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『家族も婚約者も、もういりません 〜婚約破棄された伯爵令嬢は、遠い街で人生をやり直す〜』  作者: 伊佐波瑞樹


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第49話 返す本と、まだ決めていない約束


朝の光が領都の屋根を淡く照らし始めた頃、シアは《麦穂亭》の二階にある自室で、机の上に置いた一冊の本を見つめていた。


『街の小さな庭と季節の花』。図書館から借りているその本には、街の庭先で育てられる草花や、季節ごとの手入れについて、分かりやすい文章と細かな挿絵が載っている。初めて手に取ったときには、ただ花について知りたいと思っていただけだったが、今では机の端に置いた秋灯草を育てるための、大切な手引きになっていた。


シアは本の表紙をそっと撫で、昨日確認した貸出期限を思い出した。


(返却日は、もうすぐですね。今日の仕事が終わってからなら、図書館へ寄る時間があるでしょうか)


図書館へ行くこと自体は、もう初めてではない。利用者として登録したときには、知らない場所で自分の名前を書くだけでも緊張したが、今では本を借り、読み終えたら返しに行くという流れにも少しずつ慣れてきている。


それでも、今回の返却については、一つだけ気にかかっていることがあった。


ミレイユと、いつか一緒に図書館へ行こうと話していたのだ。


先日の休日、中央広場で彼女と顔を合わせたときにも、その約束を忘れていないことは確かめられた。しかし、ミレイユには騎士としての勤務があり、シアにも《麦穂亭》の仕事があるため、具体的な日取りまでは決まっていない。


(ミレイユさんと一緒に行けたら、きっと楽しいでしょうね。でも、本の返却を待っていただくわけにはいきませんし……)


シアは少し考えたあと、本を布袋の中へ収めた。


返却と、一緒に出かける約束は、必ずしも同じ日にする必要はない。今回は自分で本を返し、また都合の合う日にミレイユと訪れればいいのだと考えると、胸の中にあった小さな迷いが和らいだ。


机の端では、秋灯草が淡い黄色の花を咲かせている。


シアは鉢の土を指先で確かめた。表面は少し乾いているものの、内側にはまだ湿り気が残っているようだったので、今朝は水を足さず、日中の光が当たりやすい位置へ移すことにした。


「今日は、お仕事が終わったら図書館へ行ってきますね」


誰に聞かせるでもなく花へ声をかけ、シアは小さく微笑んだ。


窓の外には、秋の終わりを感じさせる澄んだ空が広がっている。昨夜の風は収まったようだが、通りを歩く人々の外套は以前より厚くなり、朝の荷馬車を引く男も首元に布を巻いていた。


シアは先日買った厚手の靴下を履き、仕事着へ着替えた。


母の形見の銀のペンダントを首に掛け、服の内側へ大切に収める。髪を仕事用の留め具でまとめたあと、布袋の中に本がきちんと入っていることをもう一度確かめてから、階下へ向かった。


今日も《麦穂亭》では、朝早くから仕事が始まっている。


けれど、昨日までとは少し違い、シアには仕事が終わったあとに自分で決めた予定があった。


◇


厨房へ入ると、オットーが大きな木鉢の中で生地をまとめていた。


窯にはすでに火が入り、薪の燃える音が石壁に反響している。作業台の端には小麦粉の容器が並び、黒麦粉の袋には、残りを確認しやすいよう新しい札がつけられていた。


「おはようございます。今日もよろしくお願いします」


「おう、おはよう。今朝は昨日より風が弱いな。生地の温度も、今のところは悪くない」


オットーはそう言いながら、生地の表面を指で軽く押した。


シアが手を洗って前掛けをつける間に、マルタも厨房へ入ってきた。手には予約帳を持っており、昨夜決めた仕込みの予定を改めて確認している。


「シア、今日は騎士団への定期納品がある日だよ。丸パン二十五個と黒麦パン十五個、それから宿の予約分もあるから、いつも通り間違えないように分けておこうね」


「はい。騎士団の分は先に籠を用意して、札をつけておきます」


シアは予約帳を受け取り、注文の数を確かめた。


北側の街道で修繕が続いているため、黒麦粉の次の納品はまだ届いていない。それでも、オットーが仕込みを調整しているおかげで、すでに引き受けている予約分については問題なく用意できる見込みだった。


