おかあさんといっしょ 下
思い返せば随分と懐かしいわね。
幼い頃からずっと、わたくしにはわたくしで無い人生の記憶があった。
状況を判断した時から、わたくしはその状況に逆らう事を止めたわ。
だって黙っていれば衣食住どころか、望むもの全てが向こうからやってくるのですもの。
そんな生活、手放せる訳無いでしょう?
ただ……唯々諾々と従うだけの娘に対して、父も母も特別情をかける事は無かったように思うわ。
さぞかし、面白味の無い娘だと思ったでしょうね。
常の如く、両親の指示通りの学園に入学したわたくしは、高等科の入学式の日、とある女子に出会ったの。
すぐにヒロインだって気付いたわ。
……同時にわたくしが、そのゲームに出てくるライバルキャラだというのにもね。
ええそう。そこで気付いたのよ、この世はゲームであるという事にね。
くすくす、そういう風に言うと、なんだか少し違うようにも聞こえてしまうわね。
過去世について思い返す気はあまり無いわ。考えるだけ無駄ですもの。
ただそういうものだと理解して、利用できる部分は利用すれば良い。……それでいいと思うのよ。
それで……わたくしの良人となった方やその友人たちとは、実家の関係でそれ以前からの顔見知りではあったのだけど……気付いたからといって攻略する気はなくてね。
だってわたくしの場合、放っておいても向こうから婚約者が来る立場だったんですもの。焦る必要なんて無かったのよ。
で、何となく彼女の事を観察しながら日々を過ごしていたわ。
仲良くなる気はなかった。
向こうにも、彼女を肯定してくれるお優しい友人方がいらしたし?
ただ……時が経つにつれて、外野がうるさい事を言いだし始めて。
最初はほんのわずかな嫉妬や、やっかみだったと思うのよ。
良人……当時は良人では無かったけど、その彼や彼の友人たち……とにかく学園の中でも名の知れた、裕福な家庭の子息たちばかりと仲良くなっていくものだから。
調子に乗っているだとか、許せないだとか。
しまいには呼び出しの相談までし始めて……しかもわざわざ、わたくしの前でよ?
当然だけど、はねつけたわよ。
だって、巻き込まれたくないじゃない?
取り巻きなんて言われる人材が必要な事も分かっていたけれど、わたくしはどうしてもそういう方々の望む答えを返して差し上げて、彼ら彼女らの……おおむね女子であったけれど……そんな方々の旗頭となって立たなければならないという事態が許せなかった。
誰かの盾になって、好き勝手言う方の防波堤になって、それで不要になったら捨てられる?冗談ではないわ。
一種の媚びよね、それも。誰も気が付かなかったようだけど。
だからわたくしは、自ら孤独になる道を選んだわ。
正直、あの時はせいせいしたものよ。
……でもまさか、それがきっかけになるなんてね。
主人公の生活態度に、口出しした私も悪かったのよ。
だって、せっかくの乙女ゲームなんですもの。
主人公……最近の言い方だとヒロインというのでしたっけ?ともかく彼女が、誰ともくっつかないとか、つまらないじゃない!
どうもわたくし、当時はかなり強い言い方をしていたらしくて……そうね、若干押しつけがましかったかもしれないわ。
気が付いたら、りっぱなツンデレキャラって認識をされていて……。ええ、周囲からね。
ま、自分でも理解してからは、意図してそうふるまうようにしていたのだけど。
結構楽しいわよ?ツンデレを演じるのって。
向こうも向こうで見事な天然娘だったから、わたしがツンデレたセリフを言うたびに、それをさらっと流すか、好意的に取るかでぶち壊しにしてくれてね。
本当に……何度脱力させられたか。
彼女としては、どの殿方も友人という見方をしていたようだけど、ただ1人好意を抱いた方がいてね。
それは良人ではなかったから……どうやらその空いたお鉢が、こちらに回ってきたようなのよ。
順当と言えば、それは間違いではないのだけど。
え?……そういえば、回避するまでがテンプレートだったわね。
うふふ。そんなの、どうする気も無かったわ。
政略結婚になるのだろうとは思っていたし、それで自社が有利になるのなら拒む理由も忌避する理由も無いわ。
それにどうせ、向こうが気に入らなければそれまでなのだし。
……とまあ、相手に対してもこんな調子でさらっとした態度を取り続けていたら、どういう訳か向こうの狩猟本能に火が付いたらしくて。
…………気がつきゃこうなってたわけよ。……アラいけない。
コホン。
ほら、よくある話ではあるけれど、攻略対象には彼らなりに厄介な事情を抱えているのがお約束でしょう?
