笑う髑髏
ケハハハハ。ラフィン・スカルは、ほくそ笑み、嘲笑し、せせら笑う。
髑髏のどこにこんな表情を豊かにする要素があるのかわからない。笑う髑髏は固そうな頭蓋骨を歪めて、ひたすら乾いた笑いを発したあと、独白をはじめた。
『ケハハハははhaha。ハローハロー。お食事中の方も、歓談中の方も、戦闘中の方も、もしくは睦み合っていた方も、ヤーヤーヤー』
『はぁ〜じめぇ〜ましてぇ〜〜。俺様の名前は……ケハ! そんなものはどーでもぃいいい〜〜!』
『最近、お前らは満足してるか? 何にだって? ケハハハハ。いきなり言われてもわけわからんよな。なら、こう問おう。全てにだ!』
『お前らは何を目的にVRの世界へとダイブしてきたのか。スリル!? ロマンス!? 現実の自分から逃げたかった? 自分が求めている本当の顔をさらけだしたかったか!?』
『ヴァーチャルワールドはまさにうってつけな空間だ! ここで本物の自分を見つけることができるかもしれないze★!』
ラフィン・スカルは顔に似合わない陽気な声でひたすら語り出していた。誰もが呆気にとられ、目の前に浮かぶ半透明の髑髏を見つめている。
不気味に思ったのか、先ほどまで指先でつついていたユンも、髑髏からなるべく離れるように身を仰け反らせていた。
それにしてもこの髑髏は何なのだろう? イベントの演出だとしても、不快な思いをさせるこの笑いと話し方は好きになれそうもない。
『イヤァーハー。非常にハッピーな気分の俺様からお前らにステキなイベントと賞品を用意した! 気に入らなければいつでも逃げ出せ! こんな体験を味わえるお前らは、選ばれた民とでも言おうか! ケハケハケハハハハハァ』
『なぁ〜に? イベントよりも豪華賞品の内容が知りたいって? 誰も豪華だとか言ってねーのに! そんな強欲なお前らに素敵な賞品はこれだ!』
『純金! ゴールド! 黄金! 元素記号Au! 古から価値観を変えることのない、まさに金と同義語といってもいい物質。それをプレゼントしよう!!』
この言葉を聞いた周りの人達は、少し落ち着きを取り戻したのか、この不気味なイベントについて語り出した。
「なんかいきなりでびっくりしちゃったけど、これってS+Mの運営が用意したイベントなわけぇ?」
「ゴールドをプレゼントとかまじかな? 普段俺らから巻き上げた金を返還しようってか」
「ゴールドを上げますって言っておきながら、デジタルデータのゴールドインゴットだったりしてな」
「ありえそ〜〜。でも元素記号とか持ち出してるんだし現物じゃないのぉ。Auが金かどうか知らないけどぉ」
口々に昇る言葉は賞品とか黄金のことばかりだ。誰も今の状況が異常だとは感じてないのか。僕は白虎にあったとき以上に悪寒を感じているというのに。腐ったどぶ池に片足を突っ込んだような、足下から粘着質な冷気が昇ってくるようだった。
『んん? お前達の魂の声が聞こえてくるZe! 額が問題? クハハハハハ。エクセレント! その通り! はした金じゃ、お前らも納得しないYoな』
『俺様がプレゼントする金は、お前らの通貨ユピテルx純金0.1グラム分を進呈しようじゃないか。換金するなり山に埋めて埋蔵金にすりなり、あとはお前らの自由DaDaDaDaDaDaDa!』
笑い声を上書きするほどの興奮と熱気が、店内だけはなく、街のあちこちから歓声となってあがる。
「ふは! すげーーーー! おい! だれか金相場調べてみろよ!」
「純金っていってたよな!? K24だから……今の相場でグラム4500円もするぞ!」
「きゃーーー! 私いま貯蓄が50万ユピテルもあるわ! これを換金したら、えーと、すごい大金が手にはいるわ!」
「会社倒産しちゃうんじゃねーのぉー」
「ゲーム内容が難しすぎて誰もクリアできませんでしたぁ〜ってオチが待ってるとか」
不気味な髑髏が放つ笑いとはあきらかに質の違う哄笑は、いまの僕にとっては道化師達がひたすら笛に合わせて踊っている、そんな気分にさせてくれる。なぜみんなこの現象を不思議に思わないのか、初心者である僕だけがこの世界で異質なのか?