店頭に並べる黒麦パンは、昨日と同じように数を減らす。


ただし、予約分と店頭分を混同しないよう、焼き上がりの段階から分けておく必要があった。


「オットーさん、騎士団の黒麦パンは、こちらの籠へ十五個でよろしいですね。宿の分は、別の札をつけておきます」


「ああ。今日は焼き上がりの順番を少し変えるから、籠の位置も間違えないようにな」


「分かりました。店頭用の籠は、作業台の反対側へ置いておきます」


シアは籠を移動させ、それぞれの札が見やすい向きになるよう整えた。


オットーはその様子を確かめ、満足そうに頷いた。


「だいぶ仕事の流れが分かってきたな。前よりも、次に必要になるものを考えて動けるようになっている」


突然褒められ、シアは少しだけ手を止めた。


「……ありがとうございます。でも、まだ分からないことも多いので、そのときは確認させてください」


「もちろんだ。分からないことを勝手に決められるより、聞いてもらった方がずっといい」


オットーは当たり前のことのように答え、次の生地へ手を伸ばした。


シアはその横顔を見ながら、胸の奥が少し温かくなるのを感じた。


伯爵家にいた頃、仕事を任されることは珍しくなかった。帳簿を整え、使用人の仕事を手伝い、必要な品物の数を確かめることもあったが、できて当然という扱いを受けることが多かった。


何かを尋ねれば、そんなことも分からないのかと言われることがあった。


そのため、確認する前に自分で答えを出そうとし、間違えないように何度も考え込んでしまう癖がついていた。


けれど、《麦穂亭》では違う。


分からないことを尋ねても、叱られない。


必要な確認をすれば、むしろ助かると言ってもらえる。


(……ここで覚えたことを、忘れないようにしたいですね)


シアは静かに息を整え、丸パンの成形を始めた。


生地を手のひらへ載せ、表面が滑らかになるように丸めていく。指先へ伝わる柔らかな感触と、窯から届く温かさが、朝の緊張を少しずつほぐしていった。


◇


開店すると、《麦穂亭》には朝の客が次々と訪れた。


仕事へ向かう職人たちは丸パンを買い、近所の住民は家族の朝食用に胡桃パンや蜂蜜パンを選んでいく。外が冷えているせいか、店へ入った客の多くは温かな空気にほっとした表情を浮かべ、焼きたての香りを楽しみながら棚を眺めていた。


シアはマルタと並んで接客をしながら、黒麦パンの残りへ目を配っていた。


昨日と同じように、店頭分はいつもより少ない。


そのことに気づいて尋ねる客もいたが、シアが材料の入荷状況を説明すると、多くの人は事情を理解してくれた。


ただ、全員がすぐに納得するわけではなかった。


「黒麦パンを四つ欲しいんだけど、これだけしかないのかい?」


昼前に訪れた中年の男性は、棚の残りを見て眉を寄せた。


男性が指さした先には、黒麦パンが二つだけ残っていた。騎士団と宿の予約分はすでに分けてあるため、店頭で販売できるのはその二つだけだった。


「申し訳ございません。現在、店頭でご用意できる黒麦パンは二つになります」


シアは落ち着いて答えた。


男性は少し困ったように腕を組んだ。


「そうか。家で四人分の昼食にしようと思っていたんだがな。昨日も少なかったと聞いたし、何かあったのか?」


「はい。北側の街道の修繕によって、材料の入荷が遅れているんです。そのため、予約分を確保しながら、店頭に並べる数を調整しております」


男性は事情を聞いても、すぐには表情を緩めなかった。


「それは分かったけど、四つ買うつもりで来たから困るな。明日なら、もう少しあるのかい?」


シアは答える前に、厨房の方へ目を向けた。


明日の仕込み数は、まだオットーが正式に決めていない。今の段階で、明日なら四つ買えると約束することはできなかった。


「明日の販売数については、まだ確定しておりません。ご希望でしたら、店主へ確認いたしますが、今のところ確実なお約束はできない状況です」


男性は小さく息を吐いた。


「そうか。じゃあ、今日はどうするかな……」


シアは少し考え、棚の丸パンへ視線を向けた。


「黒麦パンは二つございますので、残りを丸パンや胡桃パンにしていただくこともできます。もちろん、別のものをお選びになるかどうかは、お客様のご希望に合わせていただければと思います」


