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第92話 エリオットと、エステルの話。

セドリックは『兄弟のデレた顔なんか見たくない。エステルの顔も気持ち悪い。』とか全く失礼なことを言いながら部屋から出て行った。


私は相変わらず、両手を捕獲されている状態。



「あれから。」


エリオットがつぶやくように話し始めた。


あれから。


その後。


私達が城から引き上げてからの話。


「……うん」


私は俯いたまま返事をした。


「実は10日ぐらい生死を彷徨っていた。」


「は!?」


「まぁ、聞け。」


「ハイ」


私の返事にエリオットは私の手をニギニギしながら『フッ』と、微笑んだ。


「流石に魂を奪われようとしたのだ、体が思うように動かなかった。

エリナ嬢も暫くは意識を失ってたらしい。

俺が眠っている間、セドリックが本当に頑張ってくれた。

父上も母上も何も役に立たない状態だったらしいからな、セドリックが宰相と全部、後処理をしてくれたんだ。しばらく王の代理として……。本当に素晴らしい仕事ぶりだった。」


エリオットは少し遠い目をして私を見つめた。


まだまともに目が合わせられない私は、挙動不審気味にチラチラとチラ見する。

これをセドリックに見られると、また気持ち悪いと言われそうだ。


その様子にまたエリオットが笑う。


いちいち私の反応に微笑まれて、このまま叫びながら走って逃げたい衝動に駆られる。


こそばゆい!!


なにこれ!!そこばゆーーーい!!


脳みそ溶けそうなんですが。

これ慣れる時が来るとは思えない。

一生こうやって叫んでそう。


うああああああ!!


「エステル、聞いてる?」


「あああ、ごめん。ちょっと考え事してた……」


「そうか……ならもう一度言う。」


「ハイ」


気がつくと左手にエリオットの両手が重なっていた。


「エステル、俺と結婚してほしい。もちろん、卒業したらの話だ。

ちゃんと、俺と婚約し直して、結婚してほしい。」


「ゔぇ!?」


あ、変な声出た。


今プロポーズしてた人は、片腕で顔を隠す様にそっぽを向いて、肩を震わせた。

そしてしばらくなにも言えず、動けずにいる。


オロオロと動揺する私の目に、左手に何かはまっているのが横目で見えて。


「えええ!?指輪が!」


「ああ、そう、だ。」


まだ笑いが落ち着いてないのか、エリオットも変なとこで区切っている。


「エステルらしいけど、あんまり、大事なとこで笑かすな……。」


「わざとじゃない……!」


「わかって、いるが……。」


まだ肩が震えるエリオット。


自分の手を見つめている。

嬉しい気持ちが強いが。


表情に陰りが見えたのがわかったのか、エリオットが私に『返事を聞かせてほしい』と言った。


「私、王妃なんてできないよ……。」


「それもわかってる」


「じゃあなんで……。」


「俺は王位を継がない。セドリックが継ぐこととなった。」


「……え!?」


エリオットはにっこりと微笑む。


「俺には向いてない。セドリックが継ぐべきだ。

俺は婿養子に入って、ダリウス卿の後を継ぐことになった。」


「……は?」


ねぇ、私最近『え?』とか『は!?』とか『オエッ』とかしか言ってない気がするんですが……。


「多分エステルも知らないだろうが……まぁ、俺も知らなかったのだが……。」


私の左手とエリオットの右手が繋がったまま。

反対の手で自分の後頭部を撫でる。


私はその動きをずっと見つめていた。

エリオットは続けた。


「エステル、ダリウス卿が辺境伯だと知っていたか?」


「うちですか?」


「いや、実はな。エステルとダリウスは別の爵位を持っているらしい。」


「……え?」


あ、また『え』とか言っちゃった……。


思わず口を抑える。


それを見て、また少し笑いながら。


「元々カーライトとして伯爵の位を持っていて、戦争で功績をあげて『英雄騎士』となったことは知ってるよな?

うちの父がその功績に別の領地を与えることになった時、ダリウス卿は『伯爵』と『辺境伯』の位を二つ持つことになった。

だが爵位はひとつしか継げない。

……となった時に、一人娘だったアリシア伯爵夫人が婿養子を貰ってカーライト伯爵を継ぐこととなった。

だから、ダリウスは親子でも位の違う『辺境伯』となった。

領地はカーライトの領地から離れているから、二分するしかなかったらしいからな……。」


「でもどっちもカーライトの領地でしょ?

