第九十九話 別つ者 別たれる者
星空が消えていく時間。代わりに空は蒼く、太陽の焼けた赤さで彩られる。
朝の訪れ。闇夜に光差し、暗い森とそこで眠る生存者たちを照らす。
時刻は午前六時。
超重戦車型『PODE』と護衛の半分は夜戦の影響で今頃眠りに入り、生存者たちは起きる頃合いだ。
「ん、朝?」
目を覚ます美保。誰よりもいち早く起きて朝の空を見上げる。そうして朝だと認識した美保は起きて早々に身体を緊張させ、伸ばし始めた。
そんな美保の行動で身体を揺らされたアイーラはゆっくりと目を覚ます。
「うぅ、眩しい」
アイーラが目を覚まして目を開くと、一番に太陽の眩しい光がその視界に入り込んで来た。直視するには眩し過ぎる光である。アイーラの眠気は一気に吹き飛び、たまらず手で視界を覆うようにして光を遮った。
「アイーラちゃん、起きたの?」
「え?」
アイーラは美保の声に反応し、すぐに目を美保の方へと向けた。
朝一番に目が合う二人。美保は真剣な表情を見せる。対してアイーラは夜中のことを思い出し、思い悩むような表情を浮かべた。
「夜中のことだけど、考えは付いた?」
「いえ、まだです」
美保の真剣な問いにアイーラは迷いを持った答えを出した。
そしてそんな二人の話し声で、レイテットと雛も目を覚まし始める。
「ほわぁ……おはよー」
レイテットはあくびを一つして、眠気混じりの挨拶をした。それに続いて反射的に雛は「おはよう」と朝の挨拶を交わす。
これで生存者たちは全員目を覚ました。
朝の太陽の光で草木の影が形作られる中、美保の決断が迫る。
「雛君」
決断、決心した美保は話を切り出す。雛は「どうしました?」と話を聞く姿勢を取った。
向き合う美保と雛の表情は真剣なもの。これから起こることを知っているアイーラは重く、思い悩む表情をしていた。
普段とは違う重たい雰囲気。その雰囲気を察してレイテットに不安が過る。
「私たち、雛君にはもう付いて行けない。だからここを離れて遠くの街に逃げることにしたわ」
「え? 待ってください、美保さん! どういうことですか!?」
美保の発言に一番に反応したのは雛ではなく、レイテットだった。どれだけ家族のように親しい美保の言葉でも、大切な人である雛と離れるのを素直に認める訳にはいかなかったのだ。
「レイテットちゃんは黙ってて! 今は雛君と大事な話をしているんだから!」
美保はその顔を怒りに染まらせて、なにも分からないレイテットを一方的に怒鳴った。
そんな理不尽な怒鳴られ方である。レイテットの表情は怒りに変わって「大事な話ってなんなんですか!!」と美保に強く言い返した。
まさしく美保の怒りよりも凄まじく、理不尽なものに立ち向かう正義感に満ち溢れた怒りだった。
「レイテットちゃん、私の話をよく聞いて。良いわね?」
レイテットの怒りに触れてしまった美保は、その怒りに触れるのを恐れて冷静に話し始める。
美保のその様子にレイテットは怒りを抑えて「聞きます。私が納得出来るように話してください」と告げた。
そうして美保は口を開く。
「私たちは出来る限りずっとここで戦ってきたわ。死にかけたことなんて一度もなかったはず。でもこの男が来てからはみんな何度も死にかけたし、おばあちゃんの家だって昨日壊されたわ。しかも救援が来るって嘘まで……! 私たちはこんな疫病神みたいな男から離れてここから逃げるべきなの。それを分かって、レイテットちゃん」
美保は雛に指差しながらレイテットを説得しているつもりで告げる。もはやその口からは雛の名前が出ることはない。まるで雛を悪と見なして、現実逃避の如くこの場から逃げたい気持ちを表しているかのよう。
「美保さんの言いたいことは分かりました」
「じゃあ……!」
レイテットが美保の説得に理解を示すと、美保の表情は期待に溢れたものに変わる。しかしレイテットは続けて「それでも納得出来ません」と美保の説得を拒否した。
「なんで、なんで納得出来ないの?」
「私は自分のために他人を見捨てられません。それが私の大切な人なら尚更!」
「でもその男は!」
「それでもです。私は雛君を信頼します」
美保の一瞬の期待はすぐに崩れ、その表情にまた怒りを表す。対してレイテットは意地でも意見を曲げない気持ちを真剣な表情で表している。
美保の歪んでしまった独善とレイテットの信念ある善。どちらの善も己を信じてのことであり、折れることはない。
「もうレイテットちゃんにはどれだけ言っても無意味ね。そんな意固地な態度を取るなら私にも考えがあるわ!」
口で言って折れないのであれば、口じゃないやり方で折らせれば良い。
その考えが頭の中に出てきた美保はすぐさま無防備なアイーラを人質にとり、折りたたみ式軍用スコップの先端を人質となったアイーラの首へと向けた。
「美保さ――」
「アイーラちゃん、しばらく大人しくしていて。じゃないと〝殺す〟から」
美保の口から出た〝殺す〟という言葉、そして今にも命が奪われようとしている現実がアイーラを怯えさせる。
本来親しき人間に向けられる言動ではないが、美保の独善がそうさせる。
「美保さん! あんたは!!」
アイーラを人質にとってまで自身の独善を通したい美保のやり方に、レイテットは凄まじい怒りを覚える。もはやその怒りは爆発し、銃剣付きのドラグノフの銃口を美保に向けた。
「銃を撃ったらアイーラちゃんを殺すわよ。良いの? あなたの大切なお友達でしょう?」
「美保さん……!」
一触即発の状況。どちらかの善が折れれば誰も命を危険に晒さなくて良いものの、美保とレイテットの善は意地でも折れない。
「レイテットちゃんは良い子だから選択肢をあげるわ。このまま雛君と一緒に戦って死ぬか、私と一緒に逃げて生きるか。二択よ、選びなさい! さぁどっち!」
「私は――」
レイテットがドラグノフの引き金を引こうと、美保がアイーラの首にスコップの先端を突き立てようとした瞬間のこと。雛が「もうやめてくれ!」と睨み合う両者の間に入った。
「美保さん、俺が離れれば気が済むんですよね?」
「そうよ。よく分かってるじゃない」
事が美保の都合の良いように進む。レイテットはたまらず「雛君なにを――」と全てを言い切る前に言葉を止める。
「みんなが無事であるなら俺はそれで良いです。ここからは一人で生きます。美保さん、レイテットとアイーラを頼みます」
雛は自分の気持ちを素直に告げて、孤独な影を地面に伸ばしながら彼女たちから離れていく。
「そんな、雛君……」
「レイテットちゃん、行くわよ」
愛した人が離れていき、胸が張り裂けそうなくらいの悲しみ。レイテットは胸から全身にかけて広がる悲しみの痛みを感じる。
それを余所に美保は別れを悲しむレイテットと表情を暗くさせているアイーラの手を引き、雛とは違う道へと歩み出す。
「レイテット……」
また孤独となってしまった雛は別れの涙を堪える。
そしてたった一つ、父の言葉を思い出す。
「強く在れ」
隣に誰の影もない孤独な影を大きくして、雛は超重戦車型『PODE』に挑む。
友人であるアイーラのために。愛を捧げたレイテットのために。ここまで一緒に居てくれた美保のために。