男性は棚を見比べ、しばらく考えていた。


その間、シアは急かさずに待った。


ほかの客が入口から入ってきたため、マルタがそちらへ向かい、シアは男性が選び終えるのを待ちながら、必要なときに説明できるよう棚の位置を確かめていた。


「……そうだな。黒麦パンを二つと、丸パンを二つにしてくれ。家族で分ければいいだろう」


「ありがとうございます。黒麦パン二つと丸パン二つですね」


シアは注文を繰り返し、パンを包み始めた。


男性は少し残念そうではあったものの、代金を支払う頃には表情を和らげていた。


「早く道が直るといいな。パン屋だけじゃなく、ほかの店も困っているらしいから」


「はい。安全に通れるようになるといいですね」


シアが答えると、男性は頷いて包みを受け取った。


「また来るよ。次はもう少し早い時間に来てみる」


「ありがとうございます。お待ちしております」


男性を見送ったあと、シアは静かに息を吐いた。


大きな問題になったわけではない。


けれど、相手が困っている様子を見ると、やはり胸の奥に申し訳なさが残る。


そのとき、マルタが隣へ戻ってきた。


「今のお客さん、少し困っていたね」


「はい。四つ必要だったそうなので、二つしかご用意できなくて……」


シアが答えると、マルタは棚の残りを確かめながら頷いた。


「そういう日もあるよ。あのお客さんが困ったのは本当だけど、だからといって、シアが悪いわけじゃない」


マルタは穏やかな声で続けた。


「材料が届かないこともあるし、思ったより早く売り切れることもある。お客さんが困った気持ちを持つことと、店が無理な約束をしないことは、両方あっていいんだよ」


シアはその言葉を聞き、少し考えた。


相手が残念そうにしていると、自分が何とかしなければならないと思ってしまう。


けれど、相手の気持ちを理解することと、できないことまで引き受けることは違うのだろう。


「……はい。お客様が困っていらっしゃることは分かります。でも、だからといって、予約分をお渡しするわけにはいきませんものね」


「その通り。今あるものを正しく伝えて、選んでもらえたなら、それで十分だよ」


マルタは微笑み、次の客へ向き直った。


シアも小さく頷き、空になった黒麦パンの棚へ売り切れの札を置いた。


昨日より少しだけ、その動作に迷いがなくなっていた。


◇


昼過ぎになると、騎士団への定期納品が予定通りに済み、厨房の慌ただしさも少し落ち着いた。


シアは使用した籠を拭き、次の仕込みに備えて作業台を整えていた。


そのとき、オットーが粉袋の残りを確認しながら、マルタへ声をかけた。


「黒麦粉は、今の予定なら明日も予約分を確保できる。ただ、その先は次の納品がどうなるかで変わるな」


「ハンスから、まだ新しい知らせは来ていないんだね」


「ああ。昨日の連絡では数日以内に届く見込みだったが、今朝の時点では何も聞いていない」


オットーは袋の口を閉じ、札の数字を確かめた。


シアは二人の話を聞きながら、在庫帳を持ってきた。


「今日使用した分を記録しました。こちらでよろしいでしょうか?」


オットーは帳面を受け取り、数字を確認した。


「うん、合っている。助かるよ」


マルタも帳面を覗き込み、明日の予約分へ目を向けた。


「今のところ、追加注文は入っていないね。もし宿から連絡があったら、すぐに引き受けずに確認しよう」


「はい。ご希望の数と受け取り時間を伺ってから、お二人に相談します」


シアは頷いた。


昨日までの仕事で、材料が少ないときほど確認が大切になることを学んでいる。


できるだけ客の希望に応えたいという気持ちはある。


けれど、店全体の予定を知らないまま返事をすることは、かえって相手へ迷惑をかける可能性があった。


シアは帳面を閉じ、棚へ戻した。


そのとき、マルタがふと思い出したように尋ねた。


「そういえばシア、今日は仕事のあとに何か予定があるのかい? 朝、布袋に本を入れていたようだったけど」


シアは少し驚いて顔を上げた。


「はい。図書館から借りている本の返却日が近いので、今日の仕事が終わったら返しに行こうと思っているんです」


「そうかい。それなら、今日は片づけが終わったら早めに上がっていいよ。夕方の混む時間が過ぎれば、あとは私たちでできるからね」


マルタの言葉に、シアは慌てて首を横に振った。


「いえ、お仕事はいつも通り最後までいたします。図書館へ行くのは、そのあとでも大丈夫だと思いますので」


マルタは少しだけ目を細めた。


「そう言ってくれるのはありがたいけど、返却日が決まっているんだろう? 仕事の都合で遅れてしまったら困るじゃないか」


「それは……そうなのですが」


シアは言葉を探した。


自分の用事のために、仕事を早く終えてもらう。


そのことに、まだ少し抵抗がある。


けれど、マルタはそんなシアの様子を見ながら、穏やかに続けた。


「もちろん、忙しければ手伝ってもらうよ。でも、今日は今のところ落ち着いているし、夕方の片づけを少し分担すれば大丈夫だと思うんだ」


オットーも頷いた。


「そうだな。今日は大きな追加注文もない。無理に残ってもらう必要はないよ」


シアは二人の顔を見比べた。


マルタもオットーも、特別なことを言っている様子ではない。


仕事が落ち着いているなら、予定に合わせて帰る。


それは、二人にとって自然な判断なのだろう。


(……私がいなくても、お店は大丈夫なんですね)