婚約者になるのなら、婚約者なりに(嫁に)行く先の将来を見据えて地盤を固めておかないと、って思ったから、後々障害になりそうだった『イベントで回収するはずのあれこれ』を、自分から率先して回収しに回ってたというのもあるのかもしれないわね。
最終的に上手く行ったのであるのならば、私から言う事は無いわ。
……そう。
アナタが遊んだゲームの中に息子がいる……しかも攻略対象で、っていうと、何だか因縁めいて不思議な感じがするわね。
それにしても、やっぱり。妙に立ち回りが計画的だと思ったのよ。
逃げ切れなかったみたいだけど?くすくす、そうね、お互いさまね。
……あるいは、あったかもしれない可能性の世界なのかもしれないわ。
この世界そのものが。
それにしても不仲って……まあ、周囲から見たらそう見えるのかもしれないけれど。
失礼だし、何より不本意だわ。
……ゲーム内世界において、それが事実として設定されていたというのは、まるで世界そのものに“こうあるべし”と定められているみたいで、はなはだ不愉快だわ。
当事者として、そんな設定、絶対に認めなくってよ。
そもそもの話、例えば親戚の集まりなどで会うなどした時に、向こうを立てるのは普通当たり前の事でしょう?
いくら、上から目線の傲慢一家の一人娘として生まれてきたわたくしでも『宅のぼくちゃんは~』だなんて、厚顔な事を言える訳が無いじゃない。
……アナタも気をつけた方が良くてよ。
上流といわれる方々の住む世界においては、どうやら言われたもの勝ちだと向こうは思うらしいわ。
ええそう。どこをどう受け取ったのか、向こうの親が勝手に褒めた子のバックに付くと受け取ったらしくて。
しかもそれを言いふらすし!
良人は良人で面白がるって止めもしないわ、息子は意地になるわで……。
奮起して、お互い切磋琢磨するというのならばまだいいわ。
けれど、結果としてアナタにまで迷惑かけてしまうなんてね。
本当に考えなしの連中ばかりなのだから。
……御免なさいね。
主人公……ヒロインの子とは今でも友達同士よ。気になる?
うふふ、無事同級生とくっついたわ。
そうねえ……強いて言うのなら……ほら、EDトラップって知ってる?
こちらから告白する形で、条件も満たしているのだけど、ヤツは最初に1度必ず振ってしまうのよ。
そこまでひっくるめて1つのイベントなの。
諦めず、もう一度付きあって欲しいと言えば今度は相手もちゃんと本音で話してくれて、無事LLEDってわけ。
でも、こっちの……現実にいる主人公役の子は、そんなの知らないじゃない?
大人しく引き下がったようで、フラれたって言って泣いていたわ。
やあね、このわたくしが、プライドばかり高くって思い込みだけで人を判断した挙句、自分は何を言っても許されると思っているような馬鹿男にタダでくれてやるはず無いじゃありませんの。
イヤミなら言わせて頂きましたけど。ええ、存分にね。思う存分ののしってやりましたわ。
あの頃は、主人公の事も“一応”友人だと思っていましたし、落ち込んでいた姿は見るに堪えなかったものですから、彼女の友人たちも誘って合コン……といいますか、まあお見合いね、お見合いパーティを開催したの。
そうしたら、わざわざ乗り込んで来て。うふふふふ、今でも笑ってしまうわー。
まあ……その後で、わたくし自身も事情を把握した良人にお持ち帰りされたのだけれど。
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お義母さまは、そう言ってそっと目をそらす。
うん、その後でいたたまれなくなる様な何かがあったんですね、明日葉は間違いなくこのお2人の……お義父さまの息子だよ!
「そう、それで何が言いたかったのかというと、その転生の話なのよ。恐らくアナタに対する不名誉な中傷の噂をばら撒いたのも、その転生者が原因なのだと思うわ」
困ったように頬に手を当て、首を傾げるお義母さま。
「具体的な心当たりが?」
そんな気がして水を向けてみると、どうやら当たりのようだった。
「……学園時代にね、妙な言いがかりをつけられた事があるのよ。わたくしが悪役だ、などと言ってね。少し問題のある子で、半年で転校……させられたようだけど、どうやらそれからずっと恨んでいるらしいの。北条の件も、元をただせば“彼女”が何やら噛んでいるようでもあるし……。10年ほど前に1度関わりがあったというだけで、誘拐自体には関連していないようなのだけど」
「……少し怖い話ですね、それ。もし彼女が、現実とゲームを混同して考えていてかつ、例の転生小説にありがちな悪役を求めていたとしたなら、断罪することでヒロインの居場所を奪おうと考えたんでしょうか……」
「嫌な混同をしてくれるわね、彼女も。……可能性の話ではあるのだけど、それにしても酷すぎるわ。確か今は、そこそこの所に嫁いだと聞くけれど……それでも収まりがつかないものなのかしら」
「あの、もし……これも仮定の話になりますが、私とお義母さまのプレイしたゲームを、両方とも彼女がやっていたとしたら……?」
「……そうね。なら、シナリオ通りに進ませるために北条に近づき、その気にさせる事も可能……かもしれないわね」
