第88話 世界のピンチのその後
目が覚めたら、寮じゃない自分のベッドだったことに驚いた。
私があまりに驚くので、クラウドも驚いて毛が逆立っていた。
あ、昨日アレから家に帰ったんだったと。
いやぁ、ウッカリうっかり。
モソモソと起き出し、エルを呼ぼうとして。
あ、寮じゃないんだったと。
またしてもうっかりウッカリ。
というかこんな短時間に2回も同じボケをする自分に、ちょっと大丈夫かと思ってしまう。
クラウドも心配そうに見つめている。
着替えを終えて顔を洗おうとして、顔の絆創膏に気が付き、忘れていた痛みを思い出す。
あー忘れてた、思いっきり水をかけてしまった。
慌てて絆創膏をそっと剥がすと、頬に2ヶ所ナイフで切られた様な跡が残っていた。
傷が残ったら、残った時だな、と。
意外に全く気にしていない自分にも驚いた。
「これ、治ると思う?」
クラウドに聞いてみた。
すると。
「さぁなー。治らなかったらその時考えれば?」
と、あてにならない返事が帰ってきた。
世の中には顔に傷があるぐらい男らしくて素敵ですねとかいう様な、ちょっと変わった人もいるんじゃないかと。
まぁ男ではないんだけども。
鏡で自分の顔を見て、変なことを思っている自分に思わず吹き出した。
『大丈夫、傷も空気で乾燥させたほうが治りも早い。』
絆創膏をせず、朝食に降りていった。
「おはようございます!」
元気よく声をかける私に、母も父も祖父も、私の頬を見てギョッとする。
「エステル、傷が……誰か絆創膏を……」
父が侍女に声をかけた。
「お父様、いいわこのままで。これは私の勲章みたいなものだもの。
ね、お祖父様にもあるわよね?」
そういうと、にっこりと微笑んだ。
「……ああ、だがお前は嫁入り前の女の子だ。
そんな傷を晒して歩くと、傷物にされたと噂がたつぞ?」
「あら、そんな噂に踊らされる男なんて、私の相手としてふさわしくないと思いません?」
私がニヤリと笑うと、祖父は目をまん丸くして、そして豪快に笑った。
「……その通りだな、エステル。噂などする奴がいたらワシがぶん投げてやろうじゃないか!」
「おねがいしますね、お祖父様。」
私たちのやり取りに、母も父もそっと寄り添い、微笑んだ。
その様子を見ていた兄とコーディも、顔を見合わせて笑っていた。
朝食が済んだら今度は学園に戻る支度を始める。
もしかすると城から何か連絡があるかもと待ち構えていたが、流石に事後処理は1日2日では終わらなかった様子。
次の日お祖父様も登城禁止が解けたのか、忙しそうに城へと向かっていった。
城に残ったリオンからも、ビクターからもなんの連絡もなく、私たちは学園に戻っていく。
学園に戻ってもマギーとコーディと3人だった。
リオンもビクターも姿を見なかった。
アーロン先生に聞いても、しばらく戻れないだろうと、それだけだった。
私の顔の傷は薄っすらと消えていった。
光の加減で傷がある感じがまだわかるが、きっと時間が解決してくれるだろう。
始めの頃はクラスで噂になった。
城であった事も、早々に広がっていた。
婚約発表の日、聖女に騙された王子が誘拐され、私が助けたとか。
自分たちが信じていた『精霊王』も『聖女』も全くの偽物だったと。
散々もてはやして崇拝していたのに、今じゃ真逆のことを言い、私を悲劇のヒロインに仕立て上げようとしている様な噂が立つほどに。
噂に何も進展がなく、日々が過ぎていったので、私に平穏が戻った頃、夏休みが来る。
あれだけ心配していたテストは、私たちだけが受けた。
ビクターめ!
なんとなく憎まれ口を叩く。
そしてテストなんだけど。
人生今までで一番の惨敗だった。
といっても、今までもAクラスで上位をキープしていたので、ギリギリでクラス落ちは免れる程度には点は取れたが……。
「だめだ、もう立ち直れない。」
「エステル休んでいる時間があったんだからしょうがないわよ……」
「そうですよ!私なんて、クラス落ちるかもですよぉ……!」
マギーは追試を受ける事になったらしい。
「私も受けたい、追試……。というより、追試授業を受けたい……」
「……それは私だって受けたくてよ……」
そしてテストを見直しながら、一斉にため息をついた。
だんだんと、3人でいる事に慣れてくる。
3人でのランチに、放課後のアーロン先生の所でグダグダとする時も。
あんなに一緒にいた筈なのに、いなくなるといない事になれるとは思わなかった。
クラスが離れた時でさえ、ほとんど毎日会っていた。
なのに。
「夏休みどうする?」
「私は、サイラス様との婚約式が……」
「うう、私は追試です……」
マギーが半泣きでテストをかじっていて、コーディは嬉しそうに照れていた。
私は2人を微笑ましく見ていた。
「そっか……最後の夏休みだから、追試が終わったらまたうちででも遊ぼう?」
「それは是非!私行きたいお店があったんです。夏休みみんなで行きませんか?」
「いいわね、行きましょう?」
そう言いながら、限定のサンドイッチをみんなで頬張った。
夏休みが来てからも、城からの連絡はなかった。
むしろ誰からも。
エリナは元気なんだろうか?