そう思った瞬間、胸の奥に少しだけ複雑な感情が生まれた。


自分が必要とされていないという意味ではない。


むしろ、店の仕事を皆で分担しているからこそ、誰か一人が少し早く上がることもできるのだ。


その違いを理解すると、シアは静かに頭を下げた。


「ありがとうございます。それでは、今日の片づけをできるところまで終えてから、図書館へ行かせていただきます」


「うん。それでいいよ」


マルタは満足そうに頷いた。


シアは作業台へ戻りながら、布袋の中に入れた本のことを思い出した。


返却のために図書館へ行く。


それは小さな予定だ。


けれど、今の自分にとっては、誰かに命じられたわけではない、自分で決めた大切な用事だった。


◇


夕方の客足が落ち着いた頃、シアは店頭の棚を拭き、残ったパンの数を確認していた。


黒麦パンは昼前に売り切れており、丸パンと胡桃パンが少し残っている。


売上帳の数字を確かめ、使用した布を洗い場へ運ぶと、マルタが厨房から声をかけた。


「シア、今日はもう上がっていいよ。あとは私たちで片づけるから、図書館へ行っておいで」


「ありがとうございます。では、最後にこちらの籠だけ片づけてから失礼します」


シアがそう答えると、マルタは笑った。


「本当に真面目だねえ。まあ、その籠までならお願いしようか」


シアは少し照れながら籠を棚へ戻し、前掛けを外した。


手を洗い、仕事着を整えてから二階へ上がる。


自室では、朝に窓際へ移しておいた秋灯草が、夕方の淡い光を受けていた。


シアは鉢を少し奥へ移し、夜の冷気が直接当たらない位置へ置き直した。


それから、布袋の中に入れておいた本を取り出し、表紙や頁に傷みがないかを確かめた。


借りたときと変わらず、きれいな状態だ。


シアは本をもう一度布袋へ収め、先日買った茶色の布手袋を取り出した。


外へ出るときには、少しでも指先を冷やさない方がいい。


そう考えて手袋をつけると、柔らかな布が手のひらを包み込んだ。


(……この手袋も、買ってよかったですね)


先日の休日、何度か店を見比べて選んだものだった。


気に入った青灰色の上着は、まだ買っていない。


今持っている外套でも、今日のような気候なら十分に歩けるが、冬が深まる前にはもう一度考えた方がいいだろう。


シアは布袋を肩に掛け、部屋の鍵を確かめてから階下へ向かった。


店の奥では、オットーが翌朝の仕込みについてマルタと話している。


「それでは、行ってまいります」


シアが声をかけると、マルタは顔を上げた。


「気をつけてね。暗くなる前に戻れるといいけど、慌てて転ばないようにするんだよ」


「はい。ありがとうございます」


オットーも軽く手を上げた。


「帰ってきたら、温かいものでも飲むといい。外は冷えているからな」


「はい。行ってまいります」


シアは微笑み、店の裏口から外へ出た。


夕方の空はまだ明るいものの、日差しは少しずつ傾き始めている。


中央広場へ向かう通りには、仕事帰りの人々や買い物を終えた住民が行き交い、荷車の車輪が石畳をゆっくりと進んでいた。


シアは手袋の中で指を軽く動かし、図書館へ向かって歩き始めた。


◇


中央広場へ近づくと、街の賑わいが少しずつ大きくなった。


市場の屋台では、夕方の買い物客に向けて野菜や果物が並べられている。温かな飲み物を売る店の前には数人が集まり、湯気の立つ杯を両手で包みながら話していた。


シアは広場の端を歩きながら、先日の休日に訪れた《針と糸の店》の方へ目を向けた。


店先には、冬用の布地や手袋が並べられている。


その奥に、青灰色の上着が見えた。


以前試着したとき、色も形も気に入ったものだった。


シアは思わず足を緩めた。


(……まだ、あるんですね)


