第十六話 新しい朝
時刻は午後の七時。夕日は既に沈み、代わりに月が出ていた。辺りは真っ暗である。
その暗闇の中、走り疲れた美保が拠点である家に到着した。
先に家に辿り着いた美保は家の扉を急いで開けた。美保の後ろを走っていたレイテットはアイーラとゼラを抱えているため、手が空いていない。そのために美保は扉を開けてレイテットが家に入ってくるまで待っていた。
「着いたぁぞー!」
美保の後ろを走っていたレイテットは疲れたその身をなんとか動かして、気合を入れた声を出した。もはやレイテットの身体は疲労で覆われており、いつもならもう動けないほどになっている。しかし、一刻でも早くゼラを助けたいという真っ直ぐな心がレイテットの身体を動かしていた。
その意志の強さこそレイテットの強みだ。
「早く入って!」
「はーい!」
美保の声に応えるように、レイテットは疲れた身体に鞭打つ。レイテットの足は更に走るスピードを加速させて一気に家の中に駆け込んだ。
駆け込んだのを確かに確認した美保は扉を閉め、内側から鍵を掛けた。これで簡単に侵入されることはない。
「はは、どーん……」
疲れ切ったレイテットは二人を抱えたままその場に倒れた。
「レイテット!?」
「レイテットちゃん!」
アイーラと美保の心配する声が家中に響いた。レイテットは「大丈夫」と、息を切らしながら笑っていた。
二人はレイテットのその表情にホッとした。
「私はゼラ君をベッドの方に運んで診るから、アイーラちゃんはレイテットちゃんをお願い」
「了解でやんす」
アイーラは安心した様子で言い、レイテットを辛うじて背負った。アイーラはレイテットを重そうにしているが、その表情は苦しいというよりは笑っていた。レイテットもアイーラも笑みを浮かべ、アイーラが自室にまで運んで行った。
「本当に仲が良いわね。さてと、私は……」
美保はゼラを運び、自室にまで移動した。自室の扉を蹴り開けて、ゼラをベッドに寝かせた。美保は慎重にゼラの一部血で汚れた衣服を脱がしていく。
「……!?」
下着姿のゼラの逞しい身体が表に出てくるが、その身体は酷い有り様だ。脚には無数の焼けた刺し傷、腕には一つの焼けた刺し傷、包帯で巻かれた太ももと肩からは血が滲んでいる。
その酷い有り様に美保は言葉を失い、思考が止まった。美保は医師ではない。当然のことである。
「と、とりあえず水で洗うのと消毒を……!」
今にも死んでしまいそうなゼラの小さい呼吸を目の前にして、美保はなんとか思考を動かした。言ったことを実行に移し、ゼラの手当を始めた。
手当を始めて数分が経つ。
川の綺麗な水を貯水していた水で傷口を洗い、消毒液での消毒を終えた。その後に全ての傷を不器用ながらも包帯で巻いていく。
手当を完了させた美保は疲れた様子でいた。
「ゼラ君……明日、ちゃんと起きてね」
このまま死んでしまうのではないかという不安がある中、美保は部屋の電気を静かに消した。
「……ゼラ君」
ゼラの安静のためにも美保は自室から出ていこうとするが、目を離している間に死ぬのでないか、という不安が美保を自室から出ることを拒ませていた。
扉のドアノブに手を掛けたまま、ただ立ち尽くしている。
「…………」
こみ上げてくる不安のせいで美保は自室にあるイスを持ち、ゼラが寝ているベッドの近くに置いた。美保は不安なままイスに座り、ゼラを診続けることにした。
死なせたくない、死なないでほしい、という想いが美保にはあった。
診続けてから時間が過ぎて行く。
レイテットとアイーラのはしゃぐ声もなくなり、静かな一時がこの家に訪れていた。
美保は眠くなりながらゼラをずっと診ていた。ゼラは死んだように寝込んでいる。そのまま寝たきりで起きないのではないかという不安が、美保に訪れる。
「死なないでね」
おぼろげな声が美保の想いを告げる。声が示すように美保は眠くなっていた。首をコクリコクリとさせ、視界が霞んでいる。
窓の外は静かに月明かりに照らされている。すっかり夜は深くなっていた。
「ゼラ君……」
不安と疲れが波のように押し寄せる。それが眠気となって美保を襲った。
美保は知らず知らずの内に目を閉じた。目を閉じてもその想いは消えない。
夜は更に深まりを見せて、月は去って行こうとしている。
朝が訪れようとしていた。
時間は過ぎていく。
時刻は午前の八時だ。
朝が訪れる。
「ん?……」
ゼラは目を覚ました。痛みを我慢しながら上半身を起こして、周りを確かめる。
ゼラの視界にはイスに座ったまま寝ている美保の姿、美保の自室と思われる部屋、部屋に掛けられているコスプレ用の衣服や普段着らしきワンピースが映った。他にもキャラ物のグッズがある。
ゼラは、美保にはオタク的趣味があるのだろう、と思った。
「?」
窓の外から雨の降る音が聞こえてくる。
ゼラは窓の外の方に目を向けた。窓の外では雨が降っていた。薄暗い雲が朝日を隠し、雨を降らせていたのだ。
「…………」
ゼラはただ黙って雨の降る様子と薄暗い雲を見ていた。自然とその心は落ち着いていく。戦いによって高ぶった感情は抑えられ、その目から殺意と闘志は消えていた。
落ち着いているゼラは視線を美保の方へ向けた。美保はイスに座ったまま小さく寝息を立てて寝ている。
ベッドで寝ていることが申し訳なくなったゼラは痛む身体を無理やり起こして、ベッドから抜け出した。そして交代するように寝たままの美保をベッドに寝かせ、自らはイスに座った。
「……!」
身体を動かす度に全身が痛む。その痛みに耐え、包帯だらけのゼラは再び目を閉じた。戦闘で疲れた身体を癒すように再び寝入った。
「…………」
レイテットとアイーラの騒がしい声は聞こえてこない。
レイテットは昨日の戦闘ですっかり疲れており、朝になっても眠っていたのだ。アイーラは添い寝するようにレイテットと一緒に寝ていた。しかしレイテットは寝相が悪い。アイーラは「うー、うー」と小さく声を上げて、寝相の悪さに耐えていた。
時間は過ぎて行く。
銃声もなく、敵の音も聞こえない。
ひらすらに雨の音だけが響いていく。
生存者たちはぐっすりと寝たまま、静かな平穏が訪れる。
雨の音って良いよね




