マニュアルを読まないやつほど知りたがり
S+Mの中にはHPやMPの代わりに【疲労】が導入されている。
これは敵を攻撃する、または敵から攻撃を受ける、魔法を行使するなどのアクションで蓄積されていき、疲労がたまると水中で行動するような負荷が身体にかかり、魔法の行使ではマクロを使用しても一定時間内にモーションを完了することができず、ミス扱いとなる。
死ぬ一歩手前の衰弱状態になると、その場に倒れ伏して動けなくなるなど、HPが1あれば自由に動ける通常のRPGとはまるで違ってくるのだ。
今の僕らは戦闘後の疲労感におそわれ、足取りは重く、歩く距離が遅々として進まない。これを回復するにはポーションなどの薬品を飲むか、その場に一定時間とどまり回復を待つしかないのだが、薬品はすべて白虎戦に使ってしまい、とどまって回復することは美女二人に却下されてしまった。
白虎との戦闘が終わったミネルヴァ周辺の狩り場は、日も沈みここに来たときに見た光景とは別世界を描いている。
昼の草原がピクニック気分でこれる行楽地とするなら、頼りない月明かりと、遠くに聞こえるフクロウの鳴き声は、いつ狼男が現れてもおかしくない場所と化していた。しかも、夜間の敵は攻撃力と獰猛さが上がるらしく、早くこの場を離れたがる二人に対して、僕はお気楽に死ねばすぐにホームポイントに戻れるじゃないかと提案するも、もの凄い形相で説教をうけてしまった。
彼女たちが言うには経験値が存在しないS+Mのデスペナルティとは、金銭および装備品のランダムドロップなんだとか。せっかく手に入れたアイテムをこんな初期エリアで落とす事なんて矜持が許さないらしい。
僕たちがゆっくりとしたペースでテレポーターまで歩いていると、薄明かりの中、向こうからかなりの大人数がこちらへ移動してくる様子がみえた。全校集会で集まる人数の三倍はいそうな集団は、規律正しく足並みを揃え、まっすぐにこちらを目指す姿は軍隊のようだ。
夜間でもお互いの顔が確認できる位置まで近づくと、見知った顔が軍団の先頭にいるのがわかった。僕らに気がつくと集団を先導していたパトが目の前まで駆け寄ってくる。
「アキたん! ミンメイちゃん! 無事じゃったか!? あと……だれだっけ?」
「ラック! まじか! ボケか!」
「ボケじゃ。まじでボケ。あ、そう言っても本当にボケてるわけじゃなくて」
「ややこしいよ! それよりもあの集団はなに」
「白虎討伐のために集めたんじゃ。消し飛ばされたわしらは急いで<リンカー>に呼びかけて人数を揃えたんじゃよ」
「でも特殊フィールドって入れないんでしょ?」
「そこは狙いがあっての。特殊フィールド内のプレイヤーが全滅した場合、フィールドが解除された数瞬だけ、敵の占有権が自由化するんじゃ」
「う〜ん、それってつまり?」
「簡潔にいうなら横取りできるってことじゃ」
なるほど、っと手を打ってみたものの、下手したら他人にも取られていたってことか。MMORPGではよくあったことだけど、せっかく自分で取った獲物を、死んだために占有権が解除され、横取りされるのは珍しくもない。それが何時間も張り込んだあげく、周りのライバルを蹴落として手に入れた物ならなおさらだ。大抵横取りした奴らの言い分は死んだ方が悪い、というのだ。その通りだけに悔しさは倍増する。
「しかし、三人がここにいるってことは負けてしもうたか。まぁしかりしかり。300人いても勝てなんだ相手じゃ。悔しかろうが珍しいものが見れたと思うて……」
「勝ったよ」
「そうかそうか。まぁ今日はわしが何か奢ってやるわい。久々に熱くなったこの猛りを……」
「いや、勝ったてば」
「はい?」
パトが何言ってるのこいつ、という顔をしているのが面白くて、いじわるく口元を歪めながら微笑を浮かべていると、隣にいたアキラが事情を全て話しだしてくれた。
白虎戦に参加していた300人は、アキラから伝えられる戦闘報告に「うそだろ〜」「まじでか」「ありえねぇ」などと口々に語り、誰もが信じようとしない。特に僕のような今日はじめたばかりの初心者がトドメを指したということが納得いかないようだ。
論より証拠とミンメイに言われ、アキラが手持ちのアイテムをギルドが管理する金庫にトレードすると、集団の表情は一変した。
【ギルド金庫】は、メンバーが共有管理するアイテムを保管し、収納と閲覧は誰でも出来る仕組みで、搬出のみギルドマスターか管理責任者のサインが必要になるのだとか。
