Luck
「朱雀とは……を話す前に皆さんにオンラインゲームでの疑問点というか矛盾というか、そういったのが絡んだ話をさせてください」
「オンラインゲームの疑問点じゃと? それを言い出したらキリがないじゃろ。それと朱雀は関係あるんか?」
「あるといえばあります」
「疑問とはなんじゃ?」
ハカセは一拍おくと、クマの爪で器用に目頭をつまみ、ため息のあと言葉を続けた。
「皆さんはオンラインゲームのなかでミッションをこなし、ラスボスを倒し歓喜に飛び跳ねている間、後続プレイヤーがまたラスボスを倒しに現れる。そういった経験はありませんか?」
「それは……ある」
サクラさんが過去にプレイしたゲームを思い返しながら言うと、周りにいたプレイヤーは頷いたり、そんなのは普通だよなぁ、など口にだしていく。
「そう。当たり前ですよね。私もこの点に何の疑問も感じてませんでした。が、チルドレンは違いました。チルドレンは自分達が倒したラスボスが、次のプレイヤーの訪れと共に何事も無く復活し、また倒される。そんな光景が不思議だと言ったんです」
「いやいや、それ言い出したらオンラインゲーム成り立たないっしょ」
「だなぁ。ガキどもが言ってることって、誰かがボスを倒したらその時点でミッション終了なんだろ? 目的失っちゃうじゃん」
「でも、ガキどもの言いたいこともわかるわ。前にあったオンラインゲームでさ、中ボスが街の町長だったんだよ。んで、そいつを倒してさ、別のクエストで街にいったら、その町長が普通にいるんだよ。あれはおかしいだろ〜って」
一時の不安を吹き飛ばすように周りで雑談がおこり、各所で会話の花が開く。
ため息をつきながらも、ハカセは話を再開する。あまりこの話は気乗りしないらしい。
「皆さんの言いたいこともわかりますし、大人の事情としてもこの手のことは普通です。しかし、チルドレンはなぜかこの辺に関しては譲らなかった。王は一人であり、その王が死んだら終わりだと。S+Mにはアルティメットミッションがあり、ラスボスであるユピテル王が倒されたら終わる。これを作り出したのはチルドレンです。だが、それではゲームがオープンしてから一年もしないうちに終焉を迎える可能性すらあります。焦ったのは周りの大人達です。特にスティーブは猛反対しました」
「アルカノと一緒の考えになるのは嫌じゃが、わからなくもないわ」
サクラさんが苦笑すると、周りでも同調する言葉が口々にのぼる。
「四公国の一つを制覇するのに二十万のプレイヤーが必要だと仮定します。そう簡単に集められる人数ではありませんが、ネット上で盛り上がり、有志を募れば不可能でもない……かもしれません。野次馬が勝馬に乗っかる可能性もありますし。スティーブは、チルドレンを説得できないと悟ると、方針を変更します。四公国に守護神を配置しようと言い出したんです」
「私が知っているアルカノとは思えないほど、まともな意見かもしれんのぉ」
「スティーブとしては難易度を上げたかったのでしょう。神獣はこの世界にちりばめられたボーナス的存在です。様々な至高の武器や防具、素材などをドロップしますが、強さの設定は現存するモンスターの比ではありません。中でも朱雀は四聖と呼ばれ、サウスゥー公国の君主がやられそうになると現れる設定でした」
「それが何故、いま伯爵領におるのか」
「朱雀がなぜ今ここにいるのかは私にもわかりません」
「しかしよぉ、勝った! って思った瞬間にあの朱雀がでたら混乱するだろうなぁ」
「混乱どころじゃすまないだろ。あんな一撃で人が死……」
誰かが言い放とうとした言葉は最後まで口にすることができなかった。
数千人が路上に転がる光景。つい先ほどおこった出来事を誰かに否定してもらいたい。そんな感情が周りに渦巻く。
中には知り合いがあの中にいたのか泣き出す人も現れはじめ、少し離れたところに蹲って啜り泣きはじめる人もいた。
先ほどまでの少し明るくなった雰囲気は一瞬にして、重く鈍い空気へと変わる。
「ハカセ。言いにくいじゃろうが最後まで頼む」
「……わかりました。四聖の強さは公国を攻め落とす戦力と同等に設定されています。しかも、ただの烏合の衆では勝てません。S+Mの中でもハイレベルな装備をした戦力です」
