恋の疑惑
いつものように、宿泊客の夕食が広間に運ばれた。佑暉もそれを手伝い、自分たちが食卓を囲んだのは午後八時過ぎであった。正美は厨房の後片づけで遅くなるため、佑暉は娘たちと先に居間で食事をとった。
その席で、佑暉は送り火にサキを誘ったことを伝えた。また断わりもせずに衝動的に誘ってしまったことを帰宅後に反省し、打ち明けると同時に謝ろうと思っていたが、意外にも彩香は嬉しそうだった。
「えっ、ほんま? サキちゃんも来んの?」
「はい。誘っちゃって大丈夫でしたか」
「いいで、みんなで行った方が楽しいもん」
彩香は嬉々として箸を進めている。すると、二人の向かい側に座っていた夏葉が羨ましそうに口を挟む。
「いいなぁ。うちも行きたいなぁ」
その日、夏葉は大阪で弓道部の大会があるため、行けないのだという。点火は夜の八時頃だが、往復で二時間はかかるらしく、帰宅は夜遅くなると夏葉はブツブツ不満を並べていた。三年生の夏葉にとっては、今年が最後の大会なのだ。
「来年、一緒に行こう」
佑暉はそう言って夏葉を宥めた。すると、夏葉が彼の茶碗の上に自分の漬物を乗せた。これは、彼女なりの感謝の表現らしかった。佑暉はそれを可愛らしく思いながら、「ありがとう」と礼を言うと、夏葉は彼に満面の笑みを見せながら頬を染めていた。
ようやく食卓が静かになったので、佑暉は食事に意識を移そうと箸を手に取った。その時、またしても食べるのを止められた。彩香が話しかけてきたのだ。
「それよりさ、佑暉君はサキちゃんのこと、どう思ってんの」
唐突すぎる問いに、佑暉の頭上にクエスチョンマークが浮かぶ。
「何のことですか」
視線を感じて前を向くと、夏葉もじっと彼の顔を見ている。その目は、好奇心の色を宿していた。部屋には三人しかおらず、佑暉は急に居心地の悪さを感じた。正美が戻ってくることを彼は期待したが、残念なことにその気配もない。
佑暉がただ固まっていると、彩香はしつこく尋ねた。
「どう思ってんの」
「どうって、何がですか」
「えっ、好きとか」
「違います」
佑暉は即否定するが、二人の目は誤魔化せないようだった。
夏葉は笑いながら、彼の赤らんでいる顔を指さした。
「うわ、がっつり顔赤なってるやん。しらこいわあ」
すると、彩香も面白がるように佑暉に言った。
「いいと思うよ、サキちゃんいい子やし。祇園祭の日、ほんま二人でどこ行ってたん?」
「どこ行ってたん?」
夏葉もオウム返しのようにそうききながら、テーブルに両手をついて顔を佑暉に近づける。佑暉は早くここから逃げ出したい気分に駆られたが、二人の視線を一身に浴び、身動きができなかった。まるで蜘蛛の巣に絡まった蝶のようだと、心の中で自嘲する。
そこへ、正美が襖を開けて入ってきた。
「ちょっと。いつまで食べてんの、あんたら。はよ食べ終わってお風呂入りや」
彩香と夏葉は「はーい」と答え、食事を再開した。
食事が済むと、二人は食器を持って部屋を出ていった。正美はテーブルの上を拭きながら、佑暉に風呂に入るよう促した。そこで佑暉は、明日も朱音と勉強をする約束があるのを思い出す。正美に礼を言い、佑暉は食器を厨房へ持っていくと、それから風呂場に向かった。
簡単に入浴を済ませた後、佑暉は自室に戻ると電気を消し、布団の中へ入った。ようやく心が休まる場所に来て、安心して目を閉じた。しかし、なかなか寝つけない。瞼の裏側に、着物をまとったサキの姿が焼きついていた。同時に、彩香の「サキのことをどう思っているか」という言葉も、耳に残ったまま離れてくれない。
何でも吸い込んでしまいそうな黒い瞳、艷やかな短い髪。そして、中学生とは思えないほどの端正な顔立ち。どれをとっても、彼女をより美しく魅せているのは言うまでもない。彼女は一流の芸妓になるため、殆ど毎日、稽古に励んでいる。サキはそれに対して、強い自信と矜持を持っている。誰かと較べられることを嫌がり、真っ直ぐ眼前の夢だけを見据えている。佑暉は、そんな彼女の姿勢に惹かれたのだ。
突然、佑暉はサキにメールを送りたくなったが、スマートフォンで時間を確認すると零時をとっくに過ぎている。こんな時間に送っても迷惑なだけだろうと諦め、画面を消した。
再び瞼を閉じると、どこからかサキの声が聞こえてくるような錯覚に陥る。それが、余計に佑暉を眠れなくさせるのだった。
念のために。
しらこい=白々しい。