「たまげた! こんなお宝は今まで見たことないわ。いや、それよりも白虎を倒したことのほうが驚愕じゃて」
パトが驚愕の言葉を漏らし、ユンや他の人達も言葉を失い、何か得体のしれないものを見るような目でこちらを凝視してくる。
畏敬の念などというものに無縁だった僕は、無意識に胸をはって威張り、童話の木人形のごとく鼻を高々と伸ばしていたかもしれなかったが、そこに冷や水をかけるような大声がパトの後方から発せられた。
「どうせまぐれだろうよ! たまたまサドンデスポイントをついたんじゃねーの。ビギナーズラックでよ」
大きく張り上げられた声にムッとした僕は言い返そうとしたが、たまたまなのは本当で、それがビギナーズラックなのも否定できず、あれ、反論するところが何もない。
集団をかき分けるように現れたのは、白虎の戦闘中にはいなかったプレイヤーだ。きっとパトがかき集めた増援組の人なんだろう。
ハカセよりも大きい獣人タイプのごつい男は、闇夜にとけ込みそうな漆黒のプレートアーマーを着込み、それに反して黄色の豹頭とのコントラストが激しく、工事現場などで安全を確保する時に張り巡らされるロープを連想させた。
初対面でこのようなことをいうのは何だが、こちらを嘲笑し明らかに小馬鹿にした態度は、腹に重い何かがたまっていく。
僕に感化されたわけでないと思いたいが、アキラが怒気を声に込めて言い放つ。
「工事現場にある標識ロープかと思ったら、戦闘になるとひたすら敵を殴り続けて、後方の支援団を疲れさすことで有名なパイロンじゃないですかぁ」
「誰が工事現場のあれだこらぁ!」
「知ってます? あれトラロープとか言うんですって。あ、でもパイロンは豹でしたね。虎に失礼でした」
「てめぇ!!」
顔を怒りで歪めたパイロンが、腰に下げた肉厚の片手斧を抜き放とうとしたが、アキラはそれに答えず軽く流すと、僕とハイタッチをかわす。さすが持つべきは親友だ、言いたいことを言ってくれた。
「やめんか。倒したのは事実じゃし、サドンデスポイントをついたのなら尚更すごいわ。わしだって五年もこのゲームをやっているが、大ウサギにですら一度だって突いたことはない」
「へ、だから超絶まぐれだって言ってんだよ」
この手のゲームにはいろんな人達がいるが、現実社会で見せている人格と違い、願望の赴くままに生き、自分の奥底に隠していたペルソナをさらけだす人は多い。パイロンも実際に会うとこのような強気の態度も言葉使いもしないのではないかと希望的観測をしつつ、こういったやつは好きになれそにもない。
僕と違って人の悪口を滅多に言わないアキラが、パイロンに向けていった嫌味は意外だったけど。
アキラは完全にパイロンを無視して、パトに向き合うとお願いがあると言い出す。
「今回白虎を倒したのはラックです。このアイテムの中から何か一つでもラックに分けてあげることはできませんか?」
それに対してパトが何か答える前に、怒声を発したのはまたもやあの男だ。
「ふざけんじゃねぇ! ギルドで倒した獲物のアイテムは、共有品とするか貢献度によるポイント制だろうがぁ! アキラてめぇ、ちょっとツラがいいからって調子くれてるんじゃねーぞ」
「それはわかっている。でも実際倒したのは私たちのギルドとは関係のないラックだし、獲物を釣ったのもラックだ。私たちは"たまたま"その場にいただけにすぎない」
「そんな屁理屈が通ると思ってるのか? ああん! そこのクソガキが敵を釣ったとして、一人で倒せたとでもいうのか? 俺らが参加してなかったら即死してただろうよ」
このゲームをやり始めたばかりの僕に、白虎が落としたアイテムがどれだけ魅惑的かさっぱりわからないが、あとから来てこれは俺の物だとわめき立てられると、さすがに腹がたってきた。確かに白虎との出会いは偶然であり、トドメをさせたこともたまたまだったかもしれない。だけど、見ず知らずの奴になんでここまで言われないといけないのか。
「二人ともやめるんじゃ。アキたん、アイテムのことは考える時間をもらってもええかの? さすがにこれだけのレアアイテムを倒したからあげると気軽には言えん。この手のことは揉めるし、禍根を残すからのぉ。団長がそろそろダイブしてくる頃じゃし、そこで報告と相談をしてみよう」
