奇妙な旅人-09
水面のように刻一刻とその様相を変える水砂漠“ナダル”――。
風に吹かれ、砂が波のようにうねりながら色を変えるその様は、まさに絶景としか言いようがなかった。
見渡す限り辺り一面砂の海であり、青く澄んだ空は、地平線の彼方で薄いグラデーションとなり溶け消えている。
そんな中を、駱駝に似た“マナク”と呼ばれる動物を引いた商隊が、隊列を成してゆったりと進んでゆく様は、まるで小さな頃に読んだ冒険小説の中の一場面のようであった。
その時だった。右側の砂面から直径三メートルはありそうなマンタのような平べったい魚が飛び上がった。
「あ、ラーノだ! 見てみて、リィース様! ラーノだよっ」
マナクに乗ったリィースの膝に抱かれていたファラが、大きな声ではしゃいでいる。
リィースはいつの間にか商隊から三頭のマナクを借り、彼らはまるで商隊の一員のように、隊列の最後尾を歩いているのだった。
砂面から飛び出したラーノは、平べったい身体に二本の長い触角を靡かせ、空を飛びまた砂面へと潜ってゆく。何匹ものラーノが空を飛ぶ様は圧巻の一言であった。
「へえ――。こいつは吉祥だな。ラーノの群れに出会えるなんてそうそうある事じゃないぞ。奴らは臆病で、こんな風に商隊が歩いている時に、砂面から飛び出してきたりはしないからな」
そう言ってリィースはファラの髪を撫でる。
ファラはくすぐったそうに目を細めながら、リィースの話を聞いていた。
「いいもんも見れたし、折角だからこの旅路の安全を祈ってやるか――」
スウっと息を吸い込み、リィースは口ずさんだ。
神は何処ぞ 四方の神々
太陽に戯れし白き御影ぞ 恐るるに非ず
黒き翼持ちて指先触れしは 小さき者
息吹触れしは 御方の言の葉
夢と能わす 美しき御影よ
我ら小さき者なりて その足下に羽を休めん
それは不思議な歌であった。
リィースの銀鈴にも似た声音が、歌を紡ぐ度、キラキラとした金色の光が空が舞い落ちてくる。
光は商隊全体に降り注いでいた。
ふわふわと落ちてくる光に手を伸ばせば、それは触れると同時にすうっ――と暖かな感触を残して消えてゆく。
歌に気づいた商隊の者達が、空から降ってくる光に頬を緩め、ありがたい…と口々に礼を述べた。あの幻想を見せる歌とはまた違うそれは、彼らの疲れを癒やし、歩みを更に進ませた。
太陽が一番高い正午過ぎ、隊は幌を立て、マナクの上に座ったまま休憩を取った。
隊のあちこちで、今回は運が良いと喜ぶ声がする。リィースのように強い術師が旅に加わってくれる事は滅多になく、ましてや癒やしの歌など歌ってくれる事などまずない。リィースが今回隊にしてくれている事は、破格な事なのであった。
「おい、お前…大丈夫か?」
そよぐ風に身を任せていると、リィースがそう遠矢に問いかけてくる。
「え?」
言ってる意味が解らなかった遠矢が首を傾げると、リィースは僅かに眉宇を寄せた。
「お前、朝よりも顔色が悪くなっているぞ?」
言われ、遠矢はますます戸惑った。
特別に体調が悪い所があるわけではない。どこも痛くはなく、気分も悪くはない。
いや…寧ろ気分は今までにないほど良いのだ。
じっ――とそんな遠矢を見ていたリィースは、訝しげに瞳を細める。
「いや。顔色が悪いんじゃないな。肌の色がどんどん白くなっていってるようだ……。それに…顔つきも変わってきてないか?」
朝、泉で己の顔を映し見た時に感じたのと同じ事を指摘され、遠矢はゴクリ…と喉を鳴らす。
「――お前はやはり“渡り人”なんだな……」
初めて聞く言葉に、今度は遠矢が眉宇を寄せた。
「最初に歌ってやったろう? 創世の歌を――」
言われ、遠矢は思い出す。最初にリィースが歌ってくれた時に“お前の為の歌だ”と確かに彼は言ったのだ。
「創世の歌で歌われる一節、異界の玉座とは異世界の事だと言われている――」
そう言って、リィースは彼の知っている創世の話をしてくれた。
かつて、世界を呪った男が居た。
その男は魔道士としては破格の力を持っていた。
神を、人を、ありとあらゆる存在をも呪った男は、異界の扉を開き魔物をこの世へと引き入れ、そして世界は――滅ぶ寸前に追い込まれる。
神の名代としてエントゥリアスの王を務めていた白銀の騎士は、アスティア大陸の者達と強力し、かつて空に浮かんていたと言われている浮遊大陸ごと、魔物たちを時空の狭間へと封印した。その反動で、エントゥリアスに居た者たちは、白銀の騎士共々異界へと飛ばされたと言われている。
“渡り人”とは、その異界から真実のこの世界へと戻ってきた者の事を言うのだ。
だから、この世界へと戻ってきた魂は、真実の…この世界にいた当時の姿を取り戻してゆくのだ。
自分もそうなのだ――と言われ、遠矢は震える指先を握りしめた。
“渡り人”は帰ってくるのだ。
つまり――元の世界へと戻る道はない。
足下が崩れてゆく恐怖に、遠矢は血が滲むほどに強く唇を噛みしめた。
これで、奇妙な旅人は終わりです。次から新しい章になります。




