オルドの襲来②
「私に会わせたい方ですって…?」
客間へと移動した後、エルザは改めて向かいの席に座るオルドに尋ねた。
テーブルの上には紅茶と上等な茶菓子が並び、使用人は席を外している。
優雅な所作で紅茶を啜ったオルドは、音を立てずにソーサーの上にカップを戻すと視線を上げた。
「少し複雑でね…お前に嫌われたらどうしようかと中々言い出せずにいたんだ。気付いたら10年も時が経ってしまって、さすがにそろそろと思ってね。」
「10年ですって!?」
何よそれ…まさか実の母親の話とか!?いやでも、私と兄は血が繋がっているはずだし、、
もしかして、隠し子とか…でも10年前っていったら当時12、13でしょう。。。さすがにその年で子を成しているなんてないわよね…!?でも、あの兄の見た目と女性への無関心を思うと、幼い頃に女性関連のトラウマを抱えていてもおかしくはないかも…
「エルザー?」
ひとりあらぬ方向に思考を暴走させているエルザに、オルドが牽制するようににっこりと微笑んできた。
「お前が考えているような後ろめたいことは何もないからね。」
「………も、もちろんですわ!」
何もかも見透かしてくるエメラルドグリーンの瞳に、エルザは慌てて表情を取り繕った。
すぐ横から呆れている気配がしたが、エルザは気付かなかったことにした。
「少し待ってて。今外で待たせてるから。」
そう言葉を残すと、オルドは部屋を出て行った。
「誰だと思う…?」
二人きりになった部屋の中、内緒話をするようにエルザがメンシスの耳元に唇を寄せた。
「さぁな。お前を連れ戻す話じゃないのなら、正直俺にはどうでもいい。」
「そんな言い方っ……ひゃっ!!!」
正面を向いていたメンシスは勢いよく横を向き、すぐそばにあったエルザの頬にキスをした。
「俺はお前さえいればなんだっていい。」
「もうっ」
甘ったるい声で囁いてくるメンシスに、照れまくりのエルザは誤魔化すようにティーカップを口に運んだ。
「さぁ、入って。」
しばらくして部屋に戻ってきたオルドが後ろを振り返りながら声を掛ける。
その横顔は、エルザに向けるものとはまた違った優しさが滲み出ていた。
「失礼致します。」
透き通るような可憐な声と共に姿を現したのは、オルドと同じ歳の頃に見える大人の女性であった。
金髪ストレートの髪が美しく、目鼻立ちがハッキリしていて微笑みには華やかさがあり、美人というよりも美女という印象だ。
「僕の婚約者のカトレア・シュトーレンだ。」
「お初にお目にかかります。カトレア・シュトーレンにございます。」
落ち着いた深緑色のワンピースの裾を摘み、丁寧なカーテシーで挨拶をするカトレア。
その振る舞いはとても優雅であり、オルドの隣にいても十分すぎるほどに輝いている。
「こ、ここ、婚約者!??初耳ですわ、お兄様!それも10年前からって…え、一体いつからどうやって…」
「やはりお前のことを混乱させてしまったね。しかし、そんなにも興味を抱いてもらえて兄は幸せで心臓が止まりそうだよ。」
いやいやいやいや!そういう問題でなく、シスコン大魔王だと思っていた兄にそんな昔から恋人がいたなんて知ったら、質問責めをしたくもなるでしょう!!
疑問が次から次へと溢れ出て、言葉に出来ないエルザは口をぱくぱくとせている。
その隣で、メンシスもさすがに驚いたのか、僅かに目を見開いていた。
「安心して、エルザ。僕が結婚しようともいつだって僕の中の一番はお前だけだ。ね、カトレア?」
「もちろんですわ!」
「は…………」
なによこれ、なんだか雲行きが怪しいわ…恋人に妹の方を優先されてそれでいいの…??
いや、絶対おかしいでしょう!え、おかしいわよね…??
