01 休ませてくれないか?
王立宇宙軍所属、バーナール級三番艦サンダーゲートは宇宙空間を漂っていた。
正確に述べるならばその銀色の船体に戦艦級魔物の船首が突き刺さり、完全に制御を失って漂っていた。
サンダーゲートの艦橋で頭を抱えたリーマイ副官の眼鏡型情報端末にレッドアラートの警告が反射する。
「戦艦級魔物のノーズアタックにより防御スクリーン消失。三番複合船壁まで貫通、艦内に侵入者多数。AIによる自動迎撃システムがダウン。魔法による阻害だと思われます。敵はエリートリザードマン一個師団。このままでは突破されます。いかがいたしましょうか? 艦長」
リーマイ副官が艦長席を仰ぎ見る。
「それは困ったねえ」
艦長席の男が気だるそうに手を振った。
「艦長? 今の報告聞いてましたか?」
リーマイ副官の眼鏡型情報端末がレッドアラートの反射以上の光を放った。
「聞いていましたか?」
「なんとなく」
「じゃあ。さっさと何とかしてください」
リーマイ副官が大きな息を吐いた。
「えっと、それ僕がやるの?」
「え? 艦長以外に誰がこの緊急事態に対応できるのですか?」
リーマイ副官は艦長席の男を睨んだ。
「えっと? 毎回言ってることだけど、それって艦長の仕事じゃないよね? 艦長とは艦橋でどんと構えているべきだよね」
艦長席の男がやる気のない様子で手を振った。
「でも私の仕事でもないですね?」
「じゃあ、他の誰かの仕事だね」
「残念ながらこの艦には他の誰かなんておりませんよ」
リーマイ副官は誰も居ない艦橋を見渡した。
「そう、それが問題だよねえ。若い男女を一つの船に乗せるなんて王立宇宙軍は何考えているや? 何か間違いがあったらどうするんだよね?」
「問題はそこじゃないです。人がいないことです。それに艦長とは間違いなんて絶対に起こりませんからご安心を。そんなことよりも魔族の対応をお願いします」
「え? 少し休ませてくれないか?」
艦長席の男がムッとする。
「ずっと休んでたはずでは?」
リーマイ副官が溜息交じりの声でそう答えた。
「足りない。まるで足りない。あと千年は休みたい」
「あの世で休んでくださいませ」
「あ、そういうこと言うの? じゃあリーマイ副官が対応するように」
「はい? 私に対応しろと? 文官の私に魔族の対応をしろと仰りましたか?」
「そう。艦長命令だ。艦長命令は絶対だよ」
「はあ。その前に艦長はこの艦の艦長ですよね 大事な可愛い部下を守る責任がありますよね」
「はあ、可愛い部下に限定されるけどね」
「確かに私は可愛くないかもしれません。だから助けてくれなくて結構です。可愛い女の子だけ助ければいいんです」
リーマイ副官が声を荒らげる。
「冗談だよ。リーマイ副官は可愛いというか、怖いというか、うん。綺麗系」
「は? ふざけてますか?」
「いや、いたって真面目だ」
「もうこんな艦長嫌」
「え? 僕の目の前でそういうこと言うなよ。傷付くじゃないか?」
「艦長! 怒りますよ」
「はいはい」
艦長席から一人の男が立ち上がった。
このやる気も、精悍さもないボサボサ頭の男がこのサンダーゲートの艦長――ドッキー・アーガンその人であった。
「誰がこんな人を艦長に」
リーマイ副官がドッキー艦長を睨んだ。
「女王陛下だから文句は女王陛下に言ってくれ」
ドッキー艦長が開き直った。
「なんで女王陛下は艦長を艦長に任命したのですか?」
「さあ? 楽な仕事って言われてたのに」
「艦長は楽な仕事じゃありませんよ」
「そう? 貴族の艦長は楽しているようだけど?」
「艦長が貴族でなくて良かったです」
「それよりなんで休暇中に魔王軍に強襲されているんだろうか?」
ドッキー艦長は艦長席からゆっくり立ち上がり、大きな欠伸をした。
「……休暇ですって? 我々は極秘作戦遂行中なんですよ」
「え? そうなの? いつまでたっても作成開始の命令が下りないから長期休暇だと思ってたよ」
