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【完結】POD Enemy  作者: D-delta
エピソード2 劣等感を抱く小さき子

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第五十七話 告白の夜

 時刻は午後八時。外はすっかり暗くなり、空には星々が輝いている。

 アイーラの特訓を終えた生存者たちは既に家に戻っており、晩ご飯を食べ終えてそれぞれ休憩に入っていた。


「特訓、一勝二敗かぁ……」


 ベッドの中で丸まっているアイーラは特訓の結果を思い出し、口に出していた。


「みんな、私より優れているんだから負けるのは当たり前だよね」


 アイーラは自虐を言いながら自身の足の遅さ、体力のなさを改めて思い知る。その思い知りから始まるのは自分よりも能力が優れている周りの人との比較。それらが苦い劣等感を思い出させる。

 アイーラの心は思い出された劣等感によって苛まれる。


「みんな凄い。それに対して私は……」


 年齢に相応しくない身体と性格をしている自分、手伝いから戦闘まで大してなにも出来ていない自分、一番大変な時になにも出来ない自分。そんなアイーラの唯一の取り得は目の良さと狙撃だけ。

 アイーラの劣等感は大きなっていく。


「もうどうだって良いや」


 溢れ返るほど劣等感が大きくなったその時、アイーラは劣等感を無視した。

 治しようのない劣等感をこれ以上感じてしまえば心に傷を増やすことになってしまう。

 だからアイーラは劣等感を無視して、忘れようとする。


「そうだ、雛君呼ぼう」


 アイーラは雛に勝ったことを思い出し、ベッドから抜け出す。そのまま自室から出て、リビングで休んでいる雛に手招きする。

 その手招きはまるで招き猫のよう。

 そんな手招きに気付いた雛は席を立ち、アイーラの方に向かった。


「なんでも言うことを聞く、というやつか?」


 雛はある程度察した状態で訊く。


「うんうん」

「分かった。一体なにをすれば良いんだ?」

「まだ決まってない。とりあえず部屋に来てちょーだい」

「了解した」


 雛は連れて行かれるようにして、アイーラの部屋へと招かれる。

 扉は閉められ、窓は開いていない。閉じ切った部屋で二人きりの状態。


「部屋には来たが、これから考える感じか?」

「…………」


 雛は訊く。しかしなにを言いたいか、なにをしたいか、アイーラは悩んで答えられない。そうして悩んでいる内に、無視しようとしていた劣等感と共に過去の記憶を思い出す。



  ※



 それはアイーラが小学生の頃の記憶。

 両親の仕事の都合でアイーラとアイーラの家族は日本に来ていた。

 日本という異国。

 ロシア生まれであるアイーラは日本暮らしに期待を膨らませ、四年間日本の学校に通うこととなった。


「アイーラさん、ロシア語話してみてよ」


 小学生たちの声。アイーラは要求されて、何度もロシア語を話す。

 ロシア生まれの小学生であるアイーラだ。日本の小学生から見たら超が付くほど珍しく、ロシア語を話せばすぐ人気者となった。

 しかしそれはほんの最初だけ。

 時間が経てば人気者ではなくなり、人気はどこか違うものに移る。


 そしてテストの点数が付けられ、返される日。


「こんな点数なの?」

「アイーラさん、頭バカじゃん!」


 他生徒から罵倒される声。その声を浴びるアイーラ。

 アイーラは物覚えがそこまで良くなく、そもそも勉強というものに興味がなかった。そういう要因があって、アイーラの点数はすこぶる悪かった。


 アイーラが日本に来てから一年が経つ。

 一年が経って渡されるのは一年間の成績表。上から下まで見て、書かれている成績は平均して悪い。

 アイーラはその成績に興味の欠片も持たなかった。しかし他人の成績を見させられた時、アイーラの中にとある感情が生まれた。


 その感情こそ、劣等感だ。


 成績という形で明らかになっている能力差。見せてきた生徒の罵倒もあって小学生であるアイーラの劣等感は溢れ返り、心に初めて傷が出来た。

 いつしか心の傷はテストと成績表を見る度に勝手に増えていった。

 だからアイーラは増え続ける傷の原因を見ないよう、無視するようになった。


