第三話 墜落
缶詰めと缶詰めがぶつかり合うカランカランとした音とレジ袋の擦れる音が静かなホルムスクの街に響いた。その音を立てているのはレイテットとアイーラだ。
彼女ら二人はニコニコと機嫌を良くしながら帰り道を歩いていた。
二人が向かう先は山奥にある一軒の家。彼女たちにとっては拠点とも言える場所だ。
「ねぇ、アイーラ。今日の夕飯なんだと思う?」
「えーとね……たぶんカレー。昨日の残りがあったはずだから」
「そういえばまだカレーあったね!」
「楽しみー」
「私も!」
アイーラはよだれを垂らしながらボーとした表情でカレーのイメージをする。そして昨日口にしたカレーの味が蘇ってきた。よだれが止まらなくなったアイーラは、よだれが自身の衣服に付く前に腕で拭き取った。同時にアイーラの頭にあるバケツがほんの少し傾く。気になったアイーラはバケツの位置を元に戻した。
レイテットはその様子のアイーラを見て、くすりと笑う。
彼女ら二人は仲を良くして帰り道を歩き続ける。
「ん?」
「どうしたの、アイーラ」
微かな爆発音に気付いたアイーラは目を凝らして空を見た。
空は晴天で雲は微量しかない。空の向こうを見渡せるぐらいに空は透き通ってはいるが、アイーラが耳にした爆発音の発生源はない。
「爆発音、聞こえた」
「どこかで誰か戦っているのかな?」
「どこか分からないけど助けに行く? レイテット」
「行くに決まっているでしょっ! 行こう、アイーラ!」
積極的で力のあるレイテットの声とレイテットの元気な表情がアイーラの意思を引っ張った。それはアイーラにとって心強く頼もしいものだ。
「うん!」と、アイーラは言葉を返してレイテットと共に音の発生源の下へと走り始めた。
缶詰め同士がぶつかる音を派手に立て、彼女らは走り続ける。
「ちょっとギブ……」
街中を走っている途中でアイーラが息を切らしてバテ始めた。膝に手を付けて「はぁはぁ」と息を速くして、額から落ちる汗を拭う。
止まっているアイーラを気遣うレイテットは一度足を止め、アイーラに駆け寄った。
「どうしたの? もう体力切れたの?」
「当たり前じゃん、はぁはぁ……レイテットみたいに体力お化けじゃないんだからー」
「体力お化けでごめんね。おんぶする?」
「お願い」
レイテットは息を切らしたアイーラをおんぶして、缶詰めの入ったレジ袋を手に持った。子供のような状態でいるアイーラが少し恥ずかしそうにして頬を赤く染めているのを余所に、レイテットはアイーラをおんぶしている状態で走り始めた。まさに体力お化けである。
「重くない? 疲れない?」
心配そうにアイーラはレイテットに訊いた。
レイテットはアイーラの心配が吹っ飛ばすくらいに「大丈夫!」と元気良く返した。
「心配は無用だったね」と、アイーラはレイテットの底抜けな元気と明るさに安心してレイテットに身体を預けた。
「おうさ! 心配ご無用!」
無人の車道を堂々とレイテットはアイーラをおんぶしながら駆け抜ける。
大きい足音と缶詰めたちが激しくぶつかり合う音が響いていく。その大きな音はさながら暴走族のようだ。
だが、音は時として危険を呼び寄せる。
「あ! 落ちてきたのあれじゃない!?」
レイテットの目に空に上がる黒煙が映り、その方向に指を差した。
指を差した方向を見つめ、爆発音の発生源の場所を見つけることが出来たアイーラは「たぶんあれだね、行ってみよう」と述べた。
レイテットは息を切らさず、再び足を進める。
「待って」
なにかを感じ取ったアイーラのその一言でレイテットの足はすぐに止まった。
アイーラはレイテットの背中から降り、AK47を手に持ってスコープ越しに周りを警戒する。
なにかを警戒していることを察したレイテットは肩に掛けてあるドラグノフを手に持った。
「アイーラ、なにかいるの?」
「いる……微かになにか聞こえた。ヌメヌメした音だったから、たぶん敵」
「もしかして音に釣られてやってきたのかな?」
「分からない。でも気を付けて」
緊張感が身体に上ってきた二人はそれぞれが持つ武器を構え、慎重に周りを警戒していく。
物陰でぬるりと音を立ててなにかが蠢く。
しばらく警戒をしている二人の耳に複数のぬるりとした音が入ってきた。
「何匹かいるね」
「うん」
