王虎
諸君、アハトゥンク!
先で投稿する機会が回って来たので、順番的にこちらを投稿しますた。
前回の終わりは、中々に無理矢理な終わらせ方にしてしまったので、自分の中ではある意味激しく後悔しております。
さて、前回そんな終わらせ方をしてしまったので、今回はその続きから…
敢えて視点は少佐から変えないと言うね……
…ピチョン……ピチョン……
微かに水が落ちて跳ねる音が聞こえる…
手足は鉛の様に動かず、体も重く言う事も聞かない。
瞼の筋肉は、眼を開ける事を拒否するかの様に下瞼と引っ付いて、こちらも思うように行かない。
「う………ぅぅ……クソ…」
自分が今どの様な体勢を取らされているのか分からないが、鈍感になっている痛感からして、両手を拘束されて吊し上げられているようだ。
吊し上げられるとは言った物の、足はしっかりと地面に着く高さだが……
まったく……私、を…誘拐するとは……大したものだ、な…
さしずめ、どこかの地下牢か地下室なのだろう。
濃厚な苔とカビの臭いが、鼻を突く。
視界が確保出来ない今、聴覚だけが頼りだ。
取り敢えず身体に力が戻ってくるのを待ちながら、耳を澄まして音の変化に気を配る。
暫くそうして居ると、向こうの方からくぐもった足音が近付いてくる。
その数は二。
連中が来るまでに大分体力が戻ってきた。
だが、わざとダラリとぶら下がっておく。
ガチャンと扉を開く音が聞こえ、二人が入ってきた。
関節を軋ませながら、頭を上げて重い瞼を開く。
「ようやくお目覚めのようだな」
聞き覚えのある、若い声が投げ掛けられた。
その声の主と眼を合わせる。
「お陰さまでな。出来れば手枷を外してくれると、最高なのだが」
「ハッ、バカを言え。誰がお前の手枷を外すか。俺はお前に大怪我を負わされたんだ!俺だって学習しないわけじゃぁない」
「…普通そうだろうな。で、私を誘拐した件だが…?」
「決まっているじゃないか!お前を拷問にかけた後、俺の肉奴隷にする為さ!!お前のせいで、俺は一生足を引き摺る羽目になったんだぜ?当然の報いさ」
「……ククク…ンフフフ…」
「な、何がおかしい!!」
「アハハハハハハッ!!ククク、フフフハハハハッ!!」
笑える、すこぶる笑える話だ!
私を肉奴隷よろしく肉便器にする?傑作だなぁ!ゲッペルスのプロパガンダより笑える!
コイツは知らないのだ、初期の独立特務特隊が何をしていたのかを。私がそこで、長年隊長をしていた事を。
ならば教えてやらねばなるまい。
「畜生!おい爺!バラ鞭を寄越せ!!」
「で、ですが坊っちゃま。幾らなんでもご婦人にこのような…!」
「黙れ!…もう良い、自分で取る!」
視界の端で、色褪せたテーブルの上にのせられた、特殊な趣向に使う様な鞭を掴んで、こちらに向き直った。
鞭は、棒の先に細く切った革を何本も下の方で束ねて、棒にくくり着けた形をしている。
「なんだ、そんな貧相なモノで私をしばくつもりか?もう少しましなモノは無いのか」
「貴様にはこれで十分だ!!」
バラ鞭が勢い良く降り下ろされ、パシンッと革が私の太股を叩く。
「ふむ、やはりこの程度か…期待外れだな、大して痛くも無い。お前は軍人を嘗めているのか?なぁ、フェルディナン王国騎士団三級騎士、オスヴァルト・カルテンス殿?」
「ク、クソが…!ならこれだ!!」
お次は長い木の棒が出てきた。
先端の形が少し変なのは、多分槍から穂先を取ったからだと思う。
呆れた事に、それで私を叩くらしい。
まったく労力の無駄だ。
「クソッ!クソッ!」
バシッバシッと殴り付けられ、先端で腹部を突かれる。
その度に軽くはない衝撃が走り、視界が揺れる。
「フッフフッ…諦めろ、私にそんなモノは効かん」
「黙れ!」
「坊っちゃま!!」
バシンッ
頬を棒で殴られた。
そのせいで口の中の何処かが切れたらしい。
血が口の端から伝う。
御付きの爺さんが、私の方に駆け寄ってきた。
どうやらこのご老体はお目付け役なのかもしれない。
「どいつもこいつも俺の癪に障る!!畜生め!!」