上着は、以前と同じ場所に掛けられている。


落ち着いた青灰色の生地は、夕方の光の中でも柔らかく見えた。


少しだけ近づいて眺めたい気持ちが生まれたが、今日は図書館へ行く予定がある。


シアは店の前で立ち止まることなく、歩く速さを戻した。


今すぐ買わなければならないわけではない。


けれど、いつまでも残っているとも限らない。


そのことを考えると、少しだけ惜しい気持ちになった。


以前なら、欲しいものを見つけても、自分には必要ないと考えてすぐに諦めていただろう。


今は、買うかどうかを考えている。


予算を確かめ、ほかに必要なものと比べ、いつなら買えるかを考えている。


それだけでも、以前とは違うのかもしれない。


シアは布袋の紐を握り直し、広場を抜けた。


図書館へ向かう道は、以前よりも見慣れたものになっている。


石造りの建物が並ぶ通りを進み、角を曲がると、落ち着いた色の外壁を持つ図書館が見えてきた。


入口の前には小さな階段があり、扉の横には開館時間を知らせる札が掛けられている。


シアは階段を上がり、静かに扉を開けた。


外の冷たい空気とは違い、館内には紙と木の落ち着いた匂いが漂っていた。


高い棚には本が整然と並び、奥の閲覧席では数人が静かに頁をめくっている。


シアは思わず、ほっと息を吐いた。


ここへ来るのは、もう何度目だろう。


初めて訪れたときには、知らない場所へ入ること自体に緊張していた。


けれど、今ではこの静かな空気を、少し懐かしく感じるようになっている。


◇


受付には、以前にも対応してくれた白髪交じりの女性司書が座っていた。


シアが近づくと、女性は顔を上げ、穏やかに微笑んだ。


「こんにちは。今日は本の返却かしら?」


「こんにちは。はい、こちらをお返しに来ました」


シアは布袋から『街の小さな庭と季節の花』を取り出し、受付台の上へ丁寧に置いた。


女性は本の状態を確かめ、貸出記録へ目を通した。


「はい、確かにお預かりしました。期限にも間に合っていますよ」


「ありがとうございます。とても勉強になりました」


シアがそう言うと、女性は少し興味深そうに目を細めた。


「そうですか。何か育てているの?」


「はい。小さな秋灯草を一鉢だけ育てています。まだ始めたばかりなので、分からないことも多いのですが……」


女性は頷いた。


「秋灯草なら、これからの季節は窓際の冷え込みに気をつけるといいですね。昼間は明るい場所に置いて、夜は少し奥へ移してあげると安心ですよ」


「はい。本にもそう書いてありましたので、夜は窓から離すようにしています」


「それなら、きっと大丈夫でしょう。水の与えすぎにも気をつけてくださいね」


シアは微笑みながら頷いた。


「ありがとうございます。毎朝、土の状態を確かめるようにしています」


女性は満足そうに微笑み、本を返却済みの棚へ移した。


「ほかに借りたい本があれば、ゆっくり見ていってくださいね」


「はい。少しだけ、棚を見せていただいてもよろしいでしょうか」


「もちろんです」


シアは丁寧に頭を下げ、閲覧棚の方へ向かった。


館内には、頁をめくる音と、遠くで椅子が動く小さな音だけが響いている。


シアは本棚の間をゆっくりと歩きながら、背表紙に書かれた題名を眺めた。


花の本を返したばかりなので、次も植物に関する本を借りようかと思った。


しかし、棚を見ているうちに、別の題名が目に留まった。


『冬の暮らしと小さな工夫』。


その本には、寒い季節の衣服の手入れや、部屋を暖かく保つための工夫、保存食の扱い方などが紹介されているらしい。


シアは本を手に取り、最初の数頁を開いた。


冬の衣服について書かれた部分には、布地の厚さだけでなく、風を通しにくい仕立てや、重ね着の仕方についても説明があった。


(……上着を選ぶときにも、参考になるかもしれませんね)


シアは先ほど見かけた青灰色の上着を思い出した。


気に入った色だからという理由だけで選ぶのではなく、冬の寒さに十分対応できるかどうかも考えたい。


そう思いながら頁をめくると、今度は手袋や靴下の手入れについて書かれた部分が目に入った。


先日買ったばかりのものを長く使うためにも、役立ちそうな内容だった。


シアはその本を借りることに決めた。


もう一冊借りることもできるが、今は仕事もあり、秋灯草の世話もある。


無理に二冊借りる必要はないだろう。


シアは本を抱え、受付へ戻ろうとした。


そのとき、閲覧席の近くで、若い女性が棚の上段を見上げているのが目に入った。


女性は手を伸ばしていたが、目当ての本には少し届かないらしい。


近くには踏み台が置かれていたものの、ほかの利用者が使っているところだった。


シアは少し迷ったあと、女性へ声をかけた。


「あの、何かお探しでしょうか?」


女性は驚いたように振り返った。


「あ……はい。上の棚にある本を取りたいのですが、少し届かなくて」


シアは棚を見上げた。


目当ての本は、確かに高い位置にある。


シア自身も背が高いわけではないため、無理に手を伸ばしても届きそうになかった。


「踏み台が空くまで、少しお待ちになった方が安全かもしれませんね」


シアがそう言うと、女性は少し困ったように笑った。


「そうですね。急いでいるわけではないので、待ってみます」


そのとき、近くで本を整理していた司書が二人の様子に気づいた。


「何かお困りですか?」


女性が事情を説明すると、司書は頷き、別の棚から小さな踏み台を持ってきてくれた。


「こちらをお使いください。高いところの本は、無理に取ろうとしないでくださいね」


「ありがとうございます」


女性は礼を言い、目当ての本を手に取った。


シアも司書へ頭を下げ、その場を離れた。


大したことをしたわけではない。


ただ、困っている人へ声をかけただけだ。


けれど、以前の自分なら、知らない人へ話しかけることをためらっていたかもしれない。


相手に迷惑だと思われるのではないか。


余計なことをしたと叱られるのではないか。


そんな考えが先に立って、何もできずにいたかもしれない。


今は、必要なときに声をかけることができた。


そして、自分で解決できないことは、司書へ相談すればよかった。


(……全部、自分で何とかしなくてもいいんですね)


