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フォックスの翼  作者: ジョニー
第1章
14/46

14.小鳥の古い記憶

14


僕が帰りのバスを待っていたちょうどその頃、病院では、柊翼が個室のドアを開けていた。


「こっとり。いるかい?」


「いるよ…お母さん…」


「そりゃいて当然だよねぇ。失敬失敬。あっはは。絵本の方はどう? 話の続き、思いついた?」


「うん。いいのが出来たと思う」


小鳥はテーブルをトントンと叩き、柊翼を呼んだ。


「おっ、どれどれぇ?」


「読んでみて…」


「いや、今読んでんじゃん」


「声に出して…」


「えー、またぁ?」


「お願い…」


「分かりましたよ。んじゃ、読むよ」


「うん…」


小さく溜息をついた柊翼は、優しく柔らかな表情で、絵本の続きを朗読し始めた。


それはいつもの光景だった。


出来上がった文章を、まるで子どもの読み聞かせのように読み上げる。


目を閉じ、彼女の声を聞く小鳥は、まぶたの裏で遠い日の記憶を思い出していた。


それは13年前の記憶、小鳥がまだ小学一年生の頃、弟の俊にいたっては、まだ幼稚園児だった。


ある日の夜、時計の針が10時を回った頃に、大小3つ並んだ布団の上には、柊翼、小鳥、俊が寝そべっていた。


「ねー、おかーさーん…お父さんは?」


掛け布団を足でパタパタ蹴りながら、小鳥が聞いた。


「今日も帰り遅くなるんだってー。先寝てよっかー」


柊翼は俊の掛け違えたパジャマのボタンを直している。


「ダメだよ。今日まだ本読んでないじゃん。はい、読んで」


小鳥が渡したのは、童話の本だった。


「いやーバレてたか…んじゃあ1つだけだよ」


「分かった」


「じゃぁ、俊、小鳥、こっちおいで」


柊翼は俊と小鳥を自分の両脇にたぐり寄せた。


「むかし昔、ある町に…」


柊翼は声を変えたり、抑揚をつけたりと多種多様に変化させながら本を読み聞かせた。


「幸せに暮らしましたとさ、おしまいーーー。どうだった?」


「すっごくおもしろかったー」


「俊は?」


「…おもしろかった」


「ねぇ、おかぁさん。もう一回読んで」


「はいでましたー! 小鳥のもう一回」


「えーいいじゃん。あと一回だけ、ね」


「はぁ…分かったよ。じゃあこれが最後ね」


「うん。ちょっと、俊。寝ちゃだめだよ」


柊翼はもう一話分の童話を読んだ。


「おしまい。どうだった?」


「女の子が可愛いかったー」


「だよねぇ。アリスちゃん可愛かったねぇ」


「おもしろーい。お母さんは本読むの上手だねれ


「えっへへー。ありがとうございます。俊は? って寝ちゃってんじゃん」


「ねぇ、おかぁさーん…もうー回…」


「ダァメ! さっき最後って言ったでしょ? 俊も寝ちゃったし。明日読んであげるから」


「…はぁい」


「んじゃあ、小鳥、取ってきな」


布団から出た小鳥は、テクテクと自分の部屋に行き、買ってもらったばかりの勉強机の引き出しから、ある物を取り出した。


「はい」


小鳥は赤い羽根を柊翼に渡した。


「じゃあ今日は、小鳥に挟んでもらおっかな。ん」


柊翼は開いたままの本を小鳥の手に近づけた。


「違う違う。反対....そうそうそう。はい、よくできましたー。ね、こうすると、この続きから読むのが分かるでしょー」


「うん」


「じゃあ、明日からは小鳥がこの羽根を挟んでね」


「分かった」


本のしおり代わりになった赤い羽根は、本の間からちょこんと顔を出していた。


小鳥は本を閉じ、自分の枕元に置いた。


「んじゃあ消すよー」


「うん…。豆球にしてね....」


「はいはい」


「おやすみ、おかぁさん」


「おやすみ、小鳥、俊」


柊翼がカチカチっと電気を消した。


「ねぇ、おかーさーん」


「あれ? 今おやすみって言わなかった?」


「私もお母さんみたいに、上手に本を読めるようになるかな?」


「なるよ、きっと。小鳥は母さん似だから。それに小鳥はお話作るのが上手だから、将来、小説家さんとか向いてるかもね」


小説って難しいし、絵がないから、絵本がいい」


「んじゃ絵本作家だ」


「そっか、絵本作家。それだよ、お母さん。それになるー! 今ね、他のクラスにすっごく絵が上手な子がいるの」


「へー。そんな子がいるんだ。是非会ってみたいね」


「じゃあ今度、会わせてあげる。その子に絵を描いてもらって、小鳥がお話を作ったら絵本ができるから、そしたらお母さんに1番最初に読ませてあげるね」


「小鳥は優しいね」


「えっへへ」


「ねぇ小鳥。今お母さんが小鳥と俊に読んであげているでしょ? あれは朗読って言ってね、相手にその物語が想像できるように、いろいろ工夫して読んでるの。声を変えたり、わざとゆっくり読んだり、お父さんがトマトを食べて泣いてる顔をマネしたりとかね。いろいろ考えながら読んでるの。知ってた? 今日、小鳥がお母さんに国語の教科書を読んでくれたでしょ? あれは、音読っていってね、朗読とはまたちょっと違うんだけど。ごめん、難しかったかな?」


「…わかんなーい…」


「そりゃそうだよね。でもいつか、小鳥もできるようになるよ。そしたら今度は小鳥がお友達に絵本を朗読してあげてね。そして、そのお友達が他のお友達に朗読してあげるの。素敵でしょー? あとこれはまだ全然先の話しだけど、小鳥が大きくなって、赤ちゃんができたら、今度はその子に小鳥が絵本を読み聞かせてあげてね。お母さんとの約束。分かった?ってありゃ?寝ちゃったか。まぁ、いっか。おやすみ小鳥…」


柊翼は小鳥にキスをして目を閉じた。


小鳥は目を閉じたまま、最後まで話を聞いていた。

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