「坊っちゃま、もう我慢なりませぬ。最初は大事な坊っちゃまに、あれ程の怪我を負わせた人物だと憤って協力致しましたが、こんなにも若い、しかもご婦人に暴力を振るい、あまつさえ顔にまで手を出す始末。そのような事言語道断!!爺はその様にお育てした覚えはございませぬ!!」
爺さんが、私の前に立ちはばかった。
ちょうど良い、殴られ続けるのが飽きた所だ。
最近楽しみが無いから、新しい楽しみに目覚めるかなと思ったが、全然そんな事無かったな。
こそばゆく不快なだけだった。
ゲーリングのヤツは、こんなのの何が良いのやら。
「さて、どうやらお前さんの味方は居なくなったようだが?…まだ続けるのか?」
「当たり前だ!!俺は貴様を許さん!!こうなったら、何が何でも貴様を叩っ斬ってやる!!」
そう怒鳴り散らして、オスヴァルトは腰に下げている両刃剣を引き抜いた。
このままでは、依然として私の前から動かない爺さんが、バカに真っ二つにされてしまう。
そろそろ潮時のようだ。
そっと手の関節を外して手枷から手を引っこ抜き、まだぶら下がっている様に見せ掛ける。
この程度は何でもない。
オスヴァルトは、雄叫びを上げ、びっこを引きながら撃ち抜かれていない方の手で両刃剣を振り上げて、突っ込んで来た。
爺さんを横に突き飛ばし、ポケットの中に入っていた金貨入りの袋を、スリングの要領で顔面目掛けて投げる。
「ぐぉっ!?」
オスヴァルトは咄嗟に顔を捻って金貨入りの袋を避けようとしたが、顔の端をカスって怯んだオスヴァルトは、勢いをグッと落とした。
直ぐに剣を持った手を鉄入り長靴の先端で蹴り上げ、私に撃ち抜かれた足に踵を落とす。
そして、あの時のように膝を着いた瞬間に、回し蹴りでこめかみを撃ち抜く。
地下室の中を面白い具合に吹っ飛んだオスヴァルトは、壁に激突して撃沈した。
呆気ないものだ。
弱いにも程があるな。
まぁ、死んではいないと思う。多分。
「おい爺さん、早く手当てしてやれ。加減したとは言え、脳を強く揺さぶってやったから、ただで済むとは思わん」
ハッと我に帰った爺さんが、オスヴァルトに駆け寄る。
その間に、没収されたらしい鋭剣とホルスターを机の上から回収し、床に散らばった金貨を拾い集める。
……私は別に守銭奴とか言う者では決してないぞ。
気絶してどれ程の時間が経っているのか分からないが、シューリー辺りが発狂する一歩出前くらいまで取り乱しながら、私を捜索しているに違いない。
以前、何も言わずに街へ繰り出した時に、私が居ない事に気が付いてしまったシューリーが、普段では考えられない程取り乱したようで、完全武装した三号戦車C型と二号戦車D型で街に突入してきたからな。
凄い剣幕で捲し立てられて、号泣しながら抱き着かれたのを覚えている。
まぁ、ある意味シューリーと私は普通の上司と部下の間柄では無いからな。
変な意味では無く。
装備をし直したあと、オスヴァルトの方を一回だけ見てから、扉に向かう。
嘔吐を繰り返していた。
まぁ、大丈夫だろう。
「ふむ」
扉を開け、じめじめとした階段を昇り、一階に出る。
どうやら、何処かの納屋の地下室だったらしい。
外に出てみると、右手側に屋敷としては大きめの、ゴシック様式風な屋敷が建っており、窓からは光が漏れていた。
既に太陽は落ち、辺りは暗くなっていた。
が、
何かおかしい。屋敷の前は原っぱになっていて、そこには篝火が盛大に焚かれ、合戦でも始めるかの様に数百人の鎧を着た兵士達が、隊列を組んで陣営を張っていた。
双眼鏡を取り出して、原っぱの向こうを確認すると、数人の騎乗した騎士と三台の四号戦車が見えた。
ライトを煌々と光らせている為、それが一対の目玉の様に見える。
どうやら、穏やかでは無い事態まで進んでいるようだ。
戦いの匂いがプンプンしてくる。
私がここで、目の前の陣営にノコノコと出て行ったら、ただでは済まない気がするので、暗闇に紛れて向こう側に行くしか無いようだ。
ここでゆっくりしていたら、地下室から上がって来た爺さんとオスヴァルトに鉢合わせしてしまうしな。
足音をなるべく立てない様に前進し、身を低くしながら草に紛れて、大きく迂回しながら戦車に向かう。
