表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
マンデーパニック! 〜変なTシャツと犬、ちょっとだけ勇気。会社のアイドルと二人で月曜日が楽しくなるまでの物語〜  作者: ゆゆこりん


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

46/46

最終話:月曜日の幸せ


 数年後。

 月曜日の朝。


 目覚ましのアラームが鳴る。

 俺は呻き声を上げて手を伸ばし、それを止めた。


「……んん……朝?」


 隣でひよりがムニャムニャと言っている。

 同じベッドだ。

 あれから俺たちは結婚し、小田急線沿いの新しいマンションで暮らしている。

 実家のムギと同じブリーダーさんからお迎えしたコムギと一緒に。


「おはよう、ひより。月曜日だよ」

「……うぅ、月曜日……」


 彼女は布団を頭まで被ってしまった。

 相変わらず月曜日は苦手らしい。

 でも、以前のような悲壮感はない。


 足元でモゾモゾと何かが動いた。

 コムギだ。ベッドの端で丸くなっていたのが、俺たちの声で起きたらしい。

 先代ムギそっくりの柴犬顔で、のんびり尻尾を振っている。


「コムギ、おはよう。散歩はあとでな」


 コムギが尻尾をパタパタ振った。まだ一歳だが、先代譲りののんびり屋だ。

 おこげは今も、暁さんのところで元気にしている。


 カーテンを開ける。

 今日も良い天気だ。

 窓の外には住宅街が広がっている。遠くに見える駅前のスーパーの看板が、朝日に光っていた。


 ◇


 キッチンに立つ。

 コーヒーを淹れながら、トーストを焼く。

 冷蔵庫には、ひよりが昨夜仕込んでおいたサラダと卵焼きが並んでいる。

 結婚してから分かったことだが、ひよりの料理は本当に美味しい。あの鍋の夜から、腕はさらに上がっていた。


 ひよりがパジャマ姿のまま、目を擦りながらキッチンに現れた。

 髪はボサボサで、メガネは曲がっている。


「……コーヒー」

「はい、どうぞ。ミルク多め」

「ありがとう……」


 マグカップを両手で包んで、ひよりがふぅと息をつく。

 この起き抜けのポンコツぶりが、何年経っても可愛い。

 会社に行けばバリバリの総務部チーフなのに、朝はこのザマだ。そのギャップを知っているのは俺だけだ。


 テーブルに朝食を並べる。

 トーストにバター。サラダ。卵焼き。コーヒー。


「いただきます」

「いただきます」


 二人で黙々と食べる。テレビのニュースが流れている。

 特別なことは何もない。だけど、この「特別じゃない朝」がずっと欲しかったんだ。


 ひよりがトーストを齧りながら、スマホを覗いている。


「あ、兄さんからLINE来てる」

「何て?」

「『コムギの誕生日プレゼント、新作Tシャツ作ったから送る。サイズは犬用M』……って」

「犬用Tシャツまで作り始めたのか、あの人」

「去年のクリスマスから本格的に……ブランド名は『AKATSUKI FUDE WEAR』だって」

「フリーランスのデザイナーが筆文字犬服ブランドを立ち上げるとは……さすが暁さんだ」


 ひよりがくすりと笑った。

 暁さんは相変わらず無口で不器用だが、あの日から少しだけ変わった。

 俺のアドバイスが効いたのか、クライアントとの交渉もうまくいくようになり、仕事は軌道に乗っている。

 そして副業として始めた筆文字グッズのネット販売が、犬好き界隈でバズり、本業を遥かに超える売り上げを叩き出しているんだそうだ。

 ちなみに、本名のSATORUではなく、AKATSUKIはコラボしたプランナーさんのアイデアだ、とのこと。


 ◇


 着替えを済ませる。

 俺はスーツにネクタイ。昇進して、少し責任ある立場になった。後輩の面倒も見るようになった。

 ひよりもオフィスカジュアルに着替えて、髪をきっちりとまとめた。さっきまでのポンコツが嘘のように、隙のない「総務部の華」に変身する。


 ふと、リビングのソファに脱ぎ捨てられた部屋着が目に入った。

 ひよりがさっきまで着ていたTシャツだ。

 暁さんからの結婚祝いで送られてきた新作。


 背中には、力強い筆文字でこう書かれていた。


『大勝利』


 俺は思わず吹き出した。

 俺の名前と掛けているのか、それとも人生の勝者という意味か。

 どちらにせよ、今の俺たちにぴったりな言葉だ。


 ◇


 玄関で二人並んで靴を履く。

 コムギが玄関まで見送りに来た。尻尾をパタパタ振っている。


「コムギ、お留守番よろしくね」


 ひよりがしゃがんで、コムギの頭を撫でた。

 コムギが小さく「くぅん」と一声。まだ鳴き方が下手くそだ。


「じゃあ……行ってきます!」


 ひよりが俺のネクタイをちょいと直してくれた。

 これが俺たちの、毎朝の儀式だ。


 ドアを開けた。

 月曜日の朝日が眩しい。


 マンションを出ると、通りにはスーツ姿の人たちが駅に向かって歩いている。

 以前の俺なら、この光景にため息をついていたはずだ。

 月曜日。一週間の始まり。終わらない労働。逃げられない現実。


 でも今は違う。

 隣に、この人がいる。


 住宅街を並んで歩く。

 コンビニの前を通り過ぎ、スーパーの角を曲がり、駅への道を行く。

 あの日——交際がバレた日に、初めて二人で会社を出た。あの時は手を繋ぐだけで心臓が破裂しそうだった。

 今は、こうして隣を歩くのが当たり前になっている。


「勝利さん」

「ん?」

「今日のおこげんき予報……晴れです」


 ひよりが空を見上げて言った。

 おこげはもう一緒に暮らしていないけれど、この合言葉だけは残った。

 あの頃と同じ言葉。でも意味は変わった。

 「会いましょう」じゃなくて——もう、隣にいるから。


「了解。今日も良い一日になりそうだ」


 駅のホームに並んで立つ。

 電車が来る。月曜日の満員電車。


 仕事は大変だし、トラブルもあるだろう。早乙女先輩は相変わらずうるさい。クライアントはわがままだ。

 だけど、この人と一緒に出勤して、一緒に帰って、コムギの散歩をして、ご飯を食べて、くだらない話をして笑い合って、おやすみなさいを言う。

 それが毎日ある——ただそれだけで、マンデー・パニックはもう怖くない。


 電車のドアが開いた。

 ひよりと一緒に乗り込む。


 俺は大きく息を吸い込んで、新しい一週間へと歩き出した。

 最高のパートナーと、最高にふざけたTシャツと、コムギと一緒に。



最後までお付き合いいただき、ありがとうございました。

社会人ラブコメ、世の中には少ないですけど、楽しみながら書いてました。

次は、「仕事」の方に着目して書いてみたいなぁ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
 たぶんエピローグ的に数年後を描くんだろうなぁと思ってました(^^)  お兄ちゃんもうまくやってるんだなぁ。  2人もそれなりに昇進したのね。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