闇色の騎士-07
辺りを宵闇が覆う頃、森の方からざわざわとした奇妙な気配が感じられるようになった。
動物の鳴声にも、人の叫び声のようにも聞こえるそれにゾッと背筋を凍らせ、遠矢は落ち着かない素振りで辺りを見回した。
タッタッタッ――と足早に歩く音が、ケイルへと向かう街道の方から近づいてくる。
小さなカンテラの明かりが、足音と共に上下に揺れた。
「おや――皆さんお揃いで。すみませんが、私もその火に混ぜていただけませんかね?」
男は大きな荷物を背中に背負っている。
「どうぞ――」
リリティアが応えると、男は嬉しそうに相好を崩しながら火の傍へと寄ってきた。荷物を肩から下ろすと、ドサリ――と重そうな音がする。
「大荷物ですわね。それでは歩くのも大変でしょう?」
「いやあ、本当は馬が居たんですがね、この先のケイルってぇ村まで行った時に逃げられちまって。まさか商売品の入っている荷物を放ってくるわけにもいかなったもんで参りましたよ。いやあこちらの火が見えた時には、ホッとしたのなんの……。まさか夜歩く羽目になるんて思いもしなかったもんで――」
カンテラの火を落とし、吹き出る汗を拭いながら男はそう言った。
「ケイルからいらしたの?」
「ええ…まあ――」
歯切れの悪い言葉に、リリティアが眉宇を寄せる。
「あそこは小さな村ですから、何かあれば村人がすぐに気づいてくれたでしょう?」
汗を拭う手を止め、男は気まずそうに視線を逸らした。
「あの村に…お知り合いの方でも…いらっしゃいましたか?」
「いいえ」
僅かにホッとした顔をした男は、暫く迷っていたが、やがて思いきったように顔を上げた。
「…あんた達、ケイルに向かうつもりかい? それなら…止めた方がいい。――可哀想だが、あの村は…もうダメだ……」
リリティアとルシャスの視線が交差し、低い声音でルシャスが男に問う。
「まさか…魔物に襲われたのか?」
問いに、男は小さく頷いた。
「たぶん…ですが……。――私はこの先にある村“ルント”から、商いをする為にケイルへと向かったんです。まさか…ケイルがあんな事になるなんて思いもしませんでしたから……」
そう言って、男はぽつぽつと語り出した。
彼がルントの村を出たのは早朝だった。まだ薄暗いうちに馬に荷物を積み、家を出てきたのだ。ケイルへは一日で往復するつもりだったから、商い以外の荷物は少なくして一気に馬を走らせた。
そろそろ腹が減ってきたな…とそう思った時、突然馬が嘶きその歩みを止めた。何があったのかと周りを見回してみたが、特に変わった様子は何もなく、馬を走らせようと鐙を蹴る。だが、何度鐙を蹴っても、鞭で尻を叩いてみても、馬は一向に歩き出そうとはしなかった。
男は仕方なく、馬から下りて手綱を引いた。だが、どんなに強く引いても馬は一歩も動かない。
これは流石におかしいぞ――とそう思った時、風に乗って血なまぐさい匂いが漂ってきた。
まさか…と思った――。
まさかそんな馬鹿な――と思いながら、男はケイル村の方向を見やる。
村から上がっている白煙は、てっきり昼の支度をしている家の煙だとばかり思っていた。だが、もしあれが魔物にでも襲われ、家が燃える煙であったなら……。
ゴクリ――と男は喉を鳴らした。近くに行って確かめたいが、傍に寄る勇気もない。
どうするべきなのか…と迷っていると、突然村の方向から翼を持つ数匹の魔物たちが空へと飛び上がった。
馬が驚いたように嘶き、男の手から手綱がスルリと抜ける。
あっ――と思った時には遅かった。馬は大きく何度か嘶き、荷物がその背から転がり落ちた。
身が軽くなった馬は、主人である男を置いて一気に街道を逸れた草原へと走り去った。
一人取り残された男は、振り落とされた荷物を背負い、一人でここまで戻ってきたのだった。
男の話に、ルシャスは小さく吐息をつく。
「これで行き先は決まりましたわね、ルシャス様。東のケイルではなく、西のルントへ向かうしかありませんわ」
どこか固い声音でそう言うリリティアに、ルシャスはゆっくりと頷いた。
「どうやら運命の神“ティティス”は、どうあっても俺たちを西へと向かわせたいみたいだな――」
ただ一人、大人たちの話を聞いているしかできなかったトーヤは、胸に広がる不安を無理矢理飲み込むしかなかった。
これで第一章「闇色の騎士」は終わりです。
次から第二章に入ります。
更新は、もしかしたら週末になってしまうかも知れません。なるべく早くアップしたいと思ってはおりますが……。




