第60話 エステルは、どうしたい?
アキラの説得により、アキラとアキラの精霊たちと。
夜が更けるのを待って、精霊たちの住処を出た。
明るいうちから出ると、まさに出るところを見つかっては身も蓋もなくなるし……。
アキラの側近の精霊は3人しかおらず、他はまだ眠ったままだと教えてもらった。
たった3人で、封印されたアキラを思い、気の遠くなる日々を過ごしたのだと思うと、なんとも言えない気持ちになる。
精霊たちは姿を変える事も、人間に変化する事も出来ないので、ソッとアキラの影に隠れて過ごすという事になった。
クラウドと考えた通り、アキラは記憶喪失で、監禁されてた場所から連れて逃げてきたという設定にしようと思っている。
暗い道をアキラと最終調整しながら、トボトボと歩く。
足先が痛いので、そんな急げないのがなかなかもどかしい。
暗い道は何気に恐怖さを増すが、リューが影から指示してくれるおかげで、数時間歩き回るなんてことはなさそうだ……。
足先が段々とチリチリと痛むので、アキラに手を引いてもらいながら進む。
40分くらい森のようなところを彷徨った所で、横から飛び出してきた王族御用達の特別部隊に捕獲された。
見事に捕獲という文字がピッタリな感じで保護された。
…かなり大ごとになってそうなので、そっちの恐怖で背筋が冷えた。
アキラの手を強く握ると、アキラが心配そうに私に寄り添う。
「……大丈夫かい?エステルさん……」
私は呼吸を整え、アキラを見て微笑んだ。
これで、やっと、帰れる……。
ホッとしたのか、気が抜けそうになる。
「「……エステル!!」」
特殊部隊の後ろから見覚えある金髪の2人が、同じ声のトーンで私を呼んだ。
アキラに支えてもらいながら声のする方向に顔をあげると……。
私を支えたアキラの腕をすり抜けるように、別の腕が伸びてくる。
あっという間にその腕は、私を強く抱きしめたのだった。
『ぐえっ』
はい、お約束の。
色気のない声でございます……。
いや実際突然抱きしめられて、キャッとかキュンッとかなるなんて、漫画の世界だけだって。
突然引き寄せられて、抱きしめられるって結構苦しいもんです。
全くと言っていいほどほんのりピンクな空気なんて、私には存在しないようだ。
「エステル…無事でよかった……。」
抱きしめる腕が強くなる。
「あんま無事ではないけれど……」
現在進行形でな……。
だからそんな、ぐいぐいと絞められると死ねるから。
さっきリューに絞められたアキラ状態だなあと。
そんなことを思っていると、別の腕が私の顔に手を添えたかと思うと、突然『グリン』と顔を上に向けられる。
『ぐああっ』
く、首がー!!
首がちぎれるうう!
……そっちには曲がらないっつの!
「……お前はバカか!!どれだけみんな探したと思ってんだよ!!なんでこんなとこ歩いてんだ!」
今度はもう1人の金髪悪魔に首をねじ上げられ中である。
バカはお前だ!無事帰ってきた私の首をちぎる気か。
説明したくても、こう捻られると唸り声しか出ない。
「……エステル……!よかった、本当に、無事で……。」
「いままで何やってたんだよ!!もうあれから何日経ったか知ってんの!?」
……誰かこの私の返事を聞く気のない王子どもを、私から離してください。
私は唸り声しか出せないまま、青い顔で『ロープロープ!』と心の中で叫び続けるのだった。
私が消えてから約二日ぐらい位。
何も食べてなかったので正直フラフラだった。
足も痛いし、お腹は空いたし。
……なので。
エリオットに抱きかかえられたまま馬車に乗せられ、そのまま下ろしてももらえず馬車の中でもずっと抱っこされていて。
おうちのベッドの上までずっと離してもらえなかったけど…私は心を無にして気がつかないふりをした。
父も母も祖父までもが、私の無事に号泣した。
そして無事に逃げ帰ってきた事をとても喜んでくれたので、本当に罪悪感に苛まれた。
リリアも兄も寝てなかったのか、美しい顔にクマがひどく目立っていた。
そんな家族の顔を見ると、ボロボロと涙が溢れてきた。
私は家族に愛されてるんだなと。
心配してもらえる嬉しさと、心配をかけてしまった申し訳なさに涙が止まらなかった。
私は『あれよあれよ』と王子どもに連れていかれてしまったので、別の馬車に乗せられたアキラがうちに到着したとエルが報告に来た。
アキラを部屋に通してもらうように伝え、打ち合わせ通りにアキラの説明をする。
アキラの説明をしていると、なぜか家族がみんなで顔を見合わせて変な表情をし始める。
何か変な空気を感じ取り、私は話の途中で黙った。
『エステル、先手を取られたんじゃないか?』
クラウドがユックリとわたしと家族の前にたった。
『……先手って?』
クラウドは何も喋らず、フンフンと鼻を鳴らしながらドアに向かって警戒していた。
「……エステル、アキラ、さんと言ったか?……今」
父が私の顔を不安そうに見ていた。
「……そうですが……、お父様?何かありましたか?」
「エステル、お前を攫ったのはアキラという名前の人物だと、聖女が予言したんだ……」
