メーネ-1
依頼書の裏に記されている住所へと歩を進めると、石垣に囲まれた敷地へと辿り着いた。石垣の中はさらに背の高い木々に覆われており、家の全体が把握できない。地面は苔で覆われており、飛び石が玄関までの道を作っている。
黒い鉄柵の扉から中を覗いても人の姿は見当たらず。仕方ないので鉄柵を開けて、敷地内へと入り、警戒しつつも玄関へと辿り着いた。
ドアノックの金具が蜘蛛を象っており、不気味さを演出する。どうやら蜘蛛のお尻の部分を前後に動かし扉を叩く仕様のようだ。今回は一人なので、誰にも邪魔されずにノックをすることができるが、そういえば何故一人で来てしまったんだろうとも思ってしまった。僕はこの怪しげな洋館で、もしかしたら事件に巻き込まれるかもしれない、神隠しにあうのかもしれない。などと思考展開して勝手に不安の種を蒔いてしまう。悪い癖だと思うが、良くないことを想定して気をつけて行動できるようになるとも考えられる。
ここで引き返すのも億劫なので、とにかく中に人がいるかだけでも確認しよう。
僕は蜘蛛のお尻を右手で鷲掴みにし、腕を前後させる。
ノックノックと二回木造の扉へぶつけるが、返事は無し。もう一度音を出して、反応が無かったら帰ろうと思い、蜘蛛に手を掛けようとしたところ、ドアノブが静かに下りてきた。
扉の蝶番がキュウと音を出しながら、フードを被った一人の女性?がこちらを覗いてくる。
女性は黒のローブで身を包んでいるが、フードの隙間から金色の髪が微かに見える。そして、半目のみかん色の瞳がこちらを見据えてくる。
「メーネ・オールトベークさんはこちらで合ってますか?」女性が言葉を発しないので、こちらから尋ねてみる。
女性はゆっくりと首を縦に振る。
「もしかして本人ですか?」
女性はまたゆるりと頷く。
「依頼処ギネガラにてあなたの依頼を受けたのですが……」とポケットから折りたたまれた依頼書を開いて見せる。
メーネさんは依頼書に目を落とし、そして覚醒したかのように半目を全開にした。
とっさに黒のローブから白い手が伸びてきて僕の腕を掴み、しかるのち家の中へと引き摺り込んだ。
あぁやっぱり一人でくるんじゃ無かったと後悔しつつも、抵抗すること無く靴を脱いで上がらせてもらう。
家の中は整然しており、ごく一般家庭のお住まいという感じだ。
僕はリビングとダイニングキッチンが一緒になっている部屋へと案内され「そこのソファに座ってください」と澄んだ声で促される。
ようやく声を聞けたと思いながら、壁際のソファに着席。
「やっぱり立ってください」
先ほどとは逆の指示に驚きつつも脊髄反射で素早く立ち上がる僕。
「ありがとうございます。どうぞ腰を休ませてください」
少し諌めながらも再度ソファに座る。なんだか無駄に屈伸運動をさせられてしまった。
メーネさんはキッチンでお湯を沸かしている様子。部屋には蜘蛛に関する本や蜘蛛の置物が飾られている。ドアノックといい、蜘蛛大好きなのかもしれない。
ローテーブルに置かれている蜘蛛型の重石を手に取り眺めていると「これお願いね」とメーネさんの声が聞こえてくる。
僕は顔を上げると、メーネさんの足元からトレーがこちらに向かって移動してくるのが見えた。カップを載せたトレーの下を良く見ると、せわしなく動く足のようなものが見受けられる。瞬時に蜘蛛が頭を過ぎったが、蜘蛛のように足が周囲に飛び出している訳ではない。垂直に多数の足が生えている感じだ。
トレーを載せた謎の生き物は僕の足元まで歩いてくるとピタンと静止した。「ありがとうございます」と声を掛けながらカップを手に取ると、それは回れ右をしてメーネさんの方へ戻って行った。
僕はカップに入ったコーヒーを見つめながら、あの生き物はなんだったんだと逡巡し、自分の顔が写っている液体に口を付ける。
「あ、飲んでしまいましたか」
僕はその言葉を聞き、無警戒にもコーヒーを飲んだことを悔やみ、身を震わせながら顔を上げると……。
ローブを脱いだ状態のメーネ・オールトベークが黄金色の髪を揺らし佇んでいた。