シアはそう考えながら、受付へ向かった。


◇


貸出手続きを終える頃には、窓の外の光が少しずつ夕方の色へ変わり始めていた。


シアは『冬の暮らしと小さな工夫』を布袋へ収め、司書へ礼を言って図書館を出た。


外の空気は、入る前よりも少し冷たくなっている。


シアは手袋をつけ直し、中央広場へ向かって歩き始めた。


帰り道では、店じまいの準備を始める商人たちの姿が見えた。


果物の籠を片づける人。


布地を店内へ運ぶ人。


荷車へ空箱を積み込む人。


それぞれが一日の仕事を終え、夜へ向けて動いている。


シアはその様子を眺めながら、布袋の中の本へ思いを向けた。


今日借りた本には、冬の暮らしを少し楽にするための工夫が載っている。


その内容を読むのが、今から楽しみだった。


中央広場へ差しかかったとき、シアはふと足を緩めた。


広場の向こうに、見覚えのある人物が立っていた。


赤みがかった髪を後ろでまとめ、騎士の制服を身につけた女性。


ミレイユだった。


彼女は同僚らしい騎士と話しており、広場を行き交う人々へときどき視線を向けている。


勤務中なのだろう。


シアは声をかけるべきか迷った。


先日の休日にも、広場で勤務中のミレイユと顔を合わせたばかりだ。


忙しいところへ話しかけて、仕事の邪魔になってはいけない。


そう考えて通り過ぎようとしたとき、ミレイユの方がシアに気づいた。


「……あら、シア!」


明るい声が聞こえ、シアは顔を上げた。


ミレイユは同僚へ短く何かを伝えてから、こちらへ近づいてきた。


「こんにちは。こんな時間に広場で会うなんて、珍しいわね」


「こんにちは、ミレイユさん。今日は図書館へ本を返しに行っていたんです」


シアが布袋へ目を向けると、ミレイユは嬉しそうに微笑んだ。


「図書館へ行ってきたのね。どうだった?」


「はい。借りていた花の本を返して、今日は冬の暮らしについて書かれた本を借りてきました」


「まあ、今の季節にぴったりね。シアは本当に、生活に役立つものを見つけるのが上手だわ」


ミレイユはそう言いながら、シアの手元へ目を向けた。


「あ、その手袋。先日買ったものよね?」


「はい。とても暖かくて、毎日使っています」


シアが手袋を見せると、ミレイユは満足そうに頷いた。


「よかった。色も落ち着いていて、シアによく似合っているわ」


「ありがとうございます。ミレイユさんにそう言っていただけると、嬉しいです」


シアは少し照れながら微笑んだ。


ミレイユはそんな様子を見て、表情を柔らかくした。


初めて出会った頃のシアは、何かを褒められるたびに戸惑い、すぐに遠慮することが多かった。


今も控えめなところは変わらないが、最近は嬉しいと感じたときに、その気持ちを少しずつ言葉にするようになっている。


ミレイユはその変化を、友人として嬉しく思っていた。


「そういえば、図書館へ一緒に行く約束、まだ日取りを決められていなかったわね」


ミレイユがそう言うと、シアは頷いた。


「はい。でも、ミレイユさんはお仕事がお忙しいでしょうから、無理をなさらないでくださいね」


「ありがとう。でも、私も楽しみにしているのよ。今度の勤務予定がはっきりしたら、また相談させてちょうだい」


「はい。私も楽しみにしています」


シアは自然と微笑んだ。


その笑顔を見て、ミレイユも嬉しそうに目を細めた。


「それなら、決まりね。あ、でも今日はもう帰るところでしょう? 暗くなる前に戻った方がいいわ」


「はい。そろそろ《麦穂亭》へ戻ろうと思っていました」


「それがいいわ。最近は日が落ちるのも早いから、気をつけて帰ってね」


ミレイユはそう言いながら、広場の向こうへ視線を向けた。


同僚の騎士がこちらへ軽く手を上げている。


仕事へ戻る時間なのだろう。


「それじゃあ、私は戻るわね。また会いましょう、シア」


「はい。お仕事、頑張ってください。どうかお気をつけて」


シアが頭を下げると、ミレイユは笑った。


「ありがとう。シアもね」


そう言って、彼女は同僚のもとへ戻っていった。


シアはその背中を見送り、胸の奥に温かな気持ちが広がるのを感じた。


約束の日取りは、まだ決まっていない。


けれど、ミレイユも楽しみにしてくれている。


そのことが分かっただけで、十分に嬉しかった。


◇


ミレイユが同僚のもとへ戻ると、若い騎士が少しだけ笑みを浮かべた。


「お知り合いですか?」


「ええ。友人よ」


ミレイユは短く答え、広場の人の流れへ視線を戻した。


若い騎士は、少し意外そうな顔をした。


「ずいぶん親しそうでしたね。以前からのお付き合いなんですか?」


「そう長い付き合いではないわ。でも、一緒に出かけたり、いろいろ話したりしているの」


ミレイユはそう答えながら、先ほどのシアの笑顔を思い出した。


初めて会った頃の彼女は、どこか緊張していることが多かった。


親切にされても、申し訳なさそうに頭を下げる。


褒められても、すぐに自分のことを控えめに話す。


それが悪いわけではない。


ただ、彼女が自分の気持ちを遠慮なく言えるようになればいいと、ミレイユは思っていた。


最近のシアは、少しずつ変わっている。


自分で選んだ手袋を嬉しそうに見せてくれたこと。


図書館で借りた本について、楽しそうに話してくれたこと。


一緒に出かける約束を、はっきりと楽しみにしていると言ってくれたこと。


その一つ一つが、ミレイユには印象深かった。


(……きっと、あの子は自分で思っている以上に、いろいろなことができるようになっているのね)


