殿下の大いなる決断③
「そのような言い方は良くない。」
彼女の言葉に一切の動揺を示すことなく、クレメンスは青い瞳で真っ直ぐにサシャーテのことを見返した。
その瞳に咎めるような色は何一つなく、彼女に対する憂いだけ滲み出ていた。
「大変申し訳ございません。このような大切な申し出は殿方からすべきものでしたわね。淑女として恥ずべき行為でしたわ。」
「そうではない。私の心も知らず自身の心の内も明かさずに結婚の話をすべきではないと言っているんだ。何も聞かずに知らずに結婚に至ってしまっては、君の価値を下げてしまうことにもなる。」
「殿下にわたくしの何が分かりますのっ!」
ぴしゃりと声を荒げて言ったサシャーテ。
眉を吊り上げて目の前のクレメンスのことを睨みつける。
たが、彼から返ってきたのは怒りでも蔑みでもなくただただ彼女のことを心配そうに見つめる目だけであった。
不敬極まりない行為にも関わらず、怒るどころか自分の心配をしてくれるその瞳に、サシャーテははっと我に返る。
「た、大変申し訳ありません!殿下になんて無礼な発言を…」
「良い。私が君のことを知らないのは事実だ。だからどうか、君の話を聞かせてはくれないだろうか。」
「どうしてそんな…このようなわたくしに優しいお言葉を掛けて下さるのですか…こんな何もないわたくしに…」
クレメンスの優しさの真髄に触れたサシャーテの声は震えていた。
これまでに出会った誰よりも自分自身に興味を持ってくれている、そう感じた。
立場も利益も見栄も何も関係なしに自分だけと向き合ってくれる、そんな気さえした。
「私は君のことを知りたいと心からそう思っている。だから、言葉を交わしていなかった間のことを教えてほしい。もちろん差し支えなければだが。」
「わたくしはっ…」
クレメンスに優しい気遣いを見せられたサシャーテはもう限界だった。
一人で抱えてきたものを全て吐き出したいと思ってしまった。全て知らないふりをして飲み込んでサシャーテとしてではなく、王女として生きていく道を選んだはずだった、それでいいと思っていたし、それしかないと思っていた。
辛くなるなら心なんていらない。
そう思って全て捨ててきたはずなのに、目の前の相手にぶちまけてしまいたくなった。彼なら全てを受け止めてくれそうな気がした。
そんな願いと共にサシャーテはこの2年の間のことを話し始めた。
あの時レイ王国から帰国した後、サシャーテの婚約話が持ち上がっていた。
国のために結婚するということを覚悟しており、どんな相手でも心を尽くして絆を作ると決めていた。だが、国内の急激な情勢変化により王が決めた相手とは3ヶ月で婚約解消となった。縁を結びたい家が変わったのだ。
次の相手は国外の有力貴族の者であったが、その家が勢力を弱めると、またしても王の独断で婚約は無かったことにされた。
そんなことを繰り返すこと5回。
もう婚約の話を聞いても何も思わなくなっていた。心を尽くそうと思っていた相手を取り替えられ裏切られた、心が疲弊してしまった。
こんな想いを繰り返すのなら、もう誰でも良いから結婚をしてしまいたい、そう思ってクレメンスにあのような発言をしていたのだ。
途中肩を震わせしゃくりを上げながら話すサシャーテのことを、クレメンスは彼女のそばに立ち背中をさすりながら話を聞いた。
何も言わず、たまに頷きながら。
「殿下、このようなわたくしの話を聞いていただき本当にありがとうございます…そして、改めてあのような無礼な発言をしたことをお詫び申し上げます。」
ようやく落ち着いたサシャーテはまだ震えの残る声で感謝と謝罪の言葉を口にした。
どこかすっきりした彼女の顔は、先ほどまでとは打って変わりひどく人間らしく美しいなとクレメンスは感じていた。
自身の感情が動くままに、そっと手のひらでサシャーテの頬に触れる。
「えっ」
突然訪れた温かさと優しさに、サシャーテは目を見張る。
こちらを見つめてくる青い瞳は宝石のように輝き、吸い込まれそうになった。
惹きつけられるままに晒すことなくクレメンスの瞳を見返す。
「私に、君のことを愛させてはもらえないだろうか。」
切実に懇願するような声音で、今にも泣き出しそうな瞳を向けてくるクレメンス。
それは、サシャーテがこれまで受けてきたどの愛の言葉よりも弱々しく、どの言葉よりも真心が詰まっていた。
彼の優しさと真摯な想いが枯渇したサシャーテの心を満たしていく。
自分の中に流れ込んでくる温かなものに彼女はすっと目を細め、頬に触れているクレメンスの手に自分の手を重ねた。
「勿体無いお言葉にございます…」
サシャーテの瞳から涙がこぼれる。
クレメンスの手のひらを介して彼女の頬を伝う涙は、今までのどの涙よりも温かった。
殿下の話は次で終わりとなります!
1話でまとめようと思ったのに、長くなってしまった(・_・;




