兄vsメンシス
「あの…そのですね、ちょっとばかしお願いごとがございまして…」
「どうした?」
「えっとその、ちょっと話をしてほしい人がいて…」
「咎めないから、はっきり言え。」
「私の家に来て、家族に挨拶をしてほしいの!」
「はぁ!?」
あああああああああ!!
言葉選び間違えたああああああ!!
休み明け、放課後話があると言ってエルザがメンシスをカフェテラスに呼び出した。
嫌なことは早いうちにと思っていたのに、気付いたら午後になっており、慌てて今の時間帯で約束を取り付けたのだ。
そして今その話をしている真っ最中なのだが、冒頭の通り、初っ端から言葉を間違えたエルザによって、メンシスは大混乱していた。
「お前な、ちょっとは考えてものを言えよ。」
「ごめんなさい。」
「謝らなくていいが…もう少しちゃんと説明してくれ。」
キス云々は口に出すのも憚られるので、私のパートナーのメンシスに興味を持った兄が会いたがっている。なにやら気にしているようだ。
といった内容でやんわりと伝えた。
恐る恐るメンシスの顔を見る。
ん…?あれ??普通だな。
「それで?近いうちにお前の屋敷を訪ねればいいか?」
「え、、話が早すぎてちょっと怖いんだけど。」
「一応、想定はしてたからな。」
「なにそれ、更に怖いわ。」
「とにかく、なるべく都合を合わせるから、日程決まったら教えてくれ。」
そんなこんなであっさりと決戦日が決まってしまった。
そして、メンシスと話した日から約2週間後の今日、これから彼がやってる。
「どうしよう、ルル。緊張で吐きそうだわ。今日の服は吐いても目立たない色にしてちょうだい。」
「何をご冗談をおっしゃいますか。どんと構えて下さいませ。そして、こういったことは殿方に任せれば良いのですよ。」
「そんなこと言われても。。」
しばらくしてから、侍女が公爵家の馬車の到着を知らせに来た。待たせないように急ぎ足で応接室に向かった。同じタイミングで、身なりを整えた兄も部屋に入ってきた。内容が内容だが、相手の方が家格が上のため、一応、先に待つという礼儀を守るつもりらしい。
すぐに、執事に案内されたメンシスが部屋に入ってきた。彼も、貴族らしい畏まった装いをしていた。
「やぁ、メンシス公爵令息殿。今日はわざわざ呼び出すような真似をして悪かったね。」
最初に発言をしたのはオルドだった。柔らかい口調だが、目は全く笑っていない。
「お互い忙しい身だからね、手短に話すよ。どうして、エルザにあんな真似した?彼女の美しさに魔でも差したか?まさか本気とか言わないよな?」
それは、エルザが今まで一度も見たことのない兄の姿だった。鋭い口調、低い声、睨み付ける眼線、その全てから相手への嫌悪感が溢れ出ていた。
「あの日、自分がしたことに何一つ嘘も後悔もありません。それが今俺が言えることの全てです。しかし、そんな言葉ひとつで信頼を得られるはずがない。だから、今日は、無礼を承知の上で一つお願いをしに参りました。」
「随分と分かったような口を聞くね。まぁ、聞くだけ聞いてあげようか。」
「卒業するまでにもう一度だけ、チャンスを頂けませんか?その時には必ず、目に見える信頼を持って参ります。」
「はっ。気が遠くなるような話だな。お互いに心変わりしてるんじゃないか?無駄な約束だと思うが。」
「俺の心が変わることはあり得ません。相手の心は…繋ぎ止められなかったらそれは俺の責任です。その時は潔く身を引きます。」
「ふぅん。まぁこちらにデメリットは無いからチャンスをあげやってもいい。ただし、その前に、一度でも彼女を傷付けたら、今回の話はすべて無かったこととし、二度と近づかないこと。それを守れ。」
「温情に感謝申し上げます。その誓いは必ず守り通します。」
そうしてエルザは一言も口を挟むことなく、2人の対話は終わった。なんというか、あっという間であった。
ええと、所々分からない話もあったけど、多分メンシスが気を遣って発言してくれたのだと思う。
兄のせいで迷惑掛けて申し訳ないわね…
オルドはそのまま退出し、エルザはメンシスの見送りのため、馬車までの道を一緒に歩いていた。
「今日はごめんなさい。嫌な気持ちにさせてしまったわね。」
「それはこちらの台詞だ。迷惑を掛けて、大切な兄上を怒らせるようなことをして悪かった。」
「ううん。多分お兄様が過剰に反応しただけよ。なのに、メンシスに気を遣ってあんな風に言わせてしまって、、申し訳ないわ。」
「いや、あれは自分のためにしたことだから。今は気にしなくていい。」
話しているうちに停車場に着いた。
今日は本当にありがとうとエルザが改めてお礼を言おうとした時、ふわりと身体が包まれて、それを認識した時にはもう解放されていた。体温の温かさと香りの余韻だけが残る。
え…今のって、、、
「別れのキスをするとまた呼び出しを受けてしまうからな。軽いハグくらい見逃してもらおう。」
ハグをした本人は、茶目っ気たっぷりに言った。
ようやく状況を把握したエルザは、今更ながらに顔を赤くした。
「今日はありがとうね!」
動揺を悟られないようにしたつもりだったが、いつもよりも大きな声だったため、丸わかりであった。
メンシスは肩で笑いながら、そのまま馬車に乗り込み帰って行った。