緊張と恐怖が二人の気を疲れさせていく。いつ集中を切らしてもおかしくない。
集中を切らして、襲われれば彼女たちには死が待っている。その身を溶かされ、存在を奴らに奪われるのだ。
そして敵は来た。ぬるりと音を立てて、スライム状の『PODE』が物陰から姿を現す。出てきた数は三体だ。
「私は槍になる! アイーラ、後ろは任せるよ!」
「了解」
レイテットは全身に力を込め、ドラグノフの銃剣の先端を敵に向ける。眉間にしわが寄った。
「うおおおおおっ!!!」
レイテットは全力で気合を入れた雄叫びを上げた。彼女の全力が足へと注がれ、敵に向かって一気に走り出す。
目前にいる三体の『PODE』は銃剣を向けて一本の槍のように迫ってくるレイテットに襲いかかる。
「エロ同人みたいにはさせないから」
スコープを覗くアイーラは引き金を引いた。AK47から発射された弾丸はレイテットの死角から襲いかかる一体の『PODE』の『シールド細胞』を貫いた。
貫かれた一体目は蒸発した。残るは後二体。
「くおうらぁぁぁっ!!」
ポニーテールの髪が頭に引っ張られるくらいの突撃を繰り出したレイテットの銃剣が『PODE』の『シールド細胞』に刺さる。刺さったところから血液のようなものが広がっていった。
突き刺された『PODE』の身体がレイテットに纏わり付き始めるが、そんなものなどレイテットは気に留めることなどなくそのままドラグノフの引き金を引いた。放たれた弾丸は確実に『シールド細胞』を射抜き、破壊した。
二体目を蒸発させ、レイテットの目が最後の敵を見つめる。
「後はアイツだけ」
レイテットの足が本能のままに勝手に動き、敵の心臓である『シールド細胞』目掛けて突撃を繰り出した。
凄まじい速さでレイテットは『PODE』に迫り、あっという間に銃剣を『シールド細胞』に突き刺した。そしてさっきと同じようにドラグノフの引き金を引く。
「はは、終わった……!」
放たれた弾丸は『シールド細胞』を壊し、残った一体を蒸発させた。
アドレナリンが出て興奮状態のレイテットは全身から力が抜けず、ドラグノフを強く握り続ける。
「レイテット!」
アイーラの咄嗟の声に反応して、興奮状態のまま周りに警戒を強める。しかしもう遅かった。
レイテットが足の違和感に気が付いた時には、既にスライム状の『PODE』が絡みついていた。今にもレイテットの全身を取り込もうとしている。レイテットは逃げようと抵抗するが、そこを『PODE』が逃がす訳がない。
スライム状の粘り気のある身体がレイテットの程よく肉感のある脚をぬめりと這いまわる。
「あ……ぁ……!」
その内に下半身は『PODE』に取り込まれ、ぬめりとした強い刺激がレイテットを襲う。声を細くさせたレイテットはドラグノフを落としてしまい、敵を撃ち殺す力を失った。
「レイテット!! あぐっ!」
レイテットの名を叫び、心配するアイーラの背後から人型の『PODE』が抱きついた。バケツが地面に落ち、そのままアイーラも『PODE』に取り込まれ始めた。
幼いように見える華奢な身体に『PODE』が貪るように絡み付き、這って行く。AK47と缶詰めの入ったレジ袋は虚しく音を立てて地面に落ちる。
抵抗する力を奪われ、どうすることも出来ない二人は『PODE』に取り込まれていく。
「嫌だ……!」
押し倒されたレイテットは『PODE』に抵抗し、必死に這う。這った先にはなにもない。レイテットは「助けて……誰か救って」と助けを求めるように手を伸ばす。
しかし助けを求めても誰も来ない。
徐々に抵抗する力を失っていく。
「アイーラ……」
レイテットはアイーラの方に目を向けた。
しかし瞳に映るアイーラの姿にレイテットの目は絶望の色に変わって行く。
アイーラも押し倒されているが、抵抗する力がない彼女は『PODE』に蹂躙されていた。口の中をスライム状のものでいっぱいにされて口を塞がれ、その上身体のあちこちにスライム状のものが這いまわっている。身体を弄ばれていると言ってもいい。
「あぁ……ぁ……!」
レイテットの上半身に『PODE』が絡みついていく。お腹を這って、腕にねっとり絡み付き、控え目な胸を包んでいく。
スライム状のものが首を上って行き、顔に近付く。
「助けて!!」
レイテットの声が助けを呼ぶ。虚しく声だけが街に響き渡った。