「イベントにしては、発生時期や対象となる人物が違ったという差異はありましたけどね」
「……それでも、一歩遅ければ彼女の望み通りの展開になっていたでしょう、それも最悪の形で。そしてわたくしは、夫の社名に傷を付け、息子の恋人を裏から手を回して消した悪女として名が残ったはずよ」
「……お義母さまを取り巻く家族関係、その虚偽の噂に、今回の私に対する中傷的な噂。これだけ事実と違う情報が世に“当然のこと”として出回っているのです。“犯人”はきっと、事件自体が上手く行こうと行かなかろうと、きっとどちらでもよかった。それを元にして更なる噂を流し、空条に傷が付けばそれで良し、行かなければ次の手段……と考えていたのでは?」
「そうね……あるいは空条そのものが崩壊でもしない限り、止める気が無いのかもしれないわ」
思ったより大ごとになった気がして身震いする。
気付いたお義母さまが、そっと肩に手を当てて宥めるように撫ぜた。
「それにしても、天下の空条を敵に回すなんて、周囲もよく許しますね」
全力で止めると思うけど、普通。
だってハイリスクゼロリターンだぞ?どう考えたって。
「上手に言いくるめたのでしょうね。あの頃も、幾人かの彼女の取り巻きがわたくしに対して攻撃してきましたもの。まったく、公開処刑はフラグだって、小説を読んでいるのなら知っているはずでしょうに。でも……そうね、これはもう、いい加減怒ってもいいですわよね?夫が放置しているからと思って許していましたけど、息子の嫁にまで手を出すなんて許せませんわよね?空条の安全上の問題もありますし……」
考え込み始めたお義母さまの様子を見てふと思ったんだけど……どこぞのチャリティでお義母さまのお力を借りて云々とかそういう、それに近い事を言った時に会場がざわついてたのって、私とお義母さまの仲も不仲だと思われていたからびっくりされたんだろうか?
「うふふふふ、久方ぶりに腕が鳴りますわね」
凄みのある笑顔のお義母さまに、ちょっと引いたのは事実。
……空条で一番敵に回しちゃいけないのって、実はお義父さまじゃなくって、コノ人なのかもしれない。
なら、と腹をくくる。
スパルタかもしれないけど、それは望むところ!
一生ついて行きますので、弟子にしてくださいっ!!
令嬢たちの1日。
美沙都「真理奈、これ、この間言っていたワークブック。別に、アナタのために持ってきたわけじゃないのですけど、たまたま近くを通りかかったので!これで少しはまじめに取り組みなさいまし」
真理奈「そっかー、ありがと!そうそうこっちもね、来ると思って、これを用意しておいたよ!」
美沙都「そうやって毎回毎回するっと流すの止めていただけません!?このツンデレ殺しが!……でも、真理奈がわたくしだけの為に……?」
友人A「デレたわね」
友人B「デレっデレだねえ」
美沙都「まったくもって全然これっぽっちもデレてなどいませんわ!」
友人’s「「はいはいお約束お約束」」(生温かい目)
美沙都「それで?こちら開けてよろしいの?」
真理奈「どーぞどーぞ」
美沙都「って、何なんですの、この毒々しい色のチョコレートは~~~っ!!」
真理奈「まあまあ、そう言わずにー。ほれほれー♪」
世に言うびっくりチョコレートのはしりであったという。
その後。
美沙都「それにしてもまさか、この歳になって趣味の合う方を見つけるとは思いませんでしたわ」
櫻「いやいや、そっちはリサーチの段階である程度分かってたんとちゃいますか。むしろびっくりドッキリはこっちの方ですって。天下の空条の奥方がティーンズ向け文庫の読者とか、想像できませんから!」
美沙都「そうかしら?ねえ、それで、他にはどんなものをお読みになるの?」
櫻「…………東の警護」
美沙都「…………」
櫻「とかいうと色々察してもらえると“以前”知人が申しておりました。正確なところを言えば割と雑食です。“以前は偏ったジャンルのものだけ重点的に読んでいた”ので、“今は”できるだけ好き嫌いはないようにしたいところです」
美沙都「……わたくし、何か踏んではいけない地雷でも踏んだのかと思ってしまったわ」
櫻「はっは。……あの、よければ今度ブックカフェにでも行きませんか?読書会とか案外良い出会いにつながったりするので。あ、もちろん無理なら無理って言ってくださいね!無茶は承知で言っていますから……」
美沙都「いえ……でも、そうね。たまにはそういう場所へ足を向けるのもいいのかもしれないわ。それに、せっかくですもの、会うとしたらそういった落ち着いた場所の方がいいのでしょう」
櫻「え、あの、まさかとは思いますが」
美沙都「うふふ、アタリよ、アタリ。こうなったら実際に会ってみたいでしょう?ああでも、あの子落ち着きのない子だし、読書会なんていったらつまらないからと逃げ出しそうね」
櫻「あっ、じゃあそれはそれとして、夕食を一緒しませんか?私も紹介したい友人が―――友人たちがいるんです」
話の弾む奥様方を、廊下側からこそこそしながら覗きこむ旦那’s
親父「あれ、中に入れると思うかい?」
息子「無理だろ」
どちらも、ここまで意気投合するとは思っていなかった模様。
おそまつ!