第89話 空回る気持ち。
「エステルどうして昼休み戻ってこなかったの?」
「そうですよー!5時間目もいなかったですし」
放課後、コーディとマギーに捕まってしまった。
そうだった、お手洗いとか言って去ってそのままだった。
「……ちょっとお腹の調子が……」
まさかサボって図書館にいたなんて言えず、長時間トイレにいたと、かかなくていい恥をかく羽目になった。
お腹に3冊ぐらい本を隠しているのを、そっとカバンにしまう。
放課後みんながアーロン先生のところに集まる話をしていたのだが、『私は体調が悪いので』と即ササと自室に帰宅する。
クラウドがお菓子を食べるためにポーチから飛び出した。
エルがお茶を入れてくれて、別の用事で部屋から退室したのを見計らって、私は本をひろげた。
「ねぇ、クラウド。」
「なに?」
「私が冒険者になるって言ったら一緒についてきてくれる?」
「えー?オヤツ毎日食べれないじゃん。
てかエステル魔法使えないし、剣も持てないし、冒険者は無理だよ」
「……できるかもしれないよ?
明日から魔法と剣の練習するし!」
「……魔法はすでに何年も学校でやっててそれでしょ?
剣だって2ー3時間やってできるもんじゃないよ?
それに、エステル鈍臭いから絶対無理だよ?」
全部の言葉の棘が、一斉に私に降り注ぐ。
痛い痛い……
「そ、そんなですか……私……」
クラウドは頷く。
「そんなです。よかったね、気がつけて。」
「じゃあ、クラウドが戦う。何かあったら私を守る。」
「そんなことできるわけないだろー。
オレ戦えないよ?」
モシャモシャといい音がして、クラウドの口の中から甘いものたちが消えていった。
オヤツが終わると、大きなあくび。
もちろんお昼寝の時間。
「ねえまだ寝ないでよ。一緒に考えてよ、ねえねえ……」
「んー、後でね。」
そういってクラウドはあっという間にポーチに戻っていった。
がっかりと、肩を落とす。
サボってまで借りてきた本が、まだ5ページぐらいしか読んでないのに速攻却下である。
他の手を考えなければ。
まだこの時間なら図書館が空いてるかもしれないと、いそいそと学園に戻っていった。
さっき借りた本をもう返す。
そして。
次なるは何を借りようか……。
図書館のテーブルで頬杖をついた。
まず、修道院だ。
そうだ、修道院。
行き遅れたら、そこに行けばいい。
だが。
調べれば調べるほど、ぐうたらできる気配もない。
そして何も信仰してない私には、ただの冒涜となってしまう。
ならば。
孤児院で働く。
平民となり、下町で働いて自立する。
これならどうだろうか。
……そんなことうちの両親が許すはずもなく。
お祖父様が飛んできてしまう。
ならばならば。
適当な相手に嫁に行く。
もう両親が選ぶ人に嫁げばよいのでは?
これはちょっと怖い。
いきなり知らない人に嫁に行くというのは。
コーディの昔の環境を思い出し、頭を抱えた。
しかもだいたい同じレベルの貴族の男子も女子もこの学園に通っているわけで。
見合い相手は隣のクラス!みたいなことがあり得るのだ。
そしてこないだの『悲劇のヒロイン』事件だ。
詳しく言うなれば、『第1王子という婚約者を偽聖女に奪われた可愛そうな女』
ましてやそれとやり合って、頬に傷を負って戻ってきたのだ。
そんな女を政略でも嫁にもらう人がこの学園にいるとは思えない。
なーらーばー!
最悪行くとこなくなったら、アキラさんとこに下働きにでも使ってもらえないか。
……いや毎日緑と青がいちゃいちゃするのを見て過ごすのもな……。
と思い直す。
という事は。
自由とは結構地獄なのかもしれない。
私は頭をかきむしった。
うがああああ!!
