ヒロインは遅れてやってくる
一時散会。
サクラさんがそう宣言をすると、団員やその指示に従う必要のないアルカノギルドのメンバーも城内へと去って行く。
桜花団の幹部たちは集まって対策を練ると言いハイム城の一室を占拠すると、そこに籠もってしまった。
白虎戦後みたいに取り残されるのかと思ったけど、アキラとミンメイは残り、一緒に夕飯でも食べようと城の一室へ歩きだす。
ハイム城の中は作りとしては桜花団本部にも似ている。横に長いロの字型をした作りに、小部屋の集合体とみんなが集まれそうな大部屋があり、内側は吹き抜けとなっていて、取り囲む各階の廊下から、下にある美しい庭園を一望できる。
吹き抜けの天井はドームのように塞がれ、明かり窓らしきものも見えたが、領土戦のためか、すべて締め切った状態だった。
その代わり、壁に取り付けられた数千にも及ぶ豪勢なシャンデリアが、幻想的な灯りを庭園へと降り注いでいる。夜にはさぞロマンチックな雰囲気をだしていることだろう。
ハイム城はアルカノギルドの本拠地ということもあり、各部屋はどこも作りがしっかりしていて、談話室とおぼしき小部屋ですら立派だ。
その中の一室に扉のない談話室があり、ここでご飯を食べようとミンメイが言った。
石造りに漆喰で塗り固められた内装はシンプルで、芸術がよくわからない僕がみても美しいと思う絵画が壁にとりつけられていた。
部屋の広さは日本式に言えば十六畳ほど。中央に木製のテーブルと八脚ほどの椅子、壁際にはアンティーク調の食器棚があり、一番目立つのは重厚感ある暖炉だ。
こちらも戦争のためか窓どころか鎧戸もしっかりと閉ざされていたが、薄暗いはずの室内を天井から釣り下げられたシャンデリアが明るく照らしていた。
ハイムに到着後からアルカノたちとの戦闘、その後の朱雀の一件、そして、ハカセの衝撃発言と休む間もなく動き回った僕たちは、椅子に座ると机の上に突っ伏した。
今更ながら僕らに【疲労】がおそってきたのだ。
ゲームシステム上の【疲労】はもちろん、ハカセの発言からきた精神的疲労は僕らの限界を超え、立ち上がろうとする精神的支柱をなぎ払っていた。
正直あのまま朱雀と戦闘することになっていたら、身も心も持たなかったと思う。
「正直ここまでくると笑っちゃうしかないね」
僕の隣にいるアキラが、いち早く体を起こして言うと、僕の正面に腰を下ろしたミンメイも気怠げに体を起こして、それに答える。
「わたくしは笑えませんわ。ここまで来るとSF映画か何かの撮影かと勘違いしちゃいそう」
可愛らしい顔で頬杖をつくと、綺麗な長い黒髪ロールが木製の机に広がる。
アキラとミンメイ。
この二人がいるだけで、そっけない談話室が、美術館の一部となり、荘厳な雰囲気を出してた。
色ぼけのソフトフォーカスがかかり始めた目をこすりつつ、僕は二人に尋ねる。
「アキラやミンメイはどう思うの」
「なにが?」「なにがですの?」
「朱雀はこのまま消えると思う?」
「「……」」
僕の質問に二人は沈黙する。
僕だって大方の予想はしているさ。
「普通ならハカセも言ったように消えるよ。待ってれば。肝心なのはその時間をどちらで計っているか……だよ」
「どちらの時間って何さ」
「ラックだってわかってるだろ。現実の時間かS+Mの時間のどちらかさ」
「アキラはどっちだと思うのさ」
「ラックはどっちだと思うんだ」
アキラと僕は見つめ合いながら、お互いが相手に言わそうと牽制しあう。
「おやめなさいな。お互いわかってるんでしょ。S+Mの時間なんてあり得ないわ。いつも通りなら現実時間で調整されてるんではなくて?」
「でもこんな状況だからこそ、S+M時間に変えられたとか?」
「システムの根幹をいじれるのはハカセのお兄さんたちだけと言っていたじゃない」
「その論理だと僕たちを閉じ込めたのも、お兄さんたちってことになるじゃん。ハカセがいったことが本当なら死んでるんでしょ?」
「それは……」
言葉につまるミンメイに助け船を出すようにアキラが僕らの会話を遮った。
「いずれにしても三時間後にはわかるよ。ほとんどのレアモンスターは三時間もすると占有権は切れるんだ。結論はそのうち出る。私たちが言い争うことでもないでしょ」
「そうね」
「そうだな」
時間が経てば結果がわかる。なら、待てば良い。いま頭を悩ますのはやめよう。