なんだかエントランスのあたりでバタバタと慌ただしい音がする。
とてつもない嫌な予感がする。
私は足の痛さを忘れてドアを飛び出した。
途中兄やエリオットに止められそうになったが、クラウドの奇襲の助けを借りて、制止する手をすり抜ける。
自分の部屋を飛び出し、エントランスの階段上まできたところで、ひどい光景を目にする。
「やめて!!その手を離して!」
エリオットの護衛の騎士たちがアキラを羽交い締めにして床に組み敷こうとするところだった。
私の叫び声で一瞬、騎士たちが怯む。
その隙を見てアキラが私に向かって手を伸ばした。
「その人は私の恩人です!手を離して!!」
「……ですが」
「誘拐された私が誘拐犯をかばうと思いますか?彼女は私を逃がしてくれた恩人です!」
私はゆっくりとアキラに近づいた。
後ろから私を呼ぶ声がする。
だけど。
アキラの掴まれた手をそっと添えて、掴んだ騎士を見上げた。
強い意志を含ませながら。
「手を離してください。」
私の言葉に、騎士たちは動揺する。
「……いいよ、離して。僕が責任持つ。」
このやり取りを制してくれたのはセドリックだった。
セドリックの命令に、エリオットの護衛たちは顔色を伺う様に自分の主の方を見る。
セドリックはめんどくさそうな顔をしたが、『いいよね?エリオット!』とエリオットにも指示を仰いだ。
エリオットは複雑な顔をして眉を寄せたが、私を見つめて頷いてくれた。
おずおずとアキラから手を離す。
私はアキラに抱きついた。
「……よかったー!リューさんが出てくる前に片付いたああ……」
「……出てくるなという言葉にも限界があったので、ホッとしました……」
と、小声で話し合う。
一瞬『フン』と影が言った気がしたけど、気がつかないふりをした。
「とりあえず、エーコに先手を打たれた様です……。なんとか考えます。」
私はアキラに向かって頷いた。
アキラも私を見つめ、小さく頷く。
私はエリオットに抱えられ、自宅へと連れ帰られた。
屋敷の門の前に、不安な顔をして寄り添う父と母を見つめた。
その横にいるエリオットは、えらく眉を寄せて私を見つめている。
いや、睨んでいるといったほうが正しいだろう。
私の側にいるセドリックはエリオットと私を見比べて『あーあ』と私に聞こえる声量で言った。
きっと私は後で説教なのかもしれない……。
私の部屋へ移動した。
というより、ベッドへ強制送還されたと言ったほうが早い。
また抱っこですよ…。
まだおんぶの方がマシなのですが……。
家族の前で抱っことかほんと勘弁してほしい。
シスコンの兄が、王子の背後に何かするかもしれない冷気にヒヤヒヤしたわ。
……冷気だけに。
『……』
「連れ去られたときのことは何か覚えているか?」
「えーっと、気がついたら真っ暗な牢みたいなとこにいました。」
「……ひとりで?」
「いえ、気がついて見渡すと、アキラさんが倒れていました。なので起こして無事を確認しました。」
……絶賛尋問中!
しかもお父様に。
後ろにお母様とお祖父様に、お兄様も追加。
そしてエリオットもセドリックもお控えなさっている。
そしてその背後に両護衛軍団も並んでいて、分厚い壁が出来ている。
壁の威圧感半端ないけど、必死で冷静さを装う。
みんなとベッドを挟んで反対にアキラが座っていた。
私がわざと離して座ってもらったのだ。
アキラに何かあったら、リューが今度こそ黙っていないだろう。
そっちの恐怖もひしひしと……。
私の回答に父は黙って考えている。
アキラが攫ったというエリナの預言に、頭の中で照らし合わせているのかもしれない。
一語一句、矛盾がない様に緊張感に背筋が伸びる。
「アキラさんは、何故ここにいるのかわからない感じだったんだよね?」
「はい。……記憶がないのかなと、私は思いました。」
「ふむ……。それでどうやって逃げだせたのかな?」
「犯人はフードを被った3人組でした。フードを被った人に私は、水をくれと頼みました。
初めは渋っていたのですが、アキラさんと2人で喉が渇いたと騒いだので、水を持って来てくれることになりました。
水をもらってしばらくしたら、フードたちが何処かに行く音がしました。
なので人気がなくなったのを確認して、アキラさんと牢の窓を割って逃げました。」
「……えらく淡々と、まるで何かを読んでるかの様に説明するが…。エステルそれはほんとなんだろうね?」
お父様が怪訝そうに私を見る。
『おおっと……!』
大根な私にしては、名演技だと思ったんだけど。
「……本当です。」
思わず生唾をゴクリと飲み込む。
みんなの疑う視線が痛い。
でも目を逸らさない。
逸らしたら、負ける。
疑いの目だった父は、はぁーと長いため息をつく。
「エステルがそういうなら…とりあえずフードの3人組を手配かけるよ。探して捕まえてもらわないと、うちの可愛い娘を誘拐して傷つけた罪は計り知れないからね……。」
そういうと父は立ち上がり、お祖父様と一緒に部屋から出て行った。
そのかわりに母が私の横に座った。
……尋問、選手交代か……!
