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03 宙域鑑定

「これはバーナール級三番艦サンダーゲート……小サンダー?」


 サララの演算ボディの大きな目が驚きに見開かれた。

 何もない空間に突然、巨大戦艦が出現したのだ。

 バーナール級三番艦サンダートは決して小さい船ではない。


「未確認物体出現。敵味方識別信号では味方となっているがこれは何だ? 繰り返す。これは何だ? 何だ? 何だ?」


 突如出現した大質量体のデータに混乱した航法支援システム――ディープポセイダルが情報開示コールを連続要求した。


「落ち着いて、あれはアイテムボックスから取り出しただけよ」


 サララがディープポセイダルをなだめる。


「アイテムボックスとは何だ? ワープリングを使用せずに出現したが? もしや未知の技術が発見されたのか? それとも観測機の異常か? いや異常はなし。これは一体何だ? 何だ? 何であるか? 答えを要求する」

「落ち着いて、ああ、もうダメだこりゃ。ディープポセイダル切断します」


 サララはディープポセイダルを切断し、矛盾ループからの精神崩壊を止めた。

 支援AIが混乱するのも無理はない。

 航法支援システムは極めて論理的で現実的で融通が利かない。

 それが信頼性に繋がるのだ。

 通常のAIにはドッキー艦長のアイテムボックスが理解できない。

 非科学的なアイテムボックスの挙動を受け入れることができないのだ。


「ふう。危なかったです。人格崩壊するところだった」


 サララが汗を拭う仕草をする。

 AIがこのような解のない現象に遭遇すると、矛盾のスパイラルループに落ち込み人格崩壊――即ち死亡する。

 ではサララはどうだ?

 この冷静さ。この落ち着き。超弩級戦艦ごとアイテムボックスに収納されていたというのに、この余裕の態度はどうだ? 目の前でバーナール級サンダーゲートが出現したというのに。

