41話 観察した瞬間に負ける相手だった
通路の最奥で脈打っていた魔力が、ゆっくりと形を持ち始める。
だが、その輪郭は定まらない。
人型に見えた。
次の瞬間には獣じみて歪む。
さらに一拍後には、空間そのものが揺れているようにしか見えなかった。
ひなたが息を呑む。
「……なに、あれ」
雪那が低く呟く。
「輪郭が固定されていない」
俺は前を見る。
空気が重い。
音が、半拍遅れる。
魔力の流れも一定じゃない。
この空間だけ、迷宮の構造が歪んでいる。
足元の床さえ、踏み込む前と後で微妙に位置がずれて見えた。
正面の歪みが膨らむ。
その中心に黒い核が浮かび上がる。
ボス。
そう判断した瞬間、コメント欄が流れる。
「きた」
「これがボス?」
俺は短剣を握る。
まずは観る。
重心。
魔力核。
予備動作。
全部を同時に拾う。
見える。
いつも通りのはずだった。
黒い影が腕を振るう。
俺は半歩ずれて避ける。
爪が空を裂く。
雪那の氷が走る。
一瞬だけ影が凍りつく。
「いける!」
「勝ったな」
コメントが弾ける。
俺も踏み込む。
今なら通る。
そう判断した瞬間――
影の輪郭が崩れた。
腕の位置が変わる。
重心がずれる。
弱点が消える。
遅い。
俺は上体を捻る。
だが完全には避けきれない。
黒い刃が脇腹を浅く裂いた。
熱が走る。
遅れて痛み。
コメントが爆発する。
「当たった!?」
「初ダメージ!」
ひなたの声が震える。
「悠斗さん!」
俺は距離を取る。
浅い。
動ける。
だが――
見えていた情報が、意味を失っていた。
雪那が言う。
「……学習している」
すぐに否定する。
「違う」
凛が問う。
「何が?」
雪那の視線は揺れない。
「観測された情報に適応している」
その一言で理解する。
この敵は、
“見られた動き”を潰している。
観察した結果そのものに、対策してくる。
コメントがざわつく。
「観察メタ?」
「無理ゲーだろ」
影が揺れる。
次の瞬間――
俺と同じ構えを取った。
低い重心。
最短距離で踏み込む姿勢。
コメント欄が止まる。
「え?」
「今、同じ動き……?」
影が踏み込む。
速い。
いや、違う。
“同じ”だ。
俺と同じタイミング。
同じ角度。
同じ最短。
俺は咄嗟に後退する。
だが、読み合いにならない。
読んだ瞬間に、
その行動が無効になる。
影の短剣のような腕が、俺の喉元を掠めた。
紙一重。
コメントが爆発する。
「やばい!」
「完全にコピーしてる!」
ひなたが叫ぶ。
「そんなの、どうやって勝つんですか!?」
雪那が氷壁を展開する。
完璧な角度。
だが影はその直前で軌道を変える。
氷を“避ける”のではない。
氷が無意味になる位置へ移動する。
凛が叫ぶ。
「右!」
雪那がずれる。
床が裂ける。
黒い槍が突き上がる。
完全に連動していた。
コメントが流れる。
「全部読まれてる」
「無理だこれ……」
ひなたの足が震える。
それでも前を見ている。
「……逃げますか?」
俺は前を見る。
影が揺れる。
今度は、
ひなたの構えに似た形になる。
次の瞬間には、
雪那の氷の展開姿勢。
さらにその次には、
また俺の構え。
取り込んでいる。
最適を更新し続けている。
このまま戦えば、
情報を与えるだけだ。
俺は短く言う。
「一度下がります」
ひなたが息を呑む。
「でも――」
雪那が即座に言う。
「正しい判断よ」
凛も頷く。
「今は無理」
俺たちは同時に後退する。
その瞬間、
さっきまでいた場所を影が貫く。
さらに遅れて罠が落ちる。
退路まで読まれていた軌道。
だが、一歩分足りない。
完全じゃない。
俺はそう判断する。
勝てないわけじゃない。
だが、今じゃない。
コメントが流れる。
「撤退か」
「でも判断早すぎる」
古参が重ねる。
「無理押ししないのが黒崎」
「だから生きてる」
距離を取った先で、影が止まる。
追ってこない。
その代わり、
ゆっくりと形を変える。
今度は完全に、
俺と同じ構えになった。
短剣。
重心。
視線。
すべて同じ。
ひなたの声が震える。
「……もう一人、いるみたい」
雪那が静かに言う。
「違う」
一拍置いて。
「“こちらを写している”だけ」
影が、わずかに頭を傾ける。
まるでこちらを観察するように。
コメント欄が静まる。
その中に一つだけ、異質な文字が流れた。
「……適応速度、予測不能域」
すぐに流れて消える。
だが、確信する。
こいつは、
観察する側ではない。
観察“される側”でもない。
その両方だ。
俺は短剣を握り直す。
見られているなら、
見せ方を変えるしかない。
だが今は、その段階じゃない。
一度、組み直す。
そう決めて息を吐く。
「……見せ方を変える」