 劣等感と傷の原因の無視が始まってからしばらく年数が経ち、アイーラは小学六年生となった。

 劣等感は治ることなく、未だに心の傷を増やし続けていた。

 そしてある日、心の傷を更に増やすようにしてアイーラに理不尽が訪れる。


「アイーラちゃんって成績が悪いんだってね?」


 アイーラの成績の悪さという理由で寄ってきたいじめっ子たち。

 いくら成績の悪いアイーラでもなにが起こるかは容易に想像出来た。


 いじめである。


 完全にいじめっ子たちの標的にされたアイーラは毎日いじめを受けることになった。時に人のいない場所で暴行され、時に見えないところで心を傷付けられる。

 普段忙しい親には相談出来ず、アイーラは独りでいじめられていることを抱え込むことになった。

 いじめが続く日々。

 そんな日々の中、転機が訪れる。


「お前なんなんだよ!」

「弱い人間の味方になれ。僕はそれをやっているだけ」

「はぁ?」


 いつも通りいじめっ子たちはアイーラをいじめようとするものの、とある男子生徒によって阻止される。

 成績が良く、プライドの高いいじめっ子たちはいじめを阻止されたのが相当頭に来ていた。標的をとある男子生徒に切り替えて襲い始める。

 とある男子生徒は自らの身体がどれだけ傷付こうとアイーラを守るためにいじめっ子たちと戦い続ける。

 そして怒りが頭を飛び越えたいじめっ子たちは凶器を取り出した。いよいよ死人が出ようとするところまで行くと騒動に駆け込んだ先生が男子生徒といじめっ子たちの戦いを阻止した。

 これでアイーラに対してのいじめはなくなった。しかしアイーラの代わりにとある男子生徒にいじめが行くようになった。


「結局なにも出来なかった」


 とある男子生徒にいじめを押しつけてしまったという罪悪感。

 成績の悪さ、とある男子生徒のようにいじめに抵抗出来なかった劣等感。

 罪悪感と劣等感が一緒になってアイーラの心を苦しめ、傷をいっぱい作る。

 そうしてアイーラは自分を諦めの目で見るようになり、怠け癖が付くようになった。そうでもしなければ心は壊れて自殺に一直線なのだから。


「もうどうだって良い」


 こうしてアイーラは劣等感やいじめによって歪められた人生を歩むことになった。



  ※



「雛君、私のことを覚えてる?」


 アイーラは小学生の頃の記憶に浸っていた。気付けば口が勝手に動いている。


「私は雛君のことを覚えてる。小学校の頃、何度も助けてくれたよね」


 成績の悪さという納得の出来ない理由によっていじめられていた過去。そのいじめから救ってくれた男子生徒。巡り巡って今、その男子生徒はアイーラの目の前にいる。


「私、見栄もあってずっと嘘吐いてた。本当は雛君の名前を聞いた時からあの時の男子生徒だって気付いていたんだ。でも雛君の方にいじめが移ってしまったから恨まれているんじゃないかって思うと中々言い出せなくて……気付いたらタイミング逃して話そうと思ってたこと全部忘れちゃってて……本当阿呆だよね」

「だけど今言い出せた。そこまで阿呆じゃないし、俺はアイーラを恨んでいない。俺はただ父親の教えを実行しただけだ」

「恨んでないのは嬉しいけど、阿呆は否定しないんだね」

「あ、すまない」


 雛の顔には恨みのうの字もない。それどころか笑みを浮かべている。突然の告白に対しても相変わらずの雛である。

「恨まれているのでは」という不安は消し飛び、バカらしくなったアイーラはニッコリと笑みを浮かべた。


「雛君、あの時なにも言えなかったけど……今なら言える。あの時助けてくれて本当にありがとう」

「どういたしましてだ。あの時助けた女の子が元気でいてくれて俺は嬉しいよ。しかしそれだと年齢は俺と同じになるな」

「あ、うん、私は雛君と同じ二十歳だよ。見栄張るためにレイテットと同じにしちゃったんだよね」


 笑みを向け合った状態でようやく全てを吐き出せた。

 アイーラの気持ちは軽くなり、歪んだ人生が少しずつ戻っていく。


「雛君、私の言うことはこれで終わり。罰ゲームも終わり。告白を聞いてくれて本当にありがとう」


 素直なお礼で雛の罰ゲームは終わった。

 劣等感は今この場では消え去っている。しかしなくなった訳ではない。

 そんな不確定な状態。それでも時間は過ぎてまた明日が訪れてくる。


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