ミレイユはそう考えながら、広場を行き交う人々へ目を向けた。


シアがどんな過去を持っているのか、詳しいことは知らない。


無理に尋ねるつもりもなかった。


ただ、今の彼女が安心して暮らせる場所を見つけ、少しずつ笑顔を増やしているのなら、それを友人として喜びたいと思っていた。


「そろそろ巡回を続けましょうか」


ミレイユが声をかけると、同僚の騎士は頷いた。


「はい。西側の通りを確認してから、広場へ戻る予定でしたね」


「ええ。夕方は人通りが増えるから、荷車の動きにも気をつけましょう」


二人は並んで歩き始めた。


ミレイユは仕事へ意識を戻しながらも、次に勤務予定が決まったら、シアへ図書館の話をしようと考えていた。


まだ日取りは決まっていない。


けれど、楽しみにできる約束があることは、彼女にとっても嬉しいことだった。


◇


《麦穂亭》へ戻る頃には、空がすっかり夕暮れの色に変わっていた。


店の窓からは温かな灯りが漏れ、厨房の方からは片づけをする音が聞こえてくる。


シアは裏口から入り、マルタへ声をかけた。


「ただいま戻りました」


「お帰り、シア。図書館はどうだった?」


マルタは布を畳みながら顔を上げた。


「はい。無事に本を返して、新しい本も借りてきました」


「それはよかったね。何の本を借りたんだい?」


「冬の暮らしについて書かれた本です。衣服の手入れや、寒い季節の過ごし方が載っているようなので、読んでみたいと思って」


シアが答えると、マルタは嬉しそうに笑った。


「なるほどね。これから寒くなるから、役に立ちそうだ」


オットーも厨房の奥から顔を出した。


「本を読むのはいいことだな。俺も若い頃は、パン作りの本をずいぶん読んだもんだ」


「そうなんですか?」


シアが少し驚いて尋ねると、オットーは頷いた。


「ああ。ただ、本に書いてある通りにやっても、うまくいかないことはあったけどな。粉の状態も気温も違うから、最後は自分の手で確かめるしかない」


マルタはその言葉に笑った。


「この人、昔は本に書いてある分量をきっちり守ろうとして、ずいぶん苦労していたんだよ」


「おい、昔の話だろう」


オットーは少し照れたように眉を寄せたが、怒っている様子はなかった。


シアは二人のやり取りを見ながら、自然と笑みを浮かべた。


こうして穏やかな会話を聞いていると、《麦穂亭》へ戻ってきたのだと実感する。


マルタは布を棚へしまいながら、シアへ声をかけた。


「今日はもう仕事は終わりだから、部屋でゆっくりしておいで。夕食にするなら、残ったパンもあるよ」


「ありがとうございます。では、少しいただいてもよろしいでしょうか」


「もちろん。温かいスープもあるから、一緒に食べていきな」


シアは嬉しそうに頷いた。


「はい。ありがとうございます」


夕食の席では、今日の店の様子や、黒麦粉の納品について少し話した。


ハンスから新しい連絡はまだ届いていない。


けれど、今のところは予定通りに仕事を続けられている。


マルタとオットーは、次の知らせが来るまでは無理に仕込みを増やさず、今ある材料を大切に使う方針を変えないことにしていた。


シアはその話を聞きながら、今日の仕事を振り返った。


客の希望に応えられないこともあった。


けれど、できることを伝え、別の方法を一緒に考えることができた。


図書館へ行くために、仕事を少し早く終えることもできた。


そして、帰り道ではミレイユと会い、まだ決まっていない約束について話すことができた。


どれも小さな出来事かもしれない。


それでも、今のシアにとっては大切な一日の積み重ねだった。


◇


自室へ戻ると、シアは机の上へ布袋を置き、新しく借りた本を取り出した。


『冬の暮らしと小さな工夫』。


表紙には、暖炉のある部屋と、厚手の外套を羽織った女性の挿絵が描かれている。


シアは本を開く前に、秋灯草の様子を確かめた。


朝に移した鉢は、夕方の光を受けたあとも変わらず元気そうだった。


土の状態を確かめると、表面は少し乾いているものの、内側にはまだ湿り気が残っている。


今夜も水を足す必要はなさそうだったため、窓から少し離した場所へ移した。


「今日も、お留守番ありがとうございました」


小さく声をかけてから、シアは椅子へ腰を下ろした。


机の上には、仕事の覚え書きと、新しく借りた本が並んでいる。


