13.待合室
13
「いやー遅れてすまないねー。お見舞い品のぶどう食べてたらさー、時間忘れちゃっててねー。つい遅くてなっちゃったよ」
予定されていた時間よりも40分遅れて彼女は今、僕の肩をポンポンと叩きながら、ケラケラと笑っているのだって。
「電話したんですよ」
「覚えておくといい。病院では携帯の禁止だよ」
この返しには、さすがの僕も腹が立った。
「はい、小鳥の絵本。ここなら小鳥来ないから、ゆっくり読めるよ」
「ちょっと柊さん!」
彼女の後ろから、かなりご立腹の様子の看護師が突進してきた。彼女のネームプレートには「浜崎」と書かれていて、この人がまた何かやったに違いないのは明白といっていい。
「バレちゃったか。コンくん、後でまた来るからさ、その絵本読んでて。すぐに戻るからー」
「さあ行くよ。生田先生が待ってる」
そう言うと彼女は看護師に連行されていった。こんなシーンをまざまざと見せつけられると、やはり小鳥の病気の深刻さを改めて実感させられた。
小鳥には時間がない。僕がやるべきことは決まっていた。 絵本を開き、1ページ目の内容は。
♢♦︎
むかし昔。
あるところに、おサルさんとキツネさんとコトリさんが仲良く暮らしていました。
3人はとても仲良しで、毎日かくれんぼをして遊んでいました。
「僕が鬼をやるよ」
キツネさんが言いました。
「キツネさんは見つけるの上手だから、わたし、すぐに見つかっちゃうわ」
コトリさんが言いました。
「よし、今日こそは、キツネさんに参ったと言わせてやるぞ」
おサルさんは言いました。
「それはどうかな?よし、それじゃあ始めよう」
始まってすぐに、キツネさんは草むらの中にいたコトリさんを見つけました。
「ことりさん、見ーつけた」
「また見つかっちゃったよー」
コトリさんは隠れるのが苦手です。
さらに少しして、今度は木の上にいたおサルさんを見つけました。
「おサルさん、見ーつけた」
「くっそー!見つかったー。キツネさんはすごいなー」
おサルさんは悔しそうに木から降りてきました。隠れるのが得意なおサルさんも、キツネさんにはすぐに見つかってしまいます。
♦︎♢
途中で気づいた。
間違いない。
これは翔と僕と小鳥のことだ柊誠は、僕たちの記憶がないと言ってたけど、小鳥は忘れてなんかいない。
左の2ページ目には、真ん中に「絵」と書いてあるだけだった。ここに僕が絵を描くのか。
実感が湧かないまま、次のページをめくった。
♦︎♢
そんなある日、おサルさんが隣町におつかいに行くことになったので、今日はキツネさんとコトリさんの2人でかくれんぼをすることになりました。
隠れるのが得意なおサルさんがいないので、キツネさんは少し寂しくなりました。
そんなキツネさんを見てコトリさんは言いました。
「キツネさん、キツネさん、今日は私をみつけられるかしら?」
するとキツネさんはこう言ました。
「何を言っているんだい、コトリさん。すぐに見つけてやるよ」
そういうと、キツネさんは数字を数えました。
「いーち、にぃー、さーん、しーぃ…」
♦︎♢
ここで3ページ目が終わり、4ページ目にはまた「絵」と書かれていた。5ページ目をめくる。
♦︎♢
コトリさんは小川のそばで考えました。
「そうだ。空を飛んで遠くの場所に隠れよう。きつねさんは翼がないから、追ってこれないぞ。お母さんには、飛ぶのはまだ早いって言われたけど、こんなに立派な羽があるんだもの。大丈夫よ」
そう言うとコトリさんは赤い羽を広げ、大空を飛んでいきました」
♦︎♢
そしてまた6ページ目には「絵」。7ページ目。
♦︎♢
そのころ、何も知らないキツネさんはずっと数を数えていました。
「きゅうじゅきゅ、ひゃーく。よし、数え終わったぞー。もーいーかい?」
コトリさんの返事がありません。
「返事がないってことは、もう探していいんだな。すぐに見つけてやるぞー」
キツネさんはコトリさんを探しに行きました。
しかし、今日はなかなか見つかりません。
「おかしいなー。いつもならすぐに見つかるのになー」
キツネさんは一生懸命に探しました。木の上…丸太の中…岩と岩の隙間…。
だけどどんなに探してもコトリさんは見つかりません。
「コトリさんー。降参だよー。出てきてよー」
キツネさんは叫びました。
ですがいくら呼んでも返事がありません。
「本当にどこに隠れたんだろう? ん? あれは何だ?」
キツネさんは小川のそばで小さな赤い羽根を見つけました。
♦︎♢
7ページ目が終わり、8ページ目にはまた「絵」と書かれていて、次のページをめくったが真っ白だった。
「小鳥の絵本は面白かったかい?」
看護師から解放された彼女が、腕を後ろでクロスさせながら僕の顔の前にひょっこりと現れた。
「あ、はい」
「そーりゃ良かった。んじゃあ、はい、これ。今できてるとこまでのコピーねー」
彼女はそう言って、喫茶店に持って来ていた手提げカバンから文章のコピーをサラッと渡してきた。
「ずっと気になってたんだけど、コンくんが右手に持ってるのは何だい?」
「え? あ、これですか」
小鳥からもらった手紙と羽根だった。
「実は昔、小鳥にもらった物なんです」
「そっか。その羽根…大事にしてね……」
彼女はなぜか遠い目をしていた。
その後、彼女と別れ病院を出た。
家に帰って晩飯を食べ、風呂に入り寝る準備を整える。
天井の蛍光灯を見つめながら、ゆっくりとまぶたを閉じた。
最後に見た彼女のあの目が、まだ脳裏に焼き付いていた。