「もうしっかりしてください。敵に侵入されてるんですよ。ほら。人工重力も切れましたよ」
リーマイ副官の言葉と同時にドッキー艦長が宙に浮き始めた。
「まあ、重力がないほうが腰とか楽だよね?」
「艦長、時間稼ぎの不毛な会話を止めないと本当に怒りますよ」
リーマイ副官が無重量で乱れた髪を整える。
「分かった分かった。行けばいいんでしょ? ではリーマイ副官。ここを頼んだ」
「最初から素直にそう言えばいいんです。艦長退席。指揮権、引き継ぎます」
リーマイ副官の苛立った声を背にドッキー艦長は制服の上着を背もたれに掛けると艦橋を後にした。
「それにしてもリーマイ副官、何故この船の座標がバレた?」
ドッキー艦長はそう呟きながら無重力シャフトの大穴に飛び込んだ。
「次元ステルス状態だったサンダーゲートを発見することは不可能なはずです」
落下中のドッキー艦長の耳にリーマイ副官の声が響く。
「……僕達の船の座標を売った奴がいるかな?」
「……でもレベルの高い極秘作戦ですよ?」
「それともう一つ腑に落ちないことがあるんだが?」
「何でしょうか?」
「なんで艦長の僕が侵入した敵と白兵戦するんだい?」
無重力シャフトを降下しながらドッキー艦長は眉間に皺を寄せた。
「え? 艦長以外に誰が白兵戦をするのですか? この艦には私達二人しかいないのですよ? それとも艦長はこの私に戦えと? 情報将校の私に前線で戦えと? そして捉えられ魔王軍の捕虜になれと?」
ドッキー艦長の耳元でリーマイ副官の苛立つ声が流れる。
「なんでいつも怒ってるのかな。一度ぐらい捕虜になったほうが大人しくなるのでは……」
「一介の艦長の発言とは思えませんが?」
「……冗談だよ」
「今度冗談を言ったら……」
リーマイ副官が沈黙で威圧した。
「……えっと、それじゃさっさと終わらせますか。近場の敵から教えてくれ」
「オンビット。侵入したのはエリートリザードマン一個小隊。現在ジェネレーター階層に到達。詳細はブレインリンクで送ります」
ドッキー艦長の頭の中に艦内マップが出現し、侵入者の情報が点滅した。
「もうそこまで来たか。これじゃあゆっくり休む暇もないね」
ドッキー艦長は無重力状態のシャフトを出て、ジェネレーターへ通じる横穴の通路を水平に飛んだ。
そう飛んだのだ。ドッキー艦長は推進器らしき物を身に着けていない。
音もなく飛行するドッキー艦長の顔には艦内の非常灯が流れていく。
驚くべきことに、この時代の人類の身体には反重力推進器官が備わっていた。
微弱な無重力下でも衰えない肉体。
強力な宇宙線を防ぐ頑丈な皮膚。
無重力下でも正常に機能する内臓。
見た目は人類だがその中身は人類とは思えないほど遺伝子改変され、無重量環境に適応していた。
遺伝子改造の倫理上の問題? 戦争状態の人類にそんなことを問題にする者はいなかった。
むしろ人類のこの姿こそが宇宙航行種族として正常で真っ当な進化といえよう。
だがいくら宇宙用に進化した人類であっても船外活動服なしでの長時間活動は難しい。
それを可能としたのが魔族であった。
このサンダーゲートに刺さっている敵艦は船であって船ではない。
魔物なのだ。数百メートルの巨大な魔物。
それは一個の個体ではない群体。いわば共生体であった。
元々は小さな魔物の集まりであった魔物が互いの欠点を補う為に寄り集まったの始まりだった。
推進ノズルを持つ魔物、次元航行する魔物、生体攻撃ビームを放つ魔物、生体防御スクリーンを持つ魔物、演算が得意な魔物――それらの魔物が集まり巨大な共生群体生物を構築していた。
それが戦艦級魔物と呼ばれる存在である。
中には一キロを超える戦艦級魔物まで確認されている。
戦艦級魔物は生命体でありながら人類側の宇宙戦艦と同等の性能を誇っていたのだ。
人の手によって作られた船に匹敵する力を持った生物が存在するのだ。
