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フォックスの翼  作者: ジョニー
第1章
3/46

3.星空観察会

3


「後ろの方、聞こえますかー? それでは、ただいまより、第20回、夏の星空観察会を開始いたします」


ほぼ定刻通りに開始された星空観察会。去年よりも参加者が少ないおかげで、今年は望遠鏡の取り合いにはならなくてすみそうだ。参加者は各々にユラユラと揺れたり、袖をさすったり、走り回ったりしている。


司会者のそれではあちらに移動しましょうの一声で一斉に走り出す一年生だったが、星も望遠鏡は逃げたりはしないのだから焦る必要はない。


よっこいせと立ち上がる僕に小鳥が手を差し伸べてきた。


今にも折れてしまいそうなその手は、細くて小さくて冷たかった。


「先ほど配ったプリントは皆さんお持ちですか? 説明しますので、前の方、もう少し前に」


運動場の人口密度が一気に上がると、司会者はマイクをトントンと叩き、プリントを持ち上げた。


「突然ですが、皆さんにクイズです。プリントの右上をよく見てください。夏の大三角とは3つの星を結んでできる天体のことで、その星々には、それぞれ違った名前がついています。分かる人はいますか? 手を上げて下さい」


こういった質問形式のクイズを投げかけてくる司会者はよくいるが、大抵今みたいになる。


「わかるかた、いませんか?」


いても手を挙げない。皆分かりやすく司会者から目を逸らした。


「誰でもいいですよ〜」


こうなってくると、もはや自分で手を挙げづらくさせているのにも気づいていないようだ。群れの一匹にあたる僕も、それをマネて同化し、聞こえないフリをしてプリントの文字を目で追い続けることに注力するのだが、はいはいそういうのいいからといった具合に、「知ってるくせに」と小鳥が小さく耳打ちしてきた。


司会者はまだ「分かる方いませんか?」と挙手を求め、諦めようとしない。


「答えてあげなさいよ。みんな困ってるでしょ」


「困ってるのはあの司会者だけだよ」


「コンが答えればすむ話じゃない」


「言っとくけど、僕は答えが分からないのに手をあげるほど馬鹿じゃないし、目立ちたがり屋でもない」


「あっそ。なら、『はーい!』」


痺れを切らしたように、小鳥が手を挙げた。


「あ、はい! 奥で手を挙げてくれた女の子」


司会者の横でスタンバっていたスタッフが、急いで小鳥の元に駆けつけ、サブマイクを小鳥に渡した。


「可愛い浴衣だね。お名前は?」


「小鳥です」


「オッケー。じゃあ、小鳥さん。答えをどうぞ」


すると小鳥は「どうぞ」と僕にマイクを向けてきた。ニヤニヤと。


「は?」


「あ、じゃあ、君が答える? いいよ」


ほら立って立ってと起立を促された僕はフラフラと立ち上がる。見たこともない保護者達がざわざわと僕をチラ見してきた。恥ずい。


「分かるかい?」


「デネブ、ベガ、アルタイル…… だと思います」


「すごい、よく知ってたね。皆さん、勇気を出して答えてくれた彼に、拍手を」


柔らかな拍手に包まれた後、僕がその場にしゃがみこむ。


「ほら、やっぱり知ってたじゃん」


ニヤニヤと、肘で僕の胸を突いた小鳥。やっぱり可愛いくない。


「このように夏の大三角形は、こと座のベガ、わし座のアルタイル、はくちょう座のデネブの三つの星からなり、日本ではこの時期に観測することができます」


プリントに印字されたゴシック体の文字をそのまま読み上げる司会者。始まって20分だ経つというのに、参加者はまだ一度も望遠鏡に触われずにいた。単調な解説に飽きたのは、どうやら僕だけじゃなかった。


