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エントゥリアスの騎士  作者: 日向 聖
第一章 闇色の騎士
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闇色の騎士-06

 パチパチと音を立てながら、橙色の炎が小さく爆ぜる。

 焚き火の前に座り込んで膝を抱える遠矢のすぐ近くでは、石で作られた簡易な竃に鍋が掛けられ、リリティアが夕食の支度をしていた。

 馬に括られた麻袋から取り出した干し肉を薄切りにし、乾燥させた野菜と、固いパンと共に鍋へと放り込む。

 クコの実を乾燥させ、粉にした物と塩を入れ味を整えれば、簡単なシチューの出来上がりであった。

 本来ならば、もっと豪勢な夕飯を作る事もできたが、逗留するつもりの村で異変を感じ、慌てて飛び出してきた為、大した食料も持参してはいなかった。

 ここから村までならば、馬を走らせれば半日もかからない。足の速い馬ならば、更に短い時間で村までたどり着けるだろう。

 だが二人は、馬でその場を離れようとはしなかった。

 野宿の準備をする間、何の手伝いもできず足手まといにしかならなかった遠矢は、黙り込んでパチパチと爆ぜる炎を見つめていた。

 空は既に群青色に染まり、茜色の太陽は地平の彼方に沈んでいこうとしていた。

 「どうぞ」

 木を削って作られた椀に、暖かなシチューが装われている。

 食欲をそそる匂いを放つそれに目をやるものの、遠矢は受け取ろうとはしなかった。

 食欲など湧くはずがなかった――。

 魔物が自分を食べる為に襲ってくると言われ、それならば元の世界に帰る事はできないか…と問えば、世界で名だたる魔力を持つ彼女を以てしても、遠矢を元の世界へと帰すだけの力はないと言われた……。

 「お食べなさいな。お腹が空いていては、いざという時にちゃんと動けないわよ? それに、次はいつ食べられるのか解らないのだから、食べられる時にはきちんと食べておくべきね」

 諫められ、椀を受け取る。

 「見た目はそんなだが、味は俺が保証しよう」

 珍しく軽口を言うルシャスに目を見張り、リリティアは失礼だわ…と男に抗議した。

 「気に入らないのならば、食べて頂かなくても結構です。これからはご自分でお作りあそばせ」

 ルシャスは表情一つかえず、ぼつりと答える。

 「構わんぞ。何なら明日から俺が作るが――…」

 「ご遠慮いたしますっ!」 

 即座に断って、リリティアは両手で己の身体を抱いた。

 「あんな泥水のようなものを食べさせられる位ならば、木の根っこでも囓っている方がまだマシですわ――っ」

 本気で嫌がるリリティアに、遠矢は思わず口元に笑みを浮かべる。

 それを見て、彼女はにっこりと遠矢に微笑んだ。

 「そうして笑っている方が素敵よ、トーヤ。貴方が暗く淀んだ気を放てば、魔物は更に喜んでやってくるわ。貴方を食らい、貴方の魂を手に入れ、貴方が置いてきてしまった魂の欠片の元へと、歪みを超えて渡ってゆこうとするでしょう。そうすれば、貴方の世界で魔物達がはびこる事になるわ」

 鳶色の瞳で、遠矢はリリティアを見つめる。

 「それが嫌なら強くおなりなさい。幸運にも貴方は、西の英雄“黒き閃光”の騎士“ルシャルス・オル・アーデライト”の庇護下にいるのですから――」

 「リリティアっ」

 ルシャスが低い声音で彼女を咎めた。

 「ルシャス様もいい加減覚悟を決めて戻られた方が良いですわ。このままこの子を放り出すつもりもないのでしょう? ならば、この子を帰す方法が見つかるまで、結界に守られた“聖都シュオール”に居るのが一番良い方法ですわ」