「は? おいおい、パトリチェルよ〜、それマジで言ってるの? 本気? ありえねーだろ。今までの俺らがギルドにどれだけ貢献してきたと思ってるんだ」
「だからって今回の戦闘に参加もしてなかったあなたがデカイ口を叩くものではなくってよ。さっきから聞いていれば物欲しそうなことばかりお言いになって。少々意地汚いんじゃありません?」
今まで口をつぐんでいたミンメイが発した声には、アキラ以上の怒気と苛立ちがミックスされていた。
「ミンメイちゃ〜ん、そりゃ〜ないぜぇ。俺だってこんなこと言いたくないけどさぁ、でも規律ってーの? そういったのがあるじゃない。筋っていうか、なんつーか。通すべきものってのーがさぁ」
「どこの筋者ですの。いつからここはマフィアの集まりになったのかしら。ポイントがどうのというのでしたら、わたくしのポイントをお使いになって」
思わず顔をしかめたくなるほど口調が変わったパイロンの態度に、ミンメイはそっぽを向く。豹の顔をどうやったら表現できるのかと思いつつも困った表情を見事に再現したパイロンは慌てたようにミンメイに取りなしはじめた。
「わかった。団長に相談しよう! それが一番だ」
ミンメイに無視されることが耐えられなくなったパイロンの態度は、急速に軟化し険呑としはじめた場の空気に清涼感がまじる。
集まった軍団もパトリチェルの言葉によって引き返すこととなり、回復魔法をもらった僕らは表向き軽くなった足取りでミネルヴァへと帰ってきた。
身につけた装備品の影響がでかいS+Mは、揉め事の半分以上がこの手のレアアイテムの取り扱いなんだとか。これはS+Mだけに限ったことではないが、数十人で倒した敵に対して、ドロップするアイテムは必ずしも同数ではないし、レア度も違う。ジャンケンとかそういった代替もので勝負をするも、良い品をとれなかったメンバーの禍根は残るのだ。
白虎を倒した興奮からその事を忘れていた僕の気持ちは重く、別にアイテムはいらないよと伝えていたのだが、アキラもミンメイも納得がいかないようで、断固交渉すると僕を置いてギルド本部まで行ってしまった。最後まで残ったパトが僕の方に歩み寄ってお詫びと握手を求めてきたことには多少の戸惑いを感じたけど、先ほど拒否されたフレンド登録を今度は快く受けてくれたことは僕の心を少し軽くしてくれる。
軍団も街へと帰ると散り散りになり、広場に一人取り残された僕はこの町を探索することにした。
夜のミネルヴァは、大通りの両側に備え付けられた街灯が<王城>までの美しい光のラインを浮かび上がらせ、遠くに見える城と建物から漏れてくる白熱灯の明かりは、異国に来たような幻想的な気分にさせてくれる。
「さて、どうしようかな」
「ここから少し路地を入ったところに、美味い料理と紅茶とデザートをだす店を知ってるニャ」
誰も聞いてくれるはずのない独り言に後方から返答された僕は、飛び退りながら背後にいた人物と向き合う。
両手を頭の後で組んだユンは、ニャハハと可愛らしい笑顔で街灯の下に立っていた。今のいままで背後に立たれていたことに気がつかず、餌を求める鯉のように口を開閉させている僕に、「行くニャ!」と片手をあげて付いてくるように促す。
大通りは人で溢れていたが、ユンは気ままな猫の如く人と人の隙間を縫って歩き、現実でもここでも人混みが苦手な僕は、彼女を見失いそうになりながら必死でついていく。度々ユンを見失ったのだが、その度に彼女は立ち止まり、ニヒと笑顔を浮かべながら待っていてくれた。
やばい惚れそうだ。いやいや、僕の心にはミンメイが、いやそうじゃなくて白川さんがいる。きっといるはずだ。
大通りを一本外れると、人も少なくなり、歩きやすくなった僕はユンの横にならびようやく会話らしきものをする。
「ユンは本部に行かなくて良かったの?」
「う〜ん、ウチはああいうので揉めるのは嫌ニャんだ」
「やっぱりどこでも揉めるんだね」
「パイロンは特に強欲ニャンだな。S+Mのリアルマネートレーディングシステムが、ああ言った連中を呼び込んでいるんだニャ」
「え! このゲームってRMTがあるの?」
「知らニャンんだか。まぁ公式がおおっぴらに宣伝してるから隠すことでもないけど、ここの貨幣は1/200のレートで現金に還元できるんだニャ」
「なんだって!! アキラから渡された10万ユピテルは、えーと、五百円になるのか。うーん学食代をここで稼げば浮いた金でアレを……」
