セドリックからのお礼
翌日、仕事に行くメンシス達を見送った私たちはセドリックの案内でのんびり街歩きをしていた。
地元民しか知らないような穴場スポットから女性が好みそうな可愛らしい小物のお店、お洒落なオープンカフェ、どれも王国とは一風変わっており、歩いて見て回るだけでも十分に楽しかった。
加えて、セドリックの案内が懇切丁寧で、文化や史実に関する小ネタも交えて話をしてくれるので、飽きないし、勉強になる。
彼に案内役をお願いして本当に良かった。エルザは心からそう思っていた。今この瞬間までは。
「ねぇ、セドリック。これ本当にこのまま着て帰るの?」
「せっかくのお祭りですから。」
くっ…ハメられたわ!!!
あの皇子め…こんなの断れないじゃない!
なんてことしやがるのよ…ほんとに…顔見たら絶対に文句言ってやるわ。あの腹黒めっ。
セドリックへのやんわりとした問いかけとは真逆に、内心キレまくるエルザ。
皇子が贔屓にしている店があるから、ぜひ寄ってもらいたいと言われたエルザ達。特に断る理由もないし、何よりセドリックの株が少しでも上がればと思い、エルザは快諾した。
それは伝統品を扱う店だった。中でも、民族衣装が主要な品で、特に祭りの期間はこの衣装を纏う女性が多いとのこと。その後、女店主によって、半ば強引に試着をさせられた挙げ句、このまま午後の茶会に参加しましょうとセドリックにゴリ押しされ、今に至る。
「トマス皇子からも、是非そのお姿でお連れするようにと仰せつかっておりまして…珍しく公務を全うしている皇子のために、その願いを叶えてあげたかったのですが…このままではまた皇子の機嫌を損ねてしまいます…困りましたねぇ…はぁ。」
「わ、分かったわよ!せっかくだからこのまま着させて頂くわ!これでいいでしょ!」
もはや捨て台詞のような令嬢らしからぬ言葉を使うエルザ。
「ああ、ありがとうございます!」
『ふふ…メンシス様、これは昨日のお礼ですよ。マルクス様は…ついでです』
セドリックは心の中でひっそりと呟いた。
「え、エルザ様…本当にこの格好のままで行きますの?」
「だ、大丈夫よ、きっと。町でも同じような格好の子を見掛けた…気もするし。ほら、トマス皇子やルシア様は見慣れているでしょうし、メンシス達はいないから。せっかくのご厚意だし…お茶会終わったらすぐ着替えましょう。ね?」
無理やり自分を納得させる言葉を連ねたエルザ。押しの強さに負けて、試着したまま皇城まで戻って来てしまった手前、今更ここで着替えたいとは言えない…
「そ、そうですわね。お二人が戻ってくる前に着替えれば問題無いですわね!」
エルザよりも押しに弱いエミリアは、エルザの言葉で迷う心を手放した。
皇城に戻ったエルザ達は、セドリックに案内されて、離宮にある庭園に向かっていた。落ち着かない装いに、2人は小声で相談しつつ、ソワソワしながら彼の後をいつもより小さい歩幅で歩く。
庭園の入り口に到着し、一歩足を踏み入れた瞬間、聞き慣れた嫌な予感のする声がした。
「2人ともとてもよく似合ってるよ!やっぱり、建国祭は妖艶さが際立つこの衣装に限るよね。ねぇ、メンシス、マルクス、君たちもそう思うよね?」
「「っきゃああああああああああああ!!!」」
「「…っ!!!」」
女性陣の悲鳴と、男性陣の声にならない声が重なった。
彼女達が着ていた皇国の民族衣装は、身体のラインがはっきりと分かる作りになっていることに加え、首元まで布で覆われているが、鎖骨部分だけ空いていてそこから肌が見える。肩が出ていない分いつものドレスよりも布面積は多いはずなのに、どこか扇情的な印象を与える。
生地は光沢があり、エルザは濃い赤、エミリアは黒、それぞれ大きめの金色の刺繍が施されたおり、豪華な見た目だ。
伸縮性のない生地のため、歩きやすいように足元に少しだけスリットが入っている。足元が少し見えるだけで、王国人である彼女達には勇気のいる服装であった。歩く度にスリットの隙間から足首が垣間見える。
要するに、王国人にとっては、なんとも艶めかし過ぎる刺激の強い装いであった。
メンシスとマルクスは、彼女達のそんな姿を視認した瞬間、光の速度で顔を背けて後ろを向いた。顔も耳も首も真っ赤だ。そして、それは一瞬の出来事だったにも関わらず、動体視力の優れている彼らはしっかりと色々目に入れていた。それが嬉しくも悲しくもあった。
しばらくお互いに反対方向を向いたまま、顔を赤くして凍り付いていた4人だったが、ようやくメンシスが動いた。
「とりあえず、これ着ろ。」
後ろを向いたまま、自分のジャケットをエルザにぽいっと差し出した。
「あ、ありがとう…」
自分よりもだいぶ背の高いメンシスのジャケットを羽織った。お尻のあたりまですっぽりと隠れたので少し安心するエルザ。
マルクスも、自分のジャケットでエミリアのことを隠すように覆っていた。
エルザは、ジャケットの前を合わせてぎゅっと握り、思わず微笑んだ。
メンシスの良い香りがする…。
ふんわりと包まれて安心するなぁ。
「くっ… それは反則だろ…」
彼女の方を見たメンシスが、前髪を掴んでくしゃりとしたまま俯き、堪えるように呟いた。
その後現れた救世主ルシアによって、トマスはめちゃくちゃしごかれ、完膚無きまでに成敗された。
さすがのエミリアも騙し討ちのようなトマスの行いにキレたようで、ルシアと一緒になって、
「このようなことを平気でなさるなんて、そんな殿方と誰が恋に落ちますかしら。」
「本当に、ルシア様の言う通りですわ。お遊びが過ぎると思いますの。皇子って思っていたよりもお暇なのですね。」
「人様に迷惑を掛けるお遊びはやめて下さいませ!しかも私の大切な友人に…。嫌われても知りませんよ。ご自身でなさったことなんですからね!」
「…。」
と人が変わったように、饒舌に批判しまくってた。エルザは自分の出る幕はないなと思い、うんうんと共感しながら静観していた。
そう言えば…いつもならメンシス達も一緒になって怒りそうなのに、どうして今回は黙り込んでいるんだろう??なんか暗い顔して俯いてるし…なんだか、彼らまで怒られているような雰囲気ね…。2人の勢いに圧倒されたのかしら、、。
メンシス達も、勝手にこんな服着せやがってと憤る気持ちももちろんあったが、それ以上に、一瞬でも彼女達の姿をそういう目で見てしまった己に背徳感を抱いていた。
その結果、エミリア達の言葉が自分達にも向けられているような気持ちになってきて、顔を上げられなくなってしまったのだった。
ひと通りトマスを罵ってスッキリしたルシアは、男性陣を追い出し、改めて女性陣達だけでお茶会を楽しんだ。もちろん、2人はいつもの服に着替えて。
一方、メンシス達は、部屋へ戻る途中、セドリックに、『どうでした?少しは良い思い出来ましたか?』と満遍の笑みで尋ねられた。
犯人は貴様か…と悟ったメンシスは、無言のまま彼の背中に結構な速度のハイキックを入れた。
『なんですか、あんなにしっかり見てたクセに…』というセドリックの言葉はしっかりと無視され、メンシス達は、これ以上面倒ごとに巻き込まれるのはごめんだとばかりに、足早にその場を立ち去った。