 毅然とそう言い返し、リリティアは悔しそうに眉宇を寄せる。

 「…残念ながら、私にはこの子を元の世界へと帰してあげるだけの力がありませんから――…」

 「――――っ」

 僅かな沈黙の後、ルシャスは低い溜息を吐き、苦笑を浮かべた。

 「仕方がないな――。確かにそれが一番良い方法だ……。だが言っておくぞ、リリティア。俺は騎士には戻らん。シュオールに戻り、トーヤの事を陛下に願い出るだけだ」

 「結構ですわ」

 どこか嬉しそうに答えたリリティアに、ルシャスは眉宇を寄せ食事の続きに取りかかる。

 呆然と、遠矢は二人のやりとりを見つめていた。

 この世界へと来てからというもの、驚く事ばかりで頭の中の整理がつかない。ただ解っている事は、自分は魔物に狙われているらしいという事と、ルシャスがそんな自分を守る為に、望まぬ国への帰還をするつもりでいるらしい…という事だけだ。

 しかも、ルシャスは自分で家名はないと言っていたにも関わらず、本当は貴族っぽい名前を持っていて、しかも…元は騎士のうえ英雄であるらしい――。

 落ち込む所まで落ち込んだせいなのか、何故だか急にふつふつと怒りかわき上がってきた。

 「おい…おっさん――」

 低い声音で呼べば、「なんだ? ガキ――」と応えが返ってくる。

 「俺はガキじゃない!」

 叫んだ所で、思い出したようにリリティアが手を叩く。

 「そう言えば、トーヤは何歳になるの?」

 怒りの矛先を削がれ、トーヤは憮然と答えた。

 「先月…十七になった――」

 「そうなの十七歳に――って十七……っ!?」

 驚くリリティアに、遠矢は戸惑う。

 「なん…ですか……?」

 「まあ…どうしましょう、十七歳なんて……っ。それじゃまだほんの幼子ではありませんのっ。ごめんなさいね、トーヤ。色々と怖かったでしょう――?」

 「――………はい?」

 嫌な言葉を聞いた気がして、遠矢はそう聞き返した。

 「貴方の仕草がやけに大人びて見えたから、そんなに小さいとは思わなかったのよ。そう…十七歳なの……。トーヤは偉いのね、泣かずによく耐えたわ」

 突然の、幼子を相手にするかのような口調に、思わず顔を引きつらせる。

 「ちょっ…リリティアさんっ! 突然何言ってんですかっ!!」

 「何って」

 リリティアの優美な孤を描く眉宇が、怪訝そうに寄せられた。

 まるで幼子を見るかのような瞳に、遠矢はとてつもなく嫌な予感に襲われる。

 「――おっさん」

 「ルシャスだ」

 律儀に訂正してくる男をジロリと睨めつけた。

 「まさか…とは思うけど……あんたたち…一体何歳?」

 あんた達と言いながらも、女性に年齢を聞くのはマズイと思った遠矢は、ルシャスにそう問いかけた。

 「――俺はそろそろ…百を数えるな……」

 その言葉に、唖然と口を開く。

 「うっそだろう……? どう見てもあんた三十歳そこそこにしか見えないじゃん……っ。なんつー若作りのじいさんなんだよっ!? 若作りにしても程があるだろうっ!!?? もうちょっと常識ってもんを考えろよおっさん!!!!」

 段々と興奮して捲し立てる遠矢の姿に、ルシャスとリリティアもどうやら互いの年齢の受け取り方に、かなりな齟齬があるらしい事に気づいた。

 「落ち着けトーヤ――。…どうやらお前と俺達では、人の年齢にかなりの差異があるようだ……」

 言われ、遠矢はああ…と頷く。

 「…そっか……。そうだよな、幾らなんでもジジイでその見た目はないよな……」

 チロリと見やれば、ルシャスは嫌そうに眉を寄せた。

 「トーヤ…俺をシジイと呼ぶのは止せ――」

 この男でも年寄り扱いは嫌なのか…と納得し、そのまま隣のリリティアに視線を移すと、美しい女の顔が満面の笑みを浮かべている。

 「私の事をおばあちゃんなんて呼んだら、速攻――殺すわよ?」

 コクコクと、慌てて遠矢は頷いた。

ルシャスの過去がちょっとだけ出てきました。

そして…今回はちょっとだけ軽い感じの会話を取り入れてみました。

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