「ねぇ? この3つの星、小鳥とコンと翔みたいじゃない?」


みたいじゃないが、一応聞いてあげる。


「なんで?」


「だってほら、小鳥は、はくちょう座でしょ。コンは「こ」の字が入ってるから、こと座で。翔は……わし座……ねっ!」


「翔だけ余り物感がすごいけど」


「いいの! とにかく小鳥はデネブ! それは絶対に譲らないからね」


「あとそれから、こと座のベガが『織姫』、わし座のアルタイルが『彦星』とされ、後の七夕伝説のモチーフになったと言われています」


………。


長い沈黙が流れた。


「この期に及んで、ベカにするとか言わないよね?」


「ベガにする」


でしょうね。


「まさかとは思うけど、織姫がいいからとか言わないよね」


「なによ」


「なんでもない」


恐れ入ったのは、「デネブはコンにあげるから」と地球から遠く離れた星を僕に譲ってくれたことだ。後でそっと元の位置に返しておく。


「だとすると、彦星は……。わし座だから……」


小鳥のそれは、独り言にしてはやたら声が大きく、わざと聞こえるように喋っているのは明白だった。


「……彦星は翔か。ねぇ、どう思う?」


「どうって?」


「聞いてなかったの? 翔が彦星なんだよ」


「だから?」


「皆さん、七夕はもちろん知ってますよね。天の川に橋がかかり、織姫と彦星のカップルが、一年に一度だけ会うことを許された特別な日のことです。ロマンチックですよねぇ」


余計なことを。


「ねぇ、聞いた? 小鳥と翔がカップルらしいよ!」


ほらみろ。


「おめでとう」


「早くみんなに知らせなきゃ」


「そうだね。でもまずは、このことを全く知らない翔を探すべきじゃないかな?」


「そうね、でもコンだけ余っちゃったね」


「気にしないで。星はいくらでもあるからね。じっくり探すよ」


「目星はあるの?」


「そうだな、仮に目星なんて変わった名前の星があったとして、仮にその星が女の子だったとして、その時僕は赤い包装紙で地球を包んで、おまけに小さなリボンもつけて、何万光年も離れた彼女の家の前に立ち、呼び鈴を鳴らすことにするよ」


「何言ってるの?」


「なんでもない」


ここでついに司会者は「お待たせ致しました。では皆さん、こちら移動して下さい」と参加者に起立を促した。


「いい子が見つかるといいわね」


「ありがとう。じゃあ……」


「ちょっと!」


「いたい! 痛い!」


立ち上がる僕に、小鳥が豪快に腕を引っ張ってくれたおかげで、僕の左肩が変な方向に曲がった。


「痛いって!」


「はっきりしなよ。コンは翔が彦星でいいの?」


「は? いやそれ、お前が言い出したことだろ」


「じゃなくて、それでいいのかって聞いてるの」


「いいよ」


「本当にそう思ってるのね」


「だからそうだって!」


僕の苛立ちは、普段出さない声量で表れた。小鳥は一瞬、驚いたものの、「ふんっ」と鼻を鳴らした後、目も見たくないといった様子で完全に僕を無視した。


だから僕も、小鳥を無視した。


元はと言えば、織姫とか彦星とか、司会者が余計なことを言うからだ。 司会者を恨んだ。


七夕を憎んだ。


起立していないのは、僕と小鳥だけだった。


このままだとイベントの進行の妨げにもなるので、僕は小鳥を無視したまま立ち上がった。


その時だった。


「小鳥は、コンが彦星が良かったな………」


「……えっ」


思わず振り返ると、小鳥は暗闇でも分かるほど顔を赤くして、トイレを我慢する子どもみたいに膝をモジモジと擦り合わせていた。それを見た僕はーー。


「なんでもない! ほらっ! 行こっ」


小鳥はまた、僕の手を引いて走り出した。


さっきのはきっと、からかわれていたんだ。


いつものように。


「星は星でも、食べると酸っぱい星ってなーんだ?」


「梅干し!」


「はい、正解!」


お開きになった星空観察会の会場では、先ほどの男性スタッフが望遠鏡を収納袋に片付けていた。


結局最後まで翔は姿を現さず、あのジッパーを閉じれ終われば、翔の目に望遠鏡が触れることはない。


翔のお母さんは、僕達に別れの挨拶を済ませると、我が子を探すため小運動に消えていった。


そして僕と小鳥は今、柊翼考案のクイズ大会に参加させられている。


「小鳥ばっかり答えちゃってるよ、コンくん。さっきはあんなにかっこよく答えてたのに」


「ははっ。問題が難しくて」


愛想笑いは得意じゃない。


「じゃあ次は、コンくんが答えてね。いくよら」


どうして僕だけに答えさせようとしたのかは、次の問題文が教えてくれた。


「ある女の子の浴衣姿に見惚れてしまい、思わず好きになってしまった星ってなーんだ?」


なるほど、どうやら彼女は、僕に『図星です』と言わせたいらしい。こんな大人にはなりたくない。


「何ですか? その顔……」


「いやー、別に」


小鳥のニヤニヤ顔の正体が、母親からの遺伝によるものだと理解した瞬間だった。


「すいません。分かりません」


「ほら、ず……ず……」


「分かりません」


「あっはは。相変わらず可愛いねぇ君は。心配しなくても、小鳥には内緒にしててあげるから。ほら、もう分かってるんでしょ? 言ってごらん…」


この人のことだから、どうせ答えるまで解放してくれないんだろう。仕方ない。


「図星……」


「え? 何て?」


「なんでもありません」


「あっははは! ちょっと待って、もう一回言って」


「嫌です」


「あっははは! あーおかしっ。小鳥聞いた? コンくん、図星らしいよ」


「何が?」


「なんでもない」


「あっははは!」


きっと、小鳥が僕をからかっていたのは、母親からの遺伝が濃く影響しているに違いない。


夜空に浮かぶ三角形を見ながら、僕は1つ、ため息をつく。


こうして、今年の星空観察会は幕を閉じた。

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