その戦艦級魔物がサンダーゲートの強固な防御スクリーンを突き破り、サンダーゲートの美しい船体に突き刺さっていた。
戦艦級魔物とサンダーゲートはゆっくり回転しながら、虚空にガスや塵の尾を引いていた。
「隔壁の向こうにエリートリザードマン三十体です」
「うわ」
「白兵戦が得意な艦長ならば、さして問題ないでしょう?」
「え? いつ得意って言った? 僕が得意なのはサボることだよ?」
「……隔壁開放しますね」
隔壁がゆっくり上がると、そこには魔王軍の屈強な魔族、エリートリザードマンが盾と剣と銃を構え待ち構えていた。
強固な鱗で覆われた蜥蜴型の人型魔物。
今はその鱗は真空宇宙にも耐えられるほど分厚い。
水中生物だったエリートリザードマンは宇宙真空生物へと進化していたのだ。
魔物もまた人類と同様進化していたのだ。
いや、人類の遺伝子操作などこれらの凶悪な魔物の進化に比べれば、たかが知れているだろう。
脆弱な人類とは違い身体の大きな魔物側が白兵戦では有利である。
しかも強靭な爪や、牙を持つエリートリザードマンは魔王軍のエリート部隊。
人類が生身で応戦できる相手ではない。
近接格闘部隊でもない一介の艦長でどうにかできる相手ではないのだ。
「艦長、頑張って」
――だが今回は相手が悪かった。
「はいはい。僕の船に無賃乗車とは高くつくよ」
ドッキー艦長が目を細めた。
「え? まさか? ダメです、それは絶対にダメです。艦長、ここは船内ですよ」
リーマイ副官の絶叫が響き渡る。
「サンマルキャノン」
ドッキー艦長のその声と同時に巨大な金属の塊が出現した。
「ああああ。ダメって言ってるのにもうサンマルキャノンなんて出して、馬鹿ですか!」
リーマイ副官の叫び声が続く。
突然、どこからともなく現れたそれは通路を埋め尽くす程の巨大な円柱。
その先端には穴が開いた金属の塊――それはまるで砲身。
そう巨大な砲身であった。
巨大な砲身が艦内照明を浴びて鈍く光を放っていた。
動揺するエリートリザードマン。
巨大な砲身がどこから現れたのか?
壁からでも天井からでも床からでもない。
壁にも天井にも床にもそれらしい形跡はない。
何もない空間から突然、巨大な砲身が出現したのだ。
エリートリザードマンが慌ててエネルギーブラスターを放った。
エリートリザードマンのエネルギーブラスターは純粋エネルギーを放出する強力な兵器だ。
だがしかし、それら強力な攻撃は砲身に届く前に消滅した。
それは光り輝く透明の壁。防御スクリーンだ。
「度はこっちの番だ」
ドッキー艦長が笑った。
「ドッキー艦長、ダメです。サンマルキャノンなんて撃ったら船に大穴が開きますよ」
「ええ? 大丈夫だろう。それに僕は近接戦闘苦手だし」
「艦長、それは戦艦の主砲ですよ。白兵戦に使用するものではありません」
リーマイ副官の言うとおり、これは王立宇宙軍正式採用砲だ。
戦艦の主砲には隕石除けに防御スクリーンが搭載されている。
エリートリザードマンのエネルギー銃はその隕石除けの防御スクリーンに阻まれたのだ。
「なーに使い方によっては白兵戦でも使用できるはずだ」
「いやいやできませんから。馬鹿ですか?」
リーマイ副官の声と同時にサンマルキャノンが火を噴いた。
エリートリザードマンのエネルギーブラスターの数千倍、数億倍の純粋エネルギーが放たれた。
屈強な戦士リザードマン達は反重力処理された巨大な盾を構えることも、叫び声を上げる間もなくこの世から完全に消滅した。
そしてその凶悪なエネルギーの奔流は隔壁を貫通、分厚い船壁を突き破り、途中にある船内の設備を消滅させながら、塵と高温ガスと共に宇宙の深淵に消えた。
「ああああ」
リーマイ副官の小さな叫び声が響いた。
「なんで、戦艦の主砲を船内で撃つんですか?」
そう、なんと戦艦の主砲が船内で発射されたのだ。
真空宇宙での運用が想定されている主砲が、船内で、しかも空気のある狭い空間で発射されたらどうなるか?