『どうだ、魂が震えたか?! そう、金にはそれだけの魅力がある! 大金となればさらにだ!』
『それを手にすることができるのは……今S+Mを遊んでいる、お前ら全員だ! イヤーハァーー! 最高! ルールは簡単。俺様が提案するゲームに勝ちさえすれば、それだけで大金を手に入れることができるんだZe☆』
『ただし! 美しい花には棘があるように、うまい話にも罠がある。残念ながら、このゲームにもそれはつきまとう』
『ゲームにはペナルティがつきものだ。憑きものと言い変えてもいい。これに憑かれた人間は、その罰が大きいほど、自分では信じられない力を発揮するときがある。今まで決して表に出ることのなかった本当の自分が、心の隙間から出たがっていることに気がついているか? カハハ』
ペナルティ! と聞いた瞬間、周りの騒ぎは一気に沈静化した。どんなペナルティなのか、誰もが気になるところだ。賞金が魅力的なだけに例え大切な装備を失おうともやり遂げるぜ! と囃したてる人もちらほらといたが。
『どんなペナルティなのかって? ゲームの内容よりもまずは罰が気になるとは。いいだろう! 先にどんなペナルティが待っているかお教えしよう!』
『お前らはS+Mというゲームをやっている。このゲームは他でも類をみないリアリティを追求したゲームだが、何かが足りないと思わないか? 女性プレイヤー? 出会い? 法律? ノーノーノー。そんなものは些細なことでしかない』
髑髏は間をあけ、今までの独白のように続けて話すことはなかった。陽気な笑い声を押し殺し、辺り一帯が静まるのをひたすら待っていたかのように。
誰もがおしゃべりをやめ、髑髏に注目していると、下あごがそのまま地面に落ちてしまいそうなほど勢いよく口が開く。
『究極的なリアリティ……それは【死】だ!』
『おおっと。どこかのマヌケが考えそうなことを前もって遮ろう。俺様が言う【死】とは、ゲーム上でお前らが日常的に味わっている死などではない。現実世界の【死】だ』
『この世界の死=現実世界での【死】』
『これは究極のゲームであり、ただの遊びであり、作り物であり、まがい物だ。だが、どんなゲームもこの一言を付け加えるだけで至高の作品になりえる。それは【死】というペナルティだ』
『古から存在するダイスも、カードゲームも、麻雀も、コインの裏表を決めるゲームですら、人の命がかかった瞬間に至高の作品へと様変わりする。俺様はお前らにそれを提供しよう』
ここまで一気に話し終えた髑髏が次の言葉を吐くまえに、辺り一帯から爆発的な声があがった。
「なんだそら! ふざけてんのか!」
「殺せるもんなら殺してみろや!」
「ふざけんじゃないわよ! 思わせぶりなことをいっておいて、なによそれ! 期待しちゃったじゃない!」
「なめんじゃねーぞ! くそ運営が! てめーら訴えてやっからよ! 覚悟しろよ!!」
あちこちから上がる怒声は静まることなく苦情、苦言、罵声を自分たちの目の前にいる髑髏に浴びせかけていた。ラフィン・スカルはその言葉などまるで聞こえていないかのように振る舞い、また独白を続ける。
『ケハハハハ。なぁに。死など日常的につきまとうものだ。生きていない状態、それが死だ。おおおっと。絶望のあまりお前らがやけっぱちにならないうちにルール説明をしよう! すべては俺様のゲームをクリアすればいいだけの話なのだよ!』
興味をなくしたプレイヤーはアセント(ゲームからの離脱)するためにエグジットアクションを取っている。町中で周囲の関心を一新に背負っていた政治家が、落選したことにより誰にも見向きもされない演説を駅前でするように、今では目の前にいる髑髏に関心を向けている者は少なくなってきた。だが、髑髏の独白はとまらず、不快に思いながらも僕はそれに耳を傾ける。
『縁あってこのゲームをやってきたお前らなら、S+Mのアルティメットミッションのことは知っているな? お決まり! お約束! 王道! どれでもいいが、ルール1はこれだ』
●ルール1:ソード&マジックのアルティメットミッションをクリア。これによってこの世界の全ユーザーを解放。ラスボスにトドメをさしたプレイヤーに賞金を進呈!
