32話 影が先に攻撃してくる敵でも、全部見えていた
深層入口の空気は、浅い階層とは別物だった。
湿った石の匂いに、濃い魔力が混ざっている。
今日は正式タッグ後、最初の攻略配信だ。
だから見せるべきものは、一つしかない。
――この3人は、本当に強い。
配信開始と同時に、コメント欄が一気に流れた。
待機していた視聴者が、そのまま雪崩れ込んでくる。
同時視聴者数。
4100。
開始直後からこの数字は重い。
だが、もう気後れはしなかった。
「きた」
「固定初戦闘待ってた」
「今日は深層?」
俺は通路を映す。
「今日は深層入口から入ります。
前回より難易度は上です」
ひなたが大鎌を軽く担ぐ。
「神回にしましょう!」
凛は一歩前に出た。
「見せればいい」
通路へ入る。
先頭は俺。
その少し前を、凛が流れるように進む。
ひなたは後方で大鎌を抱え、いつでも振れる位置を取った。
説明はいらない。
配置はもう完成している。
最初の分岐に着く。
左は空気が淀み、右は魔力が抜けていた。
左は敵が多い。
右が正解だ。
壁の削れ方。
床の摩耗。
魔力の流れ。
全部がそう言っている。
「右です」
「了解」
「ついていきます!」
曲がる。
三十秒後、合流点に出た。
左ルート側には戦闘痕が残っていた。
割れた瓶。
折れた矢。
血痕。
選択は正しい。
無駄な接敵を一回分切れている。
コメント欄が加速する。
「また当てた」
「攻略配信すぎる」
その時、空気がずれた。
重くなったんじゃない。
影が、先に揺れた。
だが、本体がいない。
「……来ます」
床に落ちた影が滑る。
形を変える。
――ディレイシャドウ。
影が先に攻撃し、本体が遅れて現れる深層モンスターだ。
次の瞬間、影から斬撃が走った。
コメントが一瞬止まる。
凛が動く。
だが半拍だけ遅れた。
未来視が捉えた危険と、本体の位置が噛み合わない。
俺は言う。
「影が先です。本体は後から来ます」
凛の目が細くなる。
「……そういうこと」
二体目の影が横から伸びた。
今度は二つに割れている。
本体は一つ。
片方は誘いだ。
右が本命。
左は偽装。
ひなたが大鎌を振りかぶる。
「いきます!」
「まだです」
「えっ!?」
ひなたの動きが止まる。
影が交差する。
右だけが僅かに遅い。
本体が重なる位置だ。
「今」
「はいっ!」
大鎌が振り下ろされる。
だが振りが大きい。
「浅く」
「うわっ!」
軌道を修正する。
刃先だけが本命を掠める。
そこへ本体が現れる。
直撃。
吹き飛ぶ。
コメント欄が流れる。
「今の指示やば」
「修正させた?」
三体目。
天井の影が落ちる。
本体はまだ来ない。
凛が踏み込もうとして、止まる。
「……タイミングがずれる」
俺は一歩前へ出る。
影が落ちる。
その瞬間、何もない空間へ短剣を振る。
空を切る。
一拍。
二拍。
そこへ本体が現れる。
切断。
完全に無音だった。
コメント欄が止まる。
次の瞬間、爆発した。
「は?」
「今の何した?」
静寂。
三体、終了。
戦闘時間は数秒だった。
ひなたが息を呑む。
「……今の、見えてたんですか?」
凛も俺を見る。
視線の熱が変わっていた。
「理解はできる。
でも、普通は間に合わない」
俺は短く答える。
「規則があるだけです」
コメント欄が流れる。
「その規則が無理」
「意味わからん」
同時視聴者数が跳ねる。
4100。
5300。
6700。
止まらない。
俺は小さく息を吐く。
前は、全部自分でやる必要があった。
今は違う。
見えた情報を、そのまま形にしてくれる。
凛が流れを作る。
ひなたが火力を叩き込む。
そして俺が終わらせる。
役割は完成している。
通路の奥の扉から、さらに濃い気配が流れてきた。
まだ先がある。
俺は短剣を握り直す。
「この先、さらに強いのがいます。
でも問題ありません」
「当然」
「次も行きましょう!」
通路の奥。
濃い気配が、こちらを待っている。
さっきより強い。
だが、問題にならない。
見えている。
対処も決まっている。
――もう詰みだ。
「最短で終わらせます」
その一言で、コメント欄が再び跳ねた。




