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舞妓さんと歩く都街  作者: 橘樹 啓人
第四章 美しき都街
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風が吹けば

 父の慎二からの返事は一週間ほどで届けられた。



『佑暉へ。


 お手紙ありがとう。そうか、やっぱりそうだったのか。俺もそんな気がしていたんだ。佐希ちゃんはとてもいい子だろう。きっと母親に似ていて、気配り上手な子なのだろうと勝手に想像している。佑暉の手紙を読んだらそう思える。


 もちろん、いつでも連れて帰ってきていいぞ。俺もじっくり話そうと思う。まだ仕事が落ち着かないから、一緒に暮らすのは今は難しいが、家族が一人増えるというのは大きな喜びだ!


 佑暉、これからはお前があの子を支えてあげるんだぞ。お前にならできると信じている。そうだ。いつでもとは言ったが、今の仕事が二十六日頃に一段落する予定だから、休みをとろうと思う。だから、二十七日はどうだ。もしもその日が可能なら、また手紙かメールか電話で返事をくれると有り難い。


 それじゃあ、待っているぞ。 父さんより』



 父の達筆な文字は、いつもより活き活きとして見えた。読み終えた後も、しばらく佑暉はそれを眺めていた。父の喜びが文面によく現れており、思わず苦笑してしまうほどだ。こんなに清々しい気持ちになったことはないとすら感じられる。


 佑暉はその手紙を折り畳むと白い洋封筒に戻し、机の一番上の抽斗を開けて中に仕舞い込んだ。その後、サキのスマートフォンに電話をかけると、三回のコールで彼女が応じた。


「もしもし。あ、佑暉君?」


「あ、もしもし。今、大丈夫だった?」


「うん、どうしたの?」


「実はね、お父さん、今月は二十六日まで仕事があるらしいんだ。二十七日からなら会えるみたいだけど、その日の君の都合を聞かせてほしいんだ」


 サキの返答は、


「いつでもいいよ」


 というものだった。


 彼女が即座に返してきたことに佑暉は戸惑い、


「……お稽古は?」


 ときき返すと、彼女は言った。


「置屋さんに頼んで休みをもらう。それに、私も早くお父さんに会いたいから」


 サキの声に混じって、三味線の音色が佑暉の耳へ流れ込む。そればかりではなく、賑やかな人の話し声も僅かに聞こえてくる。どこかの茶屋か、料亭から電話に出ているようだ。


「分かった。お父さんにそう伝えておくね」


 佑暉はそれから、彼女と待ち合わせ時間や集合場所を打ち合わせ、電話を切った。その後すぐに父にメールを送り、サキを連れて東京に帰ることを決めたのだった。


 佑暉は畳に携帯を置き、天井を見上げた。くすんだ落ち葉色の天井から下がっている電燈が、白い光で八畳の部屋を覆っている。佑暉はふと立ち上がり、障子窓を開けにいった。硝子戸を開け放すと、街の騒音とともに春風の匂いが一気に部屋の中を満たした。


 佑暉の借りている部屋からは街の風景は望めない。コンクリートの建物が立ちはだかり、陽光を遮っているのだ。だが、見上げるとその隙間から青い空が覗き、近くの道路を走る車の音やゴミを漁るカラスの鳴き声などがどこからか絶え間なく聞こえる。


 東京とは全く異なる風景、風情。この町は何百年、何千年という月日の中で少しずつ変化してきたのだということを、彼はここに来て初めて知った。外に出れば、巡り合う文化財。舞妓や芸妓が行き交う花街、祇園。それらにはすべて、人々が創り上げてきた物語がある。歴史がある。そして、そこに生きる人間にもやはりそれぞれの過去が存在し、その一つひとつにもまた、喜びや懊悩がある。


 辛さや苦しみから目を背け、逃げたい時もあったかもしれない。しかしそんな状態でも往々にして、その中に幸せは必ず存在するはずなのだ。人生の中で、一度も痛みを味わわない人間などいない。それでも、幸せを見つけようと毎日、当て所もなく歩き続ける。ただ、信じ続ける者だけが報われるのだ。そう諭すように、風は吹き続けていた。


 風を顔面に受けながら、佑暉は目を閉じ、大切な人を思い浮かべる。東京で世話になった人、この街に来て知り合った人、その一人ひとりの顔を想起していった。

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