 実はサララは普通のAIではない。

 古代エレメンタルAIの一人なのだ。

 それはあらゆる状況を受け入れられるタフな古式AIだった。

 それ故、彼女はこの超弩級戦艦サンダーゲートのシステム統合AIに任命されているのだ。


「あれを有効利用しようと考えている」

「もしかして、ひょっとしてあの船を囮に使うのですか?」


 リーマイ副官の目が大きく見開かれた。


「ああ、囮というか、ありったけの融合爆弾を積んでジェネレーター出力を防御スクリーンに全振りし、巨大ミサイルにするつもりだ」

「あの船は私達の家だったんですよ」


 リーマイ副官がドッキー艦長を睨む。


「ああ、家族だったね僕たち」

「それはありませんが、戦艦をミサイルってどれほどの損失か分かってます?」

「壊れかけた戦艦の代わりはあるが人命に代わりはない」

「あれ? 壊したのは誰でしたっけ?」

「お、大勢の命と比べることなどできない」


 ドッキー艦長はリーマイ副官の質問を誤魔化した。


 医療が発達したこの時代――戦死しても直前のバックアップからフル再生することが可能だ。

 だが残念ながら再生されるのは肉体だけだ。

 人間には魂というものがある。非物質の魂自体は科学では再生できない。

 それに肉体が再生したとしても、宇宙空間を彷徨える魂は帰還する肉体を見つけることはできない。

 生き返った個体は魂の抜けた別の生物になるだけなのだ。

 以上の理由から科学全盛のこの時代でも死者の蘇生は不可能であった。


「話を逸らさないでください。あの船を壊したのは艦長ですよね? 船内で主砲を放ったは艦長ですよね? 私がいくら止めても無視して」


 リーマイ副官が怒りのリサイクルを始めた。


「え? ちょっと、どういうことですか? あれは魔族の攻撃によるものではないのですか?」


 サララが首を傾げた。


「戦闘ログを見て」

「うわ、艦長何やってるんですか?」


 サララが戦闘ログを見て首を振った。


「私の苦労も分かった? サララちゃん」

「ええ、分かりました。これはないですね。もっと適切な処理ができたはずです」

「おいおい、僕は一人で魔族を相手にしたんだぞ? 褒めてくれてもいいだろう?」

「やりすぎという言葉をご存知ですか艦長?」

「そんな言葉は知らないなあ」


 ドッキー艦長はリーマイ副官の鋭い光を放つ眼鏡型情報端末から目を逸らした。


「融合爆弾を積むのはいいでしょう。ですが遠隔操作ですと、敵に乗っ取られる可能性があます。こっちに戻ってきて爆発したら大変なことになりませんか?」


 サララが顎に指を当てながらそう言った。


「そこでサララにあのバーナール級サンダーゲートと一緒に死んでもらいたい」

「え? 嫌ですが?」


 サララはドッキー艦長の言葉を拒否する。


「いや、分サララの分体を犠牲にしても構わないかって言ってるんだが?」


 分体とはコピーのことだ。


「嫌ですよ」

「なぜだ。AIなら分身の術ぐらい朝飯前だろう? 人間は速く動いても分身出来ないんだぞ?」

「だってコピーしたら私の個性が薄まっちゃうじゃないですか」


 サララが首を振った。

 プログラムといえど人格を持つAIはコピーする度にアイデンティティを失っていくのだ。


「でも、本体が収納されている演算器が他にもあれば話は別だろう?」


 ドッキー艦長が悪い笑みを浮かべた。


「はあ。まあ、演算器があれば、ランダムリーフコピーでアイデンティティは薄まらないかもしれませんが? この船の演算器を分身に使うと本末転倒ですよ?」

「そういえばサララが前から欲しがっていた最新型のパリオス次世代演算ユニットが余ってるんだけどなあ」


 ドッキー艦長は指を立てた。


「え? パリオス次世代演算ですか? それなら演算速度が速いので問題ありませんねえ」


 サララが目を輝かせた後、疑わし気に細めた。


「前から演算が遅いってぼやいていたじゃないか? パリオス次世代演算ユニットは速いぞう?」


 ドッキー艦長が指を回した。


「うっ。それは喉から手が出るほど欲しいですけど、パリオス次世代演算ユニットなんて、そう簡単に手に入る代物じゃありませんよ。まだ試験運用中で我々の元に降りてくるのは数年先ですから」


