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「無能」と追放された俺、観察スキルで全て見抜いて無双したら元パーティが崩壊した  作者: ささかま
第4章 空の迷宮

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80話 vs風精霊②

風精霊はそこにいる。

見えている。

距離も分かる。


動きも遅い。

なのに、届かない。

その事実だけが変わらない。


白石凛は呼吸を浅く保ったまま、短剣を握り直す。

血で滑る柄を、指に食い込ませる。

踏み込めば当たる距離だ。


それは間違っていない。

だが、その「間違っていない」が全部外れる。



「……全部ズレる」



凛は低く呟く。

視線は落とさない。

だが、輪郭を追うのをやめるにはまだ早い。


風精霊が揺れる。

右にいる。

そう見える。


凛は半拍だけ遅らせる。

だが、その瞬間にはもう遅れていた。

風刃が肩を裂く。


浅い。

それでも鋭い。

見てからでは間に合わない。


凛は一歩だけ下がる。

距離を取る。

整える時間を作る。


だが、その一歩すらズレる。

踏んだ位置と、身体の重心が噛み合わない。

床を蹴った感覚と、着地の位置が一致しない。

足裏に残る違和感が消えない。



「……まだズレる」



息がわずかに荒くなる。

思考は冷静なままなのに、身体だけが追いついていない。


再び踏み込む。

雷歩を連続使用する。


加速のたびに、身体がわずかに流れる。

本来の着地点より、半歩ずれる。

補正が追いつかない。


残光が重なる。

正面、側面、背後。

三方向から同時に斬撃を叩き込む。


全部外れる。


空を切っていない。

当たる位置に入っている。

なのに、当たる瞬間だけそこにいない。


次の瞬間、凛の腹に衝撃が走った。

空気が押し潰される。

呼吸が抜ける。


身体が浮いた。

床へ叩きつけられる。

遅れて痛みが来る。


肺が空気を拒む。

息を吸おうとしても入らない。

一瞬、視界が暗くなる。


起き上がる。

遅れる。


ほんのわずか。

それだけで、次の一撃が重なる。


太腿を裂かれる。

血が温かく流れる。

踏み込みに違和感が残る。


動きが鈍る。


凛は歯を食いしばる。

ここで崩れるわけにはいかない。


風精霊は動いていない。

だが、凛だけが一方的に削られている。

このまま続ければ先に折れる。


視界の端にカメラが滑り込む。

一瞬だけ凛を捉える。

コメントが流れる。



「今のやばい」


「完全に読まれてる」


「凛、押されてる」



凛はそれを見ない。

見る余裕がない。


思考を切り替える。

ここで終わるわけにはいかない。


見てから動く。

それが通用しない。

なら、別の基準がいる。


凛は一度、目を細めた。

完全には閉じない。

だが、輪郭への依存を切る。


感じる。


空気の流れ。

肌に触れる圧。

遅れて鳴る裂風音。

踏み込みの前に生まれる微かな乱れ。


視覚より、わずかに早い情報。

そこに合わせる。


風精霊が動く。


右。


違う。

今見えている右は、もう遅い。

その一歩先。


凛は左へ踏み込む。

迷わない。

予測で動く。


風刃が頬をかすめた。

紙一重。

だが避けた。


今のは合っている。


凛はそのまま前へ出る。

だが、見えた位置は斬らない。

ズレるなら、その先を切る。


短剣を振る。


浅い。

だが、確かに触れた。

風を裂いた感触が残る。


風精霊の輪郭が、わずかに乱れる。


だが次の瞬間、凛の足が裂けた。

踏み込みが半歩早い。

まだ合っていない。


凛は後ろへ跳ぶ。

着地。

今度はズレない。


いや、ズレを先に含めて動いた。

理解したわけじゃない。

だが、癖が見え始めている。



「……今じゃない」



見えている今が遅れている。

なら、見てから動くのは駄目だ。


視覚を信用しすぎると負ける。

速さに頼るだけでも届かない。

必要なのは、早さじゃない。

先置きだ。


風精霊が揺れる。

一つだった輪郭が二つ、三つへ滲む。

だが全部が同じじゃない。


