、その銃を持つ手のさらに蹴って銃身を弾き飛ばしたの。
武器をなくした犯人はカリタさんを殴ろうとしたけど、カリタさんはあっさり避けると腕を獲って、そのままバキッて……。
叫ぶ犯人を抑え込んで、後からきた警備員に引き渡してお終いってわけ」
その後はニュース報道の通りと言ってミミは薄く笑う。
笑ってはいるが、まさしく命が奪われかけた、危機一髪の状況だったことがわかる。
しかし、それよりもとても信じられないことが起こっていた。
「カリタ君って本当は何かやってたのかしら? それこそ経験者じゃないとそんな事できないわよね」
「ただのゲーマーよ。ミキちゃんが言ってたんだから間違いない」
サツキの質問に私が返す。間違っても銃を持った犯人を取り押さえるようなことができる人ではないはず。
「うん、カリタさんもそう言ってた。だから自分でもびっくりしてたみたい」
ミミがそう返してくるあたり、本当に意味不明な出来事が起きたようだった。
ただ、ミミはちょっとだけ考えた後、もう一度言葉を加える。
「でも思うのは……。カリタさんの動きって、ミルシアシードでのゲーム上の動きそっくりだった」
「ゲームでの動きをリアルでできてたって事?」
「……多分」
自信なさげにミミが言う。それは私だってそうだ。
ゲームの動きをリアルで再現なんて、はっきり言って無理だ。
ゲームはゲーム。いくらリアルっぽくてもリアルとは筋肉の付き方とか……いえ、そもそもベースが異なる。
ゲームの動作はあくまでそういう設定だからできるというだけだ。
とてもじゃないけどゲームの動きを再現なんてできるとは思えない。
それでも……
「カリタ君はそれが出来たと」
「信じられないかもしれないけど、できてたよ」
ミミは頷き、ジュースを飲む。
「あのゲームってなんだろうね」
私の呟きに、サツキもまた呻くように言う。
「ゲーム内そのままにリアルが強化なんて、どんな超人が生まれるのよ。そんなのゲームでできるわけないじゃない」
「まあ、信じられないだろうけどね。見てても信じられなかったし」
ミミもまた、ポツリと答える。
私もまた、信じられない心境で、ただ黙っている事しかできなかった。
数秒の沈黙。そして、ミミがぽつりと言い出した。
「それにしても……あの時のカリタさんって特別格好良かったよ」
「あ、うん。結局そこに戻るのね」
ミミの反応に乗ることにして、そうまぜっかえすように言ってみる。
きっと、今の雰囲気を壊すための一言だろうと、ミミの表情を観察する。
しかし、そう呟くミミの目は真剣そのもの。冗談で言ってるようには見えなかった。
……これは、もしかしなくてもカリタ君に恋心を持ってしまったかと確信する。
まあ、そんなヒーローみたいな所を見てしまって、しかもそんな異性に自分が守られるなんて体験してしまったらそうもなるか。
端的にいって吊り橋効果みたいなもの。もしくはヒーローに憧れのような感情が一気に恋へと傾いてしまったもの。
劇的な感情の変化だが、冷めるのもまた早い。そういった類のもの。
しばらくすれば、その劇的な恋心もまた醒めていくだろうと放置することにした。
「……ま、健全な範囲ならいいんじゃないかしらね」
「それはそう。あんまり突っ走らないようね。相手が引くから」
「うん。わかった」
サツキの言葉に私も同調しておく。一方のミミは不承不承頷いた。
話はここまでとばかりサツキが話を変えてくる。
「そういえばクロちゃんはお相手いないの?」
「……私は仕事が恋人のようなものだから」
特定の相手なんていないし、今の所は作ろうとも思ってない。
まずは今の仕事をきっちりこなす。それが私の考えだった。
「うーん。クロちゃんも可愛いんだから早く彼氏作った方がいいのに」
「そうそう」
「そうは言ってもね……。実際仕事に影響出かねないし。あ、ミミも気を付ける事。厄介結構抱えてるでしょ。カリタ君に被害でるかも」
「うん、その辺は気を付ける。少しづつ関係性重視のリスナーを味方につけるつもり」
「いや、それもどうなの……。それはともかくクロちゃんも仕事ばかりにならないようにね」
サツキさんは割とこの辺突っ込んでくるのよね。
なんだかんだ私の事も心配してくれているのはよくわかる。
流石、今年おばあちゃんになる人は違う。本当にそう思う。
私は思わず微笑み、サツキに言葉を返す。
「うん、大丈夫よ。そこは何とか分けてるから。ちゃんとプライベートの時間は作ってる」
「それならいいのだけど」
「……って、あ、そろそろ配信の時間だ」
「じゃあ、準備しないとね。今日はミルシアシードにも行くんでしょ」
「そうそう。時間が延びないようにしないとね」
「あ、そうだったー。うーん。カリタさんにどんな感じに接しようかなー。これ結構難しいかも」
さて、そろそろ配信だし、頑張ろう。
本当、最近暗い話題が多いし。
……せめてこの業界位は明るく、楽しくいかないとね。