セドリックはちゃんと生きてるんだろうか?
リオンもビクターもみんなちゃんとご飯食べているのだろうか?
手紙を出しても、誰からの返事も来なかった。
夏休み入ってすぐに、兄とコーディの婚約式が慎ましく執り行われた。
卒業したら結婚するので、その前に親族に発表するための小さなパーティ。
既に領地の開拓に素晴らしい力を発揮している兄も、今年で18歳。
高等部を卒業してしまうので、真面目に頑張っている。
コーディも私と一緒に高等部に進学予定だが、初等部卒業で人妻に。
兄と一緒に領地の勉強も勤しんでいる。
マギーは卒業までに婚約者を決めないといけないと、困っていた。
ビクターがはっきりしないせいだ。
早く戻って来ればいいのに……。
婚約式のドリンクを片手に、兄の横で忙しそうにする親友を眺める。
幸せそうにはにかむ顔に、私も幸せな気持ちになった。
夏休みが明けて、秋になり。
やっとリオンたちが学園に戻ってきた。
どうやら夏休みはマギーと一緒に追試を受けていたらしい。
補習もあり、それでテストは乗り切ったとか。
元気そうな顔に、ホッとした。
「お城どうなった?
セドリックは元気?
エリナは元気?」
私たちの質問に、顔を見合わせるリオンとビクター。
「……ごめん、一切喋ったらダメなんだ。
誓約書まで書かされた。
今回の件で僕ら卒業したら城で働くことになったぐらいしか、僕らの口から教えられることがないんだよ……」
「そうなんだ……」
「もっと喜んでくれないの?僕らお城で働くんだよ?」
「うん、おめでとう……」
「……エステル……」
リオンは悲しそうに私を見る。
「リオンだってエステルの気持ちわかるでしょ?」
「めでたい事ですよね……!おめでとうございます……!」
コーディとマギーも口を挟んでくれたが。
その後の会話に私は参加できなかった。
自分勝手だと思う。
でも。
せっかく戻ってきた友達のお祝いもろくに言えない自分が情けなくて。
私はお手洗いに行くふりをしてその場を立った。
ビクターは騎士見習いから始めるらしい。
そしてマギーが卒業までにお婿さんを探す事を聞いて、焦った様にプロポーズをする。
もちろん卒業後に婚約して、騎士の仕事が落ち着いたら結婚となるだろうが。
マギーがとても嬉しそうに、笑っていた。
リオンは進学せずに、宰相の下で執務を学びながら仕事をするそうだ。
将来は王太子につくという事。
いずれは宰相めざすのかな。
「みんなすごいな。」
1人中庭を歩きながら、独り言を言う。
クラウドがポーチから顔を出して、不思議そうな顔をしている。
「誰にいってんの?」
「……誰にもいってないよ」
「ふぅん?」
クラウドがポーチに戻っていった。
「ねぇ、クラウドは私とずっと一緒にいてくれるの?」
「どう言う意味?」
「エーコとレンスリー王子の転生を手伝って、世界は救われた形になったでしょ?
そう言う時物語なら、クラウドは森に帰るとか……役目を終えた老兵は……的な?
どこかにいっちゃうかと思ってちょっと心配だった。」
ボソボソと話す私に。
「どっかいってほしかったの?」
と、言った。
「ちがわい!逆だわ!」
ちょっとキレ気味に反論する。
「じゃあ、いんじゃない?オレ飽きるまでここにいるつもりだし」
「そっか、じゃあ私が死ぬまでずっと一緒だね。」
「……それもやだなぁ」
そう言うと『キャッキャ』と高笑いをした。
私もつられて笑う。
そして、ホッとする。
あぁ、私多分だけど、寂しんだなって気がつく。
ずっと一緒にいた友達たちが離れていくのが怖いのかも。
卒業しても一緒だと思ってた。
毎日何かしら会うんだろうなと思ってたけど、卒業したらみんなバラバラだったのに気がつく。
セドリックも卒業したら、きっと城の業務に携わるんだろうな。
エリナはどうしてるかな?
