No.6 救いなき選択
掌の温もりが冷め、俺は食堂の椅子に手を掛けていた。
「あれ、ウォリアは?」
「まだ作業中かと」
机に並べられたご馳走を前に疎らな席の空き具合という異常な光景を見せられていた。
「悪いけど、呼んできてくれる?」
「あぁ」
絶え間なく訴えてくる空腹が歩調を早め、ノックもせずにウォリアの部屋へと押しかけた。
目的の相手の傍ら、シスターが色白な素肌に修道服を包んでいくその場面に直撃する。
「……飯だとさ」
「あぁ、今行く」
他所に置いていた例の首飾りを掛ける様を最後に、俺は先に引き上げさせてもらった。
。
それを記憶の片隅に留めたまま、
ウォリアとの直々に初稽古を、ボコボコにされ終わりに黄昏れていた。
「剣筋が読めない」
「剣や刃に視線、意識を集中させ過ぎだな。剣を振る速さもそうだが、全体的に動き出すまでが遅い。相手に合わせるか、一連の流れで大体の型を見てから動く方がいいだろう」
「一撃必殺が染み付いてて、ただの癖とかの範囲を超えてるから簡単に治せそうにない」
「なら、基礎を引き上げるしかない」
「うん」
今の膂力ではやや劣るが、あと少しで互いの刃の交差する程度に追いついた。自己鍛錬を励めば、負かせる日だってそう遠くない。
「――――周りとはどうだ」
「溶け込めそう」
「それは何より。バンシーとも良好か?」
「なんで?」
「いや、あの子には色々と無理させてしまっていてな。お前のような歳の近い子がいれば、少しぐらいは気苦労も減るかと思ってね」
「うーん、よくわかんない」
「はは、そうだな。でも、お前が来てから少し明るくなった気がするよ」
「バンシーが?」
「みんなだ。全て、お前が此処に来てくれたお陰だ」
「そっか」
「あぁ」
「何故あの家に?」
緩やかで温かな空気を重く苦しく鋭くして。永遠の眠りに付く前に真実を掘り起こす。
この程度なら、例の約束も破りはしないだろう。
「元は救えぬ人間を地下の牢に閉じ込めた、神父のもう一つの家だったそうだ」
「俺、極悪人じゃないよ」
「知ってるさ。目を見た時に、それがよくわかった」
「神父の家、まさか奴が神父?」
「いいや。隙を見たのか、脱獄したんだろう。シスターが子供の頃に殺されたらしい」
「そうか」
「じゃあその神父の復讐に? ウォリアにとって大切な人だったの?」
「いいや」
「誰かに頼まれたの?」
「あぁ」
次第に深く、どす黒く沈んでいく瞳の光に俺は次の言葉を詰まらせ、本来の道を逸れる。
「なんで、俺を」
「救って、欲しそうだったから」
そしてあの俺の心臓にまで届き得る刃渡のナイフを返された。
「いつ」
「用があって戻ったんだ。もし俺に何かが、あ……?」
常に腰に掛けている剣を、無意識のうちに見つめていたら気が付いてしまったようだ。
「ん? これか、これが欲しいのか?」
「いや、まぁ、ぅん。欲しい」
「そんなに欲しけりゃ俺が死んでからだ」
「じゃあいらない」
「ふっ、時期に日の入り――もう年の瀬か。お前にとって、今年は何の年だった?」
「変化」
「全員にとってもそうだろうな。さ、帰ろう。直ぐに夕食だ」
「うん」
未だ不均衡な肩を並べ、互いが互いに歩幅から合わぬ歩調を歩く回数で補いながらも、
……。
これといった会話は無くとも、不思議と居心地の良い空間で、共に家路を辿っていく。
そして皆の「おかえり」に「ただいま」を。
また、時は流れ、日を経ていく。
今日はあれからずっとお世話になっているノエルに感謝の意も込めて体を洗っていた。
だが、
「キャン!」
「ん?」
おかくずと藁のダブルコーティングされた中からあくびをする子供の悪魔が出てきた。
即座に、すぐ側の鋭利なホークを手にし、隙だらけの首筋に突き立てんと振り上げる。