ニャハハ、ラック君はかわいいなと良いながらもユンが今回なんでパイロンがああまで言ってきたかと推察してくれた。
この世界の珍しいモンスターがドロップする貴重なアイテムはオークションやギルド、個人売買でもかなり高額で取引される。特にユニークモンスターが落とすアイテムはこの世界に一つしかなく、S+Mに人生をかけている人にとっては喉から手が出るほど欲しいものだそうだ。
その中でも誰も確認したことのない神獣となれば、話はもっと壮大になる。皮一つとっても一億ユピテルから下になることはないと断言された。一億ってことはリアルマネーでいうと50万にもなる。確かにこれはでかいし、気軽にあげるよとは言えるわけがない。パトが慎重になるのもわかる。
「ラック君! ここ! ここの料理が絶品なんだニャ〜」
外れた路地を左折一回、右折二回と道を曲がったところに標準的な一軒家があった。立派な門構えの玄関をぬけると大きな庭が広が僕らを出迎え、向こう側には庭と比べるとひかえめな家が建っていた。庭にはいくつもの丸テーブルと椅子のセットがあり、人気店なのか空席はあまりないようだ。
ユンが空いている席に腰掛け向かい側に僕が座ると、ウェイターが早足ともゆっくりともとれる微妙な速度で近づき、メニューを置いて下がっていく。
「なんかすごいね。現実のレストランみたいだよ」
「S+Mはこういったところにもこだわっているから好きなんだニャ」
僕は全然わからないのでユンにお任せと言い、片手を上げてウェイターを呼んだ彼女が適当に見繕って注文をしていく。本当にすぐに運ばれてきた料理はどれも美味しく、とくに食後のティラミスロールケーキの味わいは、ここに初めて降り立ったときよりも僕を感動させてくれた。
「ゲームの中なのに、食感とか甘みとかを味わえるなんてすごい不思議な体験だよ!」
「ニュフフ。でしょー。私もはじめてこれを体験したときは感動したもん。VRでこれだけ料理にこだわってるのもS+Mくらいニャンだ。だからここでダイエットをしている人や、忙しいビジネスマンがほんの30分だけリフレッシュにきたりとかもしてるんだニャ。普段カップラーメンしか食べない独身男子にも人気ニャンだって」
「へー。そういった使い方をする人もいるんだね。ユンもダイエットに活用したりして」
「ニュフフゥ〜それは秘密ニャ」
VRだけに満腹感もなくひたすら食べられそうな料理だったけど、値段を聞いてびっくりした。二人分払ったら手持ちのお金がほとんど消し飛びそうだ。きっと次回くるときはアキラに奢ってもらうことになりそうだ。
「今回はウチが奢るニャ。ラック君の初勝利祝い!」
「なんだか悪い気が……。僕も少しは出せますよ!」
「いいんだニャ。たぶん今回の件は後々まで響くと思うんだニャ。これがきっかけでラック君がゲームを辞めちゃうのも寂しいし」
「いや、僕はそう簡単には辞めませんよ。目的もありますし!」
「ふ〜ん、どんな?」
気になるクラスメイトと仲良くなりたいんですとは言えず、適当に言葉を紡いでいるとユンの眼が猫のように細くなり興味津々といった態度をしてくる。
僕は必死に話題を変えるべく、このゲームでわからないことを色々と聞いてみることにした。
「そ、そういえば白虎戦のとき僕のジャンプとアキラとじゃ、飛べる高さにすごい差があったんだけど、やっぱりステータスなのかな?」
「話を逸らしたニャ〜。まぁそれは追々聞いていくとして、走る速さやジャンプはステータスも大きくかかわってくるけど、習得しているアビリティも関係してくるニャ。例えばウチは狩人に必至な【遠隔視】や【無音歩行】といったアビをもってるニャ。これは遠くの物をみたり、足音をさせないようするためニャ」
「ああ、それでさっき僕の背後に近づいた時に足音がしなかったんだ! アビリティはどうやって習得するの?」
「主な獲得手段はクエストや敵を倒したときにランダムで覚えるニャ。ウチのギルドにハンゾウってプレイヤーがいるんだけど、彼は麻の葉を一日1000回飛び越えるってクエストを続けて、遂に【忍脚】ってアビリティを覚えたんだニャ。今では城壁の上に飛び乗れるほどの飛翔力と、水上を50メートルくらい走り抜ける脚の持ち主ニャ」
「すごい! それ僕も覚えたい! どこでそのクエスト受けられるの?」