 サララが残念そうに肩をすくめた。


「数年先の演算器ってこれのことかな?」


 ドッキー艦長の前に巨大な青色の立方体が現れた。


「え? これは? まさか? パリオス次世代演算ユニット? 何故艦長がこんなの持っているんですか? 偽物?」

「確かめてみたらどうだい?」


 ドッキー艦長が両手を広げた。


「言われずともアクセス開始。製造ナンバー確認。パリオス次世代演算ユニットアーリータイプ? まさか本物? 乱数解演算テストラン……ハッヤ」


 サララがドッキー艦長とパリオス次世代演算ユニットを交互に見る。


「艦長、どこでこれを?」


 サララがドッキー艦長を見る。


「……それだけは言えない」


 ドッキー艦長は肩をすくめた。


「乗った」


 サララが拳で掌を叩いた。


「よしではバーナール級三番艦サンダーゲートの指揮権をサララに渡そう」


 ドッキー艦長が手を振ると、そのドッキー艦長の歩容認証によりバーナール級三番艦サンダーゲートの指揮権がサララに譲渡された。


「バーナール級三番艦サンダーゲート指揮権、頂戴しました」


 サララが嬉しそうに敬礼する。


「ではサララ艦長。融合爆弾を出すから小サンダーに搭載してくれ」


 突如、何もない宇宙空間に融合爆弾の入ったコンテナが大量に現れた。


「うわあ、ちょっと待ってください」


 慌てたサララが無人作業機を飛ばし、宇宙に散らばったコンテナを回収し、穴だらけのサンダーゲートに運び始めた。


「凄い量ね。艦長。融合爆弾ってまだ持っていたんですか?」


 リーマイ副官の眼鏡型情報端末が光った。


「まあ、あれで全部だよ」


 ドッキー艦長は虚空を見ながらそう答えた。


「へえ。そうですか。それは安心ですねえ。うっかり、融合爆弾を落としたりする危険はありませんえ」

「まったく艦長のアイテムボックスにはどれだけ入ってるんですか?」


 サララが溜め息交じりにドッキー艦長を見る。


「それだけは言えない」


 ドッキー艦長が誤魔化すように口笛を吹いた。


「言えなくてもいいですが、アイテムボックスに戦艦が入るっておかしくないですか? エクソダスの勇者のアイテムボックスでもこんなに入りませんでしたよ」


 サララが疑惑の目でドッキー艦長を見る。


「い、いやぁ、エクソダスの勇者なんだから戦艦の一つや二つ入ったんじゃない?」


 ドッキー艦長が明後日の方を見てそう言った。


「……あの頃には宇宙戦艦なんてありませんでしたけどね」


 リーマイ副官が漂うコンテナを見ながらそう言った。


「そうかな? ま、どっちでもいいじゃないかな」


 ドッキー艦長が明後日の方を見てそう言った。


「でもまあ、エクソダスの勇者は存在してなかったってのが最近の学説ですよ」


 サララがそう言った。

 一万年前の記録は失われていた。

 エクソダスの勇者は伝承で残るだけだ。

 誰もその顔も、性別すら知らないのだ。

 勇者を演じるビジョンの俳優の顔以外は。


「そう? 私は勇者様は存在していたと信じたいけどね」

「……」


 リーマイ副官とサララのそんな会話を聞きながらドッキー艦長は大きな欠伸をした。




 ――数時間後。


「こちらバーナール級三番艦サンダーゲートの艦長サララちゃんですよおお。みんなあ聞こえますかああ」


 超弩級戦艦サンダーゲートの艦橋にサララの能天気な声が響き渡った。


「聞こえてますよサララ艦長」


 リーマイ副官が耳を押さえながら答えた。


「ああ、私って悲劇のヒロインって奴? 敵に特攻するなんて、なんてビジョン受けする設定なのかしら?」

「ああ、でも自爆寸前でこっちに戻るんでしょう?」


 リーマイ副官の隣にいるサララが笑った。


「そのつもりですが死んじゃうかもしれませんよおお」


 向こうのサララが激しく悲しんだ。


「なんかキャラ変わってない? サララちゃん?」


 リーマイ副官が片眉を上げた。


「てへへ。ランダムリーフノードごと、コピーしたから性格が少し変わっただけですよ」

「あの頭悪そうなのが私なんて恥ずかしい。消えたい」


 超弩級戦艦サンダーゲートのサララ本体が頭を抱え消えた。


「そっちのサララ。バーナール級サンダーゲートの操舵はできそうかい?」

「へっへっへー。もちのろんのガッテン承知の助」


 バーナール級三番艦サンダーゲートがその場で回転し始めた。


「こらこら。融合爆弾を乗せてるんだから慎重にね」


 ドッキー艦長が手を振った。


「パリオス次世代演算器をあっちに積めば良かったのでは?」


 リーマイ副官が心配そうにそう言った。


「え? 最新型のパリオス次世代演算ユニットを自爆なんかしたら演算の神様の罰が当たりますよう」


 超弩級戦艦サンダーゲートのサララが小さな声でそう言った。


「なんだよ、演算の神様って?」

「AIなのに神を信じるこの余裕は心強いわ」


 リーマイ副官が何度も頷いた。


「神を信じるAIなんてサララぐらいなものだね」


 ドッキー艦長が拍手した。


「演算のドッキー艦長神様、善い行いをするのでご褒美くださいね」


 サララが手を合わせた。


「ああ、分かった。分かった。とにかく頼んだよサララ」

「艦長、主力艦隊へダミー報告をするので認証サインください」

「へいへいへい」

「返事は一回」

「へへい」


 こうしてドッキー艦長、リーマイ副官、サララ、サララ分体によるダーレンゲート奪還作戦が始まった。




 ――数時間後。


 爽やかな笑顔のドッキー艦長が艦橋に現れた。


「艦長入ります」


 サララが報告する。


「リーマイ副官。一つ仕事を頼みたいのだけど」


 ドッキー艦長が、船を漕いでいたリーマイ副官にウィンクした。


「嫌です」


 リーマイ副官は目も合わせずに即答した。


「そこをなんとか?」

「あのですね……私は艦長と違って寝ずに働いてますが?」


 リーマイ副官が不服そうに頬を膨らませた。


「僕もアイテムボックスの使い過ぎで疲れてたんだよ」


 ドッキー艦長が頭を振った。


「そうですか? バーナール級三番艦サンダーゲートをミサイルにするって簡単に言いましたけど、準備が大変なんですからね? 自分で開けた穴なんですから、少しぐらいは手伝ってくれてもいいですよね?」