「我らの装備も悪くはないと思うが?」
「言いにくいことなのですが、いま出回っている装備は最高でもレベル4なのです」
「レベル4?」
「これは領土戦に関係してくるのですが、だれも占有してない状態をレベル1とするなら、男爵領をプレイヤーが獲得した場合、レベル2の武器防具が開放され、新たな装備や、合成レシピが出回ります」
「いつもの武器屋にオリハルコンの槍とか急に並んでたりして。あれってそういうことだったんだ」
「今はこのべクルックス伯爵領まで攻略されたのでレベル4まで開放された、というわけです。朱雀クラスを倒すには少なくともレベル5の最高ランク装備が必要になる。それを揃える事ができれば、朱雀と拮抗することができるでしょう」
「それでは、今の段階で朱雀と対峙するのは絶望的ではないか!」
「かなり厳しい状況ではあります」
「どうにかならんのか!」
サクラさんはハカセに飛びつくと、両手でクマの口を上下に開閉させる。
前にもこの姿をみたが、サクラさんはクマの口をいじるのが実は好きなんじゃなかろうか。
「だんひょう! おひふいて」
「これが落ち着いてられるか! このままでは朱雀を倒すなど夢のまた夢ではないか」
「ありまふ」
「なに!?」
興奮したサクラさんが、飛び退くとハカセは痛そうに口の周りを手で揉み始める。
その姿がサーカスに出てくるクマの愛らしさを彷彿とさせ、周りにいたクマ好き(いるのかな?)をうっとりさせていた。
「朱雀を倒す手段とはなんじゃ!」
「それは……」
『それは?』
ハカセは間をためるように一度そこで言葉を切ると、何故か僕の方へ視線を送ってくる。
クマの熱い視線などいらない僕はとっさに目をそらし、ハカセは僕への視線をごまかすように周りを見渡すと、静かになった広間によく通る声で言った。
「Luckです」
ズド〜。
擬音にすれば、そのような音が広間一帯に響いたかも知れない。
それほど肩すかしをくらった面々は、聞き間違いかと思い、再度ハカセに詰め寄った。
ハカセは場の空気が読めなかったのか、クマの顔を自信満々に満ちあふれさせると、
「現状で朱雀に勝つにはLuck、つまり運次第です!」
すべてを出し切ったハカセの顔は清々しくすらあった。そんなハカセを取り囲む桜花団のメンバーは、視線を交わすと、クマの巨体に飛びかかり一斉に魅力的なハカセの口をいじり倒した。
「ふざけんなこのクマやろう! 運ってなんだ!」
「運で勝てるなら俺はギャンブルしまくりだ!」
「レアモンスターの十連続ノードロップ記録を持つ俺に謝れ!」
「運で勝てるなら苦労せんわ!」
みんなが運に関してどのような認識を持っているかわからないが、普段真面目キャラで通していたハカセをここぞとばかりに小突き回す。
ハカセは周りにもみくちゃにされながら、次第に肩を奮わせはじめると、クマに似つかわしく両手を振り上げ「うが〜」と大声をあげた。
クマの巨体はしがみついていたメンバーを振りほどき、仁王立ちになると、
「みなさん落ち着いてください! 私は冗談を言ったつもりはありません! どんな強敵も装備を問わずLuck次第では勝つことができるんです!」
「それはサドンデスポイントのことかしら?」
冷静に一連のやり取りを見ていたミンメイが、どこか氷を思わせる口調でハカセに食いかかった。
クマと美女の奇妙な見つめ合いは場違いな空気とミックスされ、何とも言えないむず痒さを僕に感じさせる。
「その通りです。サドンデスポイントは神獣といえど一撃で絶命させる。それには運が……強運とも言うべき何かが必要なんです!」
「ラックが白虎を倒せたのは運が良かったから。それこそ本当にLuckがあったんだわ。でも、今回もうまくいくとは思えない。ハカセはまさかラックに朱雀を倒してこいと言っているの? わたくし、それだけは許しません!」
「……」
「あれ? ミンメイ? 何をそんなに怒っているの? まさかハカセだって僕にそんなことを言わないよ〜。まさか……ね?」
「……」
「ハカセェ〜〜!? え、なにこれ? 無理だよ!? 僕そんなすごいプレイヤーじゃないし!」
周りにいる桜花団やアルカノギルドのメンバーの視線が痛い!