またゴクリと喉がなる。
「エステル。」
母の優しい声に体がびくりと強張った。
そっと頬に触れ、涙が流れた。
「……生きた心地がしませんでした。あなたを失うのかと思って……」
「…お母様…ごめんなさい……」
「……無事戻って来てくれて、本当に、良かった……」
普段厳しい母の優しい声に、私も目頭が熱くなる。
「……怖かったでしょう……?」
頬から髪に、優しく撫でてくれる。
確かに怖かった。
本当に死ぬかと思ったし。
頷くと、私の頬に涙が伝う。
ギュッと母が抱きついて来た。
母の温もりに涙が止めどなく溢れ、止まらない。
声が引きつけるほど、私は泣いた。
こんなに泣くのは初めてかもってぐらい。
セドリックが度肝を抜かれたのか、私の泣き顔を見て、酷い顔をして固まっていたし。
全く失礼である。
エリオットが静かに側に来た。
まだ涙が止まらない私の肩に手をおき、無言で見つめて来た。
母がそれに気がつき、そっとエリオットに場所を譲る。
……譲らなくていいから!!
なんでこんな変な気を使いまわしてんの!
途端に引っ込む涙。
そして、どぎまぎしている私に、エリオット言った。
「エステル、聞いてほしい。
エリナの預言で、君を攫ったのは魔族だと言われた。
そしてフードを被った3人組、その王となる存在、『アキラ』が復活すると……。」
『全ての首謀者は魔族の王、アキラという者だ。
エステルを攫ったのは、アキラの封印を解くための魔族の側近が起こした誘拐。
直ちにアキラを見つけ出し、捕まえよ』
これがエリナが王へ伝えた内容だった。
それに伴い、エリオットやセドリックは自分の騎士たちを連れ、私の捜索に当たったと。
特別部隊は別で王様が派遣してくれたらしいが……。
エリオットがエリナを『エリナ』と呼んでいることが耳に残る。
最近までエリナ嬢と呼んでたはずなのに。
距離が一気に近くなったのだろうか、また胸の奥が痛む。
私たちのやり取りをただオロオロと見つめるアキラ。
私は片方の手で、アキラの手を握った。
「その預言を信じるのですか?」
「エリナは間違っていないと思う。」
「私のいうことは信じられませんか?」
「信じたいが……」
「エリオット殿下、それならお話になりませんね。どうかお帰りください。」
「……エステル!?」
私はにこりと微笑んだ。
エリオットがエリナとうまくいくなら、それもそれで良いんではないか。
エリナが望んでた通りということに。
私は別に、エリオットのことなんて……。
ズキンとまた胸が痛む。
なぜこんなに痛むのか……。
これが世界の理なら、運命に導かれた結果だろう。
私は悠々自適な老後生活を、おひとり様引きこもり計画のために。
一体なんで私は、彼の前でこんなに泣くのだろう?
情緒不安定なんだろうか。
きっとそうだ、そうに違いない。
だから早く帰ってくれ。
これ以上私を惑わさないように。
ダラダラと流れる涙をそのままに、私は微笑みを崩さなかった。
きっと不気味だっただろう。
泣きながら笑っていたのだから。
エリオットは私のその様子に眉を寄せ困惑していた。
私のこの態度の原因が全くわからなかったからだろう。
こんな攻防戦をしていたら、またエントランスが騒がしくなった。
「お嬢様、大変です!エリナ様が騎士団を連れて、今下に……!」
『実力行使する気らしいぞ……?』
ずっと緊張感を持っていたクラウドが、威嚇するように鼻にしわを寄せた。
「まって、なんで!?」
思わずアキラの方を見る。
アキラは怯えてベッドの横のカーテンの隅に身を寄せていた。
「アキラ!!」
私はアキラの名前を呼んだ。
アキラは今にも泣き出しそうな顔で私を見た。
どうしたものかと、この場にいる人は凍ったように立ちすくむ。
「……エステル!」
エリオットが私を呼んだ。
「エステルどうしたい……?」
セドリックが私に問う。
どうしたいかなんて、決まってる。
「……私とアキラを助けて。」
エリオットは意味がわからず眉を寄せたが。
セドリックは嬉しそうに口を歪ませた。
「……いいよ、助けてあげる。」
セドリックはそういうと何やら魔法を唱え始めた。
振り向きざまにエリオットの顔を見たとき。
彼の顔が忘れられなくなった。
彼は胸が張り裂けそうな顔で私を見ていた。