お祖父様もカーライトだし……。」


「いや違う。ダリウスが辺境伯として持っている別の名前パフスリークの領地だ。今回ダリウス卿の方の領地を継ぎ、エリオット・パフスリークとなる予定だ。」


「本当に養子に!?お祖父様の?お祖父様パフスリークって名前だったの!?」


「そうだ。その後を継ぐ、こんな頼りない辺境伯の妻となってくれないだろうか?一緒にのどかな田舎で、一緒に領地を守ってほしい。……時に国境近くなので、なかなか忙しいところだろうが……。」


「あれ、お祖父様ってこないだまでダリウス伯じゃなかったっけ?」


「表向きは『伯』らしいが、領地を継がせてもらうのに『伯』ではなぁ……。爵位に合わせて『卿』の方がダリウス卿にぴったりだな。」


「ねぇ、それを言うなら、『お父様』になるのでは?」


エリオットは複雑な顔して黙る。

その顔を見て、私は吹き出してしまった。


「そんな細かいことは置いといて……そう言えば、私との約束覚えてますか?」


「約束……?」


「そう。忘れた?」


「……いや、『じゃんけん』についてだったか?」


「じゃんけんで婚約を決めた事についてですよ。」


「悪いんだが、それがよくわからないんだ。

どうしてエステルは怒っているんだ?」


「じゃんけんで負けたから私と婚約したって、私との婚約が罰ゲームみたいじゃない!」


『ああ……!』


やっと理解したかのように、エリオットは頷きながら微笑んだ。


「うちの母は勝った方にすると言った。

まるで勝った方にご褒美を与えると、そんな言い方だった。

だが、あの時オヤツを食べ損ねたセドリックがあっという間に決めてしまったのだ。

俺はその辺ちゃんと理解してなかったな……そんなことに誤解されていたとは、すまない……。」


「……なるほど。それでいつもキョトンだったのか。セドリックめ。

悩んで拘った8年を返せっ……!」


「そんなに悩んだのか!」


エリオットは楽しそうに声をあげて笑った。

その笑っている顔で、しょうが無いから許してやろうと言う気になったのは。

なんて単純なんだと、自分でも恥ずかしくなる。


「それで、エステル。まだ返事をもらってないのだが。」


「……あっ!」


「王妃でも無いし、条件はクリアーしているよな?」


「うん……」


「……では?エステルの口からちゃんと聞かせてほしい……。」


私は口を尖らせた。

返事は決まってる。

この顔を見たら、そんなの決まってる。


「……お受けします。」


「本当か!?」


エリオットは飛びつくように私を抱きしめた。

その時体勢が崩れ、ベッドで抱き合うような形になったが、私たちはこの時気がついてなかった。


「エステル……!」


「ぐるし……苦しい……!ねぇ、エリオット!?ね……っ」


「あはは、こんなに嬉しいとは思わなかった!」


「私も、嬉しいけど、さっ……!もう、重いって……!」


「エステル……本当にありがとう……」


「え、エリオット、そろそろ離して、くれないと……死ぬと思う、よ?」


「……ん?」


「……エステル?そろそろ夕食の時間になるけど、ど……!?」


「「ど?」」


突然入ってきた兄と、私たちの声が重なる。


『ど』とは?


「おおおおおい何やってんだ!まだ病み上がりというより病みも上がってない状態でベッドで結婚前の2人で抱き合うとか言語道断……!!僕もまだコーディとそんなことしたことがないというのにどうなってんだ!」