何を期待しているかわからないが、無理! そんな目をしても外にでた瞬間、朱雀に丸焦げにされて死ぬ僕の姿しか目に浮かばないよ!
「ラックに朱雀討伐をさせようとするのなら、私も許さない」
「アキラ……」
ミンメイとアキラ。S+Mワールド中、絶世の美女二人が周りの視線から護るように僕の目の前に立つ。
普段なら背中が開いたチャイナドレスがステキすぎて、飛びつくはずが、今はそんな冗談すら許されない、凍り付いた空気が廻りを凝固させていた。
緊迫した空気のなか、サクラさんが美女二人とハカセの間に立ち、お互いをなだめはじめた。
「安心せい。S+Mを始めたばかりの小僧に重荷を背負わせるようなことはせぬ。そう怖い目でにらみ合うこともあるまいて。そうじゃろ、ハカセ」
「私もラック君一人にすべてを背負わせようとしているわけではありません。それに、皆さんに言いたいのは、朱雀を倒す=助かるという図式だけじゃないということです」
「どういうこと」とミンメイ。
「皆さん。勘違いしてるかも知れませんが、我々には逃げるという手段も残されているのですよ」
『あ!』
ぽかんとする僕を余所に、みんなが一斉に喜色を浮かべる。
「そうだよ! 何もまともに戦うことないじゃん! 遠くに逃げればいい!」
団員の誰かが言った言葉に僕は疑問を返した。
「さっきの白虎戦でもそうだったけど、特殊フィールドがあるんじゃないの? そこから逃げ出せるの?」
「あれは外から中に入れないだけ。中から外に逃げ出すのは自由なんだよ」
誰かが言った言葉には、すぐに反論があがった。
「どうやって逃げるんだよ。朱雀の城門からここまでの到達時間みただろ、こっから逃げ出してもすぐに追いつかれて丸焦げだ」
「走る必要ねーだろ。テレポーターでも転送魔法でもいいから遠くに逃げればいい」
「そのテレポーターが使えない状況なんだろうが」
「! ……そうだったな」
みんなの感情がジェットコースターのように乱高下する。
一喜一憂。 まさにこの言葉がすべてを表していた。
暗く落ちかけた場の空気を盛り上げるように、サクラさんが明るい声でハカセに言葉をかけた。
「ハカセよ。逃げればいいと言ったおぬしじゃ。何か考えがあるのじゃろ」
「考えというほどでもありません。皆さんが言ったように、未だに領土戦が集結していない今、我々はテレポーターが使えません。ですが、逆にいえば領土戦が集結すれば今すぐ逃げ出すことが可能なのです。そして、それをできるのは……」
「アルカノだけってわけか。くそ! あそこで逃がしたのは手痛かったか。今すぐ城内を探索して炙り出すぞ!」
「待て待て、落ち着け。忘れておるかも知れんが、あやつは変身薬を持っておるのじゃ。きっと今も変身しておるわ」
「じゃぁ、一人一人尋問して探し出しましょうよ! 朱雀を倒すよりもよっぽど楽ですよ!」
「当然シラを切るじゃろうよ。そうしたらどうする? 殺すか? もし知り合いに化けていたら? もう少し慎重に考えねばならん。ハカセ、他にはないのか?」
「神獣の……と、いうよりもレアモンスターには占有時間があります。特殊フィールドの例を取ってもそうですが、その占有時間が切れた場合、占有していたモンスターは一定時間後、消えることになってます」
「ふむ。しばしの間待ってみるか。その間に対策等を考えるのも良しじゃな」
サクラさんの一言で、僕らは三時間ほど休憩を取ることが決まった。
ハカセは僕に歩み寄ってくると、先ほど追い詰めるようなことを言って申し訳ないと手を差し出す。
僕はクマの手をとり握手を交わすと、顔を凍り付かせていたミンメイとアキラも、少しだけ柔和な顔にもどる。
ラフィン・スカルの一件以来忘れていたことだが、握手を交わすということはフレンドになるかと問われることだ。
僕は当然【はい】を選択し、ハカセとフレンド登録をする。
ハカセも快くフレンドの承諾をし、僕らは晴れて友達となったわけだ。
めでたしめでたし、で終わらないのがいつもの僕だ。
この後に直接ハカセからtelが入ったとき、この握手はそのためだったのかと僕は思い知らされることになった。
設定話で遅々として、朱雀編が進まなくてすいません。。