裂風音の遅れ方。

圧の寄り方。

揺れの深さ。


本体だけが、一拍遅れて風を引く。

そこが癖だ。


凛は腰を落とす。

呼吸を揃える。

短剣を握る指に力を込める。


足の痛みが残る。

だが踏み込みは止めない。


ここで引けば終わる。


カメラがもう一度だけ戻る。

凛の横顔を捉える。

コメントが流れた。



「動かない?」


「いや、待ってる」


「なんか見てないぞ」



凛はもう見ていない。

聞いている。

感じている。


風が鳴る。

右。

違う。

その先。


凛は雷歩を連続使用する。


だが軌道は単純じゃない。

直線ではない。

一歩先。

さらにその先。


未来位置へ、先回りする。


風精霊の輪郭がぶれる。

追いついていない。

初めて、凛の動きに対してズレる。


凛は止まらない。

さらに二歩。

左。

右。

斜め前。


風精霊の揺れに、無理やり先回りする。

見えた位置へではない。

ずれたあとにいる位置へ、先に刃を置く。


短剣が浅く通る。

次も浅い。

三撃目で、輪郭が大きく歪んだ。


まだ足りない。

だが崩れ始めている。


風精霊の反撃が来る。

頬。

肩。

脇腹。


三連の風刃。

凛は二つを避け、一つを浅く受ける。

血が散る。


膝がわずかに落ちる。

踏み込みが一瞬だけ遅れる。


それでも止まらない。


ここで引けば、また見失う。

今だけは、流れが見えている。


凛は踏み込みの角度を変える。

さっきより深く。

だが最短ではない。


本体が戻る線。

ズレの収束点。

そこへ先に刃を置く。


風精霊がぶれる。

二つ。

三つ。

四つ。


偽物が増えても、風の引き方は一つだけだ。


凛は短剣を逆手に持ち替える。

雷を収束させる。

狙う位置は決まっている。



「……ここに戻る」



息を止める。


痛みが残る。

血が流れている。

それでも、動きは止めない。


一瞬だけ、世界が静かになる。


踏み込む。

痛みを無視する。

身体が軋む。

それでも速度は落とさない。



「雷断」



見えない線が走る。

空間ごと切り裂く斬撃が、風精霊の中心を貫いた。


初めて、完全に当たった。


風精霊の輪郭が崩れる。

揺れが止まる。

分裂していた像が一つに戻る。


そのまま、裂ける。


風が音を失う。

流れが止まる。

次の瞬間、形が崩壊した。


霧みたいにほどける。

空気へ溶ける。

消えた。


凛はその場に立ったまま動かない。

動けない。

呼吸が荒い。

脇腹から血が落ちる。


太腿も肩も熱い。

踏み込みのたびに、わずかにズレた感覚が残っている。


一歩、踏み出そうとして止まる。

足に力が入らない。


数秒、動けない。


それでも短剣は落とさない。


ようやく一つ止めた。


カメラが戻る。

凛を捉える。

コメントが一気に流れる。



「倒した!?」


「今の当たった!」


「見えてなかったよな!?」



凛は答えない。

ただ、中央を見る。


遠く。

ルナリアの周囲で、空間が一段、深く沈んだ。


さっきまでとは違う。

揺れの質が変わっている。

抑えられていた歪みが、外へ漏れ出す。


軋む音が遅れて届く。

規則だった揺れが崩れ、乱れ始める。


制御が一つ、消えた。


それだけで、ここまで変わる。


歪みが膨らむ。

さっきよりも速く。

さっきよりも深く。


空間そのものが、不安定に揺れる。


凛は小さく息を吐く。



「……抑えてたのが、消えた」



精霊を倒した。

だが、楽になっていない。

むしろ、不安定さだけが増している。


凛は短く息を吐く。

短剣の血を払う。


見ていたら、間に合わない。

見える前に決める。

先に動く。


それが答えだ。


歪みがさらに一段、膨らむ。


次は、もっと厄介になる。


凛は小さく笑った。

痛みを残したまま、理解だけが冷えている。



「……見てたら、間に合わない」



そう呟き、短剣を握り直す。

血が柄を滑る。

それでも手放さない。


風はもう消えた。

次に来るものへ、合わせるだけだ。

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