膝が土を擦って、汚れてしまっても気にしない。
戦場での軍服は汚してなんぼだからな。
……いや、ミヤビがそう言っていた。
所々匍匐で進み、やっと原っぱの中程まで来た時、急に背後の茂みから音がして、何かが飛び出して来た。
しかも一体出はなく複数でだ。
「なにっ!?」
咄嗟に振り返ると、鋭い牙がズラリと生えた口が迫っており、のし掛かられた。
噛み付かれまいと必死に顎と頭を押さえる。
そいつの正体は、大型の狼だった。
しかも複数匹居る。
だが、私に喰らい付こうとしているヤツが一番小さい。
「クソッ!勘弁、してくれ!!」
原っぱに潜む狼の群れに捕捉されてしまったようだった。
ガチガチと歯が噛み合わされ、唾液が垂れてくる。
ヌラヌラとしていて気持ちが悪い。
「くっ…!」
「キャンッ!?」
狼が力を入れ直す隙を突いて、一旦力が抜けた隙に腕に力を込めて、狼の首を一回転させる。
ゴキッと小気味の良い音がして頸椎が折れ、狼の身体から力が抜けた。
下敷きになる前に横に転がって立ち上がる。
仲間の死に敵意を倍増させて、狼が一斉に吼え始める。
眼は何故か赤く爛々と光っており、普通の狼では無い事が、今になってやっと気付いた。
なんて様だ。分が悪すぎる。
狼が二十匹以上いるぞ…
どうやら逃がしてくれそうな雰囲気では無いな。
本当は見付かりたく無いのだが、四の五の言っている暇は無いと…仕方無い。
鋭剣を右手に持ち、愛銃を左手で持つ。
「どうした?掛かって来いよ畜生が」
私の挑発が理解出来たのかは不明だが、十匹程度が一斉に襲い掛かって来た。
先頭の狼の鼻っ面に向けて三発発砲し、向かってくる二匹目を避けてから、振り向き様に尻尾を根元から切断する。
悲鳴を聴きながら、たまたま横腹を見せていた三匹目に二発撃ち込む。
血飛沫が舞って倒れた。
警戒し始めた四匹に向けて、更に発砲する。
上手い具合に弾が脳天を撃ち抜いたようで、一発で仕留める事が出来た。
残ったヤツに背後を取られる前に、戦車に向けて走り出す。
背後からは、足音が追ってきた。
足音が近くなった瞬間に、横にずれて飛び掛かって来たヤツを避けは、鋭剣を振るうか鉛弾をお見舞いする。
こんな所で、後ろからのし掛かられてしまったら、一巻の終わりだ。
背後に精神を集中しながら、必死に戦車に向かって走る。
背後に腕だけ回して数発発砲すると、弾が切れた。
慌て新しい弾倉をベルトから引き抜き、入れ換える。
空になった弾倉は、捨てるのが惜しかったので、上着のポケットに滑り込ませる。
私としては、追われるのは好きじゃ無いので、立ち止まって戦いたいのだが、狼相手でしかも多勢に無勢では、話しにならん。
それに、奴等は大分興奮している筈だ。
勢い任せに数匹で一気にのし掛かられたら、私と言えども助かるとは思えない。
そして、新しい弾倉に入れ換えた時に、別の事にも気が付いた。
私を追っているのは、狼だけでは無いと言うことに。
狼の後方から、十騎程度の騎兵がバルバートを持って、真っ直ぐこちらに向かっていたのだ。
やはり、発砲音と光で場所がバレたに違いない。
取り敢えず背後に迫っていた狼を撃ち殺し、横合いから来たヤツの鼻っ面を斬り付ける。
さすがに味方の方も、私に気が付いたようで、待機していた騎兵全てがこちらに向けて駆け始めた。
遅れて戦車も動き始める。
ふと脳裏に、何故陣営に四号戦車が三台しか居なかったのだろうとよぎった瞬間、左側の雑木林から轟音と共に木を撥ね飛ばして、四号戦車が姿を現した。
背後にかなり接近していた騎兵を纏めて轢殺し、こちらに向けて隊列を組んで近付いて来た。
一瞬気が緩んだ隙に、群れのボスと思われた、一際身体の大きい狼に、横合いから飛び付かれ、のし掛かられる。
「ふざけるな!!畜生ごときに!!」
冗談抜きに、私の頭を丸々収まりそうな程巨大な口が迫ってくる。
「ぐぅっ!」
両手で噛み付かれまいと、上顎と下顎を押さえ、必死に力を込める。
だが、巨体にモノを言わせて、ギリギリと口が近付いてくる。
生臭いヨダレが頬に垂れ、伝って行く。
こんなところで狼の胃袋に収まってたまるか!!
