45話 100万登録と、空に現れた異常
ミメシスの残骸が崩れ落ちる音だけが、しばらく響いていた。
黒い外殻が砕け、崩れ、やがて完全に動きを止める。
俺は短剣を下ろす。
肺の奥に残る痛みを、ゆっくりと吐き出した。
終わった。
それだけは確かだった。
ひなたが、ようやく息を吐く。
「……勝った」
一拍遅れて、顔を上げる。
「勝ちましたよね!?」
凛が小さく肩をすくめる。
「勝った」
ひなたはそれでも抑えきれないらしい。
「だって、あのミメシスですよ!? しかも上位個体!
最後のやつ、意味分かりませんでした!」
その言葉に重なるように、コメント欄が一気に流れた。
「こっちも分かってない」
「意味不明すぎる」
「理解できない」
速度が異常だった。
画面の上半分が文字で埋まる。
同時視聴者数を確認する。
52874。
一瞬で更新される。
59312。
まだ伸びている。
ひなたも気づいたらしい。
配信画面を覗き込み、声を上げた。
「ちょっ、待ってください!
5万超えてます!?」
凛も画面を見る。
「……一気に来た」
その直後。
コメント欄に日本語以外が混ざり始める。
「What was that?」
「I don't understand」
「He made the boss miss」
翻訳するように、日本語のコメントが重なる。
「海外から来てるぞ」
「英語コメント増えてる」
D-Shareの通知が止まらない。
おすすめ掲載。
急上昇。
クリップ数増加。
最上位に表示された動画タイトルが目に入る。
『ボスに未来を信じさせて外させた男』
コメントがさらに荒れる。
「怖い」
「理解できない」
「再現できるのかこれ」
さっきまでの“すごい”とは違う。
一段階上の反応。
分からないから怖い。
そんな空気が混ざり始めていた。
その中に、明らかに温度の違うコメントが流れる。
「観察じゃない」
「誘導だろ」
「再現可能なら危険すぎる」
ただの視聴者じゃない。
分析している側の視点。
配信の外でも、何かが動き始めている。
凛が眉をひそめる。
「……面倒」
そのまま一度だけ、配信画面に視線を落とす。
わずかな間。
「……増えてる」
ひなたが首を傾げる。
「え?なにがですか?」
凛は淡々と答える。
「登録者。100万、超えた」
一瞬。
ひなたの動きが止まる。
「……え?」
コメントが爆発する。
「100万きた」
「トップ帯確定」
「おめでとう」
ひなたが慌てて画面を見る。
「ちょ、ちょっと待ってください!?
ほんとだ!?100万!?」
凛はそれ以上反応しない。
「予想通り」
それだけ言って、視線を戻す。
ひなたはまだ混乱していたが、コメントの流れに押されている。
「え、すご……いやすごいですけど!
今それどころじゃないですよね!?」
凛は小さく息を吐いた。
「目、つけられた」
視線はすでに別の方向を見ている。
雪那は、ミメシスの残した痕跡を見たまま呟いた。
「……想定以上ね」
ひなたが振り返る。
「雪那さんでもそう思うんですか?」
少しの間。
それから、静かに言う。
「あれを再現できる人間は、ほとんどいないわ。
普通は、読ませた時点で終わる」
短い。
だが、それで十分だった。
コメント欄が一瞬だけ止まり、次の瞬間に爆発する。
「認めたぞ」
「ガチ評価きた」
「Aランクが言うなら本物」
その流れに混ざるように、新しいコメントが流れた。
「協会が動いた」
「今の戦闘、解析対象になったらしい」
ひなたが目を丸くする。
「え、え?
それってどういうことですか!?」
凛が淡々と答える。
「公式が動いた。良くも悪くも」
俺はコメント欄を見て、小さく息を吐く。
「……騒ぎすぎです」
ミメシスを倒した。
それで終わる話じゃない。
むしろ、ここから面倒になる。
そんな予感しかしなかった。
コメント欄は、もう完全に混ざっている。
「rank1 soon」
「monster」
「this is not normal」
その流れの中に、妙な話題が混ざり始めた。
「最近、空のやつ見たか?」
「東京上空の歪み」
「帰還率0らしい」
「協会が封鎖してるって」
ひなたが首を傾げる。
「空のやつ?」
凛の目がわずかに細くなる。
「……見たことはある」
「ただの蜃気楼、だと思ってた」
雪那が、ゆっくりと視線を上げる。
「蜃気楼ではないわ」
短い断定。
その一言で、空気が変わる。
コメント欄も一気にざわついた。
「知ってるのか?」
「やばいやつ?」
雪那はそれ以上説明しない。
代わりに、俺の方を見る。
「このままでは収まらない。
次は、もっと上が来る」
ひなたが言葉を失う。
凛も無言になる。
俺は出口へ向かいながら、視線を外へ向けた。
ダンジョンの外。
そのさらに上。
雲の切れ間に、わずかな歪みが見える。
空間そのものが引き裂かれたように、光がわずかにずれていた。
黒い裂け目のようなものが、空に浮かんでいる。
ほんの一瞬。
だが、確かに存在していた。
コメントが流れる。
「今の見えた?」
「空やばい」
俺は目を細める。
あれは、ただの現象じゃない。
そう思えるだけの違和感があった。
ミメシスで終わりじゃない。
むしろ、ここからが本番だ。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます。
面白いと思っていただけたら、ブクマ・評価で応援してもらえると嬉しいです