「クエスト事態は東方の街で受けられるんだけど、そのクエストは欠かさず三年やり通さないといけないニャ」
「ぐは! リアルだよね?」
「リアル三年ニャ」
僕は受験勉強もそこそこに、この世界で麻の葉を飛んでいる自分を想像しないようにした。
「アキたんとラック君のジャンプの差はたぶん比較的取りやすい【跳飛】の有無かニャ〜。基本ステータスや装備も関わるけど」
「アキラってどういうステータスの割り振りしてるんだろ。ユンやパトも強そうだけどバランスよく割り振ってるの?」
何気なく聞いたつもりだったけど、ユンはやや言いよどむように困惑した表情をしたあと、紅茶をひとくち含んだ。紅茶を嚥下すると重そうな口調で語り出す。
「う〜ん。ラック君。これは非常に言いにくいことニャンだけど、S+Mでは他人のステータス値を聞くのはタブー視されてるんだニャ」
「そうなの?」
「うん。ステータスの割り振りってすごく重要ニャんだ。STR値が1違うだけでも凄く変わってくるニャ。ただ高い数値を振ればいいわけじゃニャい。例えばSTRに一万振った人と、STRに八千、DEXに二千割り振った人はどっちが強いと思う?」
「それはもちろんSTRに一万じゃない?」
「検証した人達がいて実際には後者のほうが早くモンスターを倒せることが実証されたんだニャ」
「意外! でも、それだけでタブーにされるのはなんでだろ」
「このゲームの課金システムのせいだニャ。自分のステータスを変えたいって思うことはニャい?」
「もの凄くある! あるの!? 教えて!」
ユンは口角をつり上げると、ひとさし指と親指を繋げて円の形をつくった。これって日本では共通のあのゼスチャー!?
「また金か」
「そうだニャ。世の中金が全てニャ。そしてS+Mもそれが全てニャ。自分のキャラクターを消さずに、今の自分のステータスをいじるのに千円かかるニャ」
「千円!! 高い!」
「高いニャ。でもS+Mで名が知れ渡っているプレイヤーは大抵初期から数値をいじっているニャ。それはウチも同じで言うなればちょっとした秘蔵のレシピがステータスニャ」
検証したってことはきっと何度も数値を変えたのだろう。それを10回も繰り返せば一万円。つまり強さの上にはリアルな現金の積み上げもあるわけだ。自分が高額なお金をかけたものに、他人からどう割り振りしたの? と聞かれても素直に答えるのは友人か情報を共有するサークルくらいだろうか。
「なんとなく理解できたよ。苦労して手に入れた強さの秘密をそう簡単には教えないし、教えられないってことだね」
「ごめんニャ」
「あやまらないで。ここでの常識をはじめに予習しなかった僕が悪いんだ。はぁ〜そうか〜。基本ステータスってそんなに大事なんだね」
テーブルに突っ伏して、数時間前にとった僕の行動を反省してみる。恥ずかしくて人に言えないけど、Luckに一万点を振るってことが、どれだけ馬鹿らしいことなのか今ようやく理解できた気がした。僕も上級プレイヤーになったときには、千円を払ってステータスをいじる日がくるのだろうか。何も考えずにキャラ作成をした自分が恨めしい。
気を取り直して項垂れた顔を持ち上げると、僕の目の前に不気味に青く発光する頭蓋骨があった。
半透明の笑う髑髏はテーブルの上に乗っているわけではなく、僕の目線に付いてくるように上下した。
「な、なんだこれ!?」
僕だけが見えているわけではなく、他の人達の目前にもいるのか、一様に皆驚いている。
「ラフィン・スカルだニャ。なんで街中にいるんだニャ」
挙動不審になっている僕と違い、ユンは落ち着き払って紅茶を飲みながら自分の前にいる髑髏を指でつついている。これは運営側が演出したイベントなのか。
「ハロウィンには早いし、何かのイベントかニャー」
「イベントにしてもいきなりすぎない? それともS+Mじゃそう言ったものなの?」
「いや、ウチもはじめてニャ」
ユンの前で立て続けに情けない態度をとってしまった僕は、照れ隠しに髑髏を観察しようと顔を近づけてた瞬間、ラフィン・スカルは切り裂くような笑い声を発した。頭の中に響く不気味な笑い声のあと、髑髏は話しだす。
『カハハハハハ。S+Mをこよなく愛するプレイヤーの諸君。私とゲームをしようじゃないか!』
純粋に楽しんでいた刻が止まり、別の何かが動き出した瞬間だった。
通貨単位間違ってました。「ユピテル」で統一です。