高温のプラズマが弾け飛び、真っ赤に白熱した砲身が船内の空気を焦がし、衝撃波が有毒ガスの嵐を呼び、船内は阿鼻叫喚の地獄絵図となるはずだ。
だがそうはならなかった。
船内は大穴こそ開いたが、直ちに隔壁が閉鎖され、警告音がリズムを奏でるだけであった。
「あああぁ、ダメって言ったのに。なんで船内で撃つんですか! 船内で船外の主砲撃つ人なんて初めて見ましたよ。全く何考えてるんですか! これではどっちが敵だが分かりませんよ」
リーマイ副官の怒鳴り声が、ドッキー艦長の耳元で響いた。
「被害は最小限に抑えたつもりだけどこの船脆くない?」
「脆くないです」
「まあ、思ったよりも威力が高くてびっくりしたけど、次はもう少し小さな副砲にするよ」
「今、次って言いましたか? 次なんてありません。戦艦用の兵器を船内で使用するのは今後一切絶対に禁止にします」
「ははは。そんな軍規はないよ?」
ドッキー艦長が笑った。
「船の中で主砲を放つ馬鹿な人間なんていないからですよ」
「え? じゃあどうやってエリートリザードマンを排除するんだよ? 僕は艦長なんだよ?」
「それは艦長が考えてください。余裕なんですよね? いつも言ってますよね? 本気出せば強いって?」
「ええ? そうだっけ? やっぱもう少し小さな砲で撃つかな?」
「……聞いてますか? 船内では対人用兵器しか許可しませんからね」
「……え? 本気で言ってる?」
ドッキー艦長が不満気な顔で天井を睨んだ。
「艦長。これ以上撃つと船が壊れます。禁止ですよ。怒りますよ」
「はいはいはい、とっくに怒ってるよね?」
「返事は一回、敵は演算室に向かっています。ご対応を」
「はいはい。分かった、分かった」
「返事は一回。さっさとそんな物騒なものはアイテムボックスにしまってください」
「僕がアイテムボックスを持っていることは重要機密だよ。大声で言わないでくれ」
「重要機密を自分から披露して何言っているんですか? エリートリザードマンが通信していたらどうするんですか?」
「その点はリーマイ副官が何とかしてくれてたはずだろう」
ドッキー艦長が分かっているよという顔で頷いた。
「テンポラリアンビエントジャミングで外部に情報が漏れた可能性は低いはずですが、アイテムボックスは禁止ですから」
リーマイ副官の冷たい声が響いた。
「そ、それは承知できないぞ」
ドッキー艦長は天井を睨んでからサンマルキャノンをアイテムボックスに格納した。
そうアイテムボックスに収納したのだ。
そもそもこのサンマルキャノンはどこから現れ、どこに消えたのか?