「……お兄様落ち着いて?」


「……すみません、勢い余って体勢がこうなっただけです……」


「え?」


「誤解です……」


「……まぁ流石に病人に手を出すなんて外道なことはしないとは思ったけど……」


「手は出すとは思われてたのか……」


ちょっとガッカリと肩を落とすのも萌えてしまう。


思わず笑ってしまって、エリオットの背中を撫でた。

笑った私に、拗ねたような表情で見つめてきた。

途端に愛しさがこみ上げてくる。


「ねぇ、イチャイチャしてると言うことは?プロポーズ受けたの?」


ひどく冷静に割って入る兄。


「う、受けた……。」


「いい返事をいただきました。」


私たちの返事に、兄は嬉しそうに笑った。


「そう!早速両親にも報告しなくちゃね!」


そういって部屋から出ようとして。


「あ、夕飯どうするかって。王子も。」


「……どうかエリオットとお呼びください。俺は王子じゃなくなるので……。」


私たちは顔を見合わせる。

そして、恥ずかしそうに笑い合って。


「「今行きます。」」


2人で手をとって、リビングへ向かった。




次の休みに、うちの領地に2人で帰宅する。

結婚のお許しをもらいに。


玄関開けるとお母様が仁王立ちだった。

すごく真顔で。

恐ろしい。

この顔をした時は大体説教長時間コースが待っている。


思わずエリオットと2人で5歩ぐらい下がったら、慌てて兄と父が飛んできた。


「エステル……?本当にいいのね?」


「……何がですか?」


「結婚よ。無理をしていない?」


「……私が望んで受けました。エリオットと一緒にお祖父様の領地で頑張ります!」


私はまっすぐ母を見つめる。

母も私を見つめた。


そして。


「……なら良いのよ。おめでとう、エステル。最終的にクロエの思う通りになったのが癪だけど!!」


ああ、お母様。

そこが悔しくて、その顔なんですね……。


エリオットも苦笑いして私を見た。

大丈夫、私も同じ顔をしていると思うから……。

私は薄っすら笑みをしながら、頷いた。


お父様は思った以上に泣かなかった。

それよりもとても嬉しそうに、エリオットと握手していた。


そして。

思った以上に泣いたのが、リリアだった。

エリオットを暗殺でもする勢いで、背後を狙っていた。

こんなリリアを見たことがない。

我が妹ながら恐ろしいシスコンである。


兄の婚約の時もここまで泣かなかったのに……。

相手がコーディだったからかしら……。


リリアはコーディととても仲がいい。

兄と好みが似ているからだろう。


リリアが将来連れてくるのは、きっとつり目の男性だろうなと細く微笑んだ。

その時私は、こうやって泣くのだろうか。


夕食を食べて、一息つく。

明日も早いのでエリオットは客間に戻り、私は自室で寝る前にバルコニーで夜風に当たっていた。


順番が逆になったのだが、明日は王様と王妃様にも挨拶に行く事になっている。

今日はどうしても都合が合わず、先にこっちにあいさつにいってきたら?と王妃様がいってくださったのだ。


ふと、いるはずもないクラウドに話しかけた。


「私エリオットと結婚するんだって。」


もちろん返事は帰ってくるはずもない。

だけど。


私は空に向かって微笑んだ。

きっとどこかで聞いてる気がして。



王様も王妃様も私たちの結婚を、本当に喜んでくれた。

だけど、やはり婿養子に出てしまうエリオットに複雑な思いを抱えているようだ。


「セドリックは本当によくやってます。

あれは王の器です。

安心して任せられます。

微力ながら私もパフスリーク卿として、セドリックを支えていこうと思っておりますので……」


『安心してください』


力強く、エリオットは王を真っ直ぐ見つめた。

私もそばに寄り添う。


それを見ていた王妃が、目を潤ませて微笑んだ。


「エステル、エリオットをよろしくお願いしますね……。」


「……はい、お任せください……!」


「……お任せくださいって……」


「え?ダメだった?」


「ダメではないけど……」


「……え?」


エリオットが思わずふっと笑う。

私は訳がわからず、キョトンとしてエリオットを見つめる。


「いや、エステルに任せる。俺が支える!」


「えー?私突っ走るからダメだってセドリックに怒られちゃうよ……?」


「そしたら俺が叱ればいいのだろう?」


「ああ、そう言ってたな……」


私たちのやり取りに、王様も王妃様もフフッと吹き出した。


ああ、ここも笑顔が溢れてる。

そう思いながら私達も笑った。



学園に戻り、その後は変わりない時間を過ごした。

エリナはいなくなってしまって。

セドリックも忙しいらしく、卒業式まで学校には出れないと言っていた。


それでも私たちは残りの時間をゆるゆると過ごした。




そして卒業パーティの日。


「エステルと一緒に高等部に通えると思ってたのに……」


「うん、ごめんね。辺鄙なとこに嫁に行くからなぁ、とても通えないし。

でもあっちでも勉強はできるし、とりあえずなんか探す!」


「……まだそういうの言ってるの……?」


「ああ、違う。ワクワクすること探すんだ。

今は新しい土地に行くのが、ワクワクかな?」


「……ずっと近くにいると思ってたから、寂しくなるわ……」


「コーディ、カーライトを頼んだよ!」


「わかってるわ……」


「マギーも直ぐビクターのとこにお嫁に行くんだっけ?」


「私はしばらく花嫁修行です!ビクターが騎士として軌道にのるまで、側で支えながら……」


マギーが俯き顔を真っ赤にしているのが、また可愛くて。

思わずからかうように笑いながら、マギーを肘で突いた。


「このこのぉー!」


「あわわ、エステルやめてくださいいい」


私はエヘヘと笑いながら、2人にくっついた。


「……毎年遊びに来てね。」


「ええ、行くわ。」


「私も行きます。」


「カーライトの領地にも帰ってきてね?」


「もちろん。マギーのとこにも遊びに行くよ。」


「子供ができたら、一緒に遊ばせましょうね。私の今の小さな夢なのよ」


「それいいね!同じぐらいの歳だとなお良いね」


「わぁー、そんなの楽しみじゃないですか!」



3人で腕を組み、それぞれのパートナーの手は取らず。

心はエリナも一緒に。

手を差し出す男子に舌を出す。

男性軍は私たちの行動に苦笑いをしていたが、笑って許してくれた。


パーティ会場の扉が開く。


エスコートを無視して、3人で入場した。


その後を、リオンやエリオット、兄もビクターも。

私たちを見守るように、ゆっくりと入場する。


これが私たちなんだと。

なんだか嬉しくなる。


ダンスも真ん中で、3人で踊る。

その後で、パートナーを変えつつ、みんなで踊って。


私たちは断罪されない平和な卒業パーティに、みんなと楽しい思い出と共に。

学園生活を終えた。




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