既視感
翌朝、ルシア皇女をランチにお誘いするべく、私は、今日も早めに家を出て学院に向かった。
教室に入ると、すでに黒艶髪の美女が自席で本を読んでいた。俯いてる横顔は、まつ毛の長さが際立ち、儚げな美しさが漂う。
相変わらず、お美しいわ。。
思わずまたほぉっと眺めるエルザ。
エルザの視線に気づいたルシアがゆっくりと顔を上げる。
「おはようございます、アストルム様。」
優雅に微笑むルシア。
「お、おはようございます、ルシア皇女。」
名前を呼ばれたことに驚き、思わずドギマギしてしまうエルザ。
呼吸を整えて、本来の目的であるランチの話をする。
「あの、もしよろしかったら今日ランチをご一緒にいかがでしょうか。他にも、クレメンス殿下と、メンシス・ルード公爵令息がいらっしゃいますわ。」
「まぁ、良いんですの。嬉しいですわ!ぜひ参加させて頂くわ。それと、私のことはどうぞルシアとお呼びになって?言葉使いも気にしなくていいわ。同じ学院の生徒だもの。」
そう言って、ふふと微笑むルシア皇女。
「お気遣いありがとうございます。ではルシア様と呼ばせて頂くわ。私のこともどうぞエルザとお呼びになって。」
「ありがとう、エルザ。みんなでランチ、楽しみだわ。」
「こちらこそ、ありがとう。ではまたお昼休みに。」
あっという間にお昼休みとなった。
エミリアと一緒に食べることが多いため、彼女に今日は別でお願いするわと声を掛けようとした時、自分の名前を呼ぶ声が聞こえた。
「エルザ、いるか?」
その声の主の登場に場が凍り付く。
そして、エルザに視線が集中する。
は!?
なに、この既視感。。。
声の主はエルザを見つけて声を掛ける。
「カフェテリア、行くぞ。」
「め、メンシス!?もうなんで来たのよ!!」
公爵家の跡取りで見た目もかなり良いため、メンシスはかなりモテる。しかし、ほぼ周りと関わることなく過ごしている彼はその事実を知らない。
ほとんどを1人で過ごしていることで有名な彼がわざわざ違うクラスにやってきたのだ。それも女性を誘うために。それはもう注目の的になるであろう。
実際、時が動き出した瞬間、メンシスの麗しい姿に軽く悲鳴を上げる者、エルザとメンシスのお互いの呼び捨てに尊さを感じて目眩を起こす者、2人の仲を妄想してにやける者など大変な状況になっていた。
この状況をマズイと思ったエルザは、ルシアに声を掛け、俺が迎えに来たかっただけなんだがなどと言うメンシスの言葉を無視し、彼の腕を引っ張って足早に教室を出た。
「ルシア様、急かせてしまってごめんなさい。紹介するわ、こちらがルード公爵家のメンシスよ。メンシス、テネブラエ皇国皇女のルシア様よ。」
カフェテリアに向かう途中、エルザは簡単に名前だけ告げる。
エルザからの紹介を受けたルシアはぱっとメンシスを見上げた。その瞬間彼の美しさに言葉を失った。大きな瞳がさらに大きく開かれ、少し潤んでいるようにも見える。
彼を見つめた後、ぱっと目を逸らし、頬を赤く染めるルシア。
「ご、ごめんなさい。私ったら、、。あの、ルード様も私のことはルシアと気軽に呼んでくださいまし。これからどうぞよろしくね。」
恥じらうように笑う姿はあどけない少女のように凄まじく可愛らしかった。
「ありがとうございます、ルシア皇女。では、俺のことはルードとお呼びください。こちらこそよろしくお願いします。」
そう言いながら軽く礼をするメンシス。
そして、2人のやり取り見ながら1人混乱するエルザ。
え??なんかメンシス冷たくない?
ルシア様、明らかにメンシスに好意を抱いていそうだったから、わざと冷たくしたのかな?
もしかして、彼は女性が苦手なのかしら?
え、そんな彼と普通に話してる私って…
女性として見られていないかも。
別に良いけど、でもなんか悔しいわ。
「ん?どうかしたか?」
そんな彼女の機微に気付いたメンシスがエルザに心配そうな眼差しを向ける。
彼の声は、先ほどとはまったく異なる、感情のこもった声音だった。
「私、もう少し淑女らしく見てもらえるように、頑張るわ。」
「はっ?」
なぜ今そんなことを急にし出したのかメンシスにはまったく意味が分からない。
「無理はするなよ。」
そう言ってやや呆れた顔で微笑むメンシスだった。
そんな2人のやり取りを見ていたルシアは、悲しいような悔しいような羨ましいような泣きたいような、なんとも言えない表情をしていた。