噛み付かれまいと、必死に腕に力を入れていると、次第に口許が綻んでくる。
自分の口が、正に弓なりに反り返る感覚が、実に何とも言えない。
そして口からつむぎ出される言葉はこうだ。
「そうだ!私を食らい殺してみろ!!アハハハハッ、私は何を恐がっていたんだ?恐がる事など何一つない!そうだ、最高だ!!直接の殺し合い、正に私が望んでいた事じゃないか!!さぁ、私の喉笛を噛み千切って、溢れ出す血を飲み干して見せろ!!」
素晴らしい!
命の取り合いこそ、私の存在理由であり、私が戦争を続ける意味であり、私の渇望するものだ!!
良いぞ、もっとだもっとやれ!
生物は命の取り合いをしている時こそ、もっとも美しく輝いているのだ!
「どうした!?来ないのか?ならこちらから行くぞ!!」
腹か胸を押さえ付けられない前に、膝で胸骨を数回に渡り蹴り上げ、怯んだ隙に背中に乗る。
正に騎乗した状態になったのだが、鋭剣や愛銃で殺すのはつまらんし面白味に欠ける。
それに一対一なのだから美しくない。
とても太い首に後ろから抱き着くようにして、頸動脈と気管を締め上げる。
ギリギリと締め上げると、狼の親玉は狂った様に暴れる。
首を振り回して跳ね回り、口から泡を飛ばしながら必死に呼吸しようと喘ぐ。
だが、それでも腕に籠めた力は少しも弛めない。
次第に狼の親玉は大人しくなっていき、土埃を立てながら倒れた。
そこでやっと手を離し、下敷きになった左足を、狼の下から引っこ抜く。
「…ふむ、50点だな。お互いに」
横たわった彼の前に立ち尽くしていると、私を囲むように四号戦車が円陣を組んで、数名の騎士達が間を埋める。
指揮車両である一号車のコマンダーキューポラのハッチが、音を立てて開かれ、下の通信士用ハッチもウソみたく跳ね上がった。
「…隊長!!」
「たいちょ~~!!」
エンエンと子供みたく泣きじゃくったシューリーとナハトに抱き着かれ、拘束されてしまった。
一号車からはぞろぞろと乗組員全員が出てきてしまい、他の車両からは、そのハッチというハッチが開放され、フロイラインが顔を覗かせた。
「たいちょ~が、死んじゃったかと思ったぁぁぁ~!!」
なんて不吉な事を言うヤツだ!?
「……隊長!良かった…良かったです!」
「私はこんなのでは死なん」
「…私はまた間に合わなかったと思って…ぐずっ…」
「間に合ったさ。現に私は生きているしな。見ろ、狼の群れにだって私は殺されん」
興味を持った騎士の一人が、狼の身体を調べていた。
そっちの方を指差す。
「ヒルデガルド特務騎士、これを見て下さい」
その調べていた一人の騎士が、そう言った。
…ヒルデガルド?