シアはまず覚え書きを開き、今日の出来事を整理した。


騎士団への定期納品を予定通り終えたこと。


黒麦パンの店頭分が昼前に売り切れたこと。


追加注文については、引き続き確認してから受けること。


ハンスからの次の連絡は、まだ届いていないこと。


そこまで書き終えると、シアは筆を置いた。


仕事のことを整理したあと、今度は別の頁を開いた。


そこには、図書館で借りた本の題名と返却期限を書き留めるための小さな欄がある。


以前なら、こうした自分の予定を帳面に書くことは、ほとんどなかった。


伯爵家にいた頃は、誰かに命じられた仕事や、家の都合に合わせた予定が優先されていたからだ。


けれど、今は違う。


図書館へ行く日。


買い物へ行く日。


花の手入れをする日。


ミレイユと出かける日。


そうした予定を、自分で考えられるようになっている。


(……少しずつ、私の予定が増えているんですね)


シアはそう考えながら、帳面の余白へ小さく文字を書き加えた。


『ミレイユさんと図書館へ行く。日取りは未定』


それは、まだ決まっていない約束だった。


けれど、決まっていないからといって、なくなったわけではない。


お互いの都合が合う日を待ち、そのときにまた相談すればいい。


シアはその文字を見つめ、自然と微笑んだ。


今日、ミレイユは友人として声をかけてくれた。


勤務中だったため、長く話すことはできなかった。


それでも、図書館へ一緒に行くことを楽しみにしていると言ってくれた。


その言葉が、今も胸の奥に残っている。


シアは帳面を閉じ、新しく借りた本を開いた。


最初の章には、冬の衣服の選び方について書かれていた。


厚手の布だけでなく、風を通しにくい仕立てや、動きやすさも大切だという。


シアは頁をめくりながら、先日見かけた青灰色の上着を思い出した。


気に入った色だった。


試着したときの着心地も悪くなかった。


けれど、今すぐ買うには少し高かったため、購入を見送っている。


(……次のお休みまでに、もう少し考えてみましょうか)


シアはそう思いながら、本の説明を読み進めた。


冬が深まる前に、必要なものを揃えたい。


けれど、焦って決める必要はない。


今持っているものを大切に使いながら、自分に合ったものを選べばいい。


その考え方は、今日の仕事にも少し似ているように思えた。


材料が届かないときには、今あるものを大切に使う。


希望通りにできないときには、別の方法を考える。


予定が決まっていないときには、無理に答えを出さず、相談できる日を待つ。


どれも、以前の自分には難しかったことかもしれない。


けれど、今は少しずつできるようになっている。


シアは本を読みながら、静かに息を吐いた。


窓の外では、夜の街に灯りがともり始めている。


遠くから荷馬車の音が聞こえ、通りを歩く人々の話し声がかすかに届いていた。


《麦穂亭》の階下では、マルタとオットーが明日の仕込みについて話しているのだろう。


その声が聞こえると、シアは安心した気持ちになった。


ここには、明日も帰ってこられる場所がある。


仕事を終えたあとに、本を読める部屋がある。


自分で選んだ花があり、少しずつ揃えた持ち物がある。


そして、まだ日取りの決まっていない約束を、楽しみに待つことができる。


(……明日も、きっと大丈夫ですね)


シアはそう考えながら、本を閉じた。


まだ試用期間の途中であり、これからどうなるか分からないこともある。


黒麦粉の納品も、予定通りに届くかどうかは分からない。


冬の上着をいつ買うかも、ミレイユと図書館へ行く日も、まだ決まっていない。


けれど、決まっていないことがあるからといって、今の暮らしが不安定になるわけではない。


今日できることをして、明日また考える。


その積み重ねが、少しずつ自分の暮らしを形作っている。


シアは灯りを落とし、寝台へ向かった。


窓の外では、冷たい夜風が街を通り抜けている。


けれど、部屋の中には自分で選んだ花があり、机の上には新しく借りた本があった。


返した本の代わりに、また一冊。


終わった予定の代わりに、これからの楽しみが一つ。


シアは穏やかな気持ちで目を閉じ、明日へ続く静かな夜を迎えた。


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