 リーマイ副官がコーヒーを入れながらそう言った。


「ええ。僕にできることなんてアイテムボックスから出し入れと、愚痴を言うことしかないんだよ? もっと愚痴を聞きたい?」

「お断りします。もう聞き飽きましたから」

「そう? じゃあ。リーマイ副官にお願いしたいことがあるんだが?」

「これ以上仕事を増やさないでください」

「これはリーマイ副官にしか出来ない仕事なんだよね」


 ドッキー艦長がウィンクした。


「まさか? あれですか?」

「そう、リーマイ副官のあれだよ。正確な敵の位置を知りたくてね」


 ドッキー艦長がコモンモニターの宙域マップを見た。


「……あれ疲れるからあんまりやりたくないんですよね」


 リーマイはさらに不服そうに顔をしかめる。


「いやいや僕もアイテムボックスを使うのは相当疲れるんだけど?」


 ドッキー艦長が不満そうに両手を広げた。


「じゃあ、使わなくてもいいんですよ? ダメって言ってるのに船内で主砲を取り出して穴だらけにして? その穴を誰がふさいでると思ってるんですか?」


 リーマイ副官はサンダーゲートの進行ルートを確認しながらそう言った。


「すいません」

「わかればよろしい。下がってよし」


 リーマイ副官が艦長のようにドッキー艦長に言った。


「いや、あのそのリーマイ副官? お力をお貸しして欲しいのですが?」


 ドッキー艦長が両手をもんだ。


「……はあ。最初からそうやって礼儀正しく接しくれればよいのです」


 リーマイ副官がやっと顔を上げてドッキー艦長を睨んでからサララに向き直る。


「ということでサララちゃん。アンビエントウェーブの状況はどう?」

「クリアアンビエント。空間はだいぶ落ち着いています。ダークフォレスト回廊とダーレンゲート周辺は荒れ模様ですが」


 サララが元気よく答えた。


「そう、残念ね」


 リーマイ副官が溜め息をつきながら自分の席に座った。


「おお。あれをするんですね?」


 サララが大きすぎる眼をキラキラと輝かせた。


「うんそう。情報量が多そうだから少し手伝ってくれない」

「オンビット。空間データ領域をフォーマット、領域確保しました」

「オンビット。空間波探針システムにブレインリンク」


 リーマイ副官が真剣な表情を浮かべる。


「並列データ処理は私が行います。支援AI達の論理システムに悪影響がないように切りますね」

「サララちゃん以外のAIでは、あれは受け入れられないものね」

「サララは図太いからね」


 ドッキー艦長がニヤニヤと悪い笑顔を浮かべた。


「……ええ。私はAIの分際で図太いですからね。パリオス次世代演算ユニットをもっと所望します。さて空間波投射準備完了。全帯域で探査可能です」


 サララが得意気に言った。


「ブレインリンク」


 リーマイ副官と超弩級戦艦サンダーゲートがブレインリンクによって接続され、その膨大な探査機械全てが彼女の目となり耳となり音となった。


「ブレインリンク接続良好。データバイパス経路開放。準備よしです」


 サララが楽しそうに報告する。


「……宙域鑑定」


 リーマイ副官は鑑定した。

 彼女はなんと超弩級戦艦サンダーゲートの長距離用空間波投射器を経由し、この宙域全体を鑑定した。

 ――そう鑑定したのだ。

 膨大な鑑定結果がサララのデータバイパスに流れ込む。


「これが本気のリーマイ副官のスキル?」


 サララが思わず叫んだ。

 なんとリーマイ副官は鑑定スキルを有していた。

 鑑定スキル――それは神から与えられたギフトのひとつ。

 見たものの詳細を知ることができるスキル。

 スキルを有している者が少ないこの時代、その中でも鑑定能力者は極めて稀有の存在だ。

 リーマイ副官はただの美人ではないのだ。

 鑑定能力者なのだ。

 そもそも空間探査やAIが全ての情報を管理するこの時代に鑑定能力は必要か?

