43話 通用し始めたが、まだ足りない
再び、流動迷宮へ足を踏み入れる。
空気が違う。
前より重い。
壁がわずかに脈打ち、通路そのものが呼吸しているように揺れていた。
このダンジョンは、ただの空間じゃない。
内部そのものが、こちらに合わせて形を変えている。
コメントが流れる。
「来た」
「リベンジ戦」
「まだ無理じゃね?」
ひなたが小さく息を呑む。
「……前より、怖いです」
凛は前を見たまま言う。
「当然よ」
「さっきは逃げただけ」
雪那は周囲を一瞥した。
「環境変化が速いわね」
「適応を急いでいる」
俺は短く頷く。
「行きます」
通路を進む。
ほどなくして、小型の魔物が現れた。
ミメシスの欠片のような個体だ。
輪郭が揺れ、形が安定しない。
前なら一瞬で終わる相手だ。
だが、今回はそうしない。
俺は一歩、わざと遅らせる。
視線だけを外し、肩を僅かに揺らす。
魔物が反応する。
狙いをそこに合わせた。
その瞬間、逆側へ流れる。
攻撃は空を切った。
短剣で喉元を裂く。
一撃。
だが最短ではない。
コメントがざわつく。
「なんか違う」
「遅くね?」
「でも当たってない」
もう一体。
今度は踏み込みを浅くする。
攻撃を誘い、ほんの僅かに遅れて回避。
反撃。
処理は完了。
ひなたが呟く。
「さっきと動きが……違う」
俺は答える。
「見せてる情報を変えてます」
「全部見せる必要はない」
凛が目を細める。
「最適解を、そのまま出さないってことね」
「はい」
「読ませる形を、ずらします」
雪那が一歩前へ出る。
「非効率ね」
一拍。
「……だが、合理的でもある」
ひなたがきょとんとする。
「え、どっちですか?」
雪那は淡々と言った。
「無駄がある」
「だが、その無駄が機能している」
コメントが流れる。
「雪那さん評価してる?」
「ズレてるけど分かる」
通路の奥。
空間が歪む。
重圧が一気に増した。
来る。
巨大な影が現れる。
ミメシス。
前回と同じ、だがどこか違う。
輪郭がより不安定で、存在そのものが揺れている。
その手が、ゆっくりと形を持つ。
細い刃。
短剣。
俺が握っているものと、同じ形だった。
コメントが爆発する。
「武器もコピーしてる!?」
「完全再現じゃん」
俺は短剣を構える。
影も同じ構えを取る。
重心。
踏み込み。
刃の角度。
全部、同じだ。
ミメシスは、戦い方ごと再現している。
踏み込む。
最初の動きは、わざと遅らせる。
視線をずらし、肩を開く。
読ませる。
ミメシスが反応する。
同じ動きで踏み込んでくる。
その瞬間、軌道を変更。
回避。
前回よりも、明らかに読まれていない。
一撃を入れる。
浅い。
だが、通った。
ひなたが声を上げる。
「通った!」
そのまま距離を詰める。
刃が走る。
しゃがむ。
だが、わざと半歩遅らせる。
ギリギリで回避。
さらに踏み込む。
フェイント。
遅延。
視線誘導。
最適ではない。
だが、読まれにくい。
一瞬、隙が生まれる。
短剣を突き込む。
今度は深い。
ミメシスが揺れた。
コメントが加速する。
「いける!」
「前より通ってる!」
だが、その瞬間。
空間が歪む。
ミメシスの動きが変わる。
適応。
同じ短剣が、同じ角度で振るわれる。
だが次の一手が、最初からそこに存在していた。
俺は咄嗟に体を捻る。
刃が脇を掠める。
熱が走る。
血が滲む。
足元がわずかにふらつく。
このまま続ければ、確実に持たない。
コメントが荒れる。
「やばい!」
「まだ足りない!」
その中に、一つだけ異質なコメントが流れた。
「……それでもまだ浅い」
すぐに流れて消える。
だが、俺も同じ結論だった。
まだ甘い。
見せ方を変えるだけでは足りない。
ミメシスは、そのズレごと取り込んでくる。
“読ませて外す”だけでは通用しない。
もっと先。
読ませた結果そのものを、誤らせる必要がある。
雪那が氷を展開する。
鋭い氷刃が空間を走る。
完璧な軌道。
だが――
ミメシスの周囲に、同じ氷が生成される。
一瞬遅れて、同じ形、同じ角度の氷刃が放たれた。
正面から衝突する。
氷と氷がぶつかり、砕けた。
完全に、相殺された。
コメント欄が止まる。
「は?」
「今コピーした?」
雪那の目がわずかに細まる。
「……魔術も、再現するのね」
ミメシスの周囲に残る氷片が、ゆっくりと崩れ落ちる。
その形は、雪那の魔術と寸分違わなかった。
完全に詰んでいる。
俺はその隙に下がる。
判断は一つ。
「撤退します」
ひなたが息を吐く。
「……でも」
一拍。
「さっきより、いけてました」
ひなたが一歩前に出る。
「次は、絶対に当てます」
俺は頷く。
確信はある。
通用している。
だが、まだ足りない。
見せ方だけじゃない。
もっと深く、仕込む必要がある。
コメントが流れる。
「惜しい」
「あと一歩」
「次いける」
俺はミメシスを見る。
あれは、まだ越えられない。
だが、届き始めている。
雪那が静かに言う。
「発想は正しい」
「完成すれば、通る」
凛も短く続ける。
「次で決めるしかない」
俺は小さく息を吐く。
ミメシスは、まだこちらを見ている。
同じ構えで、同じ短剣を握ったまま。
なら、その読みそのものを利用する。
答えは、もう目の前まで来ていた。
俺は短く呟く。
「通用する」
一呼吸。
「でも――まだ足りない」