時計を見れば夜の八時近くなっており、お腹が空いてきたので、僕はマジックバックから携帯食を取り出そうとしたとき、ミンメイがカレーを作ったから、それを食べてと言い出してきた。
「自作のカレー? そんなものまであるの?」
「S+Mは、こと食事に関しては細かいの」
「自作って言っても素材とか集めてさ、なんかすると出来上がるだけじゃないの?」
「違いますわ! S+Mの自作料理といったら現実みたいに素材の吟味から、調理まで出来るのよ。そこまでのこだわる理由がわからなかったけど、ハカセの話を聞いたらなんとなく理解できたわ」
「団長はなんかパッと料理だしたけど、あれも自作だったのかな」
「「それはレトルト」」
アキラとミンメイが声を揃えて言うと、二人は視線を交差して苦笑しあう。
「なんか曰くあり?」
「ラック、悪いことは言わないから団長が手料理を振る舞うと言ったら、即逃げ出すことをオススメするよ」
「あればっかりは、いつも最終的に食べさせられるパイロンが気の毒になりますわ」
「そなの!?」
サクラさんの手料理は別名【天使が微笑む悪魔の食事】だとか【天国に一番近いメシ】だとか散々なものらしい。
小さな魔神シェフの手料理逸話を聞かされた後、ミンメイはマジックバックから自作カレーのタッパを取り出すと、備え付けの食器棚から三人分の皿を出し、盛りつけ始めた。
そこまで出来ちゃう、このゲームのやりすぎ具合を突っ込みたくて仕方がなかったのはハカセに内緒にしておこう。
目の前に出されたカレーは、上品なお皿に白いご飯と盛りつけられたルーが調和し、ものすごく美味しそうに見えた。
「さ、召し上がれ」
「あの、これ、サクラさんの逸話とは違うんだよね? ミンメイの料理は」
「お食べ!」
「はい」
恐る恐るスプーンにカレーをのせ、口元に運ぶと、鼻腔をスパイシーな香りがほどよくくすぐる。
どうやらにおいを嗅いだだけで昇天する類いではないらしい。
神様! と小さくもらし、スプーンを口に放り込む。
口の中が魅惑の……いや、僕にこの手の表現は無理だ。だけど、単純に言うのならほどよくクリーミーで味わい深い甘みと塩味が聞いたルーが口に広がり、次の一口を誘うように、少しピリっとする辛みが後味として残った。
「おいしい!」
「でしょー! 現実でも作ったことあるんだけど、その味を見事に再現できたと自負してるんだ!」
嬉しそうな顔をするミンメイが可愛く微笑むと、アキラもカレーを食べ始めた。
こいつ、まさか僕に毒味をさせたんじゃなかろうな。
一口二口と食べてみたカレーは、僕らが中学サッカー部時代に、合宿所でみんなと作った懐かしい味を思い出させた。
「アキラ。なんだかあの日を思い出したよ」
「あの日って?」
「中学のとき、夏休みに合宿したろ。あの時みんなでカレー作ったじゃん。あれに似てるんだよね」
僕が感想を述べると二人は沈黙し、なぜか僕を見つめてきた。
「あれ、全然違った?」
「いや、確かに似てるかも。でも、あの時のカレーの味なんて覚えてるの?」
「ん、まぁね」
やや言葉を濁した僕にアキラはそれ以上つっこみをいれない。
あの頃の僕らは全国中学校サッカー優勝を目指して、練習地獄とも言うべき日々を過ごしていた。
今でもあの頃を思い出すと、すっぱいものが込み上げてきそうだ。
「……それはおしいかったんですの?」
「う〜ん……。なんというか空腹と地獄の練習からくる吐き気とで微妙だったかも?」
「なんですの! それじゃまずいとでも!?」
「いや、きっとおいしかったんだよ。このカレーおいしいもん」
「そ、それならいいんですの」
微妙な雰囲気のなか、カレーを半ば平らげたあと、部屋の入り口を何度も通り過ぎては、こちらをのぞき見る少年の姿が目に入った。
はじめはカレーのおいしそうな匂いに誘われたのかと思っていたけど、どうも違うようだ。
となると、考えられるのは僕のファン! などではなく、アキラかミンメイのファンだろうか。
この手の視線は部屋に入った時から、薄々気がついていたんだ。
アキラとミンメイは、非常に絵になるキャラクターだ。そんな二人が向き合って談笑しているだけで、壁に掛けられた絵画より何倍も美しい。
開け放たれていた部屋の入り口には、何気なさを装った男たちが行ったり来たりを繰り返してはこちらを覗いていた。
