52話 ここは休む場所じゃない
転移陣の光が立ち上がる。
白いはずの光が、途中で歪んだ。
線がねじれる。
視界が横に滑る。
身体の位置が固定されていない。
俺は端末をタップする。
「配信、入れる」
起動と同時に、軽い振動。
視界の端に、薄い枠が走る。
焦点の外側に、情報が重なる。
同時に、背後で微かな駆動音。
小型カメラが浮き、一定距離で停止する。
追尾。
俺の動きに合わせて、わずかに位置を調整する。
「え、もう配信ですか!?」
「記録は最初から取る」
ひなたの声に答えながら、視界を確認する。
コメント欄。
同時接続数。
数字が一瞬だけ浮かび、すぐに揺れた。
――遅延、微小。
――補正中。
文字が滲む。
位置がずれる。
焦点と合っていない。
「……ずれてる」
凛が短く言う。
「気にする余裕はない」
その直後。
下に引かれた。
まだ転移の途中だ。
それなのに、落ちている感覚だけが先に来る。
胃が浮く。
呼吸がずれる。
「これ、やばくないですか!?」
「黙って、舌を噛む」
凛の声。
直後、全身が引き抜かれた。
光が切れる。
空だった。
青が広がる。
その中に、無数の浮遊島。
だが距離が狂っている。
近いものが遠い。
遠いものが近い。
認識が噛み合わない。
理解する前に、足元が消えた。
着地から、0.3秒。
石床が存在ごと抜け落ちる。
音もない。
踏んだ瞬間、すでに終わっていた。
落ちる。
「え、ちょ――!」
「飛べ!」
叫ぶが、間に合わない。
横から叩きつける風。
身体が強制的に流される。
凛が空中で姿勢を変え、崩壊した足場を蹴る。
ひなたは大鎌を振り、岩塊に引っかける。
だが、その岩も崩れる。
連鎖的に、全部落ちる。
「遅い」
雪那の声。
氷が走る。
落下軌道に沿って、空中に足場が生成される。
一枚目で減速。
二枚目で姿勢制御。
三枚目でようやく衝撃が殺される。
それでも止まらない。
風が横から叩く。
氷ごと流される。
さらに、重力が反転した。
下が消える。
上が落ちてくる。
視界が裏返る。
その瞬間。
視界の端の表示が、大きくずれた。
コメントの流れが一瞬止まり、次の瞬間に一気に流れ込む。
時間が飛んだように見える。
――同期、再調整。
ノイズが走る。
すぐに消える。
「……不安定」
だが、切らない。
今はそれどころじゃない。
頭上にあった浮遊島が足場に変わる。
だが、その縁はすでに崩壊している。
凛が腕を掴む。
「左」
引かれるまま飛ぶ。
直後、さっきまでいた空間が裂けた。
風の刃。
自然現象の精度じゃない。
位置を狙っている。
殺すための風。
「何が正解なんですか!?」
答えない。
視界を走らせる。
崩壊の順番。
風の流れ。
重力の偏り。
全部が動いている。
だが、完全な無秩序じゃない。
崩壊は縁から始まる。
風は三秒周期で弱まる。
重力反転も、縁で強い。
条件はある。
読める。
「足場の寿命は三秒!」
「次で飛ぶ」
凛が即座に応じる。
「三秒って短すぎません!?」
「止まったら終わる!」
足場が砕ける。
今度はひなたの足元だけが抜けた。
身体が傾く。
大鎌が滑る。
落ちる。
ワイヤーを投げる。
ひなたの腕に巻きつく。
重い。
落下の勢いで肩が軋む。
凛が反対側からワイヤーを掴む。
「離すな」
「離しません!」
ひなたが叫び返す。
その間に雪那が氷を撃ち込む。
落下軌道に合わせて足場を生成。
ぎりぎりで、ひなたが持ち上がる。
全員が氷の上に叩きつけられた。
呼吸が乱れる。
肺が焼ける。
数秒。
それだけで、限界に近い。
「まだ敵、いませんよね……?」
「いない」
凛が短く答える。
「今のでこれ」
俺は周囲を見る。
足場は維持されない。
安全地帯は存在しない。
ここは戦う場所じゃない。
生き残る場所だ。
「むしろ分かりやすい」
「どこがですか!?」
「三秒で崩れるなら、三秒以内に動けばいい」
「普通はそれを簡単とは言わない」
「簡単」
足元に亀裂が走る。
「残り、二秒」
「カウントするんですか!?」
「必要」
止まれない。
俺は前方を見る。
最も近い浮遊島。
風が落ちる瞬間がある。
外せば終わる。
「移動する」
「風が落ちる瞬間に飛ぶ」
「凛は先行、ひなた中央、雪那は着地固定」
「分かった」
「やります……!」
「いい判断」
浮遊島は崩れ続けている。
風は止まらない。
――止まった瞬間に死ぬ。
なら。
「ここは――休む場所じゃない」




