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Cheeze Scramble  作者: 神山 備
その後のおはなし
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内通者の正体

 中に入ったグラッドは、まず本棚を戻し、それから扉を閉める。人払いはしてはいるし、王の部屋にずかずか入り込んでくる強者もいはしないので心配はないのだが、念には念を入れてだ。

 扉の奥は石造りの通路になっている。さすがにここは屈んで進まねばならないほど低くはないが、それでも幅は狭い。人一人がまっすぐに歩ける程度しかない。それはそうだろう、ここはアシュレーン城が攻め込まれたとき、城主を密かに落ち延ばせるための秘密の通路なのだから。通路はここと王妃の部屋にあり、それぞれが別の場所につながっている。別の場所につながっているのは、縦しんば見つかっても、王か王子(王女)のどちらかが逃げおうせるようにするためだ。因みに、王妃の方の道は、は子供たちと共に行動することを想定してもう少し広めだ。

 さて、その通路を使い町外れに出たグラッドは、巧みに町の雑踏に混ざり、一軒の家を目指す。言わずと知れた、アンダーロッシュ家だ。


 アンダーロッシュ家の使用人が来客を告げると、中から黒髪の小柄な女性が出て来た。彼女はグラッドをみるなり、

「グリーン様、また来たんですか?」

と言う。グリーンというのはグラッドの市井での偽名だ。ただ単に瞳の色が緑だからというのがその理由なのだが、そういう単純な理由が市井らしいと本人は気に入っている。

「様は付けるなとあれほど言っておるのに。まぁいい、今日はパトリックに伝言があるのだ。もう少し己が身を考えて行動してくれと、チーズからも言ってやってくれ」

グリッドがそう用件を告げると、この家の夫人チーズ・カマンベール・レ・ロッシュは、

【五十歩百歩やん、同じ立場なんやし、あんたがそれをビクに言う? て話やと思うけど】

と彼女の母国語で早口にまくし立てた後、

「パトリックなら今、来てますよ。直接おっしゃればどうですか」

と言った。

「そうか、では行こう」


 そして、チーズに導かれてロッシュ家のダイニングに行くと、小柄で黒髪の男(とは言え、服装をちゃんと見ていなければ女と見まがうような顔をしているのであるが)が、テーブルに置かれている物をウットリと見つめていた。

「パトリック殿……」

と、グラッドが声をかけると、

「あ、グリーン様、お久しゅうございます。皆様は、ご健勝であられますか」

パトリックは弾かれたようにグラッドを見て、花が咲いたように笑う。こいつは本当に生まれてくる性を間違えていると、それを見てグラッドは思う。

「ああ、皆元気でやっている」

と答えると、パトリックはそれを聞いて、

「それはよかった」

と言ったが、その視線は既に先ほどのテーブルの上の

物に戻っている。黒い容器に透明のフタ、金のリボンが巻かれたそれは、材質からして明らかにこのオラトリオの物ではない。

「それは、何だ」

「ああ、これはニホンで今話題のスイーツです。なかなか入手困難なので、チーズ様のお母様にお願いしていたものなんですよ」

やはり、平行世界のものだったか。そうこうしている内に、ドアがノックされて、この家の使用人が、パトリックと同じ物を携えて部屋に入ってきて、グラッドの前にも茶と共にそれを置く。

「グリーン様もも召し上がってください。コレ、濃厚なのにカロリー控えめで、なかなかはまっちゃいますよ」

と言うチーズ。本来は菓子など、女子供の食べるものとして、普段は食さないのだが、既に食べ始めているパトリックがあまりにも幸せそうな顔で口に入れるのを見て、グラッドは思わずフタを開けた。中に入っているのは、チョコレートケーキのようだ。グラッドは、これまたこのオラトリオでは絶対にお目にかかれない材質と薄さの白いスプーンで口に運ぶ。確かに濃厚だが、甘すぎずすっと溶けていって後口も悪くない。

「旨いな」

と言ったグラッドに、

「そうでしょう! 私も毎日食べたい位なんですが、如何せんニホンでも人気が高いらしく、売り切れていることが多くて……でも、チーズ様の地元の方がよく見かけると聞いてお願いした次第です」

パトリックは興奮気味でそう返した。

「ウチのお母も近所のコンビニ4軒回ってかき集めてきましたけどね」

まぁ、なかなか入手困難なため、チーズの母君に購入を依頼したのは分かった。

 だが、それをわざわざここで食べていく必要はないだろう。自分の立場を弁えているのかとグラッドが言うと、

「そうしたいのは山々なんですが、私がコレを食べていると、エリーサ様の機嫌がすこぶる悪くなるものですから……」

パトリックはそう言ってため息をつく。


 実はニホンにあるテレビという、チーズが編みだした[テレビ電話]の魔法の元になったもので、このスイーツの宣伝をしているらしいのだが、その宣伝文句が、

『ケーキとあたしのキス、どっちが好き』

という、オラトリオでは良識を疑うような台詞で、またそれを口にしていたのがHANANOというニホンでも一、二を争うアイドルグループのボーカルだったために、パトリックの奥方はうっとりするパトリックに、悋気りんきを起こしたという。パトリックがうっとりと見つめていたのは、スイーツの方だけだったのだが……

「まぁね、エリーサ様が怒るきっかけを作ったのはあたしだったりするんで」

スイーツ好きのパトリックに、食べてみろと画像を送ったのがアダになったと苦笑するチーズ。グラッドはふと思い立って、

「それに男バージョンはないのか」

と聞いてみた。チョコなど女子供の食べる物だ。男向けにそんな宣伝をしているのなら、女用のも当然あるに違いない。

「あるんですけどね、パトリック様がどうしてもエリーサ様に見せたくないって」

それに対して、チーズは手をひらひらさせてそう返した。

「だって、そうではないですか。エリーサ様とそう対して年の変わらぬ美丈夫が甘い声で『ケーキと僕のキス、どっちが好き』って囁くんですよ。他に免疫のないエリーサ様なんて、一気に持ってかれます!」

すると、パトリックは涙目でそう反論する。どうやら、犬も食わないヤキモチ合戦らしい。グラッドは半ば呆れながら、

「俺が今日来たのは、他でもない。ある提案をしに来た」

と本日の用件を切り出した。

「それも、旅人、パトリック・デューナではなく、ガッシュタルト国王、ビクトール・スルタン・セルディオ・ガッシュタルトにだ」

「グリーン様、その名前は……」

パトリック・デューナもとい、ビクトール・スルタン・セルディオ・ガッシュタルトは、顔を引き攣らせて、その言葉を慌てて遮ろうとするが、グラッドは、

「ガッシュタルト王よ、貴殿のアイリーン姫を我が子ジョナサンに嫁がせる気はないか」

構わずなおもそう続けた。

えへへ、やはり顔を出していたのはビクトール。


で、コレこっそりと「初恋ショコラ」の企画にも連動してます。これの表話を後日、「初恋は『世界』共通?」方に入れますので、それはもうしばらくお待ち下さい。


にしても、いきなりの王国間の縁談に。ビクはどう答える?

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