自分の価値観に不安を覚えたエルザがチラリと隣のメンシスを窺う。
すると彼は額に手を当て思い切り下を向いていた。その光景で自分が間違っていないことに確信を持つ。
「お兄様、ご婚約者様の前でそんなことを言っては…」
「エルザ、ヤキモチかい?相変わらず可愛いなぁ。いつ出戻りしてくれるんだい?」
「ちょっと待って、自然な流れでなんてことを口に…」
「本当ですわ。オルド様に聞いていた通り、いいえ、それ以上にお可愛い方ですのね。で、いつお戻りに?」
「だから私の話を…」
ふふふっと美男美女の二人は顔を合わせて互いに微笑み合う。
まるで歌唱劇のワンシーンを見ているかのような至上の美しさであった。
そんな花が飛ぶような二人とは真反対に、ひとり暗黒の空気を纏う男がいた。
「…ご用件かお済みでしたら、もう宜しいでしょうか?」
華やかな雰囲気をぶち壊す低い声がよく響く。
「メンシス!??」
マズイマズイマズイマズイマズイマズイマズイマズイマズイマズイマズイマズイマズイマズイマズイマズイマズイマズイマズイマズイ………
彼の逆鱗に触れてしまったわ!兄と争いなんてことになったらまた大変なことに……なんとかこの場をうまく収めて帰ってもらわないと………
「そんなにご不安でしたら、俺がどれだけエルザのことを愛しているか証明して差し上げましょうか?」
メンシスは長い足を組むと同時に隣に座るエルザに身体を寄せ、恍惚とした表情を浮かべて耳脇の髪をするりと人撫でする。
「ひいっ……カ、カトレア様!その…お兄様のどんなところがお好きなのです?」
軽く悲鳴を上げたエルザは、触れて来たメンシスの指を絡めとりテーブルの下に隠した。
無理やり話題を逸らそうとカトレアに必死の笑顔を向ける。
「好きなところ…もちろん、優しいところも声も見た目も多くを任されている立派なお人柄も全て好ましく思っていますが、一番はエルザ様のことを心から大切にされているところです。オルド様ったらふふふ…」
過去を思い出したのか口元に手を当て今度は少女のように笑みをこぼすカトレア。
ごめんなさいと周囲に気を配りつつ話を続けた。
「オルド様はね、私にこう言いましたのよ。『何十年と待つ覚悟はあるか?僕は妹の幸せを見届けた後でないと何も選択することは出来ない』って、はっきりと。」
「それは何と言いますかその……」
「その時に確信しましたの。私はこの方のことが心から好いていると。」
「え、今なんて??」
ポカンとした表情でエルザが聞き返した。
シスコンがなぜ恋心を加速させたのか全く理解出来ない。
「こんなにもご家族想いのオルド様ですから、きっと私との家庭も大事にしてくださるとそう思いましたの。」
「カトレア…これ以上はエルザがヤキモチを焼いて機嫌を悪くしてしまうからやめてもらえるか?」
「ええ、ここまでにするわ。」
真剣なトーンで止めに入ったオルドに、カトレアは笑顔で口をつぐんだ。
「お幸せそうで何よりです。」
全く心のこもってない声でメンシスが言う。
「ではそろそろ俺たちは…」
「え?メンシス!?」
用事は済んだとばかりにメンシスはエルザの腰を抱えて立ち上がらせた。
「せっかくだから夕飯でも…もちろん、エルザだけで構わないんだが?」
メンシスの失礼な態度にも臆することなく、エルザに向かってウインクを飛ばしてくるオルド。美人の必殺飛び道具に、エルザが目を押さえる。
「オルド様、お二人はまだまだ新婚なのですからこの辺りでお暇しますわよ。まだお仕事も残ったらしたでしょう?」
「いやでもエルザが…」
「はいはい」
未練がましくエルザから視線を外さないオルドの背中を押し、笑顔で退出を促すカトレア。
「………分かったよ。エルザ、いつでも帰って来て良いんだからね?僕もまたすぐ会いに行くから。」
「え、ええ。ありがとうございます。」
観念したオルドは肩を落としてエルザに手を振った。
そのまま二人のことを見送ろうとしたエルザに、カトレアがそっと近づき内緒話をするように耳に顔を寄せてきた。
「それにあの人、絶対に浮気しないでしょう?」
そして、オルドに勘付かれないよう、エルザの反応を待たずにすぐ離れた。
そのまま何事も無かったかのようにオルド達を見送ったエルザとメンシス。
「なんていうかその…」
馬車が走り去った玄関前でエルザが正面を見たまま呟く。
「とてつもなくお似合いの二人だったわね。」
「ああ。まぁ、俺たちほどではないが。」
「もうっ!」
隙あらば口説いてくるメンシスに、エルザは赤い顔を誤魔化すように膨れっ面をした。
「可愛い。」
褒め言葉とともにしっかりとメンシスに唇を奪われたエルザ。
「…っ!!」
真っ赤な顔をしたまま抗議するように彼の腕にしがみつく。
くっつかれて上機嫌のメンシスは、エルザの腰に手を回したまま弾むような足取りで邸の中へと戻って行ったのだった。
お読みいただきありがとうございました!
久しぶりにオルドを出せて満足です(´∀`)
また気が向いたら番外編を書こうと思います!