エリナはどうするんだろう。
みんなは寂しくないのかな。
寂しいのは私だけだったら、どうしよう。
なんだか私だけおいていかれていた気分だった。
私だけ何も決まっていなかった。
結婚なんて考えてないけど、このままただ進学したいだけで高等部に行ってもいいのだろうか。
その後の進路も考えていないので、無駄な時間を伸ばすだけな様な気がしてくる。
よく考えると、領地で隠居生活とかいってたけど、このままコーディと兄が結婚したらイキオクレの私なんて邪魔なだけではないか!
やばいぞ、居場所がない。
思わずブルブルと肩を震わせる。
そうだ。
どうせなら、冒険者でもなろうか?
クラウドと一緒にあっちこっち旅に出るのもいいのかもしれない。
進学をやめて、冒険者。
そうと決まれば、魔法が使える加護を貰えば良かったと後悔する。
今からでも変更可能だろうか。
あの簡易魔法陣はどこへ閉まったのだろうかと考え出す。
1人中庭の端っこで唸っていたら、ふと私を呼ぶ声に気がつく。
振り向くと、逆光に立つ人の姿が見える。
「エステル嬢、めずらしいね。1人なの?」
「サマンサ先生!!」
思わず抱きつく。
「あはは、どうした?寂しかったのかい?」
「そうです、寂しかったです……!」
思わず素直に返して、恥ずかしくなった。
ギュッと抱きしめ合いながら、誤魔化す様に違う話をする。
「先生は今日から魔法学教授に復帰ですか?」
先生はニヤリと笑い、頷いた。
「そうだよー!やっと疑いは晴れて、体調もやっと戻ったしで、今日から!
あ、でも高等部の授業は来週からね。
色々手続きめんどくさいんだよー! 」
フニャリと笑って私の頭頂部をスリスリとした。
「髪の毛、短くなったね。短いのも可愛いよー。ほっぺの傷は?治った?
あー……ちょっと残ってるね。魔法で治してあげる、待ってね……」
ゴソゴソと杖を出そうとするが、私はそれを止める様に手をかざした。
「大丈夫です、これは自然に消えるのを待ちます!」
「エステル嬢ー……!」
私を慰める様にまたギュッとしてもらった。
「この傷残ったら王子のどっちかに嫁にもらって貰えばいいよ!
なんなら宰相の息子もいたよね?
エステル嬢、選び放題だねー!」
無邪気に笑う先生を、なんとも言えない顔で笑いながら。
「放題って3人しかいませんよ?
……責任は自分にあるので、どれも遠慮します!」
なんて誤魔化した。
王子という言葉にドキリと心臓が跳ねる。
激しく動揺するが、それを悟られない様に笑った。
「そっか、3人しかいなかったね!」
サマンサ先生はそれに気がついているのかわからないが、私に笑いかけてくれる。
「王子、きっと元気だよ。
君に会いたがってたよ。
エリナ嬢はまだショックでずっと寝込んでいるんだ。」
「エリナが!?
お、お見舞いとかできないのでしょうか?」
先生は静かに首を振った。
そして『これはまだ内緒だけど』と、口元に人差し指を立たせる。
「私にもこれ以上はわからないけど、エリナの両親は『偽聖女』としての責任を問われていた。
エリナはもしかすると、ローズデールから絶縁されることになるかもしれない。
それに関しては私にも責任があるので、そうなったらうちに養女にもらおうかと思っているんだ。」
「……先生の養女に?」
「聖女じゃなくても彼女の魔法は特化しているし、きっと素晴らしい魔法使いになれると思うし。」
「エリナも前に進んでいるんですね……」
「……ん?」
「いえ、なんでもないです……」
先生が笑顔で私の頭を撫でた。
「エステル嬢、悩むのはいいことだよ。
いっぱい悩んで出した答えは、とてもいい結果を出すはずだ。」
「でも答えは出ません……。
みんなちゃんとしてるのに、私だけフラフラしてる気がして……」
「やりたいことを探しているのかい?」
私は口を尖らせて頷いた。
抱きしめられたまま、泣きそうになる。
だってやりたいことなんて、全くわからない。
正直いうと、世界を救った勇者のその後な気分だ。
別にそんな大それたことをしたつもりはないが、気分的にそれが一番あっている。
一生懸命人のために尽くしたのに、終わった途端蚊帳の外な。
誰かに何かお礼を言われたくて頑張ったわけじゃ無いんだけど。
もう私には誰も用がない様な。
短くいうと、手持ち無沙汰の様な……。
「もし困ったら相談においで。
でも何をしたって君の自由なんだから、何でも応援するよ!」
サマンサ先生はそう言って、先生を探しに来たお弟子さんに、あっという間に連れていかれてしまった。
きっと初日で逃げてきたのかもしれない。
さすが先生。
お弟子さんには悪いけど、先生に会えてよかった。
少しだけ心が晴れた。
私だけがいつまでも子供みたいなんだろうな。
早く大人になって、自立しなきゃ。
私はその足で図書館に向かい、冒険者について調べるのだった。




