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「無能」と追放された俺、観察スキルで最適解を見抜く配信を始めたら最強探索者になっていた  作者: ささかま
第5章 雷の王女

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139話 昏睡

病院へ通う道を、俺はもう覚えてしまっていた。


受付を抜ける。

探索者専用区画へ向かう。

協会職員に許可証を見せる。


それだけの動作が、昨日よりも少しだけ速くなっている。


慣れたくない場所に慣れていく感覚が、胸の奥に重く残った。


白石は、まだ目を覚まさない。


医師の説明では、生命反応は安定している。

魔力の流れも極端には乱れていない。

外傷もない。


それでも、意識だけが戻らない。


病室に入ると、白石は昨日と同じ姿で眠っていた。


左腕には薄い黒い痕が残っている。

昨日脈打った時のような反応はない。


静かだ。


静かすぎる。


俺は椅子に座り、しばらく白石の顔を見ていた。


呼吸は穏やかだ。

表情も苦しそうではない。


それなのに、ここにいる白石が、どこか遠くへ行ってしまったように見える。



「白石」



呼んでも、返事はない。


分かっているのに、声をかけずにはいられなかった。


扉が小さく開いた。


入ってきたのはひなただった。


足には固定具がついている。

肩には包帯。


それでも、いつものように明るく振る舞おうとしているのが分かった。



「黒崎さん、来てたんですね」



「ああ。大丈夫なのか」



「はい。私はもう平気です。ちょっと歩きにくいだけで、命に別状なしってやつです」



ひなたは笑った。


けれど、その笑顔は長く続かなかった。


ベッドの上の白石を見ると、すぐに眉が下がる。



「凛さん、まだ……」



「目を覚ましてない」



「そう、ですか」



ひなたはベッドの横まで近づいた。


白石の左腕を見る。

包帯の下から少しだけ見える黒い痕に、視線が止まった。


ひなたは小さく手を握る。



「私が、もっとちゃんと動けてたら……凛さんに無理させずに済んだんでしょうか」



「それは違う」



すぐに否定した。

ひなたが悪いわけじゃない。


あの時おかしかったのは、ひなたの動きじゃない。

白石の判断だった。


だが、その言い方をそのまますれば、ひなたはもっと傷つく。


俺は少し言葉を選んだ。



「ひなたが怪我をしたのは、白石の異常が表に出た結果だ。お前が弱かったからじゃない」



「でも、私が足を引っ張ったのは本当です」



「違う。少なくとも、あの場で一番危険だったのは、お前の失敗じゃない」



ひなたは何か言いかけて、口を閉じた。


目元が少し赤い。



「凛さん、起きたら謝ってくれますよね」



「ああ」



「そしたら、私も言います。謝らなくていいって。でも、勝手に自分を削るのは怒ります」



その声は震えていた。

怖かったのだと思う。


怪我をしたことより、白石が自分を見ていなかったことが。


それでもひなたは、白石を責めたいわけではない。


支えたいのだ。


俺は何も言えなかった。


少しして、ひなたは看護師に呼ばれて病室を出た。


その後、俺は雪那の病室へ向かった。


雪那はベッドの上にいた。


入院患者らしく休んでいるかと思えば、手元にはタブレットがある。

画面には、対抗戦の映像が映っていた。


黒雷をまとった白石。

雷速で動く白石。

ルナリアに攻撃を弾かれる白石。



「休めと言われただろ」



雪那は画面から目を離さない。



「見ているだけよ」



「それも休んでない」



「理解しないまま寝る方が負担が大きいわ」



雪那らしい答えだった。

画面の中で、白石の黒雷が走る。


雪那は再生速度を落とし、何度も同じ場面を確認していた。



「何か分かったか」



「分からないことが分かった」



「答えになってないな」



「人格乗っ取りなら、反応がもっと不自然になる。魔力暴走なら、制御の崩れがある。だけど凛の動きは、むしろ整いすぎている」



昨日ルナリアが言ったことと同じだった。

綺麗すぎる。

整いすぎている。


異常なのに、乱れていない。

それが一番気持ち悪い。



「凛自身の判断が変質している可能性が高いわ。ただ、結論を出すにはまだ材料が足りない」



「無理はするな」



「無理をしたのは凛よ。私は見ているだけ」



そう言いながらも、雪那の顔色は悪い。


俺はタブレットを一度だけ見て、病室を出た。


白石の病室へ戻ると、ルナリアがいた。


昨日と同じように、左腕の痕を見ている。


小さな魔法陣がいくつも浮かび、消えていく。

火、水、風、地。

さらに重力と幻惑。


しかし、反応は薄い。



「変化は?」



「大きな変化はないね」



ルナリアは軽く肩をすくめた。



「動いておらん。じゃが、消えてもおらん」



「それが一番嫌な言い方だな」



「実際、嫌な状態だからね」



ルナリアは椅子に座らず、白石の左腕から目を離さない。


いつものような軽口はある。

けれど、その奥にある警戒は消えていなかった。



「空の迷宮の件と関係していると思うか」



「似てる。けど、同じとは言えない。妾の中に入ってきた時とも違う。凛ちゃんの中で、もっと自然に馴染んでいる感じがする」



自然に馴染んでいる。


その言葉に、背筋が冷たくなった。


外から壊すのではない。

内側から変える。


だから分かりにくい。


だから、終わっていない。


ルナリアは小さく息を吐く。



「調べるよ。妾も、あれを放っておく気はないからね」



俺は頷いた。

白石は眠ったままだった。

そのまま、時間だけが過ぎていく。


病室の白い天井。

一定の間隔で鳴る機械音。

白石の穏やかな呼吸。


その全部が、逆に現実感を薄くしていた。

病室を出る前、俺はもう一度だけ白石を見た。


変わらない寝顔。

規則正しい呼吸。


何も問題がないように見える。

それでも、不安は消えなかった。

俺は病室の灯りを背に、扉を閉めた。




――その頃。

白い空間が、どこまでも広がっていた。

上も下もない。


壁も床もない。

終わりのない白。


その中心に、白石凛は一人で立っていた。

凛は歩いた。

足音はしない。


前へ進んでいるはずなのに、景色はまったく変わらない。

振り返っても、来た道はない。

ただ、白が続いている。



「……誰かいるの?」



声は白に溶けた。

返事はない。

それでも、凛は一人ではないと感じていた。


視線がある。

どこから見られているのか分からない。

誰に見られているのかも分からない。


だが、確かに見られている。

凛は立ち止まった。



「出てきなさい」



声は強く出したつもりだった。

けれど、白い空間に吸われて、弱く聞こえた。


沈黙。

次の瞬間、声がした。


近くではない。

遠くでもない。

自分の声に似ているのに、自分の声ではない。


性別も、年齢も、感情も分からない。

ただ、意味だけがはっきりと届く。



「私はあなたを助けている」



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