驚くことなかれ、ドッキー艦長はアイテムボックススキルを有していた。
アイテムボックス――それは物理法則を無視した異次元収納スキル。
一万年以上前のエクソダスの時代、神から勇者に与えられた奇跡の一つ。
古の時代には鑑定スキル、身体強化スキル、魔力生成スキルなど神の奇跡が存在していたという。
だが人類は神の信仰を、大地を、神を捨て、宇宙に飛び立った。
神からのギフトは失われたのだ。
だが極まれに古のスキルを持つ者がいた。
このドッキー艦長もその一人だった。
このやる気のない、愚痴の多い、文句ばかり言っている艦長の資質がまるで感じられないドッキー艦長はアイテムボックスを有していたのだ。
しかもスキルの中でも伝説的なスキル――アイテムボックスを有していたのだ。
太古の人類は神を捨て、科学を選んだ。
一振りしかない勇者の聖剣よりも、工場で作られるエネルギー銃のほうが遥かに強力だた。
一握りの魔術師しか使用できない戦略級魔法よりも、工場で量産する融合爆弾のほうが何百倍も強力だった。
科学の発展と共に人類は神の信仰を捨て、科学を選ぶのも時間の問題だった。
それが正しい選択だったのか、間違った選択だったのかは誰にも分からない。
ただひとつだけ言えることは、一万年を経過しても魔族と続けているということだけだ。
「エリートリザードマン発見。排除する」
「ダメですよ」
「まだ何もしてないだろう」
「ダメですから」
リーマイ副官が不機嫌そうに言った。
「……では遠慮してこれくらいなら」
ドッキー艦長は先程のサンマルキャノンよりも小型な砲を取り出した。
だが小型といっても船内では十分巨大だった。
「あ、だからダメって言ったのにもう」
「こっちは口径が小さいから大丈夫だ」
「どこが小さいんですか?」
「大丈夫、大丈夫、僕を信じろ。発射」
「信じられません、あっ」
ドッキー艦長はリーマイ副官の静止を待たずに迫りくるエリートリザードマンに向かって警告なく発射した。
膨大な指向性破壊エネルギーが光速に近い速度で放たれ、エリートリザードマンだった存在が影も形も残さず消滅した。
そしてそのまま船の隔壁を粉砕、いくつかの分厚い船壁を貫通し、船外に飛び出し、虚空を進み、戦艦級魔物の防御スクリーンに命中して消失した。
船内では膨大な衝撃波、輻射、反動、余剰エネルギーが暴れ、ドッキー艦長に襲い掛かる。
だがそれらの脅威はドッキー艦長の手前で消滅した。
なんと、その迫りくるエネルギーの奔流をアイテムボックスに収納したのだ。
先程のサンマルキャノンの発射時も同じであった。
ドッキー艦長のアイテムボックスは固体だろうが液体だろうが、プラズマだろうが、全て収納できるのだ。
そこにはエネルギー保存の法則とか、エントロピーとかの部塵法則も常識もない。
ドッキー艦長は見えるものは全てアイテムボックスに収納可能なのだ。
それがどれだけ常識を逸しているのかは御覧のとおりだ。
「何故自分の船に穴を開けるんですか? それでも艦長ですか。これじゃあ魔王軍のほうが紳士的ですよ。艦長席を魔物に譲りましょうか?」
「え? それはいい案だね。僕は責務から解放されゆっくり休めるし、グッドアイデア。採用」
「ふざけないでください」
「ふざけてないよ? いっそのこと魔王に代わってもらおうかな?」
「あらそれはいい案ですね。魔王とやらの連絡先を教えてください。正式にお願いしますから」
「……冗談だよ」
「冗談禁止だって言いましたよね?」
「そうだっけ?」
――数分後。
サンダーゲートは見るも無残な姿になっていた。
防御スクリーンの内側から破壊されていた。
もちろん魔族の攻撃によるものではない。
「……侵入者全て撃退しましたが船に沢山な穴が開いてますが、何故でしょうか?」
リーマイ副官の呆れた声がドッキー艦長の耳元に届く。
「さあ? 何故だろうね? いやーそれよりよく働いた。もう休んでいい?」
ドッキー艦長が体を伸ばした。
「どこで休むつもりですか? 主星域から遠く離れたこの宙域で自立航行不可能は死を意味しますよ」
「思えば遠くまで来たもんだね」
リーマイ副官の疲れた声が空しく響いた。
航行不能状態の割には二人に悲壮感の欠片もない。
「そう? だったら作戦続行不可能だね? これでゆっくり眠れるね」
「永遠の眠りにならなければよいですが? おや? 瞬間暗号通信です」
リーマイ副官の緊張した声が響いた。