心の中で叫ぶ。
エーコにむしられた髪の毛は、所々ブチブチになっているので、かきむしると何となく地肌が指に触れる。
思わずハゲが怖くなり、かきむしるのもやめて静かに姿勢良く座るだけとなった。
手を膝の上に置いて、下を向く。
結局。
何も出なかった。
というより、何もないんだ、私。
呆然とする。
あれだけ今まで大きいことを言い、いろんな人に説教して歩いてた割に。
空っぽだった、私。
目の奥がジワジワと熱くなる。
メガネを上げようと手を当てるが、そう言えばメガネをあれからしていなかったことに気づく。
メガネをせずとも顔を晒していたんだと、自分で驚いた。
あれだけ嫌だったのに。
空っぽだけど、少しは成長してたのかなと少し嬉しく思う。
ため息を大きく吐いた。
そして、何も借りずに部屋へとトボトボと帰った。
寮の入り口で、コーディが待っていた。
「心配で部屋に行ったら、どこかに出かけたと聞いたから待ってたの。」
「……うんごめん。ちょっと考えたいことがあって……」
「そう。私にも相談できないこと?」
「……大したことじゃないから、相談するほどじゃないんだ」
「……そう。」
コーディは黙り込んでしまった。
私はまたお腹が痛いことを理由に、心配してくれるコーディを置いて、部屋へと入った。
頼っちゃダメなんだ。
自立しなきゃ。
みんなから巣立たないと。
みんなと肩並べられる人になるために……。
ほんとはすごく寂しい。
でも、頑張らなきゃ……。
1人で不安だけど。
これ以上迷惑かけられないから。
私は泣き出しそうな目頭を手でギュッと押さえた。
次の日から誰よりも早く寮を出て、誰よりも早く帰宅した。
お昼休みも誰よりも早く、売店でパンを買い。
1人で図書館の隅で食べた。
図書館の本を端から端まで調べる日々が続く。
それでも答えは見つからず。
コッソリと剣の練習も初めて見た。
誰にも秘密なので習うこともできないので、1人で本を見ながら練習した。
これが通信教育か、なんて。
クソつまんない事を考えて1人で笑った。
その様子をクラウドが眠そうに見ていたけど、何も言わなかった。
剣の素振りをしてると、対して振ってもいないくせに水ぶくれができる。
それが潰れる痛みに、夜も寝られなかった。
何もかも、ちぐはぐで、滑稽にしか見えなかった。
それでも進んでいると信じて。
みんなを避け出して数ヶ月過ぎたあたりに、雪が降り始める季節がきた。
だいぶ1人も慣れてきて、遠巻きに見ていたみんなも、私がいないことに慣れてきたのだろう、声もかけられることもなくなった。
「エステル、これでいいのかよ?」
ふと、素振りをしてる時にクラウドにそう言われた。
「何が?」
「……最近のエステル、面白くない。」
「……どこが?」
「つまんないっていってんの!」
「……じゃ、どうしたらいいの!?」
思わず声を張り上げた。
奥の部屋にいるエルが心配して部屋をノックした。
私が何も答えなかったら、静かに部屋から離れていったようだ。
「もういいや、こんなつまんないとこにいても仕方ないし。
オレはもう行くよ。」
「……え?どこへ行くの?」
「わかんないけど、次はもっと面白そうなとこに。」
「クラウドまで私から離れていくの!?」
「……離れたのはお前だろ?」
私は息を飲んだ。
喉に呼吸する息さえ、張り付く。
声が出ない。
言い返したいのに、声が。
金魚のように口を『ハクハク』とする私に、クラウドは言った。
「エステル、変わろうとするのはいいことだけど、無理やり何かをやるのは間違ってる。
なんで頼らない?
みんなお前を助けようとしてたのに。
なぜ1人でなんとかしようとする?
みんなお前が声をかけるのを待ってたのに。」
「みんな、私を置いてったよ。
みんなにはつり合うように、私……頑張ってるのに……」
「誰と誰がつり合うって?
お前の周りにいるのは、友達じゃないのか?
ランクづけられるような人間だったのか?
エステル、やっぱりつまんねーや」
クラウドはそういうと、私の前から消えた。
私は呆然と立ち尽くした。




