28話 追放した探索者が最強だったと知った時、もう遅かった
ダンジョンの空気が重い。
さっきから、ずっとだ。
桐崎隼人の斬撃が空を切る。
わずかに体勢が崩れた。
その隙を突かれ、後衛が下がる。
相沢美咲が慌てて炎を放つ。
藤堂玲奈の回復が飛ぶ。
本来なら不要な場面だった。
ようやくオークを倒す。
だが、全員の呼吸が荒い。
余裕がない。
それだけで異常だった。
「……最近、きつくない?」
玲奈が小さく言った。
隼人はすぐに顔をしかめる。
露骨に機嫌が悪い。
だが、その言葉は間違っていなかった。
進みが遅い。
戦闘が増えている。
消耗も大きい。
以前なら、こんな場所でポーションは使わなかった。
「気のせいだろ」
隼人が吐き捨てる。
美咲が眉をひそめる。
言いにくそうなまま、口を開いた。
「でも、前はこんなに被弾してなかった。
もっとスムーズだったでしょ」
隼人は即座に返す。
「敵が強くなってるだけだ」
納得できる答えではない。
だが、それ以上は言えない空気だった。
誰も反論しない。
沈黙だけが残る。
その時、別の探索者パーティとすれ違った。
軽装。
余裕のある表情。
明らかに、同じ階層にいる人間とは思えない空気だった。
一人がこちらを見て、軽く笑う。
「その装備でそこ? 遅くない?」
隼人の顔が歪む。
「……は?」
相手は肩をすくめた。
「今、話題の配信見てないのか。
新人の最速攻略」
美咲が反応する。
「配信?」
相手はスマホを軽く振る。
「見れば分かる。めちゃくちゃ速い」
それだけ言って去っていく。
言い方は軽い。
だが、内容は重かった。
最速攻略。
今の自分たちには、あまりにも遠い言葉だった。
隼人が舌打ちする。
「くだらねえ」
だが、美咲はすでにスマホを取り出していた。
玲奈も自然に覗き込む。
隼人が睨む。
「必要ない」
美咲は無視する。
玲奈も止めなかった。
配信アプリを開く。
おすすめ欄の上位に、その配信はすぐ表示された。
サムネイルを見た瞬間、三人の動きが止まる。
「……え?」
玲奈が小さく呟く。
映っているのは、追放したあの男だった。
配信タイトルの横で、数字が跳ねている。
コメント欄も高速で流れていた。
神回避。
最速攻略。
新人じゃない。
その言葉の一つ一つが、現実として突きつけられる。
隼人が鼻で笑う。
「どうせ盛ってるだけだろ」
だが、その直後。
画面の中で、男が動いた。
モンスターの攻撃。
通常なら、避けるだけで精一杯の間合い。
それなのに。
男は半歩だけ動く。
たったそれだけで、すべてを外す。
一度ではない。
二度。
三度。
まるで、最初から来る位置が分かっているかのようだった。
美咲が息を止める。
「……なにこれ」
玲奈も言葉を失う。
さらに続く。
罠を見抜く。
迷いなく進む。
無駄な戦闘をしない。
判断が速い。
だが、それ以上に正確だった。
見ているだけで分かる。
自分たちとは、明確に違う。
美咲が低く言う。
「こんな動き……してた?」
玲奈が首を振る。
「見たことない」
隼人が強く言い切る。
「たまたまだ」
だが、その声には力がなかった。
誰も納得していない。
空気が、それを示していた。
画面の中では、さらに進んでいく。
無駄がない。
戦闘も少ない。
進行速度が異常だった。
ボス部屋。
戦闘開始。
攻撃を避ける。
位置を取る。
そして――
あっさり終わる。
しかも、ほぼ無傷で。
コメント欄が一気に流れる。
「別格」
「元パーティ見る目なさすぎ」
その言葉に、美咲の指が止まる。
玲奈の視線も揺れる。
他人の言葉のはずなのに、妙に刺さる。
玲奈が小さく言う。
「……これ」
隼人が睨む。
「見るな」
だが、もう遅い。
全員、見てしまっている。
外からの評価。
そして、自分たちの判断の否定。
その両方を。
美咲が低く言う。
「……私たちより、速い」
玲奈も続ける。
「しかも、無傷」
事実だった。
自分たちが苦戦している場所を、
あの男は通り過ぎている。
迷いもなく。
躊躇もなく。
その差は、画面越しでも明確だった。
隼人が声を荒げる。
「だからなんだよ!
配信だから盛ってるだけだ!」
美咲が思わず言い返す。
「この精度で盛れるわけないでしょ」
空気がぶつかる。
ダンジョンの通路なのに、異様な静けさが落ちた。
誰も動かない。
画面だけが進んでいく。
コメント欄も止まらない。
「なんで追放したんだ」
「見る目なさすぎ」
玲奈の顔が曇る。
美咲も視線を落とす。
隼人だけが、画面を睨み続けていた。
認めたくない顔だった。
「……あいつは弱かった」
吐き捨てるように言う。
「だから切った」
強い言葉だった。
だが、その裏にあるものは明らかだった。
焦り。
苛立ち。
否定。
美咲が小さく言う。
「……本当に?」
その一言で、空気が止まる。
隼人の表情が歪む。
玲奈も俯いたまま動かない。
誰も次の言葉を出せない。
画面の中では、男がランキング1位になっていた。
コメントは止まらない。
視聴者も増え続けている。
すべてが、あの男の側にあった。
沈黙が落ちる。
誰も口にしない。
だが、全員が気づいている。
あの男は、本当に弱かったのか。
見誤っていたのは、自分たちではなかったのか。
答えは、もう出ている。
それでも――
誰も、その言葉を口にできなかった。