「直ちにサンダーゲートの次元ステルスを解き、作戦任務を遂行せよとのこと。やっとこの地獄から抜け出せます。長かった」
ドッキー艦長の耳元にリーマイ副官の喜びの声が響いた。
喜ぶのも無理はない。ついに作戦開始の命令が下りたのだ。
この時の為にドッキー艦長とリーマイ副官は何か月も潜伏していたのだ。
「……とその前に突き刺さった戦艦級魔物の対応をお願いできますか?」
「え? 少しは休ませてくれないの?」
「今回の作戦は私の初任務ですよ。士官学校を首席で卒業した私の栄光ある経歴に傷を付けたいのですか?」
「……ここに配属された時点で汚点になってないか?」
ドッキー艦長が顔をしかめる。
「ええ、それはよく知ってます。私の人生が終わったことくらい知ってますとも」
リーマイ副官の短いが怒気をはらんだ声が響いた。
「ちょっと外の空気吸ってくるかな」
ドッキー艦長はエアロックに入ると、そのまま外に出ようとする。
「艦長、宇宙服を忘れてますよ」
「おっと」
ドッキー艦長はアイテムボックスから船外活動服を取り出し着用し、真空宇宙に飛び出した。
そして戦艦級魔物が突き刺さった接合部に向かって自身の反重力器官でゆっくり飛んだ。
「こりゃあ作戦続行不可能。帰ろう。作戦失敗」
「穴を開けたのは誰ですか?」
「黙秘権だ」
「さっさと対処してください。敵の増援が来る前にお願いします。まあ、外なら好きなだけアイテムボックスで暴れても構いませんよ。魔族から丸見えですから」
「遠慮しておくよ」
ドッキー艦長は戦艦級魔物との接合部に到着すると、戦艦級魔物の生体防御スクリーンに塵やガスに反応してオーロラのように七色に輝いていた。
「融合爆弾を使用してもいいかな?」
「え?」
ドッキー艦長はアイテムボックスから巨大な金属の塊を取り出した。
「融合爆弾ですって? なんで一介の艦長がそんなもの持ってるんですか?」
「それだけは言えない」
融合爆弾――それは限定ビッグバンを引き起こす小型戦略兵器である
しかも、ただ取り出したわけではない。
戦艦級魔物の生体防御スクリーンの向こう側に取り出したのだ。
そのエネルギー被膜は演算で強化され塵一つ通さない鉄壁の不可視防御壁。
素粒子一つとて通り抜けることは不可能なはずだった。
だがドッキー艦長のアイテムボックスは、初めから物理法則を超越していた。
取り出す先をドッキー艦長が任意に決めることができるようだ。
融合爆弾の推進器が光り、戦艦級魔物に向かって進んで行くのを見たドッキー艦長は満足気な表情を浮かべてサンダーゲートに帰還した。
「ああ、疲れた。寝一生分働いた。寝るお休み」
ボサボサ頭を掻きながらドッキー艦長が艦橋に戻った。
「……せめて船を壊したことを反省した顔で入ってきてください」
リーマイ副官がドッキー艦長に席を譲った。
「反省してるよ。ではリーマイ副官、融合爆弾を爆破してれない? 起爆コードを送ったから」
「なんで艦長がこんな物騒なものを持ち歩いているんですか? コード受信。融合爆弾を爆破します」
艦橋のコモンモニターに映る戦艦型魔物のノーズが爆球に包まれた。
「敵戦艦級魔物消滅……想定撃破」
サンダーゲートに突き刺さっていた戦艦級魔物が、血と肉と金属の破片をまき散らしながら離れていった。
「では長期休暇に入ります」
「その前に船に開いた穴を直してください」
魔物を排除した今でもレッドアラートは鳴り止まない。
もちろん自重しないドッキー艦長の攻撃によるものだ。
「え? 休ませてくれないの?」
「この作戦が終わったらゆっくり永久に永劫に休んでください。それまではダメです」
「はぁ。分かったよ。でも直すつもりはないよ。退艦準備は?」
ドッキー艦長はリーマイ副官を眺めた。
「移艦手続きはとっくに完了してます。いいからさっさと出してください」
「分かったから急かさないでくれる? なんか簡単に出せるみたいに見えるけど難しいんだよ? この船、止まって見えるけど高速で進んでるし」
サンダーゲートの前方の宇宙空間に巨大な船影が出現した。
何もない空間にそれは突然現れた。
「はい。超弩級戦艦サンダーゲートを取り出したよ」
なんとドッキー艦長はアイテムボックスから全長六百メートルを超える超弩級戦艦サンダーゲートを取り出したのだった。
お読みいただきありがとうございました。
誤字脱字、読みやすいように修正しました。