が、
ノエルが立ち塞がった。偶然では無く、自らの確固たる意志を込めた眼差しを向けて。
「匿ってたのか」
まぁ俺はこれと言って、特に悪魔に恨みも無いので、「仕方ないか」目を瞑ることに。
元の場所に立て掛け、その無防備な間に小悪魔は従順な狼に似た姿で擦り寄ってくる。
なんなら愛着も湧いてくる、と感じるところ、此奴は途端に文字通り寝床を隠れ蓑に。
「なんだ?」
ウォリアが鬼の形相で迫ってきた。矢先、新鮮な肉と皮がびっしり付いた刃を片手に、血走る眼球が視界中何かを探し回っていた。
「あ――狼の赤子を見なかったか?」
一方的に舌剣を突き立てんが如く疑問を、又も裏の一面を大ぴっらに投げ掛けられた。
「なにも」
「本当だろうな」
「神に誓って」
「……」
矛は依然剥き出しのまま、別の道へ逸れる。
「クゥーン」
「ハァ、さっさと俺の前から消えろ」
これ以上、この場にいると懐かれそうで困るので、ノエルを身も心も綺麗にさせて直ぐ、まだ曖昧な地形等の習得に時間を費やした。
すると、ポツンと寂しく十字架に名を刻んだ何かが建てられていた。
「これは……墓か?」
その名はウルフ。単純に狼殺し。夜の晩餐にも出てきた記憶は無いから、恐らく誤って。
「それは彼の使い魔だったようです」
「っ!?」
背後の返答に振り返れば、音も無く死んだような気配を持ったシスターが佇んでいた。
「ただ――悪魔を殺しただけで、何故、墓を建てる必要がある?」
「悪魔にだって命があり、心があるのです」
「『なら『せめて限りある救いを手向けてやらなければ、きっと俺たちも死んでしまう』と?」
「いいえ、ただ」
「『ただ』?」
「失礼、独り言が漏れてしまいました」
「そうか」
「年の瀬に」
「?」
「何年かに一度の伝統的な儀式があるのです。貴方も、神への供物を捧げる協力をして下さいませんか」
「人手がいるのか?」
「……」
「俺はいらないだろ。それより自己紹介はしてくれたが、名前を聞いてなかった。貴方の名前は?」
「ありません」
ずっと、笑っている。ノエルとは段違いだ。
「お兄ちゃんー! はやくーきてー!」
オリビアにお呼ばれになり、先に向かわせて貰った。
手を引くこともなく、握りしめることもなく、言葉での誘いも無く、後を追うのだろうと勝手な解釈をして、先に追いついて行く。
「どうかしたー?」
「この前ははぐらかしてごめん」
「いいよ、もうそんな前のこと。私の方こそ、昔が大変だったのに自分勝手なこと言って、ごめんなさい」
「もう、忘れてくれ」
「じゃ、行こー」
「あぁ」
この居心地の良さに負けたのか、振り返らなかった。
今思えば、此処でシスターの手も、オリビアが俺の手をまた繋いでくれたように、強引にでも引けば良かったのかもしれない……。
またいつも通りの朝が来た。いや、違うな。迎えた今日は今年最後の日だ。
ようやっと日課を熟せるようになり、ノエルに「今年は本当にありがとう。来年もよろしく」と挨拶を済ますと、ノエルは不安そうにブルブルと動く藁をじっと見つめていた。
「ん?」
また、あの小悪魔が怯えていた。近くにウォリアはいないから、寒さからなのだろう。
「俺はやることがある。ノエルに温めてもらえ。きっと、今日は冷える。風邪引くなよ」
「ん?」
間一髪、今度は俺が、この振動藁の前に出て、迎え来てくれたオリビアに立ち塞がる。
「ねぇねー、そろそろ帰らない?」
「いやこの後、剣の稽古だ」
「そぅ、じゃ待ってるから早めに帰ってきてねー」
そう毎日、毎日、暇があれば刃を振るう。気付けば、常人が視界に捉え反応するまでの猶予を遥かに超越し、凡そ秒を切っていた。
夕焼けの太陽が闇夜に落ちるまで。
そして、俺はひとり、帰路に辿った。