『次ぎも同じようなもんだが、数あるグラウンドミッションをどれでもクリアすればいい。カハ。俺のやさしさに感謝してほしいねぇ』
●ルール2:ソード&マジックのグラウンドミッションをクリア。ミッションクリア時に参加していたプレイヤー達を解放。賞金はない。
『数あるVRゲームの中で、ソード&マジックをVRMMORPGを選んだ理由はなんだ? 困っているあの子の前に颯爽と現れ、苦難を排除する! 大勢の前で強敵を倒して羨望の眼差しをあびたい! 伝説の武具をつけて街を歩き、行き交う人々の視線を独り占めにしたい! 英雄になりたい! そんな願望はなかったか?』
『英雄とは何かって? 大昔の喜劇俳優が言った。一人を殺せば殺人者だが、100万人を殺せば英雄だ。名言だと思わないか!? 俺様はこの言葉が大好きだ。そこでルール3だ! ケハハハ』
●ルール3:この世界のプレイヤーを一万人殺したユーザーを解放。賞金も進呈!
『100万人を殺すのはさすがに大変だろう。心優しい俺様は1/100にまけてやった。やっさしぅ〜い! ああ、これは一人が一人を殺してもカウント1。1000人が一人を殺した場合もそれぞれがカウント1だ。どうだ? 現実的に思えてきただろ? クハハハハ』
『地獄の沙汰もカネ次第! なんという言葉! 至言なり! カネは全てのものに置き換わるのか! 魂までもカネで買えるという言葉だ。ルール4はこれだ』
●ルール4:1億ユピテル払ったプレイヤーを解放。
『さらに君たちの冒険がよりスリリングになるために、禁断の果実をいくつか解放しよう! これを味わえば誰もが逃げることの出来ない現実に向き合えるはずだ。カハハハハハ』
全てのルールを言い終えたラフィン・スカルは満足気な笑みを浮かべている。その笑みが憎らしく、おもいっきり拳を振り下ろす。だが、髑髏には当たり判定が設定されていないのか、透明な骸骨を通り抜けて丸テーブルに思いっきり拳を打ち付けてしまった。
「痛たたぁ」
固い丸テーブルに打ち付けた右拳を左手でさすりつつ、ものすごい違和感を感じていた。あれ!? なんだろ……。
そんな疑問を追求する前に、悲鳴のようなものが各所からあがりはじめ、気が逸らされてしまった。
「おい! エグジットできねーぞ」
「アサインしようとしてもだめだわ!」
「なんだよこれ。どうなってるんだよ運営!」
「わたしこれからデートなんだけど! 早くアサインさせてよ!」
周りの苦情は、このゲームから離脱ができないという内容で、僕も慌ててステータスウィンドウからエグジットを探す。
「あれ? さっきはこの辺にあったのに」
「エグジットボタンが無いニャ。エグジットアクションも無効化されているし、これはシャレにならニャい」
「ユン、いままでこんなことあったの?」
「ウチのプレイ中にこんな事が起きたことは一度もニャい。強制排出されることは多々あったけど」
「じゃぁ今の状態は異常なんだね」
「異常中の異常ニャ。しかもただごとじゃニャいよ。一旦ギルドに戻ってみんなと合流したほうがいいかもニャ」
お互い頷くと、席を立ち上がり店を出ようとした時、まだ目の前にいた髑髏が再び笑い声をあげる。
『コハハハハハハ。言い忘れていたことがあったYo!どんなものにも期限はある。無限ほど退屈を積み重ねるものはない。引き金が引かれないロシアンルーレット、いつまでもカードをめくらないポーカー、千日手となったチェス。どれもが輝きを失い、寂れ、魅力を失う』
「もう黙れこのクソ髑髏!」
悪態をついてもラフィン・スカルの語りは止まらない。
『そ☆こ★で☆! このゲームにも期限をつける。ソード&マジック内の一日単位で666日がタイムリミットだ! hahahaha』
『タイムリミットが過ぎたらどうなるって? おいおい、今更そんなことを言い出すのかい? それはモ・チ・ロ・ン。ご想像におまかせしま〜〜す! だけど良い方の想像はしないほうがいい◇ゾ!◆ ケハケハケハハハハハ』
ラフィン・スカルはひたすら笑った。不気味に、陽気に。
誰もが凍り付く中、笑うだけ嗤った髑髏はピタリと哄笑をおさめると、今までにない、まじめな口調で締めくくった。
『いま語ったことは全て現実であることを、我が盟主<アンカラゴン>に命を賭けて誓う。さぁ、デスゲームをはじめよう』
ラフィン・スカルの姿が半透明からさらに透けてゆき、最後にはその場から消え失せても、僕らは身動きも言葉を発することもできなかった。