それに気がついているはずの二人は、何も見えないかのごとく振る舞っていたので、僕も無視を決め込んでいたのだけど。
その図太さを見習いたいが、出来ない僕はどうしてもそちらに気を取られていた。
他の男たちは開け放してある入り口に見えない壁でもあるかのように、一歩を踏み出すことはできず、邪魔だ、どけと、お互いに言い合いながら廊下を歩き去って行く。そしてまた別の男たちがとキリがない。
僕らが食事を終えたあと、少年は数度入り口を往復し、意を決したように部屋の中へと入ってきた。
「あの……」
勇気を出した一言はか細く、すこし高めだ。
声をかけられたことによって、ようやくアキラとミンメイは入り口へと向き直る。
少年の姿は僕と同じか若干小さいくらいの背丈、赤い蝶ネクタイをした白いシャツに、黒いハーフパンツをサスペンダーで止め、黒いマントを羽織っていた。
僕はそれをみて、ミニチュアなヴァンパイアスタイルだなと感想を抱きつつ、視線を服から上にあげ、少年の顔に目をやる。黒い短髪に、小さな星が銀河を描きだす大きな瞳をもった美少年が、親しみをこめた表情でこちらを見ている。
「あの、ボク、アキラさんに……」
「アキラ、ファンがお前に用だって」
「! ちが! ボクは!」
「白川さん!」
「え!?」
今なんと言ったんですかアキラさん。
僕は口をパクパクさせながら、アキラの方を見る。
アキラは僕を手でとめ、立ち上がると白川さんと呼んだ少年を室内へ案内する。
僕の右斜め前、ミンメイの左隣に座らせると、改めて彼(?)を紹介してくれた。
「こちらは白川さん。私の弟のご学友なの」
「はぁ!? ごふ」
アキラの綺麗な四指が僕の喉元に突き刺さる。プロレス創世記にあったと伝え聞く地獄突きを僕にきめたアキラは、何も言わせないまま続けた。
「もぉ〜白川さん、城内に逃げ込んでからどこ行ってたの?」
「ミンメイ! ここにオカマかおがぁ〜、爪が食い込む! ギブ! ギブ!」
今度は伝説の誉れ高いアイアンクローと呼ばれる秘技が僕の顔面に決まるなか、白川さんはモジモジしながら、
「ご、ごめんなさい。パニクっちゃって、お城に入ったら人混みに飲まれて、そのまま……。気がついたら地下にいたの」
「そうだったの。大丈夫だった?」
「はい! 城内へ出てそこからアキラさんを探してたら迷子になっちゃって。先ほどは助けていただいてありがとうございました! お礼を言いたくて探してたんです」
「いいのよ。あなたが無事で何よりだわ」
「僕はもう寒気と吐き気で目眩がしそうだ」
アキラの裏拳が顔面を襲うのを予測してた僕は、とっさに避け、互いの両手で組み合った。
「僕の友人の姉のアキラざぁ〜ん」
「なぁ〜に、コータンんんん」
「アー姉にコータンなて呼ばれたことないわ!」
「ちょっと、ふたりともやめないさよ。みっともないですわ」
「コータン? コータ……。ひょっとして諸星くん?」
ミンメイの仲裁により組み合っていた僕らはお互いから距離をとる。
そして改めて振り向いた先には少年の姿をした白川さんがいた。もう自分をごまかせはしない。僕を諸星と呼んだこの人は、学級委員の白川さんなのだろう。
なんてこった! アキラに続き、白川さんまでが性別を逆転させているとは……。
今日一番の衝撃に気力を失った僕は、頂礼もかくやと言わんばかりに五体を床に投げ出した。
だだっ子のごとく、床に突っ伏した僕の周りに、やれやれと三人がとり囲むと、アキラが僕を踏みつけてきた。
「あ〜、コータン」
「コータンいうな。僕の奥義を炸裂させるぞ。あと踏むな」
「考えてることはお見通しだから言っておくけど、白川さんは女性だから」
「知ってるわ! 今朝も会ったじゃねーか」
「いや、こっち」
「へ?」
顔を上げると、こちらを見下ろす白川さんと目があう。
色白の顔立ちは、確かに女性と言えば、そう見えなくもない。だが、しかし、女性らしさを出すはずのボディラインへと視線を移動させようとしたとき、突然、目の前が真っ暗になった。
「変態!」
白川さんの足裏で押さえつけられた僕の頭は床にめりこむかと思うほどの力だった。
倒れている相手を踏みつける打撃技、フットスタンプを使いこなす白川さんはきっと格闘家に違いない。
こうして僕と白川さんはめでたく(?)このS+M上で出会う事ができたのだった。