 必要だ。探査機で見られないものまで見ることができるのだ。

 艦橋に浮かぶダーレンゲート周辺の宙域マップが物凄い速度で更新されていく。

 様々な色の光点、立体形状が浮かび上がっていく。

 ゲートを守護する無数の艦隊。

 次元ステルスで隠れた隠密艦隊。

 信じられない大きさの巨大な要塞。

 切れ目なく整列した補給部隊。

 融合爆雷は敷き詰められた地雷宙域。

 ――今ここにダーレンゲート宙域が白日の下に明かされつつあった。

 そう、宙域鑑定は空間波探針システムと併用することによって、遥か彼方の物体まで鑑定することが可能なのだ。

 遠距離から空間探査波を放ったとしても次元ステルス状態の船を見つけることは難しい。

 演算によって妨害空間波が打ち消すからだ。

 だが鑑定能力は別だ。その妨害空間波すら鑑定する。

 何を妨害していたのかが分かる。

 妨害演算すら鑑定する。

 従って鑑定能力の前にはあらゆる妨害工作は無効だ。

 全ての妨害の向こう側を完全掌握するからだ。

 かつて、ダンジョンやアイテムの鑑定にしか効果がなかったこのスキルは、最新機器の発する空間波と併用することにより化けた。

 鑑定スキルは見た物の情報を得る。

 人の目で見られなかったものが科学の力で見えるようになった。

 電波、空間波、空間演算、原子、分子、素粒子、それらは人の目では見られない。

 だが観測機を通せば見える。

 即ち、鑑定可能となるのだ。

 鑑定スキルは最新の科学技術と併用することで、その範囲は宇宙規模にまで広げたのだ。

 人の知覚を遥かに超え、機械が見られる領域全てに広がったのだ。


 だが鑑定スキルを持っていたとしても、簡単にできるものではない。

 まず目となる巨大空間投射機が必要だ。

 だが巨大な空間投射器は巨大で重い。

 そのため要塞級か戦略基地にしか設置できない。

 しかし、この超弩級戦艦サンダーゲートにそれが何基も搭載されていた。

 この超弩級戦艦サンダーゲートが巨大なのは、そうする必要があったからなのだ。

 この歪で三段に折れた船は鑑定能力者のスキルを最大限に発揮するポテンシャルを秘めていた。

 いや、初めからそう設計されていた。


 さらに鑑定結果の膨大なデータを処理するためには優秀なAIが必要不可欠だ。

 しかもそのAIは非現実な鑑定スキルがもたらす矛盾を超越したタフさが求められる。

 科学で説明できないデータを処理できる寛容さ、非現実に動じない精神の持ち主でなければならないのだ。

 この超弩級戦艦サンダーゲートの管理AIは誰だ?