話の途中ではあるのだが、私達の涙を誘う再会劇の最中で、私達の目線がそっちにある時にその様な事を聞いてしまったら、少し気になってしまうではないか。
泣くのを止めて、キョトンとした二人を含めてそちらを伺う。
「どうしましたか」
「見て下さいヒルデガルド特務騎士。…ナイトメアウォルフです。この大きさですと、多分群れの長だと」
「ナイトメアウォルフですって!?各騎周囲警戒!!まだ群れが隠れているかもしれません!!」
ヒルデガルドが鋭く命令を下し、騎士達の緊張が高まるのを感じた。
私はそんなヤバい狼に追われていたのか…
殺し合いの点数を少し上げるべきかな?
「落ち着いて欲しい戦友」
「ショウサ殿、御無事で何よりです。ですが、ナイトメアウォルフは凶暴で危険な魔物です」
「その事なのだけれどな?…多分群れは全滅したと思われる」
「どういう事でしょうか」
ヘルムを被っている頭が、横に傾けられた。
今までの口調や態度からは想像もつかない行動だったので、少し呆気に取られてしまった。
「如何しましたか?」
「え?…あ、あぁ。すまない…何の話だったか…」
「たいちょ~、ナイトメアなんちゃらだよ」
「あぁ、そうだった。私があの屋敷からこっそりと逃げ出していた時に、途中でそいつの群れに教われてな」
「数は!?」
「大体23匹くらいか?」
それを聞いた騎士達は、動きを止めて硬直していた。
「それで、最初の一体は首を折って殺し、後は逃げながら鋭剣とモーゼルで撃ち殺した。最後にそいつだが、馬乗りにされたから仕返して、後ろから首を絞めた」
「…ショウサ殿…貴女は本当に人間ですか……?」
「なんだ?やっぱりそいつ、そんなに危険なヤツなのか?」
コクコクと騎士が揃って首を上下させた。
…なんとまぁ。
「イヒヒヒ…私もよく規格外だと言われるが、少佐も同じ仲間だねぇ」
「「「きゃぁっ!?」」…ゴホン」
「少佐もたまには女の子だねぇ」
「な、なんの話だか分かりかねる」
急に背後から、地獄の使者の様に現れるせいで、心臓が胸を突き破って出てくるかと思ったぞ…
「…イヒヒヒ、まぁそんな些細な事は良いねぇ。私が有るのはその犬ッコロだねぇ」
「私にとって、その一言は聞き捨てならんが…それに犬ではなく狼の化け物だ」
「どちらにせよ、犬科には変わり無いねぇ。…時に少佐、その犬ッコロは死んでないねぇ」
そう言いつつ、博士は狼の死体の背中を靴の先で、ツンツンし始めた。
「何をバカな、そんな訳無いだろう」
そうだ、確かにあれは手応えが有った。
絞殺した時の生々しい感覚は、いまだに右腕に残っている。
「イヒヒヒ、本当にそうかねぇ」
そう言って博士は、眼を閉じてダラリと舌を出した狼の頭を両手で掴んで持ち上げ、右手でその瞼を開き、腕で狼の首を固めながら伏せた耳たぶを左手で持ち上げ、何かを囁いた瞬間、カッと眼を見開いた狼は、ピシッとした姿勢で「お座り」し、博士の前に岩の様に動かなくなった。
「…そんなまさか!私は確かに……!?」
「イヒヒヒ、確かにコイツは少佐に殺されてたねぇ。だが、死んでたが死んでいなかったねぇ」
「意味が分からん…」
「戦争が大好きな少佐言った所で、理解出来ないだろうから説明は省くねぇ」
「私はバカにされているのだろうか」
私の呟きも虚しく虚空に消えて、誰もその呟きに対して答えてくれなかった。
だが、完全に死んでいると思っていたのは私だけでは無かった様だ。
検死していた騎士も、激しく硬直していた。
「…博士の事は、考えたら敗けだ……て、誰か現状を教えてくれ。なんで原っぱの向こうの連中は、兵士をあんなにも使って布陣しているんだ?」
ほぼ真っ暗に近い原っぱの向こう側に、大量の篝火に照らされた兵士達が浮かび上がっていた。
「それは、ショウサ殿が誘拐されたところからお話した方が良いと思うので、そこからご説明しましょう」
スッと横合いから、ヒルデガルドが出てきて説明すると言ってくれた。
「頼む」
「はい。ショウサ殿を誘拐した車両の調査をした所、馬車側面に家紋が入っていた事が判明し、その形を見た民を見付ける事が出来たので、犯人がカルテンス家と判明しました。大至急向かったところ、既に布陣されていました」
「なるほどな…だが、そうしたら四号の榴弾で遠距離から砲撃すれば良かったのでは?」
「たいちょ~、それはもう試してはみたんですけどぉ…屋敷の手前でなんか見えない壁に当たって爆発しちゃって、徹甲弾も同じ結果に…」
ナハトが、げんなりした顔で両手を使って身振り手振りで場面を再現しながら言った。
「見えない壁か…厄介だな」
「正確には結界と言います。かなり強い力が掛かれば壊れるのですが」
一先ずは破壊する事が出来るのか…
いっそのこと四号全車両で体当たりでもやってみたら…無理だな。
榴弾の爆発に耐える程だ、四号が傷んで終わりだな。
全く、なんて出鱈目な硬さだ。四号の徹甲弾さえ防いでしまうなんて。
何か良い案は無いのか?
