セドリックの悲願
その日の夕飯も宿泊している迎賓館の食堂で頂く。
なんだか騒々しいわね… この広い館には、私たちしか客人はいないはず。
食堂に行くと、その理由がすぐに分かった。
「建国祭は楽しめたかい?」
にこにこと笑顔のトマスがそこに座っていたのだ。いきなり押し掛けたのだろう。後ろには隠すことなく大きなため息を吐くセドリックがいた。
あのトマス皇子の服…絶対式典用の衣装よね、、あそこだけ時空が歪んでるみたいに輝いているもの。また抜け出して来たのか…うん、明日セドリックのこと労ってあげよう。って、あの服のまま夕飯食べる気なの!?私だったら絶対汚すわ… 見てるこっちが緊張する…
いきなりの皇子参戦に、厨房はお慌て、皇族など滅多に現れないここの使用人達は、慣れない準備に忙しかったらしい。
「トマス皇子、こんなところにいらして、大丈夫なのですか?」
後ろでセドリックが項垂れたまま首を横に振っていた。大丈夫ではないらしい。
「ほら、お出掛けもダメ、夜のゲームもダメ、晩餐くらい一緒にとってもなんら問題ないだろう?僕だって食事は摂るのだし。そんなことより、エルザ。今日は君のために特別な料理を用意させたよ。」
運ばれて来たのは、いつもの1人用のフルコースの皿ではなく、大皿に盛り付けられた皇国の郷土料理だった。昼間のレストランでは見なかった料理も多く、エルザの目が輝く。
「まぁ!郷土料理ですわね。昼食で頂いてとても美味しくて、また頂きたいと思ってましたの。嬉しいですわ!」
「そんなに喜んでもらって、僕も嬉しいよ。ふふ、エルザは本当に可愛いね。メンシス、君もそう思うだろう?」
は… なぜそこに彼を巻き込む…
やめてやめてやめてやめてやめてー
そんなの、可愛いって言うしかないじゃない。でも、もし違うこと言われたらどうしよう…
何でだろう。彼の答えを聞くのが少し怖いわ…私は何に怯えているんだろう。
「ふふ、トマス皇子は随分と今更なことを言いますね。そんなこと、貴方に言われるまでもなく、常々思っていますよ。」
わあああああああああああ!
やっぱりメンシスだ!そう言ってくれるよね!
嬉しいけれど、ちょっと言い方気を付けよう、ね?
「エルザ?なんだ、もっとはっきり言って欲しかったのか?」
メンシスは、あわあわするエルザをチラリと見てイタズラ顔をした。
ちょっとーーーーー!!!!!
なんでそうなるのよーー!!!
エルザは思い切り首を横に振った。
それを見たメンシスは、おかしそうに声を出して笑っていた。
「ねぇ、なんであれで恋人同士じゃないの?ふたりしてあんなに幸せそうにしてるクセに。おかしくない?もうくっ付けばいいじゃん。ムカつく。」
「トマス皇子、彼らはまだまだお子様なんですよ。あたたかく見守ってあげましょ。」
「僕は君みたいに寛大にはなれないな…」
「ふふ、僕は人の恋路に興味がないだけですよ。エミリアさえいてくれれば。ね?」
「ちょっと!マルクス様!」
「ねぇ、マルクスって呼んで?」
「もうっ!」
「…。」
メンシスを揶揄うつもりだったが、盛大に周りの惚気に当てられてしまったトマス。
「もう何なんだよ、どいつもこいつも浮かれて…。ああ僕も、僕だけの誰かが欲しい。その人だけを想って愛して甘やかして、僕だけのものにしたい…。セドリック、もう見合いでもなんでもいいから、誰か紹介して。」
「トマス皇子!なんという嬉しいお言葉!すぐにでも手配して参ります。すでに何人か、皇子に合いそうなご令嬢は見繕っておりますので。そうですね、建国祭終了後すぐ、顔合わせの場を設けましょう。候補者は30名ほどですので、1日3名として、10日あれば全員と顔合わせ出来ますね。」
「…」
「トマス皇子も12日後には素敵な婚約者様を手に入れることが出来るでしょう。皇帝陛下も皇后様も、この日をどれだけ待ち侘びていたことか…建国祭の次は婚約式ですか。いやはや、皇国の将来もこれで安泰ですね。」
「あ…ああ。ほどほどに頼むよ。」
長年、お見合いを拒み続けていたトマス。世継ぎのために彼の結婚は必須であり、かと言って無理強いすることも出来ず…セドリックの頭を悩ませていた課題だった。
それが、トマスのメンシスにした嫌がらせが巡り巡って、セドリックの悲願へと結び付いた。その夜、彼は1人で祝杯をあげていた。