 タフな古代エレメンタルAIのサララだ。

 そう、この超弩級戦艦サンダーゲートは宙域鑑定のための全ての条件を兼ね備えていた。


「おおお、何度見ても凄いですね。これどんな原理なんですか?」

「さあ? ただの鑑定スキルよ」


 リーマイは眉間に皺を寄せながら、ぶっきらぼうに答えた。


「ただのスキルって、次元ステルス状態の敵を発見できるのは鑑定能力だけなんですが? しかもこの膨大な情報に脳が焼き切れないってどういう頭しているんですか?」

「綺麗な形の頭よ」


 サララが感嘆するように、これだけの大規模鑑定を行える者はいない。

 宙域全ての情報を一度に鑑定するのだ。

 人間の脳で処理できるものではない。

 鑑定結果をサララにスルーしていたとしても、一度はリーマイ副官を経由するのだ。

 並大抵の努力で得られる能力ではない。


「ありがとうリーマイ副官。これで敵の位置が判明した。相変わらず宙域鑑定ってチート過ぎるよね」

「いやいやアイテムボックス持ちの艦長が何を言ってるんですか? 嫌味ですか?」


 ブレインリンクを解いたリーマイ副官が目頭を押さえた。


「二人とも凄いですよ。王国最強です」


 サララの言う通り、この二人は王国最強のユニークスキルホルダーなのだ。

 だからこそ、この超弩級戦艦を与えられ、極秘任務の要に選定されているのだ。

 何も左遷されて、ここにいる訳ではない。


 補給を必要としないアイテムボックススキル。

 宙域鑑定による情報収集能力。

 そしてその二人と居ても精神崩壊しないタフなAI。

 三人の強力な能力があるからこそ、確固たる勝算があるからこそ、ここに配置されているのだ。


「では作戦開始といこうか?」


 ドッキー艦長が真剣な声をあげた。


「「オンビット」」


 リーマイとサララが声を揃えた。


「超弩級戦艦サンダーゲート発進」


 ドッキー艦長が右手を上げた。


「その前にバーナール級三番艦サンダーゲートを収納してください」

「じゃあサララ、僕のアイテムボックスの中で大人しくしておいてくれよ」

「艦長のアイテムボックスの中は臭いからね」


 サララが意地悪そうな笑みを浮かべた。


「え? そうなの? まあ、加齢臭に耐えてくれ……収納」


 ドッキー艦長のウィンクと共にバーナール級三番艦サンダーゲートが忽然と消失した。

 ドッキー艦長のアイテムボックス内に収納されたのだ。


「では発進」

「超弩級戦艦サンダーゲート発進」


 ドッキー艦長の命をリーマイ副官が復唱する。


「カッティングエンジン始動」


 次の瞬間、超弩級戦艦サンダーゲートが消失した。

 いや、違う、遥か前方にあった。

 膨大な距離を一瞬で移動したのだ。

 いや、より正確に述べるならば、入れ替わったと述べたほうが正確だろう。

 前方の空間と、現在の空間を入れ替えたのだ。

 超弩級戦艦サンダーゲートのエンジンは通常のエンジンではない。

 最新式の空間省略式のカッティングエンジンを搭載していた。

 空間省略式とは、その言葉通り、移動先の空間を省略することによって推進する方式だ。

 詳しいことは省略するが、慣性も加速も減速も推進エネルギーも必要としない完全に静止した無慣性推進だということだ。

 加速が必要ないということは減速する必要もない。

 宇宙空間では加速すれば減速が必要なのだが、この超弩級戦艦サンダーゲートにはそれらは必要ない。

 超弩級戦艦サンダーゲートには推進器のベクトル制限はない。

 進みたい方向に自由に全周囲に飛べる。

 進行方向の空間を省略すれば後退することも、上下左右どちらの方向にも機首を向けることなく推進可能なのだ。

 まさに夢の推進法なのだ。

 だが夢の推進法が何故、他の艦に搭載されていないのか?

 それは空間省略式推進器自体が巨大で、恐ろしく燃費が悪いからだ

 この超弩級戦艦サンダーゲートは普通の宇宙戦艦ではなかった。

 ドッキー艦長のユニークスキルを最大限に活かすべく設計された王国最強の最新宇宙戦艦なのだ。

 超弩級戦艦サンダーゲートは残像を流しながら膨大な宇宙空間を移動する。


「間もなくダークフォレスト回廊」


 サララの報告と同時に艦橋のコモンモニターに巨大なガスに覆われた曲がりくねった巨大な回廊が現れた。

 ガス雲と微細な塵の壁に覆われたダーレンゲートへ続く唯一の回廊。


 ガスや塵などは、防御スクリーンを搭載する現代の宇宙船にとっては脅威ではない。

 だがそれから船体を守るためには防御スクリーンを発生させる必要がある。

 つまりエネルギーを消耗するのだ。

 ガスや塵の中を進めばエネルギーを消費する。

 回廊を無視して進めばガス欠で航行不能となる。

 従ってダークフォレスト回廊に沿って進むのがセオリーだ。

 だが超弩級戦艦サンダーゲートは普通の船ではない。


「回廊をそのまま直進してくれ」

「オンビット。次元ステルス状態でダークフォレスト回廊を最適距離で航行」


 超弩級戦艦サンダーゲートはダークフォレスト回廊の壁に向かって直進する。

 そもそも空間省略式エンジンの前では、ガスや塵などは防御スクリーンに衝突することさえないのだ。

 ただ、入れ替わるだけなのだから。


 超弩級艦サンダーゲートは魔王軍領ダークフォレスト回廊の壁を突き抜け、最短距離で進み始めた。

 グネグネと曲がりくねったダークフォレスト回廊には魔王軍の防御艦隊が待ち構えていたが、回廊内の敵の位置座標を宙域鑑定によって既に把握しており、カッティングエッジ航法によって回廊に沿わずに直線的に進む超弩級戦艦サンダーゲートにとっては脅威ではなかった。

 超弩級戦艦サンダーゲートはいくつもの艦隊をやり過ごした。


「この先巨大回廊、迂回不可能」


 サララの緊迫した声が響いた。


「リーマイ副官、頼んだよ」

「オンビット。ブレインリンク、宙域鑑定」


 リーマイ副官のユニークスキル――宙域鑑定によってダークフォレスト回廊内の敵艦の最新座標が改めて鑑定された。

 その膨大なデータはそのままブレインリンクを通じてサララのデータベースに直結され、未来予測され、艦橋の立体映像に反映された。

 戦略マップにはサンダーゲートを覆い隠すような無数の光点があった。


 ガスと塵の壁を突き抜けて現れた超弩級戦艦サンダーゲートは、待ち構えていた艦隊の側面に躍り出た。

 だが回廊の壁を抜けて、側面から襲い掛かるメリットはなかった。

 なぜならば――。


「前方……戦艦級魔物、三万隻以上」


 サララの楽しそうな声が躍った。


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