…ん?結界がある。何かが引っ掛かる。
「なぁ、結界が張ってあるのは屋敷の周りだよな」
「そうですが」
「なんで私は、端とは言え屋敷から原っぱを通過してこれたんだ?」
「それは、結界と言う魔法の特性で、一定の方向のモノを通さないのです」
「ならば、雑木林から四号が出てきたのは?」
「相手が動いて結界から出てきた時に、奇襲を仕掛ける為です」
正に八方塞がりと言うやつではないか。
あの時ノコノコと連中のところに出ていったら、攻撃されない事を良いことに、何をされたか分かったものじゃないな。
「イヒヒヒ、少佐」
「どうした博士」
「方法が無い訳では無いねぇ」
さすが博士だな…
最後は大抵博士の出番だ。
「どうすれば良い?」
「方法は二つだねぇ。一つ目は格納庫の隅で眠っているBf109を叩き起こして、アハト・アハトの榴弾を上から落としてみる。だけど、これはパイロットがいないので却下だねぇ。二つ目は、元帥からの貢ぎ物の目玉商品で突撃する事だねぇ」
「そう言えば、私はその目玉商品とやらをまだ確認していないのだが」
「イヒヒヒ、当たり前だねぇ。何せ、私がまだ遊んでいた最中だったからねぇ。もう完成したから、少佐には後で見せるつもりだったからねぇ」
「夜な夜な、格納庫から響く騒音と不気味な声は博士の仕業か…部下から一体何れ程怖くて眠れないと言われたか…」
「イヒヒヒ、お陰で良いものが出来たねぇ」
イヒヒヒと笑いながら、瓶底眼鏡をクイッと上げた。
ライトの光を乱反射して、全く見える事の無い博士の眼が、ギラリと光った気がした。
「…うっ」
「実はねぇ。もう既に呼んでいるねぇ。イヒヒヒ」
博士が、私の後ろに顔の向きを合わせるのと、履帯がが擦れる音とエンジンの唸りが聴こえて来るのは同時だった。
全員の視線がそちらに向いた。
木々を踏み倒し、へし折る音が次第に大きくなっていき、四号戦車よりも大型の車体が飛び出して来た。
「しょぉぉぉぉぉぉぉさどのぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっっ!!!!雅緋がただいまお助けに参りまぁぁぁぁす!!」
木を薙ぎ倒す音に混じって、その様な幻聴が聴こえた気がしなくも無いが、聴かなかった事にしよう。…私の精神衛生を保つ為にも、な。
「イヒヒヒ、紹介しよう。栄光ある第三帝国初の重戦車、Panzerkampfwagen.Ⅵ ティーゲルだねぇ」
重厚な装甲に潰した長方形をした車体、一体何t有るのか分からない重量を支える、肉厚で幅広の履帯。
特筆すべきは、その箱型車体の中央に鎮座している、円形の缶詰を潰した様な型をしている砲塔から伸びる、長くて太くて逞しい主砲だろう。
「……素晴らしい、ドイツの精神が形となった様だ。…!」
「イヒヒヒヒヒ、そう言って貰えると技術者冥利に尽きるねぇ。何せ、コイツが来たときはまだ中戦車だったからねぇ」
「………は?」
「元はVK 36.01(H)と言う試作車両なんだねぇ。ソイツを一旦バラバラに分解して、伍長殿から送り付けられた開発計画書と完成予想図から青写真を引いて、イェーガーと一緒に壊れた履帯等を鋳潰して成型し溶接してから組み立てて、使わないBf109の弄ったエンジンを取り出して載っけて作った訳だねぇ。そして、あれが栄えある製造番号一番と言う事だねぇ。主砲は元々アハト・アハトだったから、その分楽だったのは嬉しい誤算だったねぇ」
もう既に、博士が何を言っているのかすら不明になってきた。
久々に、ゲーリングに感謝をしたのだが、博士から帰ってきたセリフを聴いて、それが予想の右斜め上をぶっちぎりで突っ切っていたので、なんかどうでも良くなって来てしまった。
博士の計画に、イェーガーが関与していたのは実際驚きだ。
「よう少佐、まだ生きていたみたいだな」
「当たり前だ、お前にインディアンポーカーで巻き上げられた、10万マルクを取り返さんといかんからな」
「そいつはまた美味いカモが来るってもんだ」
砲手乗り込み用のハッチが開き、ウェーブの掛かった燃える様な赤毛を持つ、男勝りのイェーガーがニヤリと笑いながら言ってきた。
「少佐殿!!あぁ、私の少佐殿…御無事で何よりです!!」
「一体何時私が貴様のモノになった!?」
「…ぁ、少佐お顔にお怪我を…」
「ん?あぁ、殴られた時についたもの……」
「おのれ逆賊め…愛しの少佐殿を傷付けるなど言語道断!!我が愛刀『菖蒲』の錆びにしてくれるわっ!!」
コマンダーキューポラから軍刀を持って躍り出た雅緋を羽交い絞めにして、抑え込む。
「落ち着け!私は体質で痣が出ないから、大丈夫だ!大体カタナ一本で何が出来る!!イェーガーも笑って無いで手伝ってくれ!!」
「まぁ、少佐頑張れや」
「イェェェェェェェェガァアァァァァァァァァァァァッッ!!」
今回、また博士がやらかしてくれたので、Ⅵ号戦車ティーゲル《博士スペシャル》の説明を少々…クイズは、今回もなしで…すいません。
形については、皆さんご存知のAluf E型だと思って頂ければ大丈夫です。
外観の変更点はほぼありません。
問題は中身です。
一番疑問に思った方が多いと予想されることは、ズバリ多分エンジンの事だと思います。戦闘機のエンジン積んで大丈夫なん?ええ、大丈夫です、問題はありません。
米帝のM4シャーマン戦車は、戦闘機のエンジンを最初から積んでいます。
それに、Bf109のDB601EとティーゲルのマイバッハHL210P45では、使う燃料こそ違いますが、大きさは大体同じで、馬力に関しては前者が1,175馬力程度で後者が700馬力程度です。
まぁ、水冷か空冷かの点さえ無視出来れば、時代背景による供給面をクリア出来ます。
主砲については、本来は高貫通力の8,8 cm KwK 43 L/71を載せたかったのですが、流石に無理があるので8,8 cm KwK 36 L/56で我慢しました。
あとは、博士の頭脳に任せます。
次に、何故ティーガーをそのまま出さなかったかと言いますと、少佐達が飛ばされた年が1941年だったからです。ティーゲルが登場するのは1942年なので、面倒臭いですが発展する前の戦車をバラして作った設定にしてみました。
ちなみに、今回の《博士スペシャル》の内容は、足回りの強化と全体的な装甲厚強化です。
本来のティーゲルの装甲厚は、100/82/82(前面/側面/背面/mm)なのですが、出力強化も伴って、思い切って130/110/110にします。
速度は、最高時速約25~30を、35~40に上昇させます。
まぁ、もちろんエンジンも博士の手が入っているので、普通のカタログ値ではありませんよ…
最後に、コイツは燃費があまりよろしいとはお世辞にも言えないので、今後の活躍に対し、皆様のご意見をお聞きしたく存じます。
今考えているのは2パターンあります。
一つ目は、博士の科学は世界ィ一ィイィィィィイィイイ!!と言うパターン。
二つ目は、ほんのたまに出て来る感じ…もしかしたら出て来ない可能性も…
三つ目は、使わなくてはならなくなるパターン。
………あれ、一つ多いですね。まぁ良いや。
そういう事なので、是非お声をお聞かせください。
感想にてお待ちしております。




