40.着信履歴
40
次に目覚めた時、視界は黒で覆い尽くされていた。
そっか、あのまま寝てしまっていたのか…。
まだ完全に動くスイッチが入らないので、とりあえず左手だけを動かし、目の前に持ってくる。
21時45分。
何時間寝たんだよ。
あと2時間弱で今日が終わることを知らされた僕は、とりあえず部屋の明かりを探すことにした。
手で壁を触りながら入り口まで行く。
ボタンがない。
電気どうやって付けるんだ?
反対側の壁も触って確かめていると、だんだん視界が慣れてきて、薄っすらと部屋の全体が把握できた。
改めて壁を見る。
だがやっぱり、ない。
ここでようやくポケットから携帯を取り出し、ライトをつけた僕は、最初の壁にあるものを見つけた。
そこには謎の差込口があり、その下に「専用タブレットを差し込むと照明が付きます」と書かれていた。
専用タブレットってなんだ?
疑問が次々に湧いてくる。
専用タブレットなんて単語を初めて聞いたものだから、考えたところで答えが見つからないと判断した僕は、鍵を持って1階まで降りていった。
フロントには昼間見た女性の姿はなく、その代わりに髪をジェルでばっちり固めた40歳ぐらいの男性スタッフが立っていた。
「あの、すいません」
「はい」
「部屋の電気が付けられないんですが」
「左様でございますね。では、お部屋の鍵は今お持ちですか?」
「持ってます」
カウンターテーブルに鍵を置く。
「ありがとうございます。そうしましたらですね、お部屋に入られましたら、左手に差込口がございますので、こちらの専用タブレットをそこに差し込んでいただくと」
「これ?」
驚いた僕は、彼の説明を遮った。
「左様でございます」
彼が優しく指差したのは、鍵と一緒に結わえられた細長い棒だった。専用タブレットなんて言うから、てっきり電気製品的な物を想像をしていた。
「すいません。ありがとうございました」
「ちなみにですね、お部屋の中に入られましたら、机の上にお電話がございます。番号01番を押して頂きますと、こちらのフロントに繋がりますので、他に分からないことがあれば、お気軽にお申し付けください」
補足説明を付け加えた彼は、僕がホテル初心者だということを完全に見破っていた。
「ありがとうございます」
「いえいえ。では、おやすみなさいませ」
満足顔で頭を下げる彼を残して、僕はまた部屋に戻った。
鍵を開け、差込口に棒を差し込む。
たちまち、視界のオセロが全黒から全白に変わった。
ホッとした安堵感に包まれた僕は、もう一度ベッドに倒れこんだ。
起き上がる気がしない。
日常的な動作も、ここでは全く勝手が違う。
改めて痛感した。
それに、まだお風呂やトイレもある。
未開の地を開拓していかなければならない。
だが今は、この腹の虫をどうにかしてやらないと。
晩御飯を買い出しに行くことにした僕は、ポケットから携帯を取り出し、周辺を検索しようとした。
スライドしてロックを外すと液晶画面に、着信8件と書かれていて、急に胃が痛くなった。
ついさっきまでいたはずの腹の虫も、何故か今はどこかに消えてなくなっていた。
心当たりはいろいろあったが、とりあえず1つずつ消化していく。
柊翼、柊翼、柊翼、柊翼、母、柊翼、翔、柊翼
やっぱり。というか、怖い。
間に挟まれた母と翔にホッとするが、オセロなら柊翼に裏返されてしまう。
本当に恐ろしい人だ。
電話を掛ける順番というのは、掛かってきた時間や回数に関わらず、自分が電話を掛けたいと思う順番に起因するのかもしれない。
柊翼の電話が長くなることを推察した僕は、一度深呼吸をして心を落ち着かせ、一番手短に終わるところから電話を掛けることにした。
「もしもし」
「あ、もしもし、母さん。電話くれてたね、ごめん」
「あれ? なんか変ね。声がこもってるわよ」
「あぁ、多分、ホテルの中だから」
「あ、そうか。ならホテルにはちゃんと着いたのね。晩御飯は? お風呂には入った?」
「どっちもまだ」
「えぇー。どうせ疲れて寝てたんでしょ」
「うん」
「あっははは。っで、そっちはどう?」
「まだ着いたばかりだから、なんとも」
「まあ、そりゃそうだよね。お父さんも心配してたから、また後で電話してあげなさい」
「わかった」
「じゃあね」
母との電話を切り、そのまま父に電話を掛けた。
「もしもし」
「もしもし、父さん?」
「なんだ」
「一応、青森に着いたから」
「わかった」
勝手に電話を切られた。
通話時間5秒。
多分、機嫌がいい。
生存確認を済ませた後は、古い友人に電話を掛けた。
「やっと繋がった。どうだ? そっちは」
「今日一日でいろいろ疲れたよ」
「だろうな。それで今まで寝てたんだろ?」
「寝てないよ」
「嘘つけ。声おかしいぞ」
「ホテルの中だからじゃない?」
「寝起きだからじゃない?」
「どこかで見てたの?」
「あっはは。やっぱり寝てたんじゃないか」
「ちょっとだけね」
「それで? 乗り継ぎの方はどうだった?」
「めちゃ疲れた」
「な、言った通りだろ」
「うん。ってか、ここのホテル、綺麗すぎ。翔、いつもこんなとこ泊まってんの?」
「たまたま空いてたのが、そのホテルだっただけさ。いいだろ、そこのホテル。ちゃんとWi-Fiも付いてるし、洗濯機も無料で貸し出してるし、朝食バイキングも豪華だし」
「よく覚えてるな」
「俺もまた行きたいな。カメラはもう使ってみたりした?」
「1回だけね。ただ、シャッター押しただけだから、カメラ機能とかは全然使ってない」
「そっか。んじゃまた分からない時とか電話して。説明してあげるから」
「わかった。ありがとう」
「よし。じゃあ、俺、そろそろ寝るわ。ちなみにこっちのホテルは最悪なんだよ。Wi-Fiないし、コンビニは遠いし、コンセントは1個しかないし」
「大変だな」
「そっちのホテルと交換して欲しいよ、ほんと」
「乗り継ぎ疲れるからな、気を付けて来いよ」
「ははっ、うるせぇ。じゃあ、またな」
「うん。お疲れ」
翔への業務連絡を終え、携帯画面に目をやると「着信1件と書かれていた。
柊翼だった。
多分、小鳥のことだろう。
僕はもう一度深く深呼吸